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第63話 研修最終日

「……んと、さすがに体力が落ちたかな……」

「ことちー、無理しないで」


 一夜明けて、実質研修最終日です。

 ゆあちーに支えられながら、ゆっくりとベッドから足を降ろします。それから、ベッド柵を支えに立ち上がってみました。


「……とと」


 ですが、どうにもバランスが上手く保てていない気がします。真っすぐに立とうとしているのに、重心が左右に揺れる。まるでやじろべえですね。


 安静にしていることにより、1日で3%の筋力が落ちると言われています。

 ただでさえ少女の身体となって筋力が落ちたというのに、ちょっとだけ不便です。


 そんな私の正面に立った恵那は、ゆっくりと私の両手を握りました。


「ほら、琴。私の手を握って」

「う、うん」

「バランスを崩しても支えてあげるから、ね」


 恵那はそう柔らかな笑みを浮かべ、私を支えてくれました。

 男性の姿となった彼は、女性の頃のたおやかさを残しつつも、どこか頼もしい存在となりました。


 長年寄り添った間柄で、今更気にするほどでもないはずなのに……つい、ドキドキしてしまいます。

 そ、そう。きっとこれは女性の身体になったからです。決して男性の恵那に本心からときめいている訳ではありませんっ。

 

「やっぱり、琴は私が居ないと駄目ね」


 恵那はそう言いながら、勝ち誇ったような顔でゆあちーへと視線を送りました。

 マウントを取られた……そう気づいたゆあちーは、むっと頬を膨らまして恵那に突っかかります。


「なに。女の人みたいなお兄さん」

「ふふ……何でもないわ。ただ、ね」


 そこで言葉を切り、恵那は穏やかな笑みを浮かべます。慈愛に満ちた、心からの感謝を交えた笑みでした。


「……本当にありがとう。土屋 由愛さん、あなたのおかげで、琴は1人にならずに済んだもの」

「っ……べ、別にアンタに感謝される(いわ)れはないし。アンタだって分かってるんでしょ、ことちーは1人にさせちゃいけないこと」


 ゆあちーの私に対する評価はブレないですね!?私1人でも問題解決できる能力持ってますって!

 ほら、えーっと……お酒……は無理でしたね。冒険者業務も……1人じゃ駄目ですね。

 

 ……うう。ゆあちーの言葉に反論できません。


 恵那はどこか悲痛な表情を浮かべ、静かに俯きました。


「……そうね。私にも事情があったとは言え、琴を1人にしたのは申し訳なかったわ」

「恵那……」

「安心なさい。もう、琴から離れたりはしない。この子は私が守るわ」


 あの。本当は逆だと思うんですよ。本来の性別を考えれば、私が恵那を守る立場だと思うんです。

 本心から納得がいかなかったので、私は恵那の手を強く握って宣言しました。


「っ、私だって恵那を守るんだよ。守らせてよ」

「……ああもうっ、可愛いわねっ」

「むきゅぅ……!?」


 唐突に、恵那は強く抱きついてきました。いきなり抱きしめられたものですから、全身が硬直してしまいました。

 ただ恵那の抱擁を受け止めることしかできない少女の身体ですが、私はその腕を彼の背中に回します。


 密着した身体のまま、恵那は静かに囁きました。


「……1人にして、ごめんなさい」

「恵那……」

「家だって、ロクに掃除できていなかったでしょう。帰ったら掃除しましょう」

「……あ、それは……手伝ってくれた人がいるから……前田さんっていう人なんだけどね」


 鈴田君の彼女である前田さんのことですね。

 恵那が居らず、私1人で管理できなかった部屋を掃除するのを手伝ってくれた、圧倒的善人の女性です。

 

 本当に……生活能力が皆無だった私は、色んな人に世話を焼いてもらいました。

 

 ですが、恵那からしたらちょっと不満だったそうです。


「……へえ?私よりも頼りになるのかしら、その前田さんとやらは」

「え?」


 静かに身体を離した恵那は、どこか凄みのある笑みを浮かべていました。

 え、何ですか急に。怖いです。

 

 私の両肩を鷲掴みにした恵那。彼はどこか覚悟の滲んだ声音で呟きました。


「……これから、挽回しなければいけないわね。研修会場だってもう空けないといけないのでしょう?ほら、研修が終わったら早く行きましょう」

「え、恵那……いきなりどうしたの、ねえっ」

「負けるわけにはいかないわ。誰が今まで琴を守ってきたと思っているの……」


 一体何が彼の心に火をつけたのか分かりませんが、恵那は真剣な表情でそう呟きました。



 結論から言えば、特殊個体の発生によって研修会場が閉鎖されることはありませんでした。

 

 私が解剖した雷ゴブリンの検体から得られたデータを元として、協会内で更に研究を進めていくそうです。

 ダンジョン攻略の新たなマニュアル作成の為にも、引き続き特殊個体の捜索は継続。そして、必要であれば個体の確保とデータ採取に努めていくとの方針を打ち立てました。

 

