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第69話 朧月夜

「そう言えばパパ、ちょっと良いですか」

「お前その呼び方止めろマジで……で、何だよ」

 

 なんだかんだ、「パパ」って呼ばれるたびに嬉しそうにニヤけているんですよね、三上さん。ちょっと反応が面白いので、怒られるまではこの呼び方で通してみようと思います。


「まだ園部君って、私の正体……知らないんですよね?」

「あ?あー……言う機会ねェからなァ……」

「パパが面白がって最初に言わないからですよ。話がややこしくなるじゃないですか」

「だからー……あー、もう好きにしろ……それは正直すまねェな。まァよ、新人の園部からすればいきなりそんなこと言われても……って感じだろ」

「それは、確かにそうですけど」

「だからよ、俺の判断は間違ってねェよ。な?」


 まるで自己弁護するようにそう熱弁する三上さん。

 ちょっと自分の行動を正当化しようとしているのが気になるところですね。


「言い訳してるみたいでカッコ悪いですよ、パパ」

「……すまん」


 三上さんは反論せず、素直に謝りました。それからため息をつき、力なく項垂れます。

 

 おーっこの呼び方だと三上さんが素直に謝ってくれるので気持ちが良いですねぇ。

 ちょっとだけ愉悦に感じます。

 この見た目にデメリットを感じることも多かったですが、こう昔から犬猿の仲として関わってきた三上さんを一方的に言いくるめることが出来るのは気持ちいいです。


 そんなやり取りをしている最中、いつの間にか目を覚ましていた恵那が話に割り込んできました。


「ふふっ、傍から見ている分には父と娘にしか見えないわね」

「はァ!?誰がこのチビと親子に見えるって……!?」

「私もこの見た目だし、三上のことお父さんって呼ぼうかしら」


 三上さんが困惑している最中、恵那は更にとんでもない発言をしてきました。

 その言葉により一層、三上さんは「はっ、はあああ!?」と困惑した声を上げます。ちょっと、電車内なのですから静かにしてくださいよ。

 

「待て、待て待て。お前らみたいな訳分からん奴らの親父になる気はねェぞ!?!?」

「あら。そうは言っても私達、傍から見れば未成年の男女だもの。保護者に代わる誰かが必要だとは思うけど?」

「っ……あー……そうだよなァ。客観的に見たら……まァ……な……」


 田中夫妻に言い負かされ、三上さんは反論することも出来ないようです。


 三上さんもどうやら、恵那には強く出られないようですね。

 昔からの関係性を使って、良い感じに利用させてもらいましょう。


「いや。まあ、こいつらを放置したら絶対何かやらかすよなァ……うん。うん……」

 

 拒否しないということは、肯定と取って良いですかね。私と恵那は頷き合い、三上さんへと視線を向けました。


「頼みましたよ、パパ」

「ふふ、よろしくね。お父さん」


 ついに三上さんは「あ゛ー……」と声を上げながら、空を仰いじゃいました。

 勝った。

 

 まあ実際のところ、私達の素性を知っていて、なおかつ私達の人となりを知っている。

 その上、傍から見た時に「ああ親子なんだな」と納得づけられるという意味でも、都合がいいんですよね。三上さんの存在って。


「あっ、パパ。もうすぐギルドに着きますよ。準備しましょう」

「はいはい。田中ちゃん、忘れものすんなよ。お前いっつも何かやらかしてんだからさァ」

「う、うるさいですね。恵那ごめん、ちょっとだけキャリーバッグ支えといて」


 そんなやり取りをしている私達を見た恵那は、くすりと微笑みました。

 

「全く……本当に親子にしか見えないわね」


 なんだかんだ、三上さんも父親扱いされて嬉しそうな顔しているんですよね。

 さすが、元々娘を男手ひとつで育てていただけありますね。私達としても助かります。


 ----


「お疲れ様です、田中です。戻りました」


 ギルドへと戻った私は、その足で冒険者部署に戻りました。

 冒険者部署に残る冒険者の皆さんは、それぞれ書類作成の為にパソコンとにらめっこしていました。

 

 

 冒険者と言っても、四六時中ダンジョンに籠りっきりで探索する冒険者というのは案外少ないです。私のことは一旦置いておきましょう。

 

 ダンジョンの探索を終えた冒険者は「魔窟調査報告書」という名目の書類を作成しています。

 ダンジョンの中で邂逅かいこうした魔物の統計や、植生の変容、それから討伐したボスモンスターの詳細等をデータにしていきます。

 ただ身体を動かして魔物を倒す、だけに留まらないのが冒険者業という訳ですね。


 黎明期の頃は、そう言ったスタンスが確立されていなかったので、ずっとダンジョンに籠ることも出来たのですが。社会の歯車の一環となった現在では、ダンジョンに籠りっきりということが許されなくなりました。少なくとも「1週間で戻るように」とは言われています。ボスモンスターのリポップという兼ね合いもありますからね。魔石の安定した供給というのは、ギルドの収益にも影響するところなので。

 

