第42話 “炎弾”の開拓
握っているのは、ギルドから支給された簡素なロングソードだ。
一部の冒険者は既にダンジョン内でドロップした、高性能の武器に持ち替えていたり……専用の武具店で発注した装備品を身に纏っているらしい。
だが、そんなつまらない装備は性に合わない。
「……はっ。上等じゃん」
装備しているのは、ギルドから無料で貸し出している簡素な皮の鎧とロングソードだけ。本当に必要最低限にしか、身を守ることができないものだ。
だがそれで良いと思うし、いっそそれが良いとも思える。
ジリジリと命の駆け引きを繰り返す方が、性にあっている。
生き残る時は生き残り、死ぬ時は死ぬ。
所詮、冒険者など使い捨ての駒に過ぎない。ダンジョンビジネスっつーものが世間に広まっている以上、俺のような一個人だって散々雑に扱われて捨てられるだけの有象無象だ。
ところで、だ。
「ダンジョンは人を喰う」と言われている。
それは、魔物の巣窟に入り込んだ愚か者が、いとも容易く魔物の餌食になるから——というだけではない。
ダンジョン内で死んだ冒険者は、やがて自浄作用によって死体ごと消滅するからだ。
だいたい、24時間——1日もすれば、死体も何も残らない。
身に纏っている衣装も「生物のひとつ」って括りになるのか?どういう訳か、着込んでいた衣類さえも消滅するのは甚だ謎だが。
胸元に手を伸ばせば、金属の擦れる音が響く。
自浄作用の働くダンジョンの中で、唯一消滅しない存在——ネームタグだ。
ダンジョン内で採掘できる魔法金属から作られた、身に纏うことが義務付けられているものである。冒険者という証明にもなるしな。
通路に視線を送れば、ところどころに同じようなネームタグが転がっているのが見えた。
「……よう、お前らは納得して死んだか?冒険者になったこと、後悔して死んでないだろうな?」
俺はそんなネームタグの前にしゃがみ込み、もはや消滅してしまったであろう冒険者の亡骸に語り掛ける。
だが、当然だがネームタグは何も言葉を返さない。
そんな物言わぬ金属となってしまった冒険者に、一応形だけ手を合わせる。
一通り転がっているネームタグを回収した後、俺は”アイテムボックス”を起動させることにした。
「お前らも連れて行ってやるよ。”アイテムボックス”」
そう魔法を起動する為の記号である言葉を唱えると、俺の真横に漆黒とも言える亜空間が広がった。これが、俺が最近形だけ会得したばかりの”アイテムボックス”だ。
まだ魔力操作も不完全なのだろう。その大きさは不規則に歪み、不安定なノイズを作り出していた。
「……っ、くそが……」
使う度、ずきりと頭が痛む。全身に気だるさが巡り、動きが鈍くなるのを感じる。
原因は分からないが、恐らく体内の魔力?が削られているのだろう。
それぐらいのハンデで、ちょうどいい。
鈍い身体で、手に持ったネームタグの数々を”アイテムボックス”の中に放り投げる。山ほど重なったネームタグ同士が、不快な金属音を奏でた。
「文字通り、死なばもろとも……ってな。なあ、お前もそう思うだろ?」
「ギィ……」
足音が近づく。
その音の正体は、薄緑色の皮膚をしたゴブリンだった。
俺は”アイテムボックス”を閉じ、それからロングソードを構える。
当然、仲間などいない。俺一人だ。
床に転がるネームタグのひとつになるか、それとも不幸にも生き残るか。
「……はっ、いいぜ。どっちがダンジョンに喰われるんだろう、なぁっ!!」
「ギィッ!!」
そうして、俺は重い身体に鞭打って、ゴブリンへと一気に駆け出した。
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え?これ、誰の記憶かって?
