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第41話 ポーション

「うぇ……嫌な匂い」

 自室に戻るや否や、私は麻衣ちゃんから処方してもらった魔力回復ポーションの蓋を開けました。独特な薬味の強い匂いが、ツンと鼻腔を刺激します。

 恐らく紫外線による薬効の変化を避ける為でしょう、茶色のガラス瓶をしたその中には黄色の液体が入っています。


 余談ですが、栄養ドリンクが黄色いのはビタミンB2という成分が含まれているからだそうです。つまりこのポーションにはビタミンB2が含まれているという証明になります。


 「魔力回復ついでに栄養も摂取してもらおう」じゃないんですよ。

 一応魔力回復ポーションに付属していた「添付文書」に目を通してみます。


 

【医薬品情報】

 総称名:マリク500

 薬効分類名:魔素補填用栄養補給液


 (一部省略)


【効能または効果】

 魔素の不足または不十分な場合の魔素・栄養の補給・維持


 (以下省略)



 等、事細かに書かれていますね。

 正直、ポーションの正式名称に興味もなかったですが……改めてパッケージを見てみれば確かに「マリク500」と角ばったフォントで書かれています。

 なんというか、ファンタジー要素が薄れていきます。こう、洗練されたフォントで書いてくれませんか?え?可読性が薄れる?うーん……。


 薬というだけで嫌悪感しかないですが、飲まないと大変なことになるのは目に見えています。

 ですが、気分的な問題で飲みたくないです。

 

 中年男性に薬の話をしないでください。薬剤という単語だけで「ああ年取ったな」って気分になるので嫌なんです。

 

 そんなミッドライフ・クライシスに差し掛かった悲しい田中 琴男の諸事情はさておき。

 今の私は幸いにして戸籍上16歳。なんというか、色々と「助かった」感があるのは事実ですね。


 なので、これを飲まないという選択肢はないですか?

 ……ないですか、そうですか……。


「……うぅ……嫌だなあ」

 ポーションに口を近づける度、不快な匂いが漂うので思わず顔をしかめてしまいます。

 そんな想いを押し殺し、とりあえずひと口啜ってみます。


「……まず」

 舌に微量な電流が走りました。ぴりぴりして痛いので、思わず舌をべーッと出して空気に触れさせます。

 何でこんなことしているんでしょうね?

 どれもこれも、低レベルになったのが悪いです。



 別に“女性化の呪い”のせいではないですよ。

 “女性化の呪い”に掛かった時は確かに「終わった……」とか思っていましたけど、案外何とかなっていますし。


(……そう言えば、いつの間にか女性の身体を自然と……受け入れるようになっていましたね)

 

 受け入れがたい現実ではありますが、3か月という月日は思った以上に長かったようです。

 周囲が私を「田中 琴」として受け入れてくれるのに連なって、私も自分が「女性としての自分」を受容できるようになってきた気がします。


 案外、周囲が受容してくれるかどうか……というのは大きな要因なんですね。

 時間が経ってから、改めてその事実に気付いたようです。


「……感慨深いですね」

 どこか嬉しいような、寂しいような気持ちになって、ポーションを握ったまま静かに空を仰ぎました。



「……早く飲んで?」

「わっ!?」


 思わずポーションを落とすところでした。

 突然背後から響いた声に振り返ろうとした拍子に姿勢を崩し、前のめりにずっこけました。幸い「絶対落とさない」という強い意志の元、ポーションは零さずに済みましたが。反射神経というのは偉いですね。


 ポーションの安全を確認した後、恐る恐る振り返ればそこに居たのは呆れかえった表情をした由愛さんでした。

 

 今の彼女はゆったりとした、ピンク色のもこもことしたルームウェアに身を包んでいます。ウサギの尻尾を模したフードが可愛らしいですね。

 だぼだぼのパーカーに身を包んだままの私とは大違いです。

 

「あは、由愛さん……こんばんは」

「また鍵閉めてないし……危機感ないって。ほんと」


 彼女は地べたに座っている私にずいと身体を近づけ、それから右手に持ったポーションを奪い取りました。ステータス的にも完敗なので、抵抗さえ許されません。


「あっ!?」

「もーっ!の、む、の!また頭バカになりたいの!?」

「の、飲む!飲みますっ!」

「琴ちゃん、そう言って絶対飲まないの……何となくわかるもんっ!」

「むぐーっ……!」


 強制的にポーションを口の中に突っ込まれました。

 鬼!悪魔!この神童め!!

