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第51話 匂い袋

「ちょっと周囲の時間止めますね」

「へ?」


 麻衣ちゃんはなんて無いことのように告げました。

 それから、手に持ったドラゴンの骨を削って作られた魔法杖の石突でトンと地面を叩きます。


 すると、私達を取り巻く空間から音が消えていきます。

 風の音も、葉擦れの音も。

 

 光の波長を失った空間内においては、物体が外界からの光を吸収・反射することはありません。つまり私たちの脳が、“色”として捉えることができなくなるのです。

 よって、麻衣ちゃんの魔法によって時間を止められた物体全てが、モノクロの世界へと変化していきます。


 しかし、その効果は私達を中心として一定の距離内に限局しているようです。

 遠くに見える景色においては、何ら変化はしていません。遠くの空ではデーモンイーグルと思われる飛翔物が悠然と飛び回っていました。


 灰色と化した世界の中で、唯一色彩を保つ私達。麻衣ちゃんは“時間魔法”の発動を確認してから私に歩み寄りました。


「田中さん」

「はっ、はい」


 あっ。「琴ちゃん」とも「田中大先生」とも呼んでくれなくなりました。

 低いトーンで、冷ややかな視線を向けて私を睨んでいます。その表情にものすごい圧を感じて、つい身震いしてしまいます。


「さすがに、攻略のペースを考えないのは……どうかと思いますよ?何年冒険者やってるんですか。素人じゃないんですよ」

「……すみません」

「初っ端からMPを使ってしまってどうするんですか。残りほぼ4分の1って……私達冒険者にとってMPが命なの、分かっているはずですよね?」

「はい……」

 

 うう。「素人じゃない」の言葉が一番胸に突き刺さります。

 プロの冒険者として給料をもらっているので、当然のお言葉ですね。


 それから、麻衣ちゃんはちらりと由愛ちゃんに視線を送りました。

「あと、土屋さんを巻き込みかけてましたよ?危ないので、高威力の魔法を使う時は気を付けてくださいね」

「えっ、あ……ごめん。由愛ちゃん……」

「土屋さんは行き過ぎた悪ふざけでしたが。田中さんは真面目にした上で、巻き込みかけていたので……まあ、田中さんの方がタチは悪いですね」

「うぐっ」


 鋭い言葉の一つ一つが胸に突き刺さります。

 全て反論の余地が無い事実ですので、大人しく麻衣ちゃんの言葉を受け入れるしかありません。


 これがただの娯楽でやっている冒険者だったら「次から気を付けようね」と笑って誤魔化せる話だったのですが。残念ながら私達はこれで食べているので、非効率に働くのはご法度です。


 だからって“時間魔法”を説教タイムに使わなくてもいいじゃないですかぁ……。


 ぐうの音も出ない麻衣ちゃんからの言葉に俯いていると、由愛ちゃんが助け舟に来ました。

 彼女は私を庇うように、麻衣ちゃんに果敢に反論します。


「ちょっと、花宮さんっ!琴ちゃんを悪く言わないでくださいっ!」

「由愛ちゃん……っ」


 颯爽と私を庇ってくれる由愛ちゃんが、まるでヒーローのように見えます。あ、女の子ですからヒロイン、が適切ですかね?

 果敢に立ち向かった由愛ちゃんに、麻衣ちゃんは関心深そうに目を見開きました。


「土屋さんに、田中さんの何が分かるというんですか。何も知らないくせに話に入ってくるのは良くないですよ」

「知りませんよっ。でも、ぺーぺーの琴ちゃんにそこまで説教するのはあまりにも可哀想じゃないですか!?いくら何でも彼女がプロとして働く冒険者と言っても、琴ちゃんはまだレベル7とか8の未熟者なんですよっ!ベテランの冒険者とかならいざ知らずっ!!……あれ、琴ちゃん。何で(うずくま)ってるの?」


 ぐふっ。

 純真無垢な由愛ちゃんからの言葉が一番突き刺さります。

 ベテランの冒険者なのに、ロクに自己管理も出来なくてごめんなさい……。


 ああ、麻衣ちゃんが「ほら言われてるぞ」みたいな冷ややかな目で見てきます。

 胃が痛いです。


 それから、麻衣ちゃんは呆れたようにため息を吐きました。


「……まあ。次から気を付けてください」

 

 麻衣ちゃんは静かに周囲を見渡し、改めて“時間魔法”を解除しました。

 再び時間を取り戻した世界に色彩が取り戻され、葉擦れ音が鳴り響きます。これほどの魔法を平然と解き放つところに、麻衣ちゃんのプロとしての技量を感じますね。

 それから麻衣ちゃんは改めて、私へと評価を告げます。


「田中さんの魔法技術に関しては言うことはありません。M()P()()()()()気を付けてくれれば、ですが」

「あっはい」


 耳が痛いのでもう追い打ちはやめてください。

 とりあえず、本日はこれ以上“炎弾”を使うのは控えた方が良いですね。ゴブリンの死骸も集めないといけませんし。


 「それから」と次に麻衣ちゃんは、由愛ちゃんへと視線を送りました。


「土屋さん。次はあなたが主体となって“炎弾”を使ってみましょうか」

「あっ、私ですか……はいっ」

「先程は、ほぼ田中さんが全部やってしまったので」


 話を振られると思っていなかったのでしょう。由愛ちゃんはぎょっとした表情を浮かべました。

 

