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第50話 重ね掛け

 研修会場として改築されているとはいえ、元はといえばダンジョンです。

 当然と言えば当然ですが、3階層以降からは侵略者である私達の命を奪おうと、魔物達が虎視眈々とこちらを伺っているんですね。

 

 そして3階層から魔物が現れるようになるとは言え、モンスターテーブルがずれ込むことはありません。据え置きです。


 なので普通にゴブリンの上位個体に該当する“ダークゴブリン”などが出現するようになります。

 その為、研修会場として改築される前の黎明期においては「初見殺しダンジョン」などと言われていたりしました。初見殺しも初見殺し、実際に殺されますが。物騒ですね。


 しかしそれも過去の話。冒険者という職業が社会に貢献する歯車の一環となった今となっては、「初見殺し」という単語はご法度です。

 万が一業務内で想定外の事故が起きた際には、始末書と長い長いお付き合いが待っています。


 鈴田君と早川さんと、ダンジョンに探索した際に判明した……通称「レベル4事件」ではもちろん大目玉を喰らいましたし。うう、未だに人事部三上さんの視線が怖いです。

 


 さて、本来であれば私お得意の戦術——隠密行動を主体としたダンジョン探索を心掛けるところです。



 この研修会場は塔型のダンジョンということで、5階層までは草原が広がった地形になっているんですね。なので、遮蔽物も多く身を隠すには適した地形です。

 基本的にはゴブリンやスライムが主体です。

 しかし時々、角の生えたマーダーラビットなども出現します。あ、ちなみにマーダーラビットというのはこちらが一方的に言っているだけで、敵対心を向けなければ襲ってくることはありません。

 相手の感情を鋭く感知して襲い掛かってくる魔物なので、こちらが無感情であれば一切問題は無いんですね。

 むしろ友好的で可愛らしい魔物です。敵意さえ向けなければ、大人しく解剖されてくれますし。


 

 今回のダンジョン探索においては、私お得意の隠密行動を取ることは出来ません。

 レベルの関係もあって、今回の探索リーダーは由愛ちゃんですし。


 彼女はその身をゆうに超える大槌を右手に持っています。物騒ですね。

 空いた左手を高くつき上げ、大声で楽しそうに笑っています。


 言動だけで言えば、私よりサイコパスですからね?あのっ。あの。


「あははっ、楽しいなーっ。さ、いつでも魔物さんおいでっ!」

「あのー……由愛ちゃん。あんまり大声で歩き回るのはやめた方が良いよ……」


 私の平時の戦闘スタイルに合わないのもあって、そうやんわりと彼女をたしなめます。ですが由愛ちゃんはどこ吹く風、と言った様子でしょう。

 柔らかに微笑み、小さく肩を竦めました。それからぴょんと飛び跳ねて、私の隣に並びます。


「琴ちゃんは心配性だなーっ。安心して?私が守るからっ!」

「……分かった。由愛ちゃんがリーダーだし、方針は任せるよ」

「おっけー!さーて張り切っちゃうぞっ」


 私達の背後では、麻衣ちゃんが沈黙を貫いています。


「……」


 原則として、全日本冒険者協会の職員は正常な冒険者の成長を妨げてはいけないのです。どれだけ普段交流を持っている冒険者であったとしても、一定の線引きを維持しているところはさすがと言わざるを得ません。

 麻衣ちゃんは静かに、周囲を見渡していました。


 見た目で言えば、だいたい18歳ほどの大人に差し掛かろうかという、少女の外見をした麻衣ちゃん。ですが実年齢は私とそう変わらず、よん——


「……!」

「ひっ」


 ……なんでもありません。余計なことを考えていたのがバレていたのでしょうか。まるで魔物を見るかのような視線で睨まれて、つい悲鳴が漏れてしまいました。由愛ちゃんに気付かれていなかったのが幸いです。


 私が小さく麻衣ちゃんに会釈を返すと、彼女は再び仕事モードに戻りました。淡々とした表情に戻り、周囲を見渡しています。


 ですが、微かに眉が動きましたね。

 理由は私にもわかります。


「……由愛ちゃん。そろそろ戦闘準備に入った方が良いかも」

「ん?どしたの琴ちゃん」


 うーん、経験の差が出ていますね。由愛ちゃんは未だ、私と麻衣ちゃんが警戒の色を強めた理由を理解できていないようです。

 なので私は、その理由を伝えるより前に行動で示すことにしました。


 視線の先にあるのは、木々を囲む形で生い茂った草原です。

 どこからともなく流れる風に逆らうようにして揺れる草むら目掛けて、私は魔法杖を構えました。


 ロマン砲である“琴ちゃんキャノン”は使用を禁じられているので、大人しく通常の“炎弾”を放つことにします。

 ……でも、バレなかったら大丈夫だよね?

