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第57話 研究室

「琴ちゃんっ!目を覚ましたのっ!?」

「……由愛ちゃん……」

 

 私が目を覚ましたことを聞いたのでしょうね。由愛ちゃんは慌てた様子で部屋の扉をこじ開けて入ってきました。


 ベキベキ、だのガシャン、だの病室内で聞こえちゃいけない音が響きます。


 あの、ここがダンジョン内ということを忘れていませんか?勢いよく開けたせいで扉が若干ひしゃげてます。後で謝っておいてくださいね。


 三上さんと麻衣ちゃんは、気を遣って部屋から出て行ったというのに。

 ……まあ由愛ちゃんからすれば、そんな事情知ったことないですよね。

 

「……来たんだ」

 

 安心感と、苛立ちと。

 相反した二つの感情が私の中で混ざり合います。

 

 ですが、由愛ちゃんからすれば……そもそも私が47歳の中年男性という事実さえ知る機会もないんですよね。

 真実を伝えたところで「悪ふざけ」扱いされて終わりです。


 そんな私の胸中など知る由もない由愛ちゃんは、そのままベッドの縁に腰掛け、静かに語り始めました。


「……あの、雷を纏ったゴブリン。えっと、皆は“特殊個体”って呼んでたけどね?出会ったのは私達だけじゃなかったみたい」

「っ、他にも遭遇した人が!?……っ、う」


 聞き捨てならない言葉でした。

 反射的に体を動かしたはいいものの、痛みが再び引き起こされます。

 苦悶の声が漏れたことに気付いた由愛ちゃんは、慌てて私の背中に手を沿わせました。


「琴ちゃんは横になってて?……それでね、怪我した人も多くて……2人、亡くなっちゃったって……」

「……2人」


 そう告げる由愛ちゃんは、悲痛に満ちた表情を浮かべていました。

 由愛ちゃんからすれば、2人“も”という解釈だったのでしょう。


 ですが、私からすれば。

 むしろ2人“だけ”で済んだのか、という感想でした。


 現在のように、冒険者間でも安全管理という言葉が浸透するまでは、人が死ぬというのが常でした。そんな殺伐とした黎明期を乗り越えてきた私としては、2人の犠牲者だけで済んだことには驚きを隠せません。

 それだけ、この時代における冒険者の練度が等しく向上しているということですね。


 全体の冒険者人口としては、時代の変遷と共に大幅に減少してしまいました。ですが、やはりファンタジー世界に片足を突っ込んだ界隈であるということで、ロマンを突き詰めたい人は存在します。

 

 私も当然、そのうちの一人ですし。

 そうでなければ、レベルが大幅に低下したと知った時点で、とっくに冒険者を引退していたでしょう。

 

 社会貢献、という側面もありますが……冒険者業にのめり込む人というのは、皆等しく少年心を持っていますね。


 

 特殊個体と邂逅した冒険者達は、死の間際まで冒険者という職業に就いたことを後悔していなかったと、そう願いたいものです。


「そっか……」

 

 まだ、恵那を喪ったという真実から立ち直ることは出来ていません。

 知らされたのだってつい先ほどのことですし。


 底なし沼に沈み込んだように。

 気持ちを戻そうとしても、頭から抑え込まれるように再び暗い気持ちに沈み込んでしまいます。


 ですが、それと同時に突き動かされるものがありました。

 私だって、紛れもなく冒険者です。ならば、その責務はきちんと果たすのが当然というものですね。


「……あの。麻衣ちゃんを……呼んできてもらっていい?さっき部屋を出たとこなんだけど……ちょっと、確認したいことがあるんだ」

「ん、良いけど。どうしたの、琴ちゃん」


 それはもはや、私にとっては手慣れた行動のひとつでした。

 まさかこのような形で役立つとは思いませんでしたが。


「私達が倒した、雷ゴブリンの死骸……それ、保護してるよね?ちょっと解剖させてほしい」

「……分かった」


 研修中に散々私の行動を見てきた由愛ちゃんは、神妙に頷きました。奇行じゃないですよ。行動です。

 それから、小走りで部屋から出て行こうとしました。

 

 ですが。


「あれっ!?扉壊れてる!なんで!?」


 ……由愛ちゃんが壊したからですが。

 なんというか、直情的な由愛ちゃんの行動にどこか癒されますね。

 少しだけ、ふさぎ込んでいた心が軽くなった気がしました。


 ----


「田中だ……ううん。琴ちゃん、いいの?」

「うん、心配かけてごめん」


 麻衣ちゃんは心配そうに、私の顔色を窺ってきます。

 本心を言えば大丈夫ではないです。

 

 ですがそれよりも優先することがあるので、私は強く首を横に振りました。



 さて。ダンジョンにおいては“魔素”という存在が、ありとあらゆるものにおいて密接にかかわっています。


 冒険者が戦う力となる“ステータス”の源も魔素にあります。

 魔物が活動するエネルギーとなるものも魔素です。魔素は血液に溶け込む形で、体内を循環します。

 

 そして、体内に循環する血液が減少した際、心臓に血液を留めようとする機能が働きます。


 それは魔物の生命が死に近づけば近づくほど、凝縮されていくんですね。

 結果として体内に循環する魔素が心臓に集まり、そのまま凝固したものが魔石へと変換される。それが魔石が作られるメカニズムでした。

 

