第72話 依頼
「あー……とりあえず、っスね。田中先輩の正体は、47歳男性」
「うん、合ってるよ」
「んで、その隣に立ってるオネ……男の人が、田中先輩の奥さんってことで合ってるスか」
「そうそう」
「……一応、それで理解しとくっス」
なんだか釈然としない顔をしていますね園部君!?
こう、もっと「ま、まさかこんな女の子がおじさんだなんて!」みたいなリアクションを期待していたんですけど。まだ完全に信じ切ってないですねこの子??
確かに思い返せば、ゆあちーも私が中年男性ということを信じてくれませんでしたね。高校生の悪ノリだって思われちゃいましたし。しゅん……。
あの、どうして私の発言を誰も信じてくれないんでしょう。恵那の言葉には説得力があるというのに。
なんですかっ。言動が子供っぽいとでもいうんですか!
……そんな悲しい胸中は置いておきましょう。
ひとまず、園部君が私の正体を把握した、というだけでも一歩前進です。納得しているかは置いといて。
早速本題に入りましょう。
「……こほん。園部君の実家ってさ、確か武器の専門店を経営してる、だったよね?」
本題を切り出すと、園部君は一瞬目をぱちくりさせました。それから、間を置いてコクリと頷きます。
「あー、っス。個人なんスけどね。時々ギルドにも武器を卸させて貰ってるっスよ」
「そうだったんだ。だったらすごく都合がいいかな。ちょっと、武器の特注をお願いしたくて」
そう告げると、園部君はぎょっとした様子で目を丸くしました。
それから、照れくさそうに頬を掻きます。
「や、マジすか。うちで良いんすか?そんな大きなところじゃないスよ」
「この時代に個人経営で生き残ってる、ってだけでもすごいよ。少し私個人から依頼を出したいんだ。私専用の武器が欲しくなってね……」
「むしろ田中先輩って自前の武器持ってなかったんスね……?」
「まあ……うん。別にギルド支給のロングソードならいくらでも使い潰せ、る……から……あっ」
あっ。
この場に備品の発注にも関わっている三上さんが居るのを忘れていました。
嫌な予感がして振り返れば、圧の籠った笑みを浮かべた三上さんが居ました。
「琴カスはやっぱり琴カスだなァ~?お前そんな感覚でロングソード折りまくってたのかよォ~?」
「ひっ、あ、すみませんっ」
なんというか、さすが元冒険者。どれだけ時間が経とうとも圧の出し方が上手ですね。
そんな場違いな感想を抱きながら、私は降参して両手を上げました。
ですが三上さんはどうも薄情なようです。
私の頭を唐突にグリグリし始めたのですから。
「ひゃぁ!痛い!痛いですよパパっ!」
「誰がパパだお前ッ!いっつもロングソード使って何やってんだァ!!」
「すみません、すみませんっ!ほら、マジックあるじゃないですかっ!あの、剣先まで飲み込むやつ!あれどうやってるのかなって、手足を切り落としたゴブリンでちょっと実験を……」
「やっぱロクでもねェ使い方してやがったかァ!!」
「むきゃぁっ!ごめんなさいっ、次からは頻度減らします!!」
仮にも見た目で言えば女の子なのに、何を乱暴しているんですかっ。痛いです、あの。
好奇心が込み上げてくるのが悪いんですよ。ゴブリンとかいう何やっても罪に問われない実験体が、そこらへんに転がっているのが悪いんです。
私は悪くないです!!
余談なんですが、手足を切り落としたゴブリンにロングソードを突っ込んだ時の記録についても残しておきますね。
当然激しく抵抗されちゃいました。まあゴブリンが抵抗してくるのにムカついたので、“アイテムボックス”を駆使して頭を軽く圧迫したら、泡吹いて大人しくなりましたけど。
それから開口器で口を閉ざさないように調整して、ロングソードをゆっくりと突っ込んでみました。
ロングソードを挿入している最中にビクンと不随意的に身体が跳ねるので、まあ食道に傷を付けちゃったんでしょうね。何度か吐血しちゃってました。
完全に柄の先まで入れることは出来たんですけど。結局ゴブリンは吐物と血液を撒き散らしながら、激しくのたうち回って絶命しちゃいました。
その時に暴れられたんで、ロングソードも折れちゃったんですよね。
大体備品のロングソードを折る時は、そのような経緯で折れちゃっています。
そう言えばゴブリンで思い出したんですけど、研修でゴブリンの死骸を使い切っちゃったんでまた補充しないといけないんですよね。今度ゴブリン液を使って乱獲することにしましょう。
研修帰りですけど、既に次にダンジョンに潜るのが楽しみです。えへへ。
会得した新しい魔法、“炎弾”を使って色々実験したいのもありますし。“アイテムボックス”と兼ね合わせた使い方だって色々考えているんですよ。
麻衣ちゃんには私が魔法を覚えることを「新しいおもちゃを与えるようなもの」って言われちゃいましたけど。普通に琴ちゃんに失礼です。
ひとしきり三上パパに説教された後、ようやく釈放されました。
こめかみのあたりがズキズキします。
涙目になりながらも、私は三上さんを睨みました。
「痛かったです……パパ、嫌い」
「っぐ……あー……すまん」
「酷いです」
ふいっと顔を背けつつ、改めて園部君へと向き直ります。
零れた涙を軽く拭っている最中、園部君はどこか強張った様子で黙っていましたけど。私の顔……何かおかしかったでしょうか?