 そんな中、麻衣ちゃんは”アイテムボックス”を顕現させました。

 あっ、麻衣ちゃんも”アイテムボックス”は無詠唱で使えるんですね。思い返せば久々に再会した時も無詠唱で出してましたっけ。

 全日本冒険者協会の職員として、日々特訓に励んでいるのでしょうか。強い。


 麻衣ちゃんが”アイテムボックス”から取り出したのは、ひとつの麻袋でした。

 紐の部分を持ち、不潔そうにだらりと地面すれすれに垂らします。

 

「今から、魔物をおびき寄せます。万が一の事態が生じた場合は私が対処しますが、自衛をお願いしますね」

「えっ、ここでですか?」

「田中さんを連れて奥へ行くのは、ちょっと……」


 ちらっと私の方に視線を送りながら、そう口を濁されました。

 あの。私を何だと思っているんですか。

 

 ですが内心、安堵しているのもあります。魔法使いとしての役割は一旦お休みしていいでしょう。

 そう自己完結した私は、”アイテムボックス”を開いて魔法杖を雑に放り投げました。だって、いちいちゴルフバッグを探して取り出すのって面倒ですし……。


 代わりに取り出したのは、ギルドで無料支給しているロングソードです。工房で大量生産している安価なものですね。


「まいちゃ……花宮さん、私はもう“炎弾”を撃たなくても大丈夫ですね?」


 一応、場の空気を読んで敬語で質問してみます。

 すると、麻衣ちゃんは軽く頷きました。それから麻袋に視線を送りつつ、言葉を返してきました。


「はい。田中さんは自由に戦っていただいて大丈夫です」

「そう言ってくれて助かりますよっ。それは……匂い袋、ですかね」

「さすが、よくご存じですね」


 私と麻衣ちゃんは、冒険者間で流通しているアイテムにも理解があります。

 ですが、あまりそう言ったものに関心が薄い由愛ちゃん。彼女は不思議そうに、首を傾げていました。


「ん、それって何ですか……うわっ、くさっ。嫌な匂いする」


 件の“匂い袋”に近づいた由愛ちゃんは、露骨に顔をしかめました。

 アンモニア臭に近い匂いを放つそれは、ゴブリンの体液やスライムが好む肉類。その他諸々の、魔物が好む各種の物質をブレンドして作成されたものです。

 いわば、私が作成した“ゴブリン液”の上位版ですね。


 一部の冒険者はこれを使用し、効率よく魔石を集めているようです。

 ですが、単純に臭い。そして魔物が集まるという危険な状況に自ら身を置かなければいけなくなるので、あまり冒険者人気はないですね。

 私も正直触りたくないです。


「これは、匂い袋です。魔物をおびき寄せることが出来る道具ですね」

「へぇ、こんなのあるんですね……。嫌な匂いだけど……」

「まあ、あんまり使う機会もないですから」


 麻衣ちゃんは嫌そうな顔をしている由愛ちゃんに、困ったように苦笑いを浮かべました。

 恐らく、今まで同様に似たような冒険者を見て来たんでしょうね。比較的、慣れているような反応でもあります。


「じゃあ、行きますよ」

   

 そんな悪臭漂わせる“匂い袋”を、麻衣ちゃんはなんの迷いもなくダンジョン内に伸びる木々の合間に放り投げました。

 べしゃり、という粘りけのある音と共に匂い袋は地面に転がります。

 

 辺り一帯に、鼻腔を刺激するような不快臭が漂いました。


「魔物が集まるまで、こちらで身を隠しましょう」

 

 麻衣ちゃんの提案の元、私達は木陰に身を隠すことにしました。

 すると、匂い袋から放出する匂いに釣られて様々な魔物が集まります。


「ギィ……?」

 ゴブリンが。

 

「ピッ」

 スライムが。

 

「キュウッ」

 マーダーラビットが。


 多種多様な魔物が集まり、群れを成していきます。

 おおよそ、10体……いや、20体は超えていそうです。


「……多いね」

 さすがにこうも、魔物が混在しては私の各個撃破の方法など意味を成しませんね。


 個別での対処は得意でも、こういう集団戦では分が悪いのです。


 それは、私の戦闘スタイルを知っている麻衣ちゃんも重々承知しているようです。

「想像以上に多く集まってきましたね。田中さんは下がっていても大丈夫ですよ、土屋さんのフォローには私が入ります」


 麻衣ちゃんはそう言って、魔法杖を握って颯爽と由愛ちゃんの隣に並びます。


 確かに、これだけの数であれば麻衣ちゃんと由愛ちゃんに任せるのが適切そうです。レベルだけで言えば、私よりも断然高いですし。負けることは、そうないはずです。

 あくまでこれは研修なので、低レベルである私は引っ込んでいるのが妥当ですね。


 ……ですけど、元とは言え男性が女性に守られている構図って、ちょっとカッコ悪くないですか?


「……あのっ、やっぱり私も戦うのは、ダメですか……?」

「琴ちゃんは大人しくしてて?」

「そんなぁ……」


 ここはカッコよく前に出たかったのですが、由愛ちゃんにそう止められちゃいました。

 うーん、これは由愛ちゃんが全面的に正しい。


 大槌を構える、トレンチコートを着込んだ由愛ちゃん。

 魔法杖を持った、典型的な魔法使いの様相に身を包む麻衣ちゃん。


 二人が並ぶ構図は、いかにもファンタジー世界の冒険者パーティを彷彿とさせますね。

 何だかズルいです。私だって参戦したいです。うう。

コピペミスって、同一の文章を反芻しちゃっていました。

お手数おかけしました。うわあああああああああああ……(絶望)

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― 新着の感想 ―
モノクロでも見えるのが魔法の不思議だなあ コピペミスなのか重複やらなんやらでぐちゃぐちゃになってますね 誤字報告から修正案送ろうと思ったけど文章のかたまりをゼロにする報告はできないようで無理でした
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