 一応、雷ゴブリンの検体はもらえないか聞いてみましたが……ダメでした。

 ケチ。いけず。


 ただ今回の特殊個体発生の一件は、全日本冒険者協会から全国のギルドに情報伝達されるそうです。

 ダンジョンによって発生する特殊個体は異なるかも知れませんし。統計を取ることに専念していくそうですね。


 

 そして私が雷ゴブリンを解剖し、“属性石”という存在を発見したという功績は大きく評価されました。

 その功績が認められ、特別手当が支給されたのも嬉しいです。

 

 しかし、それよりも嬉しかったのは。



「ほらよ、田中ちゃん。お前の言う“属性石”を貰って来たぞ」

「おおーっ!ありがとうございます!!」


 病室にやってきた三上さんは、そう言って私にあるものを手渡してくれました。

 金色に煌めく属性石です。

 

 大体、5mm程度の大きさである“属性石”。

 ですが、ポケットに入れていたら簡単に無くしてしまいそうな大きさなので、現在はチャック付きのポリ袋に保管されています。

 なんというか、遠目から見たら抜歯された歯に見えないこともないですね。


 このような“属性石”に高濃度の魔素を付与すれば、属性を発現できるというのですから夢があります。

 

 私達が討伐した雷ゴブリン以外にも、同様の個体を発見したとのことで特別に頂けました。


「ふへへ……やったあ……ふへぇ」


 嬉しくなったので、ついその袋を両手に持って惚けた笑みを浮かべてしまいます。


 記念すべき初めての属性石なので、どのように扱うか想像が無限に膨らんでいきますね。



 今後の冒険者界隈の発展に寄与するであろう道具なので、有効な使い方を考えなければなりません。

 せっかく良いものを頂いたのですから、効果的な使い方を考えるところまで責任を持ちましょう。


 そして、私はその“効果的な使い方”を既に考えていました。



「三上さん、今日は園部君は出勤していますか?」

「あ?園部なら今はダンジョン攻略してるはずだが……どうしたよ?」


 一番最初にダンジョン攻略のオリエンテーションをしてから、なかなか勤務が重なることの少なかった園部君ですが。ちょっと、彼に少し協力を仰ぎたいと思います。

 まあ、ハッキリ言えば協力を仰ぎたいのは彼というより、彼のご両親にですが。


 園部君は、新人冒険者でありながら既に豪華な装備に身を包んでいます。

 どうやら聞いた話では、彼の両親は武具製造の専門店を生業としているらしいです。


 せっかくコネがあるのですから、少しだけそれを利用させていただきましょう。


「今度、園部君のご家庭にお邪魔しようかと」

「……へえー……?お邪魔、ねえ?」

「ひっ」


 え?私何か悪いこと言いましたか?

 恵那のクールダウンした声が近くで響きます。重く響く重低音ボイスに、背筋がびくりと凍り付くような思いでした。

 おずおずと恵那へと視線を送ると、彼は張り付けたような笑みを浮かべていました。


「琴。あなた、ずいぶんと色んな人に媚びを売っているのね?」

「へ?媚びてない、よ……?なに、なにかっ……」

「無自覚なのね、なおのことタチが悪いわ」

「えっ……?」


 

 ----


 一応、本日は研修最終日ということもあり、総括の挨拶という名目で私達研修生は講堂に集められました。

 本来であれば魔法使いとしての技術を学ぶのみで終わった研修です。ですが特殊個体の発生というトラブルに巻き込まれたこともあり、彼等の面持ちはどこか神妙でした。

 講堂にそれぞれ腰掛けた冒険者達ですが、2か所だけ不自然に空き席が作られていました。恐らく、特殊個体との戦闘によって命を落とした冒険者が座っていたところでしょうね。


 そうして、一同に集まった冒険者達。私達の前に、麻衣ちゃんは静かに立ちました。

 魔法使いの装束に身を包んだ彼女は、ゆっくりと講堂内を見渡します。

 

「さて、皆様。一週間、本当にお疲れさまでした。今回の研修で学んだ技術を用いて、より一層研鑽(けんさん)に励んでいただきたいと思います」


 ひとまずは、定型文として決められているであろうセリフを告げました。

 そこで言葉を切った彼女は、深く帽子をかぶります。目元を隠した彼女ですが、口元はどこか悔しそうに歪んでいました。


「……私も……その一人です。今まで以上に研鑽に励んでいきます。まだまだ、知らないことの方が多いのだと、今回の件で自覚いたしました。冒険者という仕事柄、生死に密接にかかわることの多い仕事です。より一層、その事実を胸に刻んでいただき、業務に励んでいただきたいと思います」


「……っ……」


 私の隣に座っているゆあちーは、不甲斐なさを押し殺すように唇をかみしめていました。

 私だってそうですね。無力さを、今回の一件で十分に感じ取りました。

 時代と共に変化していく冒険者業の中で、より一層研鑽に励んでいく必要がありそうです。


 ただ、魔法使いとしての技術の身を学ぶだけに終わらない。そんな研修は、ついに幕を閉じました。

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