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第7話 白銀のオーラ

 ドラゴンが持つ身体の機能は少し特殊です。


 まず体内に、火花を散らす為の機構を持ち合わせています。

 身近な例を挙げるとすれば、ガスコンロですね。

 ガスと空気を混ぜ合わせた、混合気と言われる気体が火花と接触することによって燃焼する……というメカニズムになっています。

 火花を散らす為の機能が、ドラゴンの口腔内に存在しています。


 その一見すれば何の効果も持たないはずの機能は、喉頭に存在するガス袋によって意味を成します。

 溜め込んだガスを、口腔内で火花を散らして点火する。その結果、ドラゴンは火を噴くことが出来ると言う訳ですね。


 ただ何事にも弱点はあるもので、密閉空間が成立していなければガスを蓄積することは出来ません。

 口をしっかりと閉ざすことが出来なければ、ドラゴンは火を噴く為の準備さえ出来ないのです。

 私が仕組んだシビレ罠は、ドラゴンの持つ攻撃手段のひとつを奪うことに成功しました。口を閉ざすことが出来ず、ガスを溜めることも出来ないんですね。


(園部君なら上手くやってくれるかな)

 さて、期待の新人——園部 新君の成果に期待するとしましょう。


「っ、らあ!まずは尻尾だああああああっ!!」

 背中に差した大剣を勢い良く引き抜き、それから素早くドラゴンの背後に回り込みます。捻った身体の勢いから、ドラゴンの尻尾目掛けて勢いよく叩きつけました。

「グルアアアアアアアアア!!!!」

 尻尾にまで神経が巡らされているのでしょう。ドラゴンは麻痺を受けて自由に動けないながらも、悶えるように身体をよじります。

 せめてもの抵抗、と言わんばかりに尻尾を振り回し、迎撃を図りました。

 ですが全身に麻痺を受けた身体では、思う様に振り回せないのでしょう。狙いは園部君から大きく外れ、天井や壁に幾度となく打ち付けるのみで終わります。

「——っ、危ねえ、なっ!」

 ドラゴンの反撃を回避する為でしょう。

 素早くバックステップし距離を取っていた園部君。それからドラゴンの薙ぎ払い攻撃の隙を縫って、再び駆け抜けました。

 直情的な戦闘スタイルかと思いきや、案外冷静なようです。冒険者の鑑ですね。

 それから両手で握った大剣を大降りに振り上げました。壁面に立てかけられた松明の火に反射した刃が、ぎらりと橙色に光ります。

「っらあああああっ!!!!」

 吠える勢いそのままに縦一文字に振り下ろされた一撃が、ドラゴンの尻尾を斬り落としました。

 真紅の血液を散らしながら、切り落とされた尻尾が大地に転がります。

 神経の残った尻尾はびくりと大きく跳ねた後、それから静かになりました。

「っしゃ!」

 ドラゴンに有利を取った園部君は、喜びの余りガッツポーズを取ります。ああもう戦闘中なのに、後にして欲しいっ。

 痛みに悶えるドラゴンが「グウウウ……」と呻きながら園部君を横目で睨みます。

 蛇のような縦長の黒目は、園部君を捉えました。

 

 麻痺によって抑制されていたはずのドラゴンの動きが、元に戻りつつあるようです。

 魔毒苔の効果も時間切れと言ったところでしょう。

「園部君!麻痺切れそうだよっ!」

「っ、マジすか!」

 私の指摘を受けて、園部君は咄嗟に体勢を立て直します。警戒態勢を取った彼に、苛立ちの視線を向けるドラゴン。

 その口は堅く閉ざされ、歯間から漏れ出す呻き声が響きます。

「グルゥゥゥウウウウ……ッ!!」

「——っ!”エンチャント:炎”っ!!」

 早期決着を焦った園部君は、大剣の刃先に手を当ててそう叫びました。

 その叫び声と共に、紅蓮の炎が大剣に纏わりつきます。

 

