第65話(おまけ) 犬猿の仲
「おはようございます……くぁ、ねむ……」
眠気を噛み殺し、俺——三上 健吾は人事部へと続く扉を開けた。
部下の長谷部っていう名前の女子社員は苦笑を漏らしながら、俺に視線を向けてくる。
「おはようございます、三上部長。相も変わらず眠たそうですね」
「ははっ、寝る前にコーヒー飲んじまってな、寝付けなくなっちまった」
「ほどほどにしてくださいよ。部長が倒れたら人事部は終わりですから」
「大げさだろ、みーんな俺以上に働いてるからさァ」
なるべく、同僚に対し威圧感を与えないように心がけているのは俺のポリシーだ。どうだ、惚れるだろ?
そんな俺だって……人事部に異動する前は冒険者としてそれなりに頑張っていたもんだ。昔は相当モテたんだぜ?
ぶっちゃけ恵那ちゃんも落とせると思ってたんだがなァ。なんだあの田中 琴男とか言う冒険者。
……あー、ダメだ。過去の話は忘れっか。
俺だって今はちゃんと娘を養っている身なんだ。嫁はちょっと若い頃に病死したがなァ。
ま、湿っぽい話はする気はねぇよ。あいつだって今は立派に大学生やってるし、ちったぁ肩の荷も下りるってもんよ。
「っ、でー……書類溜まってんな」
人事部っつうのは、ただ入職希望者の面接対応をするだけ、ってだけじゃねえ。
冒険者がより円滑に、ダンジョン攻略を行えるようにするのが主な仕事だ。
ボスモンスターがリポップするタイミングに合わせて、随時冒険者を派遣する……と言えば簡単そうに思えるかもな。
だが、適正レベルとか冒険者の持つスキル相性とか、人間関係とか、考え出したらキリがねぇ。
なるべく、冒険者間で不満を生み出さないように調整するのが俺ン役割ってこった。
んで、状況に応じて適宜研修を勧めていくのも俺らの仕事だな。
……まぁ、最近は特に頭を悩ませている奴がいるんだが。
お、噂をすりゃ来やがったか。
まるで壊れ物でも扱うかのように、慎重に人事部の扉が開かれた。
「あの。三上さん、すみません。田中です」
「ッ、あー……今度はなんだ」
まるで捨て猫みたいに、おずおずと怯えた様子で入ってきたのは銀髪のチビガキ。
元々はエース級冒険者としてギルドに貢献していた冒険者の田中 琴男。
だが、“女性化の呪い”というとんでもねぇトラップに掛かっちまったこいつは、今は田中 琴という名前で冒険者として仕事をしている。
ぶっちゃけ女性の姿になるまでは、ソロでエース級、というだけでもかなり使い勝手のいい冒険者だったんだがな。
冒険者間のいざこざという問題を完全に無視できて、なおかつ安定した成果を持ち帰ってくるってだけで随分と助かったもんだ。
正直いい加減な中年だったし、見るだけで腹が立つ奴だったがな。
だが、そんなコイツは、今やただのクソガキでしかねぇ。
どーせまたトラブル持ち帰ってきたんだろうな。
「すみません、また備品のロングソード壊しました……」
「はぁ!?お前またやりやったなァ!?今月何本目だよ!!」
「す、すみませんすみません!!」
田中ちゃんは、ダンジョンに潜る度に高頻度で備品のロングソードを壊して帰ってくる。いつもどんな使い方してるのかわかんねェ。
つーか、俺らだってなまくら渡してる訳じゃねーぞ!?冒険者の命が掛かってんだ、結構高いやつ仕入れてんだぞ。なのにお前……。
んで、まぁ今回も例の如く俺に怒られて、田中ちゃんは平謝りと。
最近は特にそんなことを繰り返しているもんだから、半ば恒例行事みたいになってんな。
まー、こいつも悪気があってやってる訳じゃねぇのは分かるがな。
それに最近の田中ちゃんは、随分と素直になりやがったもんだな、というのは思ってる。