 

「鬼さんこちら、出ておいでっ」

 

 ただ普通に話しかけるだけではつまらないので、あえてそんな言い回しを詠唱代わりにしてみます。

 それと同時に魔法杖から放出されるのは一発の“炎弾”でした。それは鋭い矢の如く炎の渦を描きながら、揺れる草原へと着弾。


「ギッ!」「ギャッ!?」

 などと、悲鳴が響きました。


 どうやら、茂みに潜んでいたのはゴブリンのようですね。“炎弾”の爆風から逃れるように、ガサガサと草原から姿を現しました。

 ゴブリンの薄緑色の皮膚というのは、本来このような草原でこそ意味を成すものです。薄眼で見れば、突然茂みがゴブリンに化けたようにでも見えるのでしょう。


 次から、次へとその異形の魔物達は姿を現します。

 数にして、おおよそ10体ほど。


「……っ、ちょっと多いかな」

 正直、分が悪いです。レベル7の私では、かなり状況的に不利でしょう。

 経験則からして、逃げるのが正しい選択肢であると考えました——が。


「琴ちゃん。大丈夫……私が居るよ」

 私の不安が読み取られていたのでしょう。

 由愛ちゃんは私の肩をポンと叩き、にこりと微笑みました。


 それから、戦闘態勢に取り掛かろうとしているゴブリンを見据え、大槌を構えました。

 軽く持ち上げただけで、圧を帯びた風が吹き荒びます。


「私が前に出るから、ねっ!琴ちゃんは魔法で私を支援して!」

「……ん、分かった」


 魔法使いとしての、初めての初陣です。

 慣れない役回りを請け負うので、思わず手に汗が滲みます。

 ベテラン冒険者だというのに、非常に情けない話ですね。


 ですが、私の前に立った由愛ちゃんにどこか安心感を覚えます。

 これは私が知らなかった感覚ですね。


 10体のゴブリンは、ギィギィと互いに意思疎通を図りながらにじり寄ってきます。

 ゴブリンというのは原則、群れで行動する生き物です。その為、連携行動に重きを置いているんですね。コミュニケーション弱者にとっては見習いたい存在です。


「……うんっ」


 由愛ちゃんは、ちらりと私へと視線を送りました。

 その瞳には、信頼が宿っている気がします。


 ——琴ちゃんなら出来るから。

 そう言っている気がしました。

 

「……初めての戦いなのに、どうしてそこまで信頼できるのかな」


 思わず、自嘲にも似た笑みが零れます。ですが、怖くはありません。

 魔法杖の先端をゴブリンの群れへと向け、私は真っすぐに声を出しました。


「……行きますっ!“炎弾”っ!」


 無詠唱魔法が出来るのですから、本来は必要ないものです。ぶっちゃけ言えば雰囲気付けです。悪いか。

 そんな本心はさておき、魔法杖の先端から再び鋭く唸る炎の渦が巻き起こりました。

 

 解き放った火球は、瞬く間にゴブリンの群れへと襲い掛かります。


「ギィッ!!」


 身の危険を感じたであろう1体のゴブリンが、周囲に目配せしながら叫びました。その声にハッとした仲間達は、慌てた様子で離散します。

 一直線に向かう“炎弾”の先に残ったのは、逃げ遅れたゴブリン。そして、逃げ遅れたゴブリンを助け出そうと、慌てて手を引くもう1体のゴブリンです。


「……ギッ?」「ギッ!ギイッ……!」


 2体のゴブリンに、鋭く唸る“炎弾”が着弾しました。

 轟音と共に、焼け焦げたゴブリンの肉片が離散します。血液を取り込んだ心臓が、硬質化し魔石へとその姿を変えていきます。

 転がった魔石だけが、ゴブリンが存在した痕跡と化しました。

 

