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第68話 家族の形


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「……っ」


 指先が不随意的にピクリと動きました。そんな些細な電気信号をきっかけとして意識が覚醒。

 それから、ゆっくりと頭をもたげます。

 広がる視界の先。そこには土煙だらけの景色が、私を取り巻いていました。

 遠くに見えるのは住宅街でしょうか。ダンジョンに潜る前、見ていた光景でした。

 

 最後に記憶しているのは塔型ダンジョンが突如として崩落し、落下していく己の姿です。

 あのような高さから落下しては、生きていられるはずなどないと思うのですが……。


「……何があったので……ん?」

 

 ぽつりと漏らした自分の声に、違和感を抱きました。

 上手く説明できないのですが、声の出し方が、今までと大きく異なる気がしました。振動が変化した、とでも言うのでしょうか。

 

 それから、周囲の情報を探る為にゆっくりと立ち上がろうとしました。

 ですが。


「いだっ」


 思うように、上手く立ち上がることが出来ません。生まれたての小鹿みたいです。筋肉が言うことを聞いてくれません。

 塔型ダンジョンから落下したので、大怪我でも負ってしまったのでしょうか。

 

 ですが、多少でも動けるのなら立ち上がらないと、という思いに駆られました。

 迅速に周辺の安全を確保するのは冒険者の務めです。


 しかしダンジョンは崩落。今は屋外ということもあり、魔法は使えません。

 魔法を使う為には、代償として“魔石”が必要です。


 なので私は、瓦礫と化したダンジョンへと視線を送りました。崩落の余波に巻き込まれ、絶命した魔物が居ないか確認する為です。

 

 案外、それはすぐに見つかりました。

 

「……あった」


 幸か不幸か、目の前には崩落に巻き込まれて圧死したと思われる最下位種の魔物——ゴブリンの死骸がありました。

 ここ最近は上位種しか相手取っていなかったので、どこか懐かしい気もしますね。

 

 私は崩壊したダンジョンの破片の中から、鋭利に尖っていたものを選んで握りました。

 思うように動かすことのできない身体で、這いつくばった姿勢のまま破片をナイフ代わりに振り下ろします。


「……よっと」


 普段よりも高くなった自分の声を聞きながら、破片を振り下ろします。


「……まだっ」


 普段よりも力の入りにくくなった体で、破片を振り下ろします。


「……もう少し」


 なぜかたるみを帯びたカッターシャツを視界の端に捉えながら、破片を振り下ろします。


 徐々に脳が覚醒してきたのでしょうか。

 少しだけ身体に力が入りやすくなり、ゴブリンに破片が突き立てやすくなりました。

 

 やがて姿を現した筋膜を狙って。

 

「……っ、とりゃ……っ!」


 弱々しくなった体に力を込めて、てこの原理の要領でゴブリンの筋膜を一気に切り開きました。

 ついに姿を現したのは、生々しい真紅の色を帯びた臓物。そして、肋骨の中心に挟まれた魔石です。


 もはや肋骨を砕く時間さえ惜しい。

 そう判断した私は、開かれたゴブリンの肋骨の上から手を重ねました。

 

 私の想いに応えるように、魔石が魔素となり私の体内に取り込まれていきます。

 そして魔石は飴玉のように小さくなり、やがて世界から消失しました。

 

 魔素となって体内に取り込まれたことを確認した私は、空中に左手を突き出して“アイテムボックス”を発現させる姿勢を取りました。


 その時です。


「大丈夫ですか!お怪我はありませんか!」


 私へと颯爽と駆けよったのは、ダンジョン近辺で警備をしていた中年男性でした。

 幸いにも警備所までは崩落の被害が及ばなかったようです。そのことにひとまずは安堵しつつも、まずその男性へと報告しようとしました。


「……あのっ……!」

「動かないでください。安静に!」

 

 ですが、彼は私の言葉を遮りました。

 それからポケットに潜ませていた携帯端末を取り出し、素早くどこかへ着信をかけ始めました。恐らく警察か、ギルド本部でしょうか。


「こっ、こちら……0314ダンジョン。警備保障の四橋(よつはし)です。はい、はい。緊急の案件です。0314ダンジョンが突如として崩落。10代半ばと思われる少女1名が巻き込まれた模様。至急、救急車を要請いたします」

「……少女?」


 発見されたのはてっきり私かと思っていたのですが、違ったようです。

 その為、私は自分の存在をアピールする為に右手を高く挙手しました。


「……あの、被害に巻き込まれた女の子はどこですか!?手伝います、教えてくださいっ」

「……は?いや、安静にしていなさいっ!!無理しないで!!」

「大人しくできる訳ないでしょう!一般市民を守るのも、私達冒険者の務めですっ!」

「……君は怪我人でしょう!?大人しく横になっていなさいっ!」


 四橋さんと名乗る警備員は、半ば動転した様子で私を横たわらせました。

 なんというか、私への対応に違和感がありますね。


 悲しい事実なのですが、中年男性というだけでどちらかというと邪険に扱われることが多いです。怪我がないと判断した時点で「あーなら大丈夫か。はいこっち来て」みたいな雑な扱いを受けることが大半でした。

 なので、その反応たった一つで、「私の身体に大きな異変が生じている」という確信を抱くには十分でした。


「……怪我なんて、していませんよね?」

 気づいていないだけで、大怪我でもしているのでしょうか?

