第43話 魔法構築速度の減少
さて。今回は私達がどのように魔法を構築するのか、ということについてお話していきますね。
旧世代においては魔法という概念が存在しなかったので、こういう部分においては特に、理論的側面が大きいです。
まず、前提として“魔法構造式”という物が存在します。
あ、いつかに話した、魔法銃に使われている構造魔法陣とは違いますよ?似てますけどね。
これは、要は仕様書のようなものですね。
体内に巡る魔素は、もちろん脳にも巡ります。
そこで脳内で「こういう魔法を構築したい」と、構造式を描きます。
すると全身を巡る魔素が呼応して、「じゃあこういう魔法を撃ち出せるように準備しよう」と準備段階に入ります。
準備段階に入った後は、任意の場所から魔法を射出できるように姿勢を作ります。掌とか、口とか、足とか……割と、どこからでも魔法自体は放つことが出来ます。
まあ……効率面から掌から打つことが多いですが。
やろうと思えば、足から火を吹いたり。口から火を吹いたり。そんな曲芸じみたことも出来ます。
冒険者としてはあまりにも非効率なので、大体の人はやりませんが。昔の冒険者が多い時代には居たんですけどねー、過疎化するにつれて居なくなっちゃいました。
あと暴発リスクが高すぎるのが良くないです。
……っと、話を戻します。
どこで、
どんな魔法を、
どのような形で、
魔法を撃ち出すのか。5W1Hに沿って、魔法を構築していくんですね。
どこの世界でも勉強はつきものです。ロマンばかり夢見て「俺もつえー魔法が撃ちたい!」という学生は、ここで現実を見て打ちひしがれることが多いです。結構そんな人は多いですよ。
ちなみに、由愛さんの“炎弾”が暴発した理由も、所定の形式から逸脱したことにより、魔素のコントロールが不十分となったからです。
「魔法様に提出した仕様書の書式が間違っており、誤った方向に解釈された」というニュアンスなら通じるでしょうか。
魔法は飼いならすものです。魔法使いはペットブリーダーのようなものです。
撃ち出した魔法が、効果的に発動する。そして虚空に溶けて消える最後の瞬間まで、きちんと見届けないといけないんですね。
なので原則的には顔を背けて魔法を撃つ、という行動もご法度です。前見て、前。
……え?私も目を閉じて魔法撃っただろって?
他人にケチ付けるだけならタダなんですよ。自分のこと棚上げしてケチ付けるのは楽しいですね。
……すみません。
私が撃った“炎弾”も、もしかしたら暴発していたかもしれないですもんね。インシデントまっしぐらです。
ふー危ない危ない。
さてさて、冒険者が扱える技術の中で魔法だけが特別ということはありません。
最初こそ、やり方を確認しながら発動するのでMPを大きく消費します。
しかし、同じ魔法を何度も構築し、発動させるのに連なって「こうすれば効率よく撃てるかも!」と理解していきます。そうすることによって、徐々に効率よく、更に威力も最大化させることが出来るんですね。
その無駄を最大限に削いだ状態が、私の“アイテムボックス”なのですが。消費MP1で手軽に扱えるレベルまで熟練度を上げた冒険者は、私以外には見たことが無いですね。
ロクな使い方してないことには触れないでください。
現段階では、まず“炎弾”の撃ち方を理解した段階です。
本来の流れとしては、そこから「実戦でどう扱うか」という流れに入っていくのですが……私は、一旦その流れを断ち切りました。
麻衣ちゃんは、私の発言に首を傾げています。
それから、静かに首を横に振りました。つば広の帽子から覗く黒髪が、静かに揺れます。
「魔法構築速度にデバフ……?そんなことして……何のメリットがあるの?」
「ちょっと、試したいことがあるんだ。お願い」
上手く目的を説明できないので、そう伝えることしかできません。
私は麻衣ちゃんに深々と頭を下げました。長い銀髪が耳元に垂れます。
しばらく腕を組んで物思いに耽っていたようですが、やがて麻衣ちゃんは私の提案を受け入れたようです。
右手に持っていた漆黒の柄を持つ魔法杖の先を、私へと向けました。
「うん、理由は分からないけど。琴ちゃんの言うことだし、信じるよ」
詠唱の代わりに、麻衣ちゃんはそう言葉を告げました。すると、麻衣ちゃんの持つ魔法杖に飾られた魔玉に、ほんのりと淡い青の光が灯ります。
すると、魔玉から伸びた光が私を取り巻きました。
私は麻衣ちゃんに確認する代わりに、魔法杖の先端をゴブリンダミーに向けます。
「……“炎弾”っ」
先ほどと同じ要領で、魔法を発動させたつもりでした。
ですが、言語化が難しいですね……ふわふわと、魔法構造式が脳内でバラバラになるんです。
プールの中を漂うボールを掴みに行くような、ふわふわとした感覚が脳内を支配します。
そんな中で強制的に発動させた“炎弾”は、十分な威力を発揮できずに地面に転がりました。
か細い炎が揺らめいた後、静かに火の粉となって虚空に消えます。
傍から見れば“炎弾”の発動に失敗したように見えません。
麻衣ちゃんは、地面に転がった“炎弾”の行く末を見届けながら首を傾げました。
「……これ、何の意味があるのぉ……?正直、魔法を自分で封印したようなものじゃないかな?」
まあ、何の知識もない段階で放った“炎弾”と、同じように見えますよね。
ですが、私にとってはこれが正解です。
「ううん、合ってる。もう一回行くよ……“炎弾”」
魔法杖を構え直し、私は再び魔法を放ちました。ですがやはり、魔法構造式が脳内をふわふわと漂うのみ。まともに構造式を作り上げることが出来ないのです。
しかし、その中で——微かに、魔法の断片を拾い上げた気がしました。
現に、先ほどと比較して飛距離が伸びています。
「……ちょっと待ってて。記録する」
私は”アイテムボックス”の中から、チョークを取り出そうとしました。……ですが、ダンジョンでの探索に一切役に立たないので、普段持ち歩かないんですよね。チョークなんて。
やむを得ず、ビールの空き缶でも取り出して目印にしようと思いましたが……。
「あっ待って琴ちゃん。絶対変なことしようとしてるでしょ、チョークならあるからっ」
「……あっ、あー……うん。ありがとう」
私の行動を先読みしないでください!?
