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第40話 炎弾

 田中大先生——あ、今は琴ちゃんって呼ぶのが正解なのかな。

 彼女の行動自体は、信頼に値するものだと確信している。卓越した知識と技術……それだけが彼女の強みではない。

 どこか目を離すことが出来ない、他人を引き寄せる人徳。それが、田中 琴における最大の武器だと確信している。

 

 ……違う意味でも、目を離すことが出来ないというのはこの際置いておこう。

 突拍子もない奇行を繰り出すのは、昔からだし。




『あ?何してるかって?見て分かんねーのかよ、ゴブリンの臓器抜いてんだよ。あ、こいつ魔毒苔食ってんな。腹壊さねーのかな?』



 

 私が出会った当初から、田中 琴男はゴブリンの虜だった。

 周りからは「田中 ゴブリン」と呼ばれていたほどに、彼の存在はゴブリンと共にあった。


 ただ、いつかの時だっただろうか?

 田中 琴男がゴブリンを解剖していた時に、ぼそっと呟いたことがある。


『……先輩。アンタの教え、きちんと守り続けてるよ』


 そう呟く彼の声音は。

 過去を懐かしむような、

 もう二度と戻らないものに想いを馳せるような、

 そんな寂しげな声だったのを覚えている。


 ……話が逸れたかな。

 

 様々な想いを抱えて尚、懸命に生きている田中 琴男。

 女性の姿に変化したとしても、その本質は変わらない。


 本当に、彼女の周りには色んな人が集まってくる。


 今回彼女と親しくなった、神童である土屋 由愛さんだってそうだ。

 彼女は“早熟型”の神童であった。

 若くして、45レベルという段階まで到達した土屋さん。彼女が多くの実績を残してきたのは、想像に難くない。

  

 だが……そんな(おご)りが(あだ)となり。

 自らの不注意で、一応……?友達とも言える琴ちゃんを傷つけそうになった。もし万が一、私の“解除魔法”が間に合っていなければ、レベル差のある琴ちゃんの命が危ぶまれたのは想像に難くない。

 

 当然土屋さんにとっては、初めてのインシデントだっただろう。


 今回の一件で挫折していたとしても、仕方のないことだと思う。

 現に、私はそうした「自信に塗れた冒険者が、大きな失敗をする」という結末に陥った冒険者を……何人も見てきた。


 不注意から仲間を死に至らせてしまったり、

 誤って仲間に攻撃し、不可逆的な後遺症を残してしまったり、

 そうでなくとも、パーティ間に不信を生み出したり、


 ……本当に、色んな冒険者の末路を見届けた。

 土屋さんも、その中の一人になってしまうと……そう思っていた。


 ——だから。

「本当に、申し訳ありませんでした。もう二度と、仲間を傷つけるようなことをしません。もう一度、チャンスを下さい」

 

 そう真剣な表情を浮かべて、頭を下げた土屋さんを見て本当に驚いた。

 逃げ出しても、文句を言わないつもりであったから猶更(なおさら)だ。


 彼女の心を入れ替えるきっかけなのは、紛れもなく琴ちゃんなのだろう。


 だが、どういう訳だろうか?


「……はは……」

 肝心の土屋さんの心を入れ替えるきっかけを作ったであろう琴ちゃん。


 当の本人であるはずの彼女が、気まずそうに明後日の方向を向いているのは……。

 もうちょっと誇らしい顔してくれて良いと思うんだけど……なんで?


 ----


 私は納得してませんからね?

 由愛さんが、真面目に魔法使い研修に取り組むようになったのは良いことです。

 

 ただ何で私の行動を見たあとで、そんな決意を抱くんですか!不本意です!不本意ですよこれは!!

 47歳、ベテラン冒険者である田中 琴男の魂が納得していないので、少しでも挽回するべく由愛さんに語り掛けます。


「由愛さん。大丈夫です、上手くいかないのは当然ですよ。私がついていますからね」

「うんっ。琴ちゃんには……期待してるねっ?」

「……なんでそんな温かい目を向けるんですか」


 うーん……立場が逆転してしまったような気分です。

 不服を申し立てたいです。ですが、由愛さんが真剣に指導を聞いているので、そんなことも言えなくなりました。


 仕方なく、私も杖を構えて“炎弾”を射出する為の体勢を取ります。

 炎弾の反動で身体が吹き飛ばされないように、姿勢を安定させないといけません。そう考えると、魔法使いと言っても身体能力の強化を疎かにしていいわけではないんですね。

 