 ですが、悪手です。

「っ、ダメだ!園部君っ!」

「だあああああっっっっ!!!!」

 焦燥と興奮が混ざり合い、昂ってしまった園部君に私の声は届きません。

 園部君が駆けるにつれて、紅蓮の火の粉が大気中に舞い散っていきます。大振りに構えた大剣でドラゴンの顔面目掛け、炎を纏った袈裟斬りを繰り出そうとしました。


 ——さすがにもう、隠れて見ている訳にはいきません。

 きちんと情報を伝えなかった私の不手際です。


「ガアッ!!」

 ドラゴンは大きく息を吐き出しました。炎も何もない、ただの呼気です。

 しかし、そこに可燃性のガスが含まれている……となれば話は別です。

「——っ!?」

 可燃性のガスは一直線に、園部君が顕現させた”エンチャント:炎”へと届きました。炎の勢いは強まり、瞬く間にガス爆発を引き起こします。

 暴発した炎は瞬く間に、園部君を——。


「”大気遮断”」

 私は園部君を飲み込もうとしていた、灼熱の炎を対象として左手をかざします。瞬く間に魔法が起動されました。

 特定の空間のみを対象として、一時的に真空状態を生み出します。その魔法は瞬く間に、園部君へと襲い掛かる炎を消滅させました。

 

 魔法によって生み出される炎は、大気中に存在する酸素と魔素——その両方を必要とします。

 ”大気遮断”は、その両方を遮断する魔法です。

 眼前に襲い掛かった脅威に対し、へたり込んだ園部君。私は彼を庇うように、ドラゴンとの間に割って入りました。

「……ごめんなさい、園部君。先に伝えるべきだったよ。ドラゴンはね……ガスを操るんだ」

「田中、先輩……?」

「……はあ。先輩らしい行動って難しいね」

 自分の不甲斐なさに腹が立つ。

 久々に後輩が入り、先輩ムーブを続ける自分自身に酔っていたようです。

「園部君、ちょっと下がってて。本気出す」

 簡潔にそう指示を出すと、何かを察したのでしょう。園部君はさっさとその場を離れて岩場の物陰に逃げ込みました。

  

 よし、園部君の身の安全を確認できた。

 それから私は耳に掛かった銀髪を後ろに払い、”アイテムボックス”の中から一本のロングソードを取り出しました。

 特別な剣と言う訳ではありません。ギルド内で貸し出している、ただの備品のロングソードです。

 「ちょっと周りは……見る余裕ないかな。今まで、一人で潜ってたから」

 自分の不手際くらい、自分で尻拭いしなきゃダメですよね。

 


 自分を客観視できないのは、田中 琴男の弱点であるようです。

 私の発言や行動がどう周りに影響を及ぼすか、という部分を理解できていません。なので、周りに迷惑を掛けない立ち回りを心掛けて来ました。

 

 ソロ活動を許可されていたのは、私としても都合が良かったんですね。迷惑をかけるような他人が居ないので。

 ……どんなふうに迷惑が掛かるか、という部分についてですが……。


  

「園部君は出来るだけ自分の身を守っててほしい。少し無茶苦茶するね」

 ロングソードを握る右手をだらりと垂らし、自然体を作ります。背筋を伸ばし、目先はドラゴンを見据えます。

 空いた左手は胸元に当て、静かに魔法を唱えました。


「……”魔素放出”」

 その言葉と共に放った魔素の量は、スライムを倒した時の比ではありません。

 自分自身の身体を対象として、膨大な量の魔素を身体に纏わせます。

 揺らめく魔素は大気に乱反射して、白銀の光を生み出しました。

 

 「ただ無意味に魔素を垂れ流すだけ」という評価を下された魔法ですが、私にとってはこれが切り札なのです。

 

 纏わりつく魔素は鎧になります。

 纏わりつく魔素は武器になります。

 纏わりつく魔素は足になります。

 