麻衣ちゃんは自らも”アイテムボックス”を顕現させ、中からチョークを取り出します。「はい」と手渡されたそれを受取り、私は“炎弾”が着地した場所に印を残していきます。
一連の流れを見ていた由愛さんは、何かを悟ったのでしょう。
ちらりと麻衣ちゃんに視線を送って、話に割って入りました。
「あの、花宮さんっ。琴ちゃんに掛けた“時間魔法”……一回解除してもらっても良いです?もしかしたら、琴ちゃんの狙い、分かるかも!」
「……?……うん、分かった。琴ちゃん、魔法解くね」
そう麻衣ちゃんに告げられたので、私はこくりと頷いてそれを受諾。
すると今度は、麻衣ちゃんの持つ杖の魔玉からほんのりと橙色の光が灯りました。それは再び私の全身に集まって、やがて粒子となって消えました。
私は由愛さんが何を期待しているのか分かるので、もう一度魔法杖の照準をゴブリンダミーに向けます。
「“炎弾”」
改めてそう静かに唱えました。
すると、先ほどと感覚が全然違うのが分かります。重しが外された直後のような解放感と共に、私の持つ魔法杖の先端から鋭く唸る“炎弾”が顕現しました。
瞬く間に着弾したそれは、ゴブリンダミーの外皮をいとも容易く穿ちます。
零れ落ちた肉片が、ごろりと地面に散らばりました。
ゴブリンの扱いが可哀想なのは、今更ですね。
「おっ、やっぱり威力上がりましたね。これなら短期間で、一気に熟練度を上げられそうな気がします」
「……本当に、奇想天外な考えばっかり思いつくね、琴ちゃん……」
「麻衣ちゃんが居なかったら不可能だったよ」
本当に……“時間魔法”を極めている麻衣ちゃんが居なかったら、実践不可能な練習方法です。
逆に言えば、この研修期間の時間を最大限に活用すれば。私は“炎弾”を高い水準まで、熟練度を向上させられる気がします。
その一連の流れを見ていた由愛さんは、周囲を見渡しながら意見を提案しました。
「これ……短期間で熟練度を上げられる方法なんて……とんでもない大発見だよ?他の冒険者の皆にも教えてあげる?」
「……確かに……」
良い方法であるなら他の冒険者に伝達して、互いにスキルを向上させていくのも悪くない案ですね。
ですが、それを否定したのは麻衣ちゃんでした。
彼女は首を横に振り、由愛さんの提案を拒否します。
それから、おずおずと申し訳なさそうに理由を告げました。
「ごめんねぇ……他の人に教えたいのはやまやまだけど……“時間魔法”、同時に2人までしか掛けられなくて。不平等なの分かってるけど……」
「そっか、それなら仕方ないですよね……」
由愛さんも、そう理由を伝えられては納得せざるを得なかったようです。
それから、思い立ったように「あっ」と声を上げました。
「2人までだって言うなら、私にも掛けてくれます?琴ちゃんと一緒に頑張りたいですっ!」
「それは大丈夫だよっ。土屋さんも一緒に、同じ方法で練習するんだね?」
「はいっ。よろしくお願いします!」
こうして、私と由愛さんは共に。
“時間魔法”に伴う魔法構築速度減少へと抗いつつ、“炎弾”を放つ訓練を実施しました。
私達は何度も“炎弾”を繰り返し射出しますが、やはりなかなか思うように構築が出来ません。地面に転がる火球が、何度も虚空に溶けていきます。
遠巻きに見ていた他の冒険者達も、やがて実戦練習の為に徐々に修練場を離れていきます。
その結果、残っていたのは私達だけになりました。
傍から見れば、思う様に魔法が構築できずに苦労している落ちこぼれ組に見えるのでしょう。
ですが、私達にとっては大きな意味のあることです。
「琴ちゃんっ、私達で強くなろうねっ!」
由愛さんは、私を対等な友達と認めてそう笑顔で語り掛けます。
……さすがに、ここまで私に寄り添ってくれているのに、ずっと敬語というのも変な話ですよね。
そう思った私は、由愛さん——いえ、由愛ちゃんへと微笑み返しました。
「……当然だよっ。由愛ちゃん、一緒に強くなろうね」
「!!……うんっ!」
……しかし、日に日に女の子としての扱いが強くなっていってますね。
私、これでも47歳男性ですからね?
必要に応じて、女の子ムーブやってるだけなので!必要だからやってるだけなので!あの!信じて!




