第66話(おまけ2) 俺TUEEEだけで成り立たない現実
「っらああああっ!!はじけ飛べよっ、“エンチャント:炎”っ!!」
俺——園部 新は、愛用している属性付与魔法を唱えた。
次の瞬間。
親父から貰った大剣から、唸るような紅蓮の炎が生み出された。
大振りに薙いだ紅蓮の炎が軌跡を描き、囲うダークゴブリン共を瞬く間に切り刻む。
俺達は今、洞窟型のダンジョンで業務に励んでいた。ちょうど、担当の指導者と共に攻略を行っている最中だ。
「おーっ、すごいすごい!!さーすが期待の新人だね、ひゅーっ!!」
そんな俺を捉えるのは球状のドローン。楽しげに俺の姿を映すドローンのスピーカーから響くのは女性の声だ。
スピーカーから聞こえる声の主は早川 瑞希。ギルドの連絡班としての役割を担う彼女は、いつだってダンジョン攻略する俺達の姿を見ては楽しそうにしている。
まぁ、確かにこういう仕事でもなけりゃ、冒険者の戦う姿なんてそう見ることってできねぇもんな。時々テレビで冒険者の姿を映し出す番組だって流れることはあるが、まーエンタメ的な扱いって感じだ。
血生臭い部分は全面的に取っ払われてるから、実際に働いている身からすれば正直リアリティに欠けると言わざるを得ない。
「……よしっ。“エンチャント:解除”」
魔物の殲滅を確認したところで、静かにそう唱える。俺の宣言に応えるように、紅蓮の炎は大気へと溶けて消えた。
それから大剣を背中に携えた鞘の中へと戻す。
この武器使い始めた当初は鞘へと戻すのに苦戦したところだったが、今となっては慣れたものだ。
それから、遠くから俺の戦いを見守っていた先輩——鈴田 竜弥先輩へと視線を送る。
「先輩っ!どうっスか俺の立ち回り!」
「うん。悪くはないんじゃないかな、粗っぽさはあるけど、それが園部君の味でもあるし」
「マジっすか!あざっす!!」
ここ最近は、鈴田先輩について回ることが多い。氷属性を付与した魔法を主体とする彼は、リーダーシップにも優れ、冒険者としての見本と言えるだろう。
顔が良けりゃ、実力もあり、性格も良い。なんというか、世界って不平等だなー……って気もするけど。
実際、鈴田先輩の指導もあって冒険者としての仕事には慣れてきた気がする。
ただ、どうしても時折脳裏にちらつくのは、一番最初に指導を受けた先輩——田中 琴先輩とのダンジョン攻略だ。
大学生時代に色んな冒険者に付かせてもらったことがあるが、あんな戦い方をする冒険者は誰一人いなかった。
「そういや、鈴田先輩。ずっと気になってたんスけど」
「ん?どうかした?何か気になることでもあったかな」
「いや。俺の話じゃないんスけど、田中 琴先輩っているじゃないですか。ほら、あの若い女の子」
「若……うん。若い女の子ね、どうしたの?」
どうしてそこで歯切れが悪くなるんだろうか。
正直、鈴田先輩のリアクションには引っかかるものがあったが、俺の思い違いだったらダサいから突っ込まないことにした。
「田中先輩って、俺の目からしてもだいぶ変わった戦い方してると思うんすけど……固定のパーティとかいるんスか?」
「あー……確かに、田中先輩は変わってるよな。ま、結論から言えばソロだよ、あの人は」
「えっ、ソロなんスか?いいんすかそれ」
「ま、良いかダメかで言えば、ダメだよな」
鈴田先輩はそう言って肩を竦めた。そんな動作の機微に至るまでサマになっているんだから、正直羨ましいと言わざるを得ない。
それから、彼はちらりと背後に視線を送る。そこには俺達が辿ってきた通路を塞ぐように配置してきたワイヤートラップが、びっしりと張り巡らされていた。
念入りに魔物からの襲撃を警戒する様は、どこか田中先輩の立ち回りを彷彿とさせる。
「でも、実際田中先輩のペースに合わせられる冒険者っていないんだよな。俺も何度か一緒に潜ったことあるけど、まあ自由奔放なのなんの……」
鈴田先輩はそう語りながら、空を仰いだ。その表情には苦笑が滲んでいた。
そんな雑談を繰り広げている最中。
「……話はあとだね。戦闘準備、取り掛かろうか」