 私の全身から放出する白銀のオーラに、ドラゴンが「グルル」と呻きながら後ろずさりました。

 ですが当然、逃すような馬鹿な真似をするつもりはありません。

「……また備品の剣を壊した、って報告書を書かないといけないかもですね」

 それから、直立した姿勢から軽く地面を蹴りました。

 靴を直すかのように、つま先を地面に叩きつけます。


 ただそれだけで、一気にドラゴンの懐へと距離を縮めました。先ほどまで私が立っていた場所には、銀色のオーラが舞っています。

「グルアッッ!?」

「まあ、対処できないですよね。そもそも弱者喰らいのドラゴンに対処できるとは思ってもいませんが」

 軽く皮肉の言葉をぶつけながら、これまた白銀のオーラを纏ったロングソードを振るい、ドラゴンの喉元を切り裂きます。

「——カッ……」

「さて、喉を斬り落としました。このまま放置しても呼吸が出来ずに息絶えますが……」

「ッ……ア……」

 狭いダンジョンの通路の中、ドラゴンはむりやり翼をはためかせ飛翔を図りました。

 ですが、その動きは予想できています。

 私は”アイテムボックス”の魔物討伐キットから、一本の注射器を取り出しました。使い捨て式の注射器です。

 それを何の迷いもなく、ドラゴンの胸元に投擲。

 深々と突き刺さる注射器から、自動的に「筋弛緩薬」が注入されていきます。

「これは、対ドラゴン用の筋弛緩薬です。翼を動かすのは大胸筋……その機能が弱まれば、飛ぶことは出来なくなります」

 そう説明している間に、翼を動かすことも出来なくなったドラゴン。

 やがて最後の一暴れと言わんばかりに、私を見据えました。もはや自由に動かせなくなった左腕を振り上げ、叩きつけ攻撃を図ります。

「——田中先ぱ——」

「見えてるよ」

 園部君が呼びかける前に、私はドラゴンの頭上へと跳躍。攻撃を回避しつつ、ドラゴンの死角を取ります。

 ドラゴンの背中へと着地した私は、持ったロングソードの柄を両手で掴みました。

 それから、深々とドラゴンの背中に垂直に突き刺します。

 根元から折れたロングソードは、深々とドラゴンの背中に残りました。折っちゃった。

「これで終わり、ですね」

「——カッ、ア——」

 声帯を壊され、断末魔すら上げることも出来ないようですね。

 

 ロングソードを介して、膨大な魔素がドラゴンの身体に入り込みます。

 残念ながら、私の筋力ではドラゴンの心臓まで届かせることは出来ません。

 なので、私自身の魔力によって自壊してもらいます。

 

 突如として体内に流れ込んだ膨大な量の魔素に適応できず、ドラゴンは激しくのたうち回ります。

 今頃、体内に流れ込んだ魔素に適応しようとして、全身の組織という組織が暴走を来たしていることでしょう。

 私はひらりとドラゴンの身体から飛び降り、静かにその場から離れました。


 苦しみから逃れるように叩きつける腕が、ダンジョンの石畳を傷つけます。

 転がり回り、ぶつかった壁面がひび割れ、豪快な音を奏でます。

 

 のたうち回り、苦しみもがき、断末魔すら上げることも出来ないドラゴン。

 もう、決着はついたも同然でしょう。

「……園部君。これが私なりのドラゴン退治です。参考できるかどうかは分かりませんが……」

「はは、参考には出来ない……ですね」

 園部君は引きつった笑みを浮かべます。それから私の言葉に対して首を横に振りました。


 やがて、ドラゴンは絶命。再びダンジョン内に静寂が戻りました。


 私が冒険者を続ける上で心掛けていることは、「豪快な技術で敵を薙ぎ払うこと」でも「強力な魔物を打ち倒し、冒険者として大成すること」でもありません。

 「堅実に生き残り、ギルドに安定した利益をもたらすこと」……これが、私が冒険者として最優先していることです。

 だからこそ、私はベテラン冒険者——田中 琴男で居られたんです。


 

 今は田中 琴ですが。

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