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第70話 琴カス

「君達夫婦はどれだけギルドを混乱させれば気が済むのかなあ……?」

「それに関してはぐうの音も出ないわね。私だって、このような事態になるとは思っていなかったもの」


 恵那は一切動じることもなく、そう答えました。


 ……ん?

 「このような事態になるとは思っていなかった」はおかしいです。


 恵那って姿が変化するってほぼ確信した上でソロでダンジョン攻略していましたよね?


「恵那ってほとんど姿が変化するって確信してむきゅ!?!?」

「琴の発言は気にしなくていいわ。この子はそう思いたいだけなのよ」

「むー!むー!!」


 口を挟もうとした途端、唐突に恵那の手によって口元を塞がれてしまいました。

 フィジカル勝負になれば、少女の身体では彼に太刀打ちできません。じたばたと抵抗してみますが、まるで動じる様子もないですね。

 それから、三上さんにひょいと身体を持ち上げられ、部長室の壁際に追いやられました。つらい。


 というか私ってそんな体重軽いんですか。むぅ。

 

「田中ちゃんは空気読みな?」

「私悪くないですよ」


 三上さんはやんわりとそう(さと)してきました。ですが納得がいかないので、三上さんの顔もロクに見ずにふいっと顔を背けます。


 意図していないのですが、つい悲鳴代わりに「むきゅ」と声が出ちゃいます。

 先ほどもそんな声が漏れたのを聞き取られたのか、三上さんは「パパ」とからかわれたのに反撃するようにニヤリと笑みを浮かべました。


「にしても田中ちゃんはさァ、いっつもむきゅむきゅ言ってるよなァ。イルカかよ」

「つ、ついそんな声が漏れちゃうんですよ。不本意です」

「はっ、おもしろいじゃねェか?な、()()()()?」

「ひうっ」


 急に背筋がぞわっとしました。「琴きゅん」って呼ばれた瞬間、背筋が凍り付くような感覚に襲われました。

 なんというか、嫌悪感にも似た感覚ですね。

 私は三上さんから顔を背けつつも反抗します。


「琴きゅんって呼ぶのはやめてくださいよ、パパ。背筋が凍るかと思いました」

「つれないこと言うなァ。反抗期かよ」

「うるさいです」


 恵那と加月部長が会話しているのをそっちのけで、私と三上さんはがっつり私語を交わしていました。

 ですが当然、あまり広くない部長室ですので会話は筒抜けです。


 気づけば、恵那と加月部長がこっちを見ていました。


「で、何なの?あの二人、親子だっけねぇ?」

「確かに傍から見れば反抗期の娘と、距離感に困ってる父親にしか見えないわね」

「微笑ましいね。というか何で田中さんは三上君のことパパって呼んでるのー?」

「琴のちょっとしたいたずら心かしら。まあ私からすれば、三上は保護者にぴったりだと思うわよ。この姿が私だって気付いてなかった時、琴の為にすぐ駆け付けてくれたもの」


 そう言えばありましたねそんなことも。

 今になって思えば言葉足らずでしたが、三上さんは「助けてください」のメッセージを確認してからすぐに駆け付けてくれました。確かにその姿は頼もしかったです。

 

 こっちの会話が筒抜けなのなら、当然向こうの会話だって筒抜けです。

 三上パパに視線を送れば、彼は屈辱そうに顔をしかめたまま、肩を震わせていました。


「そりゃあよォ……年頃のガキから助けを求められてんだ、心配すんだろ普通。中身が琴カスとは言ってもさァ……」

「ちょっと待ってください。琴カスって何ですか琴カスって……変なあだ名ばかり付けないでくださいよ」

「あん?酒カスの琴きゅんだからな。カスみたいな言動しかしてねェお前にはお似合いだろ」

「相も変わらず失礼ですねパパは!?!?」

「おいバカ静かにしろッ!?」

 

 ……えーっと。

 ただの報告のみで終わる予定でしたが、ずいぶんと騒がしくなってしまいました。

 シックな雰囲気漂う部長室ですみませんね。えへへ。


 

 さて。

 場の空気もいったん落ち着いたところで、加月部長は咳払いしました。

 その咳払いひとつで再び、忙しなくなっていた空気が整っていく気がします。


「ま、なんだねー。また全体の報告で田中 恵那さ……君のことも報告しておくよ」

「助かるわ。それで、三上から聞いているかもしれないけれど、葬儀は取りやめるつもりはないわよ。経費がどうの、とかいうなら私から出すけど」


 改めて恵那がそう宣言すると、加月部長は不思議そうに首を傾げました。

 正直、お金に関しては、目立った趣味もなくほとんど使う機会もないので貯蓄は有り余っています。なので葬儀費用に関しては心配することはないのですが、そこまでして恵那が葬儀にこだわるのは気になるところですね。


 同じ疑問を抱いたようで、加月部長は顎に手を当てて首を傾げました。

 