 そう思い、自分の身体を見下ろしてみますが……出血などはしていないようです。

 

 ぶかぶかになったカッターシャツが体を覆うのみです。ズボンは……いつの間にかずり落ちて脱げてしまっていました。

 ギルドから支給されている革の鎧も、いつの間にか破損してしまったようですね。瓦礫の中に埋まってしまったようです。


 なので、今はカッターシャツ一枚のみが身を包んでいる状態ですね。

 公然わいせつと取られても仕方のない光景ですが、状況が状況なので仕方ありません。

 

「っと、そんなことをしている暇はありませんね。私もギルドに連絡しなければ」


 警備員の方が連絡しているのを見ながら、私も“アイテムボックス”を顕現させることに集中することにしました。

 有事の事態なのですから、ギルドに連絡を取るのは当然の義務です。


 “アイテムボックス”の中に格納していた業務用スマホを取り出しました。

 ですが、一連の動作を見ていた警備員は、驚いた様子でこちらに視線を送ってきました。


「……“アイテムボックス”……?君みたいな女の子が……?」

「……ん?女の子?」


 四橋さんは何を言っているのでしょう。

 そう言えば、先ほど「少女が1人巻き込まれた」みたいなことを言っていましたね。誰のことでしょうか?

 

 彼の言っている言葉の真意が理解できないまま、私は業務用スマホのスリープモードを解除しようとしました。

 

 その時です。

 真っ暗なスマホの画面が鏡の役割となり、私の顔をうっすらと映し出しました。


 そこには——。


「誰ですか……?」


 くりくりとした大きな眼の、銀髪の少女が映し出されていました。

 咄嗟に自らの頬を触ってみると、スマホにうっすらと映ったシルエットも同じ仕草を辿ります。


 私が首を捻れば、少女も同じ動きをする。

 私がスマホに顔を近づければ、少女も同じように顔を近づける。


「わっ、す、すみませんっ!」

 

 ですが年頃の少女が眼前に近づいてきたため、すぐに謝罪の言葉を掛けました。

 最近はセクハラとかうるさいですもんね。


 しかし、そのようなことに時間を割いている余裕はありません。

 すぐにギルドへと報告しなければならない、ということを思い出した私は上層部とのパイプを担っている、三上さんへ連絡することにしました。

 正直、彼に連絡を取ることは(しゃく)なのですが。状況が状況です。

 

 発信音が繰り返された後、「はいよぉ」と三上さんの気だるげな声が響きました。


「はぁ……お前なんだよ。連絡するなつったり、連絡してきたりよォ。いい加減にしろよお前」

「田中です。緊急の案件で連絡いたしました」

「……ん?ちょっと待て。誰だお前」


 一体彼はこの状況で、何をふざけているのか分かりません。

 いくら三上さんに嫌われているとはいえ、最低限の業務はこなして欲しいです。


「あのっ。田中!田中です!!冒険者の!!」

「……あのな、嬢ちゃん。これな、私用携帯じゃねーんだわ。どこでその携帯拾った?」

「嬢ちゃん……?さっきから何を言っているんですか!?田中 琴男!いいから用件を聞いてくださいよ!!」

「は?田中 琴男?……いや、何言ってんだ。ボイスチェンジャーでも使ってんのか?」


 さっきから、彼は何を言っているのでしょうか。

 音声での会話ではどうにも(らち)が明かないと判断し、音声通話からビデオ通話に切り替えることを決断。すぐにビデオのマークをタップし、崩落したダンジョンを映し出せるようにします。


 ビデオ通話へと切り替わり、スマホのインカメが起動した。

 その時に、気付いてしまいました。


「……これ……え?」


 先ほどと同様に、銀髪の少女が映し出されていました。

 やはり彼女は、私の動きに呼応する形で首を動かしたり口を開いたりしています。


「……私、ですか?これ……」


 その瞬間。

 私。田中 琴男は、女性の姿になったと悟ったのでした。


 