 やはりフィジカルはあらゆる問題を解決します。

 私の身体もムキムキマッチョだったら良かったんですけどねー。


 残念ながら田中 琴の身体はちんちくりんです。

 身長で言えば147㎝の細身の女の子。あ、100㎝引いたら実年齢と同じになりますよ!あははっ。

 

 ミセス・ルッキズムの早川さんからは、小動物扱いされている気がしないでもありません。いつも撫でまわしてくるんですけど何なんですかあの人は。

 今の私を、元妻の恵那が見たらどう思うんでしょうか。気になるような、見ないで欲しいと思うような。

 

 そう言えば、修練場にいる冒険者の数が減っている気がしますね。

 体感では6割ほどにまで、冒険者が修練場から居なくなっている気がします。

 私が迷子になっている間、皆さんも同じように迷子になったのでしょうか?仲間ですね?


「あの、麻衣ちゃん。他の冒険者はどこに行ったの?」


 なんだか、徐々に自然体に話せるようになっていることに複雑な胸中です。

 ですが麻衣ちゃんは、ちらりと周りを見渡した後に階段の方向へと視線を送りました。


「うん?あー、ある程度魔法に使い慣れた人からねぇ……先に魔物が居る階層に上がっていったよぅ。実戦で使えるか試すんだよ~」

「そっか。私達もある程度“炎弾”に慣れたら実戦に行くんだよね?」

「もちろんねぇ。でも、琴ちゃんのレベルを考えると今日はダメだけどねー……まずは“炎弾”を撃つことに慣れよっか」

「……仕方ないね」


 進捗が牛歩です。私の総MPという問題もあり、なかなか進みません。

 申し訳ない気持ちもあるので、由愛さんに視線を送ります。ですが彼女は、またまた柔らかな笑みを浮かべて語り掛けてきました。

 

「大丈夫だよっ、琴ちゃん!私は琴ちゃんをちゃぁー……んとっ!見守っているからねっ!」

「あー……はい……ありがとうございます……?」


 由愛さんは由愛さんで過保護すぎる気がするのですが。

 私のことを何だと思っているんでしょう。


 何かしら、この研修で「田中 琴にしか扱えない技能」というスキルを会得できないと、名誉挽回できない気がします。


 さて、本日の研修も終わり時間が近くなった為……“炎弾”を実際に撃ってみるとしましょう。

 

「あの、麻衣ちゃん。そろそろ“炎弾”撃っても良い?」

「あっ、いいよ~!琴ちゃんは姿勢を崩さないように意識して、ねっ」

「うんっ……行くよ」


 私は指導を受けた通り、前傾姿勢を取りました。両脚は肩幅ほどに開き、両手で広く持った魔法杖の先端をゴブリンダミーに向けます。

 体内を巡る魔素を、杖先へと集めるイメージを持ちます。杖先の魔玉へと意識を研ぎ澄まし、静かに魔法を発現させました。


「……“炎弾”」

 練り上げられた魔力は、外界に存在する魔素と連動。

 混ざり合った魔素はやがて炎の渦を生み出し、鋭い矢の如くゴブリンダミーへと着弾します。


「おーっ、さすが琴ちゃん。習得速度が速いねぇ」

「麻衣ちゃんのおかげだよ」


 私は魔法杖を天井に向けて、そう言葉を返しました。

 ちなみに魔法杖を使わない時は、杖先を天井に向けるのが安全管理上正しいとされています。誤射を防止する為ですね。

 いわゆるハイレディポジション、っていうものです。

 

 だから魔法杖には石突が付いているんですね。色々と理にかなっています。


 ですが、一度型を会得すると「その先」を目指したくなるものですね。

 

(まだ、実戦には使えそうもないです……)


 魔法構築速度が、現状ではかなり遅い分類です。

 魔法を発現させるまでの速度を、かなり向上させなければ実戦には不向きでしょう。


 ひとまず、本日のところはMPが全損するまでただひたすらに“炎弾”を撃ち続けて終わりました。


 ……あっ。もちろん今回は麻衣ちゃんから魔力回復ポーションを処方してもらいましたよ?

 また魔力枯渇症候群になって、無様な姿を晒したくないですし。


 おさけー。

 ……なんちゃって、です。

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