第39話 迷子
私は、妻と子をもうけませんでした。
子供が苦手だとか、そう言った理由ではありません。
ただ、男性時代の私は冒険者として生きていたかったんです。魔物と戦い続ける日々に没頭し続け、常に変化し続けるダンジョンの姿を観測していたかっただけです。
父親としての自分を、そこにイメージすることは出来ませんでした。
冒険者として仕事に励みたい、という私の意思を妻が理解してくれていたのは幸いでした。
まあそれはそれとして、しきりに妻から求められることもありましたが。え、主語がないって?まあまあ。
……こほん。それはそれとして。
ダンジョンに生き、ダンジョンに死ぬ。
それが、私の根底にある考え方です。
他人のために行動するということの意味を、ずっと理解できませんでした。私一人だけで全部解決してきたので、頼られることはあっても頼ることはなかったんですね。
「助けを求めるくらいなら、自分で解決してやる」なんて、ずっと思っていたくらいですから。
そんな考え方を持っていなければ、ソロで何十年もダンジョン攻略なんてしていませんし。
……ですが、最近はそうもいかなくなりましたね。
私は、誰かに頼らざるを得なくなりました。
自分一人の力では解決できないことばかりだったんです。今までは目を逸らしていただけで。
ところで由愛さんは、いわゆる神童と呼ばれる冒険者らしいです。私は彼女の戦い方も知りませんし、どれくらいの実力を持っているかわかりません。
ただ、この研修に参加しているくらいですから、相応の実力は持ち合わせているでしょう。
余談ですが、冒険者から戦士、魔法使い、僧侶などのキャリアアップ転職はおおよそ10~20レベル以上から行うことを推奨されています。
何かに突出するよりも、まずはダンジョンで魔物との戦い方を覚えて経験を積んでいく。すると、ある程度新人と呼ばれる段階から卒業する頃には、それくらいのレベルまで育っていることがほとんどです。
そうした理由もあって、10〜20レベルが転職の目安とされているんですね。
キャリアアップ転職するまでに、冒険者としての期間が長ければ長いほど、転職してから得られる経験値も違います。あ、EXPって意味じゃないですよ。実務経験という意味です。
そんな指標もある上で、由愛さんは16歳という年齢にして本研修に参加しています。高レベルなのは、もはや言うまでもないでしょう。
若くしてそのような素質を得た冒険者が、一体どのようにして無力を自覚する機会を得るのでしょうね。
気付いた時には取り返しの付かない結末に陥っていた、ということは多々ある話です。
……私だって、そうですし。
----
正直、由愛さんのことを、私は何一つ知らないです。
どうして時代的に落ち目である冒険者を志したのだとか、何が好きなのだとか、私のことをどう思っているのだとか。
ただ知っているのは、彼女がひたむきに真っ直ぐだと言うことだけ。
純粋で、ひたむきで、向こう見ずで。
だからこそ、打たれ弱いんでしょうね。
……ところで、私は何処を探せば良いのでしょう?
格好付けて、由愛さんを颯爽と探しに来たまでは良かったです。ですが、どうやって彼女を探せば良いのか分かりません。
「由愛さーん!!!!ゆーあーさーーーーんっっっっ!!!!どーこーでーすーかー!!!!」
とりあえず、どこに行ったのか分からないのであちこちを彷徨い歩きます。
図書室から始まり、レストラン、冒険者各自に割り振られた部屋の廊下まで。
片っ端から居そうな場所を探し回りました。
ですが、ドラマみたいに上手くいかないものですね?
私の理想としては、部屋に隠れて縮こまっている由愛さんへとドア越しに語りかける……なんてシチュエーションを想像していたんですが。
あの。どこですか?
正直、皆目見当も付きません。
念のため、ダンジョンの出入り口に居る受付の方々に聞いてみましたが……誰も通っていないそうです。
ということは、由愛さんはまだ外に出ていないと言うことです。
なので再び、私はダンジョン内を歩き回ることにしました。
……ダンジョンの各階層って、だいたい小・中学校くらいの規模を持ってるんですよ。それほどのスペースを区間ごとに分けているので、まあ通路が入り組んでるんですよね。
昨日私が利用したのは、ほとんどレストランと修練場のみです。娯楽室も使っていなければ、図書室だって行っていません。
なので、研修会場の構造は全く把握していません。
決して私が方向音痴とか言う話ではないです。
これでもベテラン冒険者ですよ?何度もダンジョンだって潜ってます。通路を完全に記憶しているダンジョンだって、少なくありません。
え?なんの話かって?
……決して、私が迷ってしまったとかじゃないです。
決して。
「……ここ、どこですか……?」
……どうやったら、元の道に戻れるんでしょうか?