 基本的には冒険者の勤務というのは、ダンジョン攻略が「外勤」。

 ダンジョン攻略後の書類作成を行うのが「内勤」。

 大まかに、勤務形態はこの2つに区分されます。


 大学の魔窟科を目指す上で、高い偏差値が求められるのは、こういった勤務の複雑さがあるからなんですね。

 年々、冒険者に求めるものが増えているので、古くから働いている冒険者ほど時代に付いていくのが大変だと思います。


 昔は良かったというつもりはありませんが、時代に適応するのは大変ですね。

 まあ、私の場合はそれに加えて生活環境の変化、という大きな問題もありますが。



 私が戻ったことに気付いた冒険者の皆さんは「お疲れ様です」とパソコンとにらめっこしながら言葉を返してくれました。視線はこちらに向くことはありません。

 皆さん仕事に集中しているので、私の隣にいる男性化した恵那に気づきませんでした。


 作業を止めて皆さんに報告しても良いのですが……、今は部長に話を通すのが先ですね。

 私はちらりと三上さんに視線を送りました。


「パ……三上さん。まずは加月(かづき)部長に話を通しましょうか」

「パパって言わなかったのは偉いなァ」

「……さすがに空気は読みますよ」


 うっかり「パパ」と冒険者部署の中で言いそうになりました。危ない危ない。TPOはしっかりしないといけませんね。


 それから、三上さんが先行する形で冒険者部署の奥にある「部長室」へと足を運びました。

 三上さんは扉の前で軽くノックします。


「お疲れ様です。人事部部長、三上です。冒険者部署、田中をお連れしました」

「どうぞー」


 扉越しにくぐもった声が聞こえた為、三上さんは「失礼します」と扉を開けました。

 そこに居たのは、バーコードハゲの明朗快活(めいろうかいかつ)そうなおっさんです。

 鍛え上げられた筋肉が、着込んだカッターシャツをぱつんぱつんにしています。今にもはじけ飛びそうです。というかこの間、ボタンがはじけ飛んでいるのを見ました。

 

 彼こそ冒険者部署を取りまとめる、加月(かづき) 有久(ありひさ)部長です。なんというか、魔素によるステータス強化の恩恵を受けなくても魔物を叩き潰すことが出来そうですね。

 ちなみにバーコードハゲということと、苗字に“月”という漢字が入っていることから私は影で「朧月夜(おぼろづきよ)」と呼んでいます。多分口に出したらシバかれると思います。


 さて、件の朧月夜部長……こほん……加月部長は、部長室に入室した私達に視線を送りました。

 当然、触れるべきは田中 恵那のことですよね。


「お疲れ様ねぇ~。三上君、そして田中 琴さん。で、そこのイケメンのお兄さんは……いや。ちょっと待って答えたい」

「クイズやってる訳じゃないんですがねェ……」


 加月部長は三上さんの発言しようとするのを遮り、うんうんと唸り始めました。

 人のことは言えませんが、随分とマイペースですね。

 勝手に始まった田中 恵那クイズですが、まあ……私の隣に立っている、ということからあまり難しくないと思うんですよね。

 ですが。


「……分かった!三上さんの息子さんだな!」

「違います」

「えぇー?じゃあ、田中さんの親戚!結婚のご報告か何かでしょう?」

「違います。というか田中ちゃんは戸籍上16歳ですよ。結婚自体が無理です」

「あぁー。法律というのは面倒だね。えー、ごめんお手上げ」


 本当に大丈夫ですかこの朧月夜。

 私は恵那に視線を送り、彼の口から答え合わせをしてもらうことにしました。


「こんにちは。加月部長」

「おおー。ようこそ我がギルドに、お兄さんはどこのどちら様かなー?」


 ですが、あえて恵那は自分の口から素性を露わにしようとはしませんでした。

 あくまでも加月部長に正体を気づかせる、という形を取りたいようです。


「お兄さん、ね。麗しき乙女になんという口振りなのかしら」

「あー。お姉さんか、ごめんねえ。気が利かなくて」

「本当に気が利かないわね。昔からそうね、あなたは……本当に不器用だわ」

「……ん?どういう話?」


 未だに正体を理解出来ていない加月部長は、(いぶか)しげに眉を(ひそ)めます。

 その間にも、恵那は静かに彼の前に歩みを進めました。

 

「ありがた迷惑は今でも好きなのかしら。私に悪い虫を近づけないように、って琴男から遠ざけさせようとしたりね」

「……うん、ちょっと待って。まさか、まさかだよねー?」

「気遣おうとしてくれているのはすごく、分かるのだけれど。あなたと一度組んだ時だってそうね。自分が受けた傷よりも、私が受けた傷の治療を優先していたわね」

「……えーっと。間違っていたらごめんね?回答しても良いかな」

「あら。ようやく理解してくれたのね?」


 恵那は飄々(ひょうひょう)とした表情を崩すことなく、加月部長にそう声を掛けます。

 なんというか……女性の頃の気高さが、より一層鋭さを増している気がしますね。勝てません。


 それから、加月部長は見た目上では大きく年下であるはずの青年に、伺い立てるように回答しました。


「……もしかして。田中 恵那さんかな?」

「ようやく気付いてくれたわね。遅すぎて欠伸(あくび)が出るわ」


 そう言って、恵那はわざとらしく欠伸のジェスチャーをしました。


 二人のやり取りを見つつ,私は三上さんに耳打ちします。

 

「……恵那、強すぎませんか……?」

「ま、加月部長にあそこまで強く出られるのは恵那君しかいねェよな……」


 

 一連のやり取りを見ていると、こんな言葉があるのを思い出しました。

 

 男は度胸。

 女は愛嬌。


 そして。

 オカマは最強。


 ……でしたっけ?

 え?違う?

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