第71話 キャパオーバー
「あの……三上部長に、田中先輩からお話があると聞いてきたんスけど。何か俺、悪いことでもしました?」
「あっ、ううん。園部君は何も、悪いことしてないから安心して」
ダンジョン攻略を終えた園部君ですが、装備品の類はダンジョン隣に併設された控室に置いてきたようですね。
今はスーツを着込んでいます。
ですがどちらかと言えば、スーツに着られているという表現が正しいようにも見えます。特に彼は髪を赤色に染めているので、スーツがかえって浮いてしまっています。
髪が色落ちしていないところを見るに、ちょくちょく染め直していますね園部君??
若いのでひとまず許しますが。ここが冒険者ギルドだから許されているのは正直あります。
まあ……そんな話は置いといて。
本当に、園部君には一切非はありません。
むしろ悪いことをしているのは私です。悪い琴。なんちゃって。
だいたい園部君がギルドに入職してからだいたい……1か月は経とうとしていますね。
私が“女性化の呪い”によってこの姿になってから早4か月、とも言えます。ここ最近は特に情報量の多い日々を過ごしていたので、月日の流れがすごく遅い気がします。
中年だった頃の1か月って、瞬きしてたらすぐに過ぎ去る、くらいの感覚だったんですけどね。
さて、それはともかくとして……いい加減、園部君にも私の素性を教えないといけませんね。
冒険者業にある程度慣れてきた彼なら、この事実を飲み込む余裕もあるでしょうし。
「……えっとですね。園部君にそろそろ伝えておかないとな、って思うことがあって……ね」
「……?はい、どうしたんスか」
「えーっとね……えと、ね」
「あっ、ゆっくりでいいスよ」
「う、ごめんね……」
うう。いざ伝えないといけない、と思った途端に、すごく緊張が込み上げてきました。
不本意とは言え、ひた隠しにしていたことですもんね。麻衣ちゃん——花宮 麻衣ちゃんと再会して早々にカミングアウトした時とは話が違います。
鈴田君の彼女である前田さんに関しても同じことが言えますが。
特に彼女に関しては鈴田君と連絡班の早川さんも共犯なので、まあ人間関係が拗れる気しかしないんですよね……。
罪深き琴ちゃんです。
しかしそれでも私が本題を切り出すのを、静かに待ってくれている園部君はいい子ですね。
見た目こそヤンキーですけど。
さて……さすがに先輩として示しがつかないですもんね。腹を括りましょう。
「ああー……ダンジョンってさ、まだ不可解な現象ばっかりだよね?」
「あっ、そうスねー……この間も特殊個体?とかいうゴブリンが出ましたし。というか俺、勉強とか苦手だったんで……すんません、知らないことばっかっス」
「園部君。ダンジョン外で、ステータスが反映されないことも覚えてなかったもんね。結構大事なポイントなんだけどな」
「それはマジですんません。ダンジョン内での戦い方しか勉強してなかったっスね……」
うーん。確かに園部君は勉強不足なところがあるかもしれないですね。
魔窟科の授業って、基本的にはダンジョン内での実習がメインとなるので、それは仕方ありません。
彼の名誉の為に弁護しておきます。琴ちゃんは優しいので。
ただ、今日の本題はそこにありません。
少し前置きをしたことで、私も本題に踏み入りやすくなりましたし。
今後もギルドメンバーとして交流を深める以上、そろそろお伝えした方が良さそうですからね。
「ところでさ。園部君って、疑問に思わなかった?何で年下が偉そうに指導してるんだ……って」
「え?思わなかったっスけど。むしろ小さな女の子が偉いなって思ってたっスよ」
「え、そ、そう?」
なんですかこの新人?あまりにも良い子過ぎませんか?