「っス。田中先輩の時にも出会いましたから」
地響きが辺り一帯に轟いた。
「……通路奥からでかい魔物が見えるよ。気を付けてね、園部君」
ふわりと浮かぶドローンから、早川さんが報告する声が聞こえる。
目前に広がる大空洞。薄暗い洞窟の先から、のっそりと巨大なシルエットが姿を現す。
「さーてっ。申し送りの内容、覚えているよね?7階層で魔物が食い荒らされた痕跡があったってっ」
「覚えてるっすよ。まあ……俺だってリベンジしたいですから」
「おーっ、言ってくれるねぇ!期待してるよっ♪」
楽しげに返事する早川さんは、その感情を表現するようにドローンで俺達を取り囲むように撮影していく。
「ひゅーっ、ワイルド×クールっ、映えるねぇー!!さいっこうっ、捗るよぉーっ!!」
「……気が散るんスけど」
「ねーっ、今度琴ちゃんともまたパーティやってよーっ。2人が戦ってるとこ撮影したーい!」
「それは田中先輩に言ってください……」
そんなやり取りを繰り広げている間にも、地響きは大きくなる。周りにいたゴブリンやスライム共は、その脅威に怯えたのだろう。一目散にその場から退避して居なくなってしまった。
鈴田先輩は主武器としている魔法剣の柄を握り、静かに魔法を詠唱する。
「“凍結:光”」
その魔法詠唱と共に、彼の持つ柄の先から筒状の光が生み出される。その光を包み込むように氷の刃が顕現し、瞬く間に彼の愛用している魔法剣を作り出した。
彼は俺の隣へと並び、簡潔に作戦の確認を行う。
「園部君、いいかい。俺がドラゴンの行動を止めるから、君が叩くんだ」
「うっす」
「魔法を唱えてから、合図するからな」
近づく轟音と共に、ダンジョンの壁面を削るようにしてそれは現れた。
「……やっぱデケぇな」
ワニを彷彿とさせる巨大なあごを持った、トカゲの如く伸びた体躯。その背中から生える、コウモリの形状をした翼。様々な生物を折り交ぜたキメラのようなそのドラゴンの体躯は、5mをゆうに上回っていた。
——ドラゴンの重量は、平均3~5トンです。ですがそのような巨体を動かそうとすると……当然沢山のカロリーが必要となります。
脳裏を、田中先輩の語っていた話が過る。
彼女は小柄な体躯ながら、一切巨大なドラゴンに怯まなかった。
(あんな女の子でさえ一切動じることがなかったのに、俺がビビってどうするんだ)
そう自分に言い聞かせて気持ちを落ち着かせる。
「グルゥウゥウウウ……」
やがて、そのドラゴンは洞窟内に配置された大空洞の中で、静かに俺たちを待ち構える。
大空洞は、おおよそ体育館ほどの規模を持っている。ドラゴンとしても、自由に空を飛ぶことが出来るのは都合がいいのあろう。
まるで「来い」と言わんばかりに、巨大な翼を広げて俺達を見据えた。
その口元からは、微かに炎が零れていた。
あれから、勉強したのだが……ドラゴンは、体内にガスを貯留しているらしい。放出したガスが空気と混ざり合い、混合気を作り出す。それに火花を接触させて燃焼を生み出す——というメカニズムで火を噴くらしい。
そして、その炎をちらつかせるというのは、恐らく威圧する意味を持っているようだ。
危険を察知して逃げ帰ろうとした俺達を焼き払おうという算段なのだろう。
「さーって。これを倒して特別手当もらっちゃおー!」
だが、そんな巨大なドラゴンを前にして、早川さんは楽しそうに声を上げた。
緊迫した雰囲気を和らげるという意味では、彼女の存在は非常に助かる。まあ、ある種ムードメーカーのような役割かな。
それから続いて、ドローンのスピーカーからキーボードを叩く小気味よい音が響く。
早川さんは楽しそうな声音で、ドラゴン目掛けて高らかに宣言した。
「すりーっ、つーっ、わーんっ!!」
早川さんのカウントダウンと同時に、ドローンから伸びた銃口の先端がドラゴンへと向く。
今回のダンジョン攻略に用いているのは、魔弾式ドローンである。どうやら、かつて黎明期に発明された“魔弾銃”の技術を応用して製造されたものらしい。
カウントダウンの最後、エンターキーが叩く音が鳴り響く。ったーんっ!