 ところで、ダンジョンは魔素を持たないものを異物として排除する機能を持ち合わせています。


 ダンジョン内で命を落とした冒険者や、魔物はその体内から魔素が失われていきます。

 そうした存在を、ダンジョンは“異物”とみなすんですね。


 異物と判定された者達から、自浄作用によってダンジョンから存在を抹消されます。


 そういった理由もあり、今回研修中に引き起こされた異変の中で命を落とした冒険者は、早い段階でダンジョンから搬出されていきました。

 そうでなければ、ご遺族の方は死に顔さえ拝むことが出来ないからです。グリーフケアを怠ってはいけないのです。


 まあ、私は人の死に慣れてしまいましたが……。

 

 

 ……っと、少し話が逸れましたね。

 迅速な対応のおかげもあり、陰鬱とした空気こそ残っていますが、状況的には落ち着いているようにも見えます。

 研修に集まった冒険者達は、それぞれグループを作って意見を交換し合っています。こういう時でも真剣に活発に議論を交わし合っているところに、仕事に真摯なところを感じますね。


 今の私は、全身に残る痛みによってまともに歩くこともままならないので、車いすに座らせてもらっています。

 病衣を着込んで、点滴に繋がれているので完全に病人ですね。


 ちらっと鏡に映った自分を見れば、病弱の少女にも見えないこともありません。

 「あの木の葉が落ちた時が、私の最期なの」とか言ってそうです。


 ……そろそろ自分自身の姿を、赤の他人のような目で見ることをやめたいです。

 

「琴ちゃん、もうすぐ着くよ」


 車いすを押している由愛ちゃんは、私の顔を覗き込むようにしてそう告げました。

 私は彼女へとちらりと視線を送りつつ「ありがとう」と言葉を返します。

 

 由愛ちゃんに連れられた先は「研究室」と書かれた場所でした。

 ここではダンジョンで確保した魔物や魔石、はたまたダンジョンアイテムなどについて様々な観点から研究することに突出した場所となっています。

 

 当然、ここには雷ゴブリンの遺体も安置されています。

 専用の保存容器の中に入れられた特殊個体の魔物達が、冷凍庫の中にそれぞれ保管されていました。


 

 さて。ここで「なぜ魔物の遺体が消えることなく残っているのか」という疑問点が生じる頃かと思いますので、あらかじめ説明しておきましょう。

 

 ここには「エンバーミング」という技術を応用したものが用いられています。

 詳しくは説明しませんが、概要としては「ご遺体の腐敗を防ぐ技術」と解釈してもらって大丈夫です。


 まず、大前提として。

 魔物をダンジョン内で放置した場合、体内に循環していた魔素は全て魔石へと変換されてしまいます。

 体内に循環する魔素が消失することにより、ダンジョンにおいては“異物”と判定されてしまうんですね。


 それによって、ダンジョン内へと取り込まれてしまうことを防ぐのがこの技術です。

 血管の一部を切り開き、血液の代わりに消毒液・防腐剤・魔素などを混合した液体を注入します。血液内に魔素が巡ることにより、ダンジョン内における“異物”という判定から逃れることが出来るんです。

 

 ん?じゃあゴブリンダミーはどう説明するんだ、あれもダンジョンに取り込まれるんじゃないのか?って?

 まあ、あれはすぐに壊されるものでしたし……別に、ダンジョンに取り込まれても良いかなって……。


 

 さて、そんな遺体が消失しないように保存された雷ゴブリンと、いよいよご対面の時間です。


 ちょうど私達が倒した個体でした。頭部と胴体が分離しちゃっています。

 子供の頃にあんな感じで人形を壊したことがありますね。


 研究室で働いている職員の手によって、冷凍保存されていた雷ゴブリンを保管された容器が取り出されます。それは素早くぬるま湯に浸けられ、急速解凍処理が施されました。再凍結を予防する為ですね。

 

 その間にも、研究者の方々は訝しげにこちらを見てきます。

 明らかに「こんな女の子に任せても大丈夫なのか」という視線ですね。大丈夫です、慣れてます。


 こういう扱いを受ける度に「元々の見た目だったら何も思われなかったんだろうなー」という感想が脳裏をよぎりますね。

 どちらかというと、少女の見た目がデメリットに働いていることの方が多い気がします。

 

 そんな不審な視線から守ってくれるのは、全日本冒険者協会で働く麻衣ちゃんです。

 彼女は研究者たちの前に立って、毅然とした態度で説明をしてくれました。


「確かに、このような女の子……かつ、病人に任せても大丈夫なのかという心配はあるかと思います。ですが、田中 琴さんは何体、いや何百体とゴブリンを解剖してきた、ゴブリンの臓物愛好家なんですよ!」

「あのっ、それは訂正してくれませんか!?」


 やっぱり麻衣ちゃんはダメかもしれないです。

 ああ……また、周りの皆さんの視線が冷ややかになっていきます。

 「コイツやべえな」の視線がチクチクと突き刺さります。


 違うんです、誤解です。

 決してサイコパスとかじゃないんです。

 皆さんだってやったことありませんか?

 

 ちょっと好奇心で虫を千切ったり、投げ飛ばしたり。

 大体あんな感じでゴブリンを解剖してるだけなんですよ。ね?


 ----


「研修会場までの場所、三上から聞いておいて良かったわね。ただ問題はお金ね……電車賃が足りないかしら。本当ならこんな方法、使いたくないけれど……琴男の為だもの」

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恵那「わたし恵那。今あなたの後ろにいるの(おっさんの姿で)」 となる悪寒!
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