今度お菓子でも差し入れしたいくらいです。
ただ、残念ながら素性は小さな女の子ではないんですよね……。
「小さな女の子なァ……まあ、園部から見たらそう見えるか」
「偉いわね、彼。見た目だけで言えば年下の琴を下に見ないなんて、そうできることじゃないわ」
一応話に割り込まない形で、遠巻きに見守っていた三上さんと恵那。2人は園部君の返答に対し、それぞれのリアクションを示していました。
私はちらりと2人に視線を送ってから、改めて向き直ります。
「園部君は本当に純粋だね。だけど、考えてみて欲しいんだ。ただの16歳の女の子に皆さ、全面的に信頼を置いて指導を任せるかな?」
「ただの……?ちょっと待ってください、え。なんですか……田中先輩ってただの女の子じゃないって、そういう話っスか?」
おっ、勘が鋭いですね。
園部君からすれば、入職したてで気にする余裕もなかったでしょう。ですが、冷静に考えると違和感のある光景だと思うんですよ。
大学の魔窟科を卒業した新人冒険者の指導を、客観的に見れば女子高生にしか見えない少女に任せるでしょうか。いや、言っていて悲しくなってきましたね。
つまりは、そういうことなんですよ。
「さすがに黙ってるのも不誠実だから言わないとね。私ね、本当は16歳の女の子じゃないんだ」
こういうのって、結構重要なカミングアウトだと思うんですよ。実際、園部君からしたら色々と混乱させてしまうであろう大きな情報です。
なのですが、どうしても脳裏に前田さんの面影が過ります。うう、罪悪感。
そんな罪に罪を重ね続けている残念な琴ちゃんをよそに、園部君は未だ私の言葉を完全に理解できていないようです。
おずおずと言った様子で、更に質問を重ねてきます。
「え。サバ読んでるってことっスか?14歳とか?」
「なんで逆に下がっちゃうのかな」
「えっ、16歳より上なんスか!?嘘でしょ!?」
「ちょっと失礼だよ園部君!?!?」
あの!
なんですか!
私が16歳より年上に見えないってことですか!?子供みたいって言うんですかっ!?
せっかく客観的に見たら儚げ系美少女である、田中 琴の隠された真実を打ち明けようとしているところに何たる無礼!許せません!
納得がいかないので、私は胸元に手を当て、胸を張って宣言することにしました。あの、無い胸とか言うのは止めてください。
「こう見えてもねっ?私は47歳男性なんですよっ!!」
「……47歳……?男性?いやいやいやいや、有り得ないっしょ。突拍子もないことする先輩だと思ってましたけど、今回もその類っスか?」
「私を何だと思っているのかなぁっ!?あっ三上!お前何笑ってんだぁぁぁあっ!?」
全然信じてくれないんですけど園部君!!
「ぷぷっ、くっ……14歳……くく……だよなァ……」
ムキになって反論している最中、三上さんは声を殺して笑ってますし。ちょっと、机叩いて爆笑するのは止めてください。こちとら真剣なんですよ。
明らかに信じてくれそうな流れだったのに、いとも容易く重苦しい空気がぶち壊されてしまいました。その為の面談室だったんですけど。あの。
そんな私に助け舟を差し出すべく割り入ったのは恵那です。彼は、私と園部君の間に割って入ってきました。
「園部 新君だったかしら。信じられないかもしれないけど、琴の言っていることは本当よ。妻である私が保証するわ」
「え、どちら様っスか……んん?ちょっと待ってくれ、妻?え、男……え、ハァ?」
「ええ。私は田中 琴の妻よ。訳有ってこの身体になっているけれど」
「……あー……俺、夢見てるのか?訳分かんねぇ、んだよこれ……」
はい。
園部君がキャパオーバーしちゃいました。
「……ちょっと時間を置こうかしら。ごめんなさいね」
さすがにこうなってしまっては、さすがの恵那もお手上げのようです。やんわりと謝罪の言葉を掛けた後、静かに園部君の元から離れました。
銀髪の少女である田中 琴。その正体は47歳男性冒険者。
そして隣に立つ黒髪のイケメン。彼の正体は私の妻である田中 恵那。
ほら、なーんにもおかしいことは無いと思うんですよ。
ね?ですから信じてくれると助かります。
でないと話が進まないんですよ!あの!理解してくださいっ。