「ふぁいあーーーーーーっ!!!!」
次の瞬間、ドローンの銃口から“炎弾”が放出された。
300㎞/hを超える速度で襲い掛かる銃弾に纏わりつくのは紅蓮の炎。実際に魔法使いが用いる“炎弾”よりは威力こそ大きく劣るが、相手へのけん制としては大きく役に立つ。
“炎弾”は瞬く間に、ドラゴンの口元に着弾。その紅蓮の炎は、ドラゴンの口元から零れていたガスに着火した。
「グルァッ!?」
それは小規模な爆風とは言え、ドラゴンを怯ませるには十分な脅威を持っていた。
身を守るように軽く仰け反ったドラゴン。それから、突如として襲い掛かった脅威から逃れるように、高く飛翔してその場から逃れようとする。
「ちっ!空に逃げんなよクソッ!」
空中戦となれば、俺は太刀打ちすることさえ出来ない。苛立ったように悪態を吐くが、鈴田先輩は至って冷静だった。
彼はポケットに潜ませていた、あるものを取り出す。
それは、1つのレーザーポインターだった。
「田中先輩から昔教わったんだよ。ドラゴンは強烈な光に弱いって。特に、こういう洞窟型に棲むやつなら尚更さ」
そう言って、鈴田先輩は動じることもなく、落ち着いた仕草でレーザーポインターを操作。赤色の光が、ドラゴンを追うように襲い掛かる。
すると鈴田先輩の言う通り、ドラゴンは光から逃れるように身を捩らせた。
「グルァアッ……!」
視界へと入り込む光を嫌がっているようだ。脇目もふらず、必死にその光から逃れようとする。
鈴田先輩は静かにドラゴンを巧みに誘導していく。
「ガッ……!」
「うん。上手くいったね」
やがて、レーザーポインターから逃れることに精一杯で周りが見えていなかったドラゴンは、勢いよく壁面に身体をぶつけた。
苦悶の声を漏らしながら、ドラゴンは勢い良く地面に墜落する。
鈍い音と共に、灰色の土煙が舞い上がる。その隙を逃さず、鈴田先輩は氷でできた魔法剣を地面に突き立てた。
「——“凍結”!!」
すると、彼の魔法詠唱と同時に魔法剣を軸として生み出される樹氷。
次から次に伸びていく、氷雪の槍。それは瞬く間にドラゴンへと襲い掛かった。
氷属性の基礎魔法である“凍結”。
それをここまで攻撃魔法として昇華させることが出来る冒険者を、俺は鈴田先輩以外に知らない。
「ッガァァア……!!」
氷でできた巨大な槍は、深々とドラゴンの胸元に突き刺さる。その接触面からドラゴンの皮膚は氷漬けとなり、逃れることさえ許さない。
「今だっ!園部君っ!!」
「っ、任せとけぇええええっ!!“エンチャント:炎”っっっ!!!!」
先輩に対する口づかいではないのは自覚しているが、戦闘となればつい昂ってしまう。語気を荒げつつも、俺はそう高らかに宣言した。
背中に携えた大剣を引き抜くと同時に、紅蓮の炎が纏い始める。
それから、ステータスによる身体増強能力を駆使して、大地を蹴り上げる。鈴田先輩が生み出した氷結の大地を踏み抜くと同時に、氷片が舞い上がった。
「っらああああああああっっ!!爆ぜろおおおおおおおお!!!!」
豪炎が辺り一帯を飲み込む。鈴田先輩が解き放った“凍結”さえも、核熱が焦がしていく。
ドラゴンの血肉は一瞬で沸騰し、もはや断末魔さえ轟かせることを許さない。
「カ……」
微かに肺から零れた音を最期に、ドラゴンは瞬く間に絶命した。
吹き荒ぶ業炎が、その絶大な威力を演出する。
壮絶な破壊力を放つ爽快感は、いつだって気持ちが良いものだ。俺はふと、恍惚に入り浸っていた。
だがそんな俺とは反対に、鈴田先輩は嫌な予感を感じ取ったのだろう。
彼は咄嗟に、ドラゴンを中心として巻き起ころうとしていた爆炎に向けて魔法を唱えた。
「ちょ、ちょっと待て!“大気遮断”!!」
「えっ!?」
咄嗟に発現したその魔法を中心として、大気中に舞い上がる酸素や魔素が遮断される。
酸素も魔素も失った炎は、瞬く間に勢いを殺がれたようだ。あっという間に爆炎は消失し、静寂だけが取り戻された。
「……ど、どうしたんですか鈴田先輩」
何を慌てることがあるのか。分からずに呆けていると、鈴田先輩は引きつった笑みを浮かべながら答えた。
「洞窟内で、広範囲の炎魔法を使うとな……酸素欠乏を巻き起こすかもしれないんだよ。ほら、炎って酸素を燃料とするだろ?」
「……あっ」
「次から気を付けてな。危なかった……」
そう告げてから、鈴田先輩はドラゴンの亡骸へと静かに歩み寄った。
落ち着いた様子で魔石を取り出す彼の後ろ姿を見つつ、俺は自分の過ちを反省せざるを得なかった。
「調子に乗っちまったな……」
「ま、反省するのは良いけど……次だよ次。挽回してこっ!ね?」
「っス。ありがとうございます」
「いえいえ~!鈴田君に付いていっていたら間違いないと思うよっ、周り見えてるイケメンって良いよねぇ、眼福~!」
一切動じない早川さんの言葉に、どこか救われるものがあった。
“期待の新人”という単語に、どうやら俺は自惚れてしまっていたようだ。
まだまだ、冒険者としては未熟なところが多いらしい。
ただ自分の実力をひけらかすだけではいけないのだろう。
現実は、俺TUEEEだけで成り立つほど甘くはなかった。




