第67話 契約
「……ははっ、いつだって休む暇などない。労働基準法が泣いていますよ」
私がいる場所は、傍から見れば神殿のようにも見えるでしょう。
塔型ダンジョンを支えるのは、神々しく煌めく石柱。ただの構造物であるはずの石柱ですが、ソロでダンジョンを攻略している私にとっては、欠かすことのできない命綱へと変化します。
石柱から頭を覗かせれば、そこに闊歩するのはゴブリンの最上位種に該当するキングゴブリン。2mを超える体躯に、洗練された筋肉。金剛の鎧をその身に纏う姿は正しく王に相応しいと言えるでしょう。
そのような魔物が、そこかしこに居るのですからダンジョンというのは末恐ろしいものです。
さて、ダンジョンというのは大まかに塔型、洞窟型の2種に分かれています。
そこから規模を細分化すれば「大規模」「中規模」「小規模」に分割されます。
現在、私——田中 琴男は塔型、大規模ダンジョンの上階層を攻略している最中。
本日で攻略を開始してから3日目。本来であればそろそろギルドから生存報告も兼ねて、業務用端末へと連絡が届く頃なのですが——私は元々ソロ冒険者として連日ダンジョン攻略に勤しむことが多いので、こちらから生存報告の為の連絡を断っています。
ある程度、自分のペースで攻略するのを心掛けたいというのもありますから。業務に集中しているところに連絡が来ると、ペースが乱れてしまうので。
それに、元々人事部の三上さんからは好ましく思われていないというのもあります。
まあ、理由は察するところですが。
「……私の知るところではありませんね」
ふと邪念が過っていたことに気付き、苦笑を零しました。
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三上 健吾とは冒険者時代からの長い付き合いです。かつては彼も多くの女性を侍らせ、他者を見下すことを快楽としていた……まあ、ロクでもない冒険者でしたね。そんな立ち振る舞いをしていたものですから、当然周りの冒険者からは嫌われていました。
実力だけは確かであった彼は、自らのスペックをアピールしつつ柊 恵那に接触。彼女をも自らの欲望をぶつける対象にすることを目論みました。
ですが当の恵那は三上さんに関心を持つことはありませんでした。飄々とした立ち振る舞いで、彼を突っぱねていたようです。
正直、当の本人である私でも理解しがたいのですが……彼女は、どうやら私を選んだようでした。
ダンジョンに籠りっきりであり、骨身をダンジョンに埋める覚悟さえあった私を、ですね。
ですが三上さんからすれば、ダンジョンにしか興味を示さなかった私に惚れていた、という事実が面白くなかったのでしょう。
『そんなにダンジョンの中で死にたいんなら殺してやるよ!!』
……なんて、ダンジョン内での戦闘を申し込まれたことだってあります。
原則、ダンジョン内での戦闘はご法度なのですが。死体が残らないこともあって、黎明期ではそう言った冒険者同士の戦闘が多発していました。
現在でこそダンジョン攻略の前には厳密な検査こそされますが、当時は法整備が整っていないこともあって生死にシビアな時代でした。
歴史の闇にこそ放り去られましたが、反社に属するような人達の死体遺棄に使われる……という事例も多かったですし。歴史書には載せられないですよね、こんな話。
しかし、そんな日々が続いたある日のことです。
三上さんの恵那に対する好意はいつしか本物になっていました。
これまで自らが侍らせていた女性とも別れを告げ、恵那へのアピールを懸命に続けていました。
やり方こそ乱暴なものでしたが。
そんな彼にとって。
恵那の想いを無視して、ダンジョンに籠りっきりであった私のことが許せなかったようです。どれだけ経っても他人に合わせようとしない私に、ついに彼は食ってかかりました。
『別に俺はアイツと結ばれなくたっていいよ、勝ち目ねェのはよーくわかったからな。……でもな、テメェがアイツの気持ちを疎かにしていい理由にはならねェだろうが!!ちったァ、恵那を苦しませるようなことをやめろつってんだよ!!』
……本当に、今でも思い出せる話ですね。
拳で相手を屈服させることしか知らなかった三上さんは、その日から暴力ではなく言葉を武器とすることを選んだんです。
しばらくしてから、彼は冒険者として引退し、人事部へ転向。
私のようにダンジョン内で命を散らそうとするような、人材を減らそうと尽力するようになりました。
今になって思い返せば、私だって彼の働きによって行動を変えさせられた冒険者の一人です。
三上さんの言葉や振る舞いの変化から、私も好意を向けてくれていた恵那に向き合うことを決意しました。
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「……本当に、懐かしい話ですね」
そんな遠い昔の話をふと思い出し、思わず笑みが零れました。
誰だって、辛い葛藤、辛い苦しみを抱えて前に進んでいるのだと。
「——ギッ!!」
キングゴブリンは私が接敵していると気づくや否や、その腰に携えた豪華絢爛な剣の切っ先を私に向けました。
その立ち振る舞いは神聖なる騎士を彷彿とさせます。低階層にいるような、ただ暴力に任せた戦いを好むゴブリンとは格の違う立ち振る舞いに、もはや敬意さえ覚えますね。
余談ですが……上位層に住まう魔物ほど、頭蓋内に占める脳の比率が大きくなる傾向があります。
それだけ知能が発達し、物事を考える力を手に入れるということです。
「良いでしょう……あなたを対等な相手と認めましょうか。手を抜く、などご法度ですね」
キングゴブリンはどうやら、私が準備を終えるのを待ってくれているようです。