悲しいことに今現在、全日本冒険者協会の皆さんは冒険者の特訓を行う為に、修練場に集まっています。なので、周りには誰も居ません。
そんな私が辿り着いたのは、人気がないどころか、ろくに整備もされていない場所でした。
あまり使われていない通路なのでしょうね。
ほとんど舗装されていない薄暗い通路には、無造作に積み上げられた段ボールが積み重なっています。何処を見渡しても似たような通路が続いています。
これ以上進んでしまえば、余計に迷子になりそうな気がして立ち往生するしかありませんでした。
「……えーっと、あの……誰か居ませんか……?」
由愛さんを追ってきたつもりが、どうしてこうなったんでしょう。
格好付けて「由愛さんには、私が居ます(超絶イケメンボイス)」とかやりたかったんですけどね。
うーん、困りました。
とりあえず、皆さんの本日の研修時間が終わるまで待つとしましょうか。
……だいたい、あと3時間くらいはこのままだと思いますが。
とりあえず、もはや日課となっているゴブリンいじりでもして時間を潰しましょう。
しかし、そんな時です。
「……あの、琴ちゃん。何してるの……?」
「あっ」
ちょうどゴブリンの眼球を取り出して、その形状をあらゆる方向から観察していた時です。
由愛さんが困惑した表情を浮かべて、こちらにやってきました。
とりあえずゴブリンから摘出した眼球を雑に口の中に突っ込んで、それから”アイテムボックス”の中に格納します。
探していたはずの由愛さんが、逆にこちらに来てくれました。
「あのっ、由愛さん。さっきまで何していたんですか?」
「そのセリフ、そっくりそのまま私に言わせて??」
「……えへ」
気づかないふりをしてくれれば良かったのですが。
私は素知らぬ顔をして、話題を切り替えます。
「由愛さんが居なくなっちゃったので……探していたんですよ。どこに行っていたんですか?」
「探す方法が……ゴブリンを解剖することなの?」
「……や、まあ……迷っちゃって……協会の方来るまで待とうかなぁって……」
結局、誤魔化しきることが出来なかったので大人しく白状しました。
あぁ……、由愛さんの私を見る目つきがゴミ同然のそれになっていきます。待って。
しばらくして、呆れかえったようにため息を吐きました。
「もう少し青春ドラマみたいに……颯爽と来てくれるかなって思ってたのになぁ……?」
「あっ、私もドア越しに語り合う……みたいなことしたかったんですよ?」
「琴ちゃんには無理だったかー」
「ずいぶんと失礼ですね!?」
「あははっ」
なんですか!失礼な女の子ですね!?
由愛さんのこと心配してきて追いかけて来ただけなんですよ!
ちょっと迷っただけなのに!ちょっと迷っただけなのに!!!!(大事なことなので2回言いました)
ひとしきり笑った後、由愛さんは突然真剣な顔を作りました。
「……でも、本当にごめんね。花宮さんが居なかったら……琴ちゃん、危ないところだった」
「失敗は誰にでもありますから、仕方ないですよ」
「……確かにね。琴ちゃんも実際に道に迷ったみたいだし?」
「べ、別に迷っていませんよ!?」
私としては納得いかないので、突っかかって言葉を返しました。ですが由愛さんは「ぶっ」と吹き出して、再び声を上げて笑います。
それからもう何度目か分からないんですけど、強く私を抱きしめてきました。
「むきゅっ」
「……うんっ、ありがとうね。琴ちゃんが探しに来てくれて、嬉しかった」
完全に彼女の腕の中にすっぽりと収まってしまいました。
私は由愛さんの腕の中から頭だけを出して、苦笑いしつつも言葉を返します。
「……でも、逆に探されましたね」
「そりゃあれだけ由愛さーん、由愛さーんって探してたらね。こっそりついて行ったら迷ってるし。ゴブリンを解剖してるし」
「わ、わかりませんね……何の話ですか」
「一連の流れ見てたらわかるよ……」
そう言って、由愛さんは私の髪を優しく撫でました。
「うん、やっぱり琴ちゃんから目を離すわけにはいかないね。もうふざけたりしない、ちゃんとする」
「……わ、わかりました……?」
「ありがとう。琴ちゃんが居てくれてよかった。戻ろっか」
「え、あ、はいっ」
由愛さんは決意に満ちた表情を浮かべ、私から腕を解きました。
それから由愛さんに手を引かれ、私達は無事に元の道に戻ることが出来ました。
もう、彼女の目には迷いが見えることはありません。
なのに、なんででしょうね。
すっっっっっごく、不本意な扱いを受けている気がするんですけど。
あの、やり直しを希望します。こんな形で前向きになって欲しくないです!!!!