軽く深呼吸しつつ、改めて本題へと戻します。
「それで、ちょっと仕事終わりで疲れてるのは分かってるけど……また、お邪魔していいかな……ずず」
「あっ、えっ、あー……その。ちょっと待って欲しいっス。親に聞くんで」
「あ。ごめん、そっちも勤務時間とかあるよね。一方的に都合押し付けてごめん」
「まあ、冒険者の依頼ならある程度融通効くと思うっスけどね」
そこで言葉を切ってから、園部君はスマホを取り出しました。
壁際に身を寄せて、通話を開始したようです。時折私達の方に視線を送りながら、砕けた口調で会話を繰り広げます。
「親父―?あ、俺。俺だよ。あー違う違うオレオレ詐欺じゃねーよ、今時そんな電話かけてくるの馬鹿だろ。新だよ、新……あ?まだ疑うのか親父!つか揶揄ってんだろ!?……わーったよ。ガキん頃剣豪ごっこ、つって木刀で壺割って悪かったよ……これで良いかよ」
一体通話で何を話しているんでしょうか?
園部君の反応から、父親に揶揄われているのが分かります。可哀想に。
「はー……でな。職場のさ、先輩がちょっと個人で武器を発注したいって言っててな。女の子なんだけど……は?ちげーよ、彼女じゃねえよ!つかその先輩、多分彼氏……妻……彼氏?いるしな。先輩に手を出そうとしたら俺が殺されるわマジで」
「確かに私は彼氏……というのが適切かもしれないわね」
園部君のやり取りを盗み聞きしている恵那は、そんな感想を漏らしました。
確かに、恵那との今の関係性は夫婦というより恋人、の方が適切かもしれないです。朧月夜……加月部長も言ってましたけど、法律上結婚できないんですよね、私。一番近いニュアンスだと許嫁とかですかね?
それに男性になった恵那と再婚するとなれば、“田中 琴男”の戸籍は完全に放棄されることになっちゃいますが。今は考えるのを止めましょうか。
「あ、マジ?今から連れて来いって?悪い、確認する」
そこで言葉を切った園部君はスマホから顔を離し、ちらりと私達に視線を送って提案してきました。
「冒険者って生死に関わる仕事だから早い方が良い。今から来れるなら来てほしい、ってことなんスけど……都合とか、大丈夫っスか」
「あっ、今から来ていいんだ。それなら助かるよ」
なるほど、この時代まで個人経営で生き残ってきただけのことはあります。よく冒険者のことを理解していますね。
冒険者とは本当にいつ死んでもおかしくないような職業です。高レベルの冒険者が、低層帯で死ぬという可能性だって無きにしも非ず、ですから。
なので、今すぐにお邪魔して良いというのは非常に助かります。
ただここ最近、私個人のみでは信頼に欠けることが分かってきました。
ちょっとだけ期待に賭けて、三上さんに視線を送ります。
先ほど「嫌い」って言われたのが堪えているのか、ちょっとだけ元気のない顔をしていましたが。どうしても実の娘を思い浮かべてしまっているようですね。
「あの、ごめんなさい。パパも付いてきてほしいです。私だけで話を通せるか不安で……」
「……!あー、俺で大丈夫かァ?ま、まァ田中ちゃん1人じゃ頼りねェもんな」
「パパが居た方が、色々と動きやすいので助かりますよ」
「頼りにされている」と分かった瞬間に三上さんの表情がぱあっと明るくなりました。なんというか、「パパ」って呼ばれたあたりから本当に父親ムーブが板につきましたね。
個人的にも「守られている」という感覚は初めてなので、新鮮な気持ちです。
「ふふ、妬けちゃうわね。琴が満足しているのならそれでいいけれど……昔とは大違いだわ」
そんなやり取りを見ていた恵那は、どこか嬉しそうに微笑んでいました。
ですが……“昔とは大違い”ですか。
本当に、そうかもしれないですね。
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今になって思い返せば、“女性化の呪い”に掛かる前の私と恵那は、少し冷え切った関係性だった気がします。
『琴男。帰りは遅くなるって連絡してくれなきゃ』
『ごめん。ちょっとダンジョン攻略が長引いたんだよ』
『……はあ。あなたはいつも仕事のことばかりね。少しは家事を手伝ってくれてもいいのだけれど』
『前に手伝おうとしたら、邪魔だからあっちいって、って言ったのはどこの誰だよ』
『ロクに覚えようともしないあなたに腹が立つって言うのよ。いい加減自覚してよ』
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(そう言えば……以前の私って、ちゃんと恵那と向き合えていなかった気がしますね)
恵那の些細な言葉から、私は過去の振る舞いを反省せざるを得ませんでした。
立場が変わったからこそ、気付くことって多いんですね。