私、私ですよ。田中 琴です。えへん。
大体冒険者になりたての頃ですからー……18歳の頃の記憶、ですね。
あの頃は冒険者業も黎明期でした。ロマンあふれる仕事だったので、まあ志望者が多かったのですが……死亡者も、それだけ多かったんですね。
死ぬとダンジョンの中に消えていくものだから、まあ死亡証明も出来ない。その為、臨時で作られたのが“ネームタグ”でした。
それの後発品が冒険者証です。実質冒険者用のマイナンバーカード。
今のような冒険者証が出来るまでは、ステータスというシステムも存在しなかったんです。なので、体感で魔力が残っているか確かめるしかなかったんですよ。
だから、当然と言えば当然なのですが“魔力枯渇症候群”に掛かることも多かったです。私がアホになった時のあれです。由愛さんに無様な姿見られたやつ。
今になって思えば、ですが。そんな症状を誤魔化す為に、お酒にハマっていった記憶がありますね。ん?未成年飲酒?知らん知らん。20歳って嘘つきまくってました。
頭がぼーっとする中で全身に巡るアルコールの感覚が気持ちよくって、気持ちよくって……。
うーん、黒歴史です。消してしまいたい記憶。
あの頃は戦術も何も知らなかったので、ただ純粋に魔物と接近戦を繰り広げる日々でした。命のやり取りをしている時だけが「生きている」という実感を得られる瞬間でしたね。
ですから、魔法を覚えようという考えにすらなりませんでした。
そんな私が、まさか攻撃魔法を覚える為に研修へと訪れることになるとは、思いもしなかったですね。
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「……“炎弾”っ」
そう詠唱すると、杖の先端から鋭く唸る炎の渦が放出。瞬く間に、ゴブリンダミーへと着弾します。
実力を超えた自信を持つのは危険ですが、安定感は増した気がします。
隣で立つ由愛さんも同様に、左手を突き出して唱えました。
「行くよ……“炎弾”っ!」
すると由愛さんの掌の先から、火球が放出されました。鋭く唸る炎の渦は、並んだゴブリンダミーへと着弾。
しかし、私の放つ“炎弾”よりも威力に劣る気がしますね。
由愛さんもそれが気になったのでしょう。首を傾げて、それから麻衣ちゃんへと視線を送りました。
「花宮さんー。私の方がレベル高いですよね?威力、私の方が弱い気がするんだけど……」
「まあ琴ちゃんは魔法杖使ってるからねぇ……あと、攻撃魔力で言えばトントンだし」
「えっ、そうなの?」
しれっと語った事実は衝撃のものでしたね。まあ確かに、私と由愛さんのステータスを知るのは麻衣ちゃんだけですが。
じっと麻衣ちゃんの続く言葉を待っていると、彼女は苦笑を浮かべました。
「琴ちゃんは、完全に魔法特化のステータスだねぇ。7レベルなのに、45レベルの土屋さんとほぼ同じ攻撃魔力だもん。ちゃんと育てたら優秀な魔法使いになるよぉ」
「え、由愛さんそんなにレベル高いんだ」
衝撃に衝撃を重ねないで欲しいですね。由愛さんのレベルさえ初耳だったんですが。
しかし由愛さんも由愛さんで、物思いに耽るように顎に手を当てています。
「琴ちゃん、本当に魔法使いの卵じゃん。しっかり育てないとね?」
「……魔法使いの卵、ですか」
なるほど。やはり私には魔法使いとしての素質があるようです。
実際に全日本冒険者協会の職員である麻衣ちゃんから「優秀な魔法使いになる」というお墨付きをもらえたのは大きいですね。
ならば、新しい戦い方を開拓するのもありなのでしょう。
その為にはただシンプルに“炎弾”を会得するだけで終わってはいけない気がします。
そう思った私は、麻衣ちゃんに提案することにしました。
「あの。麻衣ちゃん……私に、“時間魔法”を掛けてくれないかな?私の魔法構築速度にデバフを掛けて欲しいな」
「……うん?琴ちゃん、何考えてるの?」
「少しだけ、考えがあるから。“炎弾”を使った新しい戦い方……私なら、思いつく気がする」
本研修の一応の最終目標は「最低限、魔法使いとして獲得するべき技能を身に着ける」です。その目標を達成した証明として、ボスモンスターの討伐を行う訳なのですが……少しだけ、遠回りさせてください。
ちらりと、臨時パーティを結成している由愛さんに視線を向けます。
「由愛さん。ごめんなさい、少し、ダンジョンの攻略を……遠回りさせてください」
「私は別に良いけど、琴ちゃん……一体、何を考えてるの?」
もし、私の憶測が正しければ、新しい戦術を開拓できるでしょう。
失敗すれば、時間を無駄に使うことになりますが……やるだけの価値はあるはずです。
「ちょっと、面白いこと……ですよ」
「面白い琴……面白い琴ちゃんってこと?」
「違いますが」