「……ギ……」

 残る8体のゴブリンも、“炎弾”の余波に巻き込まれて地面に倒れ込みました。


 茫然と、魔石になり変わってしまった同胞の姿に声を失っているようです。

 ですがダンジョンにおいては、命を奪うか奪われるかのどちらかです。


 由愛ちゃんも当然、そのことは理解しているようですね。


「ごめんね。私達だって仕事だから」


 申し訳なさそうにそう告げて、へたり込んだゴブリン目掛けて大槌を振り下ろしました。

 穿つ大地から、骨のひしゃげる音が響きます。巻き起こる土煙に混ざって、真紅の血液が飛散しました。


 その間にも、私は次のターゲットへと視線を向けます。

 未だ立て直しの出来ないゴブリン目掛けて、魔法杖を向けました。すると、びくりと身体を震わせます。


「まるで自分が殺されるなんて、想定していないみたいですね」


 なんと情けない姿でしょうね。

 私は由愛ちゃんほど、心優しい冒険者じゃありません。


 ですが今回は特別に、由愛ちゃんの優しさを見習うことにしましょう。

 “炎弾”を重ね合わせた必殺魔法、通称“琴ちゃんキャノン”程ではありませんが……。少しだけ、こっそりと“炎弾”を重ね合わせてみたいと思います。


「……“炎弾”」


 あえて、そう詠唱しました。

 無詠唱で“炎弾”を10回ほど重ねたのを誤魔化す為です。


 すると、先ほどの“炎弾”よりも比較的大きな火球が、轟音と共に5体のゴブリンを飲み込みました。抑えきれなくなった魔素の奔流が紫電を生み出し、瞬く間にゴブリンの群れに着弾します。

 次の瞬間、放たれたのは衝撃波でした。


 あっ。

 盛りすぎました。


 迸る衝撃波は草木を揺らし、枝葉を激しく揺らします。巻き起こる土煙が、私達の視界を覆い隠しました。

 

「っ、きゃ……!」

 衝撃波の余波に驚いた由愛ちゃんは、咄嗟に腕で顔を覆います。


「——っ!」

 背後で私たちの戦いを見届けていた麻衣ちゃんは、帽子を目深に被って私を睨んでいました。

 恐らく、“炎弾”をこっそり重ね掛けしたのはバレたでしょうね。


「せめて苦しまないように倒したんです。感謝して欲しいですね」

 魔法杖の先端を上に向けて、そうぽつりと呟きました。

 土煙が晴れた先には、肉片さえ残っていません。魔石だけですね、残ったのは。



「……あとは……私がっ!」

 残った3体のゴブリンは、由愛ちゃんが大槌で叩き潰してくれました。


 ……さすがに初回の戦闘だけで“炎弾”を撃ちすぎた気がします。


【田中 琴】

Lv:8

HP:75/75

MP:48/169

物理攻撃:38

物理防御:27

魔法攻撃:124

魔法防御:91

身体加速:49


 ちなみにですが、レベルが上がっていました。やったあ。

 しかし、MPがごっそりと減っています。残りMPが偶数なのは“アイテムボックス”を使った影響ですかね。

 

 ゴブリンを殲滅するのに“炎弾”を重ね掛けしすぎたようです。えへ?

 

 練習時間のほとんどを麻衣ちゃんの“時間魔法”を使った、魔法構築速度の減少というデバフ効果に逆らう形で練習していたこと。

 短期間で“無詠唱魔法”として実現できるほどに、熟練度を向上させたこと。


 その2つの原因が絡み合った結果。どうやら私は「“炎弾”の力加減が出来ない魔法使い」へと昇華してしまったようです。

 MP消費の加減が出来なくなりました。


「……琴ちゃん……?」

「あは、あはは……」

 

 私の惨状を知った由愛ちゃんが、三白眼でこっちを見てきます。

 

 どうですか?

 私の“炎弾”の火力は素晴らしいものでしょう。

 最強、無双の名を手に入れました。ふふんっ。


 あの、ですから。

 「MP管理が出来ない冒険者」とか言わないでください。

 思うのも禁止です。

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