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第5話 魔毒苔

 ダンジョンは大まかに二種類に分かれます。

 と言ってもシンプルなもので「塔型」と「洞窟型」の二つです。

 そして、現在。私達の潜っているダンジョンは「洞窟型」に区分されるものです。

 1階層や2階層ではどちらもスライムやゴブリンと言った魔物しかいません。しかし深層に潜るにつれてモンスターテーブルは大幅に変化します。

 まあ、今は2階層目なんですけどね。

 

「っらあっ!消し飛べやぁ!!エンチャント:炎っっっっ!!」

 園部君は勢いのままに大剣を振るいました。紅蓮の炎がゴブリンを飲みこみ、その肉体を瞬く間に焦がしていきます。

 なんと言うか、戦闘時に人格が変化するタイプなんですかね。気性荒く、敵を薙ぎ払う姿は鬼神そのものです。

 新人というレッテル抜きで評価しても、B……いや、Aランクでも通用しそうな実力を持ち合わせていますね。

「うん、実力に関しては言うことはないね」

「マジですか!ありがとうございます!」

「本心だよ。素質はすごくあると思う」

「っしゃ!」

 私が素直にそう評価すると、園部君はすごくうれしそうにガッツポーズをしていました。

 うん、ものすごく純粋で可愛い。

 なんと言うか、息子みたいなものですね。子供いないけど。


 2階層の魔物もあらかた殲滅したはずです。次は件の「魔物が食いちぎられた跡があった」という報告を受けた3階層です。

 別に早々に降りてしまっても良いのですが、少しだけ準備をさせてもらいましょう。

「園部君。少し待ってもらっていいかな?」

「あっ、はい。どうしました?」

「ちょっともう少しだけ、ね……この階層を探索していきたい。申し送りであったでしょ?”毒草が繁殖してた”って」

「……あー、はい」

 曖昧な返事をしているあたり、あんまり覚えてないな?

 まあわざわざそこを咎める必要もないので、話を進めることを優先しましょう。

「業者が駆除する前にね、少し……採取していきたいんだ。良いかな」

「……?良いですけど……」

 園部君は首を傾げています。

 私はその間に、マッピングした地図を広げて周辺を探索することにしました。

 

 案外、目的のものはすぐに見つかりました。

「あ、あったあった……これだよ。”魔毒苔”っていうの」

「マドクゴケ……ですか?」

「うん、苔がね。地下の魔素を浴びて育つと毒性を持つようになるんだ。魔物に食べられないように進化したんだろうね」

「へー……」

「食べると筋肉に電気を送る神経がやられちゃうから……気を付けてねぇ。いわゆる”麻痺状態”になっちゃうんだよ」

 私は簡潔にそう説明しながら、魔毒苔を採取していきます。

 必要量を採取したところで、次に園部君に指示を送りました。

「あっ、ごめんね。園部君……ちょっと見張ってもらっても良いかな」

「……はい?はい」

「ちょっとゴブリンの死体に魔毒苔を詰め込むから」

「えっ」

 園部君のリアクションを待つ前に”アイテムボックス”からゴブリンの亡骸が入った麻袋を取り出しました。ついでにディスポーザブル手袋も取り出します。

 アイテムボックス内に取り込まれた道具は状態が保存される為、腐敗することはありません。なので外皮はほんのりと温かいです。

「……うげ……」

 園部君は露骨に嫌悪感の滲んだ顔色をしていましたが、必要なことなので目を瞑ってください。

 レジャーシートを敷いて、その上に麻袋からゴブリンの亡骸を取り出しました。

 それから短剣で腹を掻っ捌いて、先に心臓部分にある”魔石”だけ回収しておきます。それから臓物を掻き分けて魔毒苔をむりやり詰め込みます。

「~♪」

 案外、こういう作業が一番楽しいのでつい鼻歌が零れます。

 イメージとしては丸鶏の中にローズマリーを詰め込むような感じですね。ちょっとしたディナーを作っているような気持ちです。

「うん、これでいいかな」

「……あっ、はい」

 魔毒苔を詰め込み終わり、ゴブリンを麻袋の中に戻します。ついでに処置に使ったディスポーザブル手袋もアイテムボックスに格納しました。

 アイテムボックスは基本的に、物資の保存という役割として機能します。

 ただ、時々「持ち運び式ゴミ箱」みたいな扱いをすることもありますね。こんな目的の為にアイテムボックスを会得した訳じゃないですが、便利なのでつい……。

 園部君は明らかにドン引きしてますが、私だって必要でやっているのです。

 ちなみに他の冒険者に「田中先輩はソロで正解だと思います」とよく言われます。なんで?


「田中先輩って……女の子、ですよね?」

「……」

 女の子ではないです。田中 琴男(47)です。

 ですが言っても理解されないので、ここは沈黙が正解です。

「さ……3階層へ行こっか」

「あー……はい。分かりました、よろしくお願いします」


 ----


 昔はかなり人気職だった冒険者も、時代の変遷と共に廃れていった。それでも小学生を対象とした「なりたい職業」のランキング上位には未だに食い込んでいる。それほどまでに冒険者と言う職業は、子供の夢とロマンを詰め込んだ存在なのだ。

 

 俺——園部 新も、そんな子供じみた夢想を胸に抱いた馬鹿の一人だ。親に無茶を言って、私立大学の魔窟科まで通わせてもらった。

 周囲には「命の無駄遣い」だの「金持ちの道楽」だの散々言われた。世間の風当たりが強い冒険者という職業は、あまり印象が良くないのだそう。

 だが知ったことではない。子供じみた夢を追うのなら、周りの目を気にしている暇はないのだ。


 そうして大学内でも「才能ある冒険者の卵」として実力を磨き、晴れて俺は冒険者となった。

 更に、ギルドで俺は運命の出会いを果たす。


「園部君、よろしくお願いしますね?」

 まるで、女神のようだった。

 染めているのか、地毛なのかは分からない。艶やかなストレートの銀髪から覗くのは、くりくりとした大きな眼。ぷっくりとした、艶のある唇から響く声はまるで天使の歌声を彷彿とさせる。

 むさくるしい冒険者の集う中で、田中 琴と名乗る女性はまるで一輪の花弁のようだった。

 着込む衣類はカッターシャツとパンツスーツという簡素なものであったが、これがまた彼女の魅力を引き立たせる。

(俺はこの日の為、冒険者になったのかもしれない)

 そう思わせるほど、田中 琴という少女は俺の目を釘付けにした。



 

 今、俺は違う意味で田中 琴という少女に釘付けになっている。

 

 もはや全て仕組みなのではないかと思わされるほどに、ゴブリンの猛攻をさらりと潜り抜ける卓越した戦闘技術。

 平然とゴブリンの腹を掻っ捌き、まるで料理でもするかのように、鼻歌を歌いながら”魔毒苔”と呼ばれるアイテムを詰め込む姿。

 挙句の果てに、「会得には長い年月がかかる」と言われた”アイテムボックス”を、まるで「手軽なゴミ箱」みたいに扱っている。

 

 可憐な見た目とは裏腹に、その立ち振る舞いは……正直言って、相当に狂っている。

 迂闊に近づいてはいけない存在って、こういうのを言うんだろうなあ……。

 

 一体その見た目の中に、どれほどの過去を背負っているのだろう。

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