 

 あああああああ……これは、どう表現するのが正解なのでしょう。

 ビリビリとした苦みが口の中で広がっていきます。苦みが通り過ぎたかと思うと、その上をコーティングするように粘りけのある不快感が覆っていきます。

 感覚的には粉末状の漢方を飲んだ時に近いですね。

 ……これ、しばらくずっと続くのでしょうか。


 早いところ“炎弾”の熟練度を上げたいです。あと、レベルも上げて魔力切れを引き起こさないようにしたいです。

 心の中で、強く……強く、そう誓いました。


 え?

 そんな理由で決意するなって?

 うるさいなーっ、まずいんですから仕方ないでしょう?田中 琴は不快から逃れたいんです。


 ----


「……由愛さん、鬼です。酷いです。ちゃんと飲むって言ったのに……」


 私は全力で由愛さんに抗議しました。ですが、彼女はどこ吹く風……と言ったところでしょうか。

 穏やかな笑みを浮かべ、私の肩をポンと叩きます。


「琴ちゃんはね、真面目そうに見えて……放っておくと自堕落するタイプに見えるから」

「……う」


 う、完全に否定できない方向から切り込まれました。

 この短期間でよくそこまで見抜けますね?


 

 ……すみません、大正解です。

 妻が居なくなった瞬間に自室を散らかしまくるようなダメ人間です。今は鈴田君の恋人である前田さんが管理を手伝ってくれているので、何とかなっています。

 しかし鈴田君も、日に日に幻滅した表情を浮かべることが増え、以前よりも部屋に来る頻度が減りました。


「すみません、これ以上田中先輩に幻滅したくないです」とか言われました。

 薄情だぞ鈴田。敬え。

 

 前田さんはそんな中でも、懸命に世話を焼いてくれています。あまりにも聖人すぎますね。

 さすがに罪悪感が増してきたので、時々私も主体的に掃除をするようになりました。ですが妻に任せっぱなしで掃除なんてやったことが無いので、結局お皿を割ったりしています。

 そんな惨状を繰り返している内に、ついに前田さんから「琴ちゃんは何もしないで」と圧の籠った笑みでそう言われました。

 生活能力が壊滅的で本当にごめんなさい。


 

 (半ば強制的にですが)魔力回復ポーションを飲んだので、恐らく明日は悲惨なことにならないでしょう。

 もしこれでそうなったら、目も当てられないです。酔っ払い田中 琴の完成です。いえーい。


 なんだか、いつの間にか由愛さんも「世話焼きのお姉ちゃん」的なポジションに収まっている気がします。大丈夫ですって、私の言うこと……そんなに信用無いですか?

 

 うーん、どんな言葉を与えれば信用してくれるんでしょうね?

 ……ちょっと、もしかするとドン引きされるかもしれないんですけど。一応言ってみましょう。

 

「由愛さん、大丈夫ですって。私、こう見えてもしっかりしてますよ?中身は47歳男性、おじさんですっ」

「……え?」


 由愛さんが私の発言に、目を丸くして硬直しました。


 サラッと、真実を言っちゃいました。

 ですからこんなおじさん冒険者に、若い子が積極的に関わるのは事案なんですーっ。ほら、分かりましたかっ?


「……琴ちゃんの学校では、おじさんを自称するのが流行ってるの?」


 えっ。


「違いますがっ!?」


 なんでそうなるんですか!?

 ですが完全に勘違いしてしまった由愛さんは、楽しそうに微笑んで悪ノリしてきます。


「あっ、じゃあ私も、47歳おじさんを自称するっ!ふぉふぉふぉーっ、琴ちゃんはえらい可愛いのぅ」

「誰の真似ですか!?あっちょっと撫でまわさないで!」

 

 ……あの。

 初めて会った女の子に、どうやったら「自分の中身が47歳男性」という真実を伝えられるんでしょうね?

 由愛さんの好きなように、銀髪をもみくちゃにされていきます。しかしそんなじゃれ合いを「楽しい」とも思ってしまっている自分が居ます。

 どうすればいいんでしょうこれ!?


 

 ちなみに、翌日。

 つまり研修3日目ですね。


「言っとくけど私!47歳おじさんだからっ!」

「……はぇ?」


 突然そんな宣言をした由愛さんに、麻衣ちゃんが「意味が分からない」と言った表情で私を見ていました。

 この中で唯一真相を知る麻衣ちゃんは、不審な視線をこちらに向けてきます。


 違います。


 いや、違わないけど違うんです。

 えーっと……これ、想像以上に説明が難しいですね?

 むしろ説明すると、余計に見苦しい状況になる気もしますし……。

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