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「……んぅ」


 いつの間にか、ぐっすりと眠ってしまっていたようですね。

 一定間隔で揺れる座面。車窓から見える、次から次に流れていく景色。

 天井で回る空調から、涼しい冷房の風が吹き渡っています。


 何となく、懐かしい夢を見ていた気がします。

 ぼーっとする頭で周囲を見渡している最中、隣から声が掛かりました。


「よぅ、田中ちゃん。まだ到着まで時間かかるから寝てていいぞ」

「……三上さん」


 そこには、穏やかな顔をした三上さんが居ました。

 彼はいきなり私の頭を鷲掴みにして、わしゃわしゃと撫でてきます。


「むきゅ……なにするんですかっ」

「研修で疲れてんだろ。無理すんな」

「む、無理なんかしてませんよっ!?」



 そうでした。

 今は研修が終わり、そのまま三上さんと恵那と、共に電車で帰路を辿っている最中でしたね。

 三上さんと反対の方向に視線を送れば、そこには恵那——ではなく、色男が腕を組んで眠っていました。


 田中 恵那。

 私の妻ですが、現在は私と似たような事情により男性の姿となっています。


 再会した当初は、薄汚れた灰色のスウェットに身を包んでいました。ですが、そのまま帰る訳にもいかないので、ターミナルステーション内にあった呉服店で清潔な衣服を購入。それを、恵那に着てもらいました。

 なので今は、まるでファッション誌から出てきたのかと思わされるほどの、俳優みたいなイケメンが隣に座っています。

 

 これが長年寄り添った妻の姿だというのですから、理解が追い付かないです。

 私が女性化した時も、恵那に似たような気持ちを抱かせたのでしょうか。

 

「……すぅ……すぅ……」


 静かに寝息を漏らす恵那に、三上さんは再び苦笑を漏らします。

 

「恵那ちゃ……恵那君も、どうやら疲れたみたいだなァ」

「……ですね。恵那もしばらくは忙しくなるでしょうね。死んだと思っていた人が生きていたんですから」


 私がそう言葉を返すと、三上さんは「はぁー……」と大きなため息をつきました。

 

「田中ちゃんはよォ。ちゃーんとすぐに連絡くれたってのによ。本当に恵那君は田中ちゃんのことしか見えちゃいねェな?」

「私は何かあったらまずい、って必死でしたから。まさか、自分がこんな姿になるなんて思いもしなかったですが……」

「ま、だよなァ。俺だってお前から電話かかってきた時さ、意味わからんかったし。知らん田中にでも電話かけたかと思ったわ」

「私としては、嫌っても良いですけど……報告くらいはちゃんと聞いて欲しい、って思ってましたよ……」


 そう女性化した当初の記憶について語り合うと、どこかおかしくなってきました。

 私と三上さんはまるで示し合わせたように、「ははっ」と声を上げて笑います。


「や。まあ……本当に、昔だったら考えらんねーよなァ。一生こいつとは分かり合えねーって思ってたわ」

「私もですよ」


 私は天井に向けて軽く息を吐きました。

 それから。ふと、犬猿の仲であった三上さんを茶化したい気持ちに駆られました。

 

 この見た目だからこそ、元々40代という同年代だったからこそ、出来る意地悪があるというものですね。


「これからも頼りにしてますよ。ね、パパ?」


 その言葉を発した瞬間、三上さんは露骨に顔をしかめました。


「……お前マジで止めろ……最近娘が独り立ちして堪えてんだから……」

「あははっ、知ってますよ?」


 本気で堪えているのでしょうね。

 三上さんは頭を抱えて、蹲ってしまいました。


 そんな姿を横目に見ながら、ふと心の奥からぽかぽかと暖かい気持ちが溢れていることに気付きました。


(……オヤジ、お袋……)

 

 全国各地にダンジョンが生み出される大災害——“異災”に巻き込まれ、命を失ってしまった両親の面影が、脳裏をよぎります。

 と言ってももう、その顔を思い出すことも出来ません。

 

 もう一度、ぐっすりと眠っている男性化した恵那に視線を送ります。

 彼女——いや、彼とはもう一度やり直せるのでしょうか。

 

「……家族かあ」


 それから次に研修中ずっと、行動を共にしていたゆあちー……土屋 由愛のことを思い出しました。

 ゆあちーは中学の頃に父親を亡くし、母親と二人暮らしで過ごしているそうです。


 やっぱり、みんなそれぞれの家庭事情があるそうです。

 そんな中で、女性化した私は……一体、恵那とどのように家庭を再構築すればいいのでしょう。


 家族の形というのは、ダンジョンよりも複雑なようです。

 琴ちゃん、あなた本当に自分が元男性ということを忘れてないですよね?(作者)

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 具体的にはこんな感じでTS化してたんですなぁ…。琴ちゃん、今の感じ見てる限りこのまま身体に引っ張られて完全に精神女性化しそうだなぁ…パートナーの恵那さんもTS化したから余計に。 …
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