昔なんて「すみません、また、ロングソードを折ってしまいまして。はは」なんてヘラヘラしてやがったぞ。
実力も実績もある冒険者だったから、だーれもなんも言わなかったがな。正直、不満は溜まってたんじゃねえかな。
そんな俺だって、“女性化の呪い”を受ける前のアイツは、顔を見る度に腹立ってた訳なんだが。
だから、まあ。
「コイツ、マジで同一人物かよ?」というのは正直思っちまうな。まぁ、身の程をわきまえることを覚えたんだろうけど。
俺としちゃ、“女性化の呪い”万歳だわ。
……あ、別にアイツのことをそういう目で見たことはねぇぞ?ぺったんこのクソガキに興味はねぇ。
「……つーかお前さァ。いつも何やってんだよ……ダンジョン管理してる職員からやべー女の子がいる、って連絡来てんだぞいつも」
「誰のことですか?」
「お前以外に誰がいんだよ」
なにお前、「はて?」みたいな顔で首傾げてんだ。
つか田中ちゃん。自覚ねーだろうがお前、結構人事部の中で人気あんだからな。
「小動物的な可愛さがある」って女子社員からウケ良いんだぞお前。ちったぁ自覚しろチビ。
ま、俺からしても「琴ちゃんに会わせて!」って女子社員からモテるようになっちまったから、悪いことばっかじゃねぇけどな。はははっ。
なのに相も変わらず田中ちゃんは他人からの評価に無頓着だな。
関心がゴブリンにしか向いちゃいねぇ。
「というか三上さんっ。聞いてくださいよっ、今日は珍しく掻っ捌いたゴブリンの胃の中から、魔毒苔が出てきたんですよ!だからですかねぇ、ちょっと動き鈍かったのは!いつまでたっても不思議で仕方ないですよ!あんな食えたもんじゃない魔毒苔をよくもまぁ食べられるものですね!」
「というかじゃねーよボケ。さっさと始末書を書いて来い」
「そんなぁ……」
ロングソード壊したことうやむやにしようとしてんじゃねーぞ。あれ単価3万くらいするんだからな?
ちょっとくらいギルドの収益のことも考えてほしいってもんだ。
もう渡し慣れてしまったもんだがなァ……。
物品破損の始末書を田中ちゃんは渋々受け取った。
「失礼しましたぁ……はあ……」
んで、肩を落としながら人事部を後にしたんだが……まぁ、あの姿を見て「47歳男性」と納得づけるのは無理があるよな。
あいつ、「47歳男性だって説明すれば理解してくれるはず!」って豪語してたが……正直、無理だと思うぞ。戸籍上は16歳だし、まー中身はそれよりも幼い子供にしか見えねぇよ。虫取りとか好きそうだよな。
「……ま、あんなチビでも立派に冒険者やってんだ。ちゃんと生きて冒険者出来るように手配すんのが、俺の仕事ってもんでなァ」
見た目に影響されたみたいで癪だがよ……性格の丸くなった田中ちゃんの顔に免じて、ちゃんと仕事しようかね。
思い返せばよォ。
今の関係では考えられねーほどな、昔の田中ちゃん……っつーか、田中とは仲が悪かったもんだ。
『なァ、お前さぁ。ギルドの皆に迷惑かけてるとは思わねーのかよ』
『何が、ですかねぇ。私は私の仕事をこなしただけですが。三上さんに何か文句を言われる筋合いはありませんよ』
『っ、てめぇさァ……何様のつもりだよ。ぶっ殺されてぇのか?なァ?』
『……はぁ。やはり、あなたとは気が合いませんね。顔も見たくありません』
「ま、ホントにさぁ。人生何が起こるか、分かんねーもんだな……」
思わず苦笑を漏らしちまった。まぁ、柄じゃねーな。
さ、とりあえずコーヒー飲んでから、仕事に励みますか……っと。
……。
……。
……。
……ん?
ちょっと待て。
あいつ魔毒苔食ったことあんのか?
「あんな食えたもんじゃない魔毒苔をよくもまぁ食べられるものですね!」とかシレっと言ってたぞ?嘘だろ?