「それはどうしてなのかなー?」

「女性としての私にお別れを告げる良い機会だもの。女性としての私は死んだわ」

「え~……適応が早いって言われなかった?」

「そうね、三上にも同じことを言われたわ。だけど、琴の方が心配だもの。私が男性として生きる方が、この子にとっても動きやすいでしょうし」


 そう言って恵那は、ちらりと私の方に視線を送ってきました。

 うう、ただでさえ端正な顔立ちをしているのに。そうはっきりと私の為に行動してくれている、なんて言われたら女性でなくても惚れますよ。

 当の私がこんなのですみません本当に。


「……う」


 気恥ずかしくなったので、私は長い銀髪で顔を覆いました。ですが髪質が細いので、絹のような髪は顔を隠すことさえ許してくれません。

 恵那はそんな私へと柔らかに微笑んだ後、改めて加月部長に向き直りました。


「だから、頼めるかしら。私は最初から、とっくに覚悟なんて出来ているから」

「……本当にカッコいい冒険者だねー……君は」

「誉め言葉として受け取っておくわ。じゃあ、お願いするわね」


 そう言って、恵那はひらりと身を翻しました。

 あまりにも淡々と対応していくものですから、私も三上さんも割り入る隙すらありません。本当に、確固たる信念をもって生きているのだと伝わる立ち振る舞いですね。

 恵那は私と三上さんにも「行くわよ」と声を掛けました。


 うーん、男性(元含む)2名は恵那に従うことしかすることがないですね。

 もう一度パパもどきに視線を送り、それから恵那に付いていく形で部長室を後にします。


 それから、最後に加月部長の方へと振り返ると「理想の男子」と言わんばかりに目を輝かせていました。

 ……あげませんよ?私のです。ふんすっ。


 ----


 それから次に真実を伝えるべきは、新人冒険者の園部 新君に対してです。

 連続して2人を混乱に陥らせることが確定している田中夫妻で誠に申し訳ありません。ですが今後のことを考えると、大事な情報なので。


 一応……余計な混乱を避けるべく、私達田中夫妻は面談室に隔離されました。

 現在、園部君は先輩冒険者である鈴田 竜弥君に同行する形でダンジョン攻略を行っているそうです。


 私の低レベル問題もあるので結局、鈴田君が教育担当に割り振られました。まあ彼なら大丈夫でしょう。


 待っている間、退屈だったので私はズボンのポケットに入れていた“属性石”を取り出します。

 チャック付きポリ袋に入れられた、金色に輝く属性石。

 傍から見たら抜歯した金歯にしか見えないですね。え?せめて宝石に例えろって?ポリ袋に詰められた宝石なんて解釈違いなので。あはは。


「ぶーきっ。ぶーきっ♪」


 属性石を使った武器なんてロマンでしかないですよね。これからの冒険者界隈に新しい風を吹かせることができる道具でもあるので、つい鼻歌が零れます。

 椅子に座ったまま足をパタパタさせていると、その様子を見ていた恵那は苦笑しながら語り掛けてきました。


「ずいぶんとご機嫌ね。可愛らしいわ」

「きゃわっ!?……だって、だってだよ。ロマンあるからね。鞘から抜いた刀から炎とか雷がバーーーーってほとばしるんだよ!カッコいいじゃん、男の理想、夢が詰まっているんだよ!恵那なら分かるよね!?」

「琴の気持ちは分からなくもないけど。それで、琴はそれでどんな武器を作ってもらいたいのかしら?」


 おっ、恵那が良い質問を投げかけてくれました。

 研修終わりという、本来なら帰って寝るだけの時間を使ってまで、ギルドに戻ってきた意味は正しくそこにあります。

 

「あの。私、今回の研修で魔法覚えたよねっ。魔法杖使って高火力の“炎弾”どーん!!って出来るようになったよね!」

「“琴ちゃんキャノン”ね」

「それは忘れてぇ!?……こほん、でもでも、魔法杖に持ち替えてると今度は剣が使えないでしょ?“魔素放出”を使った立ち回りが出来なくなっちゃうでしょ?」

「そうね。確かに琴は“アイテムボックス”がほとんど使い放題と言っても、わざわざ持ち替えるには時間がかかるわね」

「うんうん!そう、そこなんだよね?剣と魔法杖を両立した機能を持つ武器が欲しいんだよね、私」

「なるほどね、銃剣みたいな感じかしら」

「やー……銃剣も考えたんだけどねぇー。私としてはもっとこう、機能性よりもカッコよさを重視した武器を」


 そう構想している武器について熱弁している時でした。

 面談室のドアがガチャリと開かれ、三上さんが顔を覗かせます。


「よーう琴きゅん、喋ってるところ悪いなァ。邪魔すんぞ」

「パパはいきなり入ってこないでください!!」

「うぐっ……すまん。ノックすればよかったなァ……悪い」


 ほぼ反射的に言っちゃいましたが、三上さんにとってはダメージが大きかったようですね。

 申し訳なさそうに項垂れながら、そう謝罪の言葉を掛けてきました。

 実際に娘さんに似たようなこと言われたことありますねこれ??


「え?……パパ……?田中先輩、三上部長の娘さんなんスか?」


 三上さんに連れられる形で顔を覗かせたのは、新人冒険者の園部君でした。

 久々のご対面ですね。


「あっ、園部君お久しぶり。どう?元気してた?」

「あー、うっス。お陰様で……あっ。研修お疲れ様っス……で、えーっと?」


 恐らく事情は説明されていないようですね。

 多分、三上さんに呼ぶだけ呼ばれた、という形でしょうね。

 半分困惑、半分恐怖、と言った感じで私の方をチラチラと見ています。

 

 まあ面談室にいきなり呼び出されるなんて、だいたい説教がらみのことが多いですし、それは仕方ありません。

 

 ですが三上さん。なんの事情も要件も伝えずに呼び出すのは、ちょっとどうかと思います。


「……パパ、何も言わずに園部君を連れて来たんですか?」

「や、琴きゅんが全部言ってくれるだろうと思ってだなァ。その、なー……」

「言い訳ですか?」

「はいすみません」


 おおーっ、やっぱり気持ちいいです。

 つい口角上がってしまいますね、いけないいけない。

 

 なんだかんだ冒険者時代の頃から因縁を持ってる三上さんを、一方的に言い負かせることが出来るのは気持ちいいですねー。

 しばらくはこの見た目を悪用して、三上さんをからかうことにしましょう。

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