正々堂々たる姿に敬意を示し、私は胸元で揺れるネクタイを締め直しました。それから、“アイテムボックス”を顕現させ、中からギルド支給のロングソードを取り出しました。
軽量で扱いやすく、最低限の殺傷能力を含有している。そのことから、私は無料支給であるのをいいことに、基本的に5~6本は持ち歩くようにしています。
そのロングソードの切っ先に至るまで、高濃度の魔素を纏わせるイメージを脳裏に描きます。
大抵の冒険者は「エンチャント:炎」に代表されるような、属性付与魔法を好んで使用しています。
ですがそれでは面白みに欠ける。そこで編み出したのが、扉を開ける為の魔法として用いられることしかない“魔素放出”を攻撃魔法として転用させる技術です。
属性魔法と違い、相性に左右されることのない。純粋なステータス強化スキルとして使用できるということから、今となっては私の切り札となっていますね。
「それでは、始めましょう。“魔素放出”」
次の瞬間、まとわりつくは白銀のオーラ。高濃度の魔素が乱反射を引き起こすことによって生み出される現象ですが、このような魔法を扱うことのできる冒険者以外には私以外では見たことがありませんね。まあどう考えても非効率ですし。
そう言えば、私もいよいよシルバー世代に片足を突っ込みかけていますね。あまり考えたくもないですが、そろそろ認めざるを得ないようです。
身に纏う白銀のオーラが、間もなく高齢者となりうる自分を示しているようで時折嫌な気持ちになります。
「——行きますよ」
「ギッ!!」
金剛の鎧に身を包んだキングゴブリンと、白銀のオーラ纏う私。
金と銀の光が、激しく稲妻を散らしながら衝突します。
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本来は、単騎でダンジョンの最上階まで登ることなく帰宅しています。
最上階に住まうボスモンスターというのは、他の階層の魔物とは比較にならないほど桁違いな強さを持っているからです。
積み重ねた歴史の中で当然、討伐歴こそあります。
しかし、他のボスモンスターと同等に1週間でリポップする上に、ドロップする魔石から得られる魔素量も少ない。
強い、遠い、少ない。
嬉しくない三拍子ですね。
そう言った旨みがないことから、業務の一環としてダンジョン攻略を行うようになった現代において、最上階の攻略は推奨されないようになっていきました。攻略するにしても、せめてパーティで、とは言われていました。
黎明期においては「力の誇示」というただ一点において、攻略する冒険者も多かったんですけどね。時代の変遷というのはいつだって起こりうるものです。
本来であれば、業務優先でボスモンスターなど放置する予定でした。ソロ冒険者ということもあり、リスク管理も徹底しなければいけませんし。
ですが、どういう訳かその日に限っては、調子が良かったんですよね。
「……どうせなら、一度くらい戦ってみますか」
妻である恵那からは、「もうこれ以上無茶しないで」と強く言われていました。
ですが今となっては私も、定年という単語がちらつき、後は緩やかに老後に差し掛かろうとしている時期です。
どうせ冒険者としての引退も視野に入れなければいけない年齢なら、一度くらい全力を出しきってしまいたい。そんな、若気の至りが脳裏をよぎったんです。
ボスモンスターを討伐したとして、恵那には黙っていればいいことですし。
そしてついに差し掛かった最上階。
透明なガラスを彷彿とさせる階段ですが、それはほんのりと光を帯びています。靴底が階段を叩く度、光の粒子が舞い上がっては虚空に溶けていきます。
もはや、最上階には天井など存在しませんでした。
吹き抜けになったダンジョンには、青空が広がっています。晴天の空から降り注ぐ日差し。
そして、日差しに紛れ、どこからともなく純白の羽が降り注ぎます。
しかし、私が追い求めたボスモンスターなど、どこにもいませんでした。
荘厳たる王の間に相応しい空間ですが、その玉座には誰も腰かけていません。
事前に受け取っていた“ダンジョン調査届”においては、確か天使系の魔物が居ると記載されていたはずなのですが。
(……ボスモンスターの討伐報告忘れでしょうか?)
そう思わざるを得ませんでした。覚悟を決めていただけに、とんだ拍子抜けです。
このような時代とは言え、やはり自らの実力を再確認せずには居られない冒険者が私以外にもいる、ということなのでしょう。
そう自己完結し、踵を返そうとした時でした。
——その身ひとつで、よくぞここまで訪れました。人の子よ。
「……っ!?」
どこからともなく響く声に、思わず身構えます。
ですがやはりというか、誰もその場には居ませんでした。ロングソードを構えながら、周囲を見渡します。
「……誰ですか?」
私は静かにそう問いかけましたが、やはりというか問い掛けに返事はありませんでした。
その代わり、一方的に言葉を掛けられたんです。
——そなたに、契約を授けよう。新たなる生に、幸あらんことを。
「……契約?」
その言葉の真意を探ろうとした時です。
突如として、どこからともなく風が吹き荒びました。まるで突き上げるような突風と共に、ふわりと身体が浮かび上がります。
「なっ、なんですか……っ!?」
内から込み上げたのは、長らく忘れていた恐怖に等しい感情でした。
足場が消え去り、いとも容易く瓦解していきます。重力に従い、自分が勢いよく落ちていく感覚だけが確かにそこにはありました。
縋るように手を伸ばしても、何も掴むことが出来ないんです。
意味もわからず、ただ落ちて散る命なのか。長らく冒険者として務めた私の最期はこんなものなのか。
そう思わざるを得ませんでした。
最後に、消えゆく感覚の中で脳裏に過ぎった言葉。それは——。
「……恵那……ごめん」
ただひとつ。
長らく寄り添ってくれた、妻への謝罪でした。




