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第37話 二日酔い

「……んぅ」


 今は……研修会場で各自に用意された部屋の、ベッドの上……ですよね?

 朧げな記憶をたどりながら、ゆっくりと頭を起こします。


 全身が、凄く重だるい気がします。

 なんて言えばいいのでしょうか。献血で400mlの血液を抜かれた後、軽く歩いた時のような……少し頭がふわふわとするような気分です。


 もっとわかりやすく言えば二日酔いです。ああ、お酒が恋しいなあ。

 

 ……お酒。


「……おさけー?」

 自分の声帯から腑抜けた声が漏れました。あれ?


 ちょっと”アイテムボックス”の中にお酒残ったりしていませんかね。

 脳裏をそんな言葉が過った瞬間、淡い期待を元に確認だけしてみることにしました。

 

 さ、さすがに研修前に飲みませんよ?私を何だと思っているんですか。


 「よっと、何かないかな……」

 適当な場所に”アイテムボックス”を発動させ、無造作にその中に手を突っ込みます。

 こんな寝ぼけた頭で使われる、熟練した技術の結晶体である”アイテムボックス”が可哀想ですね。



 ちょうど良い機会なので”アイテムボックス”の仕様について説明しておきましょうか。

 ”アイテムボックス”は、全てのアイテムが共通の場所に格納されている訳ではありません。

 厳密には”アイテムボックス”の中にいくつものグループ分けされた区間が存在しています。その中で私は任意の区間からアイテムを取り出しているんですね。


 ちなみに、私は大まかに

 

 ①ダンジョン攻略用

 ②私生活用

 ③魔物の死骸用

 ④廃棄用のゴミ

 

 の4種類に分けています。

 一応“その他”もあるにはありますが……、大体お察しの中身です。

 

 

 たまに間違えて、異なるグループの所に捨てることもあります。

 燃えないごみをうっかり、燃えるごみに捨ててしまうようなものです。

 分別はしっかりしようね。えへ。

 

 今回、私は②の“私生活用”に区分けした”アイテムボックス”を開きました。だいたいこの中に、ゲームやらお酒やらお菓子やら、ダンジョン内に配置された休憩室で時間を潰せるアイテムを格納しています。

 

「んー……おさけおさけ……」


 寝ぼけたまま”アイテムボックス”の中を漁っていますが、どうにも見つかりませんね。

 おにぎりのゴミやら、空き缶やら、ゴブリンの死骸やらは出てくるのですが。

 

 とりあえずそんなゴミが邪魔なので、雑にレジャーシートを敷いて床に転がしておきます。床を汚して怒られるのは嫌なので。

 レジャーシートは別に汚したところで、それごと”アイテムボックス”の中に格納すればいいので問題ありません。


 そんなこんなで荷物を漁っていた最中。

 ようやく目的のもの——まだ開封されていないビール缶を見つけました。

 まだ頭がポヤポヤとしていますが、とりあえず目的のものを見つけて満足です。


「んへ……おさけぇ……」


 なんとなく嬉しい気分になったので、ビール缶を両手で持ってその場でくるくる回ったりして見ました。

 ですが気分が悪くなったので、ぺたっとへたり込んでしまいます。

 

 頭がぐるぐるします。

 何となく悲しくなって、1人の時間が寂しくなってきました。

 最近は誰かと一緒に居る時間が常だったので、誰も居ない時間が虚しくなります。


「だれも、いないんですかぁー……ねー……ねー……」


 ふと、思い出すのはずっと私に寄り添ってくれていた元妻の姿。

 

 ぽっかりと空いてしまった自室の光景が、脳裏に浮かびます。

 なんとなくそんな光景が思い起こされて、悲しくなってきちゃいました。


「う、なんでぇ……んー……なんでぇ……」


 さっきからどうにも、自分の肉体なのにコントロールが利きません。

 原因は何となく理解しているのですが、対処が出来ないです。


 多分、魔法を使いすぎた反動……ですね。



「あれ、鍵空いてる……え。何この光景」

 私を迎えに来たであろう由愛さんが、唖然とした表情を浮かべています。


 部屋中に散らかったゴミの残骸。(※ゴブリンの死骸含む)

 無造作に転がったビールの空き缶や、おにぎりの包装の数々。

 その中心であられもない姿で泣きじゃくるのは、完全にしわだらけになってしまった、カッターシャツとパンツスーツを着込んだ銀髪の美少女、田中 琴。


 どこからどう見ても事案です。



 この状況を理解しろっていう方が無理ですよね。

 多分、私だって素面(しらふ)なら理解できません。



 しかし完全に駄目になってしまった私は、いきなり現れた由愛さんを見て「構ってくれる人が来た」とか思っちゃいました。

 表情筋がコントロール出来ず、とろけた笑みを浮かべます。


「んふ、んふふ……由愛さんだぁ……」

「え、な、何。怖いんだけど」

「んふふ……」

「……あー。もしかして……ちょっと待ってて!!花宮さーんっ!はーなーみーやーさーんっ!!」


 私の惨状を見て何かを悟ったのでしょう。

 由愛さんは慌てた様子で、部屋を後にしていきました。


 ちなみにその光景に「置いていかれた」と思い込んだ私は。


「ねー……なんで、なんで置いていくのぉ……」


 とか呻いていました。

 なんだこいつ。


 え?これが私?いやいやいや、ないない。



 ちなみに由愛さんに連れられた花宮さん——あー……麻衣ちゃんって呼び方で良いんですかね……。

 彼女は、私の状況を見て瞬時に何が起きたか理解したようです。素早く”アイテムボックス”を顕現させて、中から一本の瓶を取り出しました。

 だいたいラムネ瓶サイズのそれは、いわゆる“ポーション”という名前で販売されているものです。


 ポーションは現代社会においては“医薬品”という扱いとなっています。

 なので取り扱う際には、薬剤師か魔法科医の相談の元で処方してもらうのが正しい過程です。

 

 しかし、全日本冒険者協会における冒険者はポーションなどの医薬品に関わる研修を修了させているので、各自の判断で処方することが出来るんですよね。

 いわゆる「特定行為」とかいうものです。


 余談ですが。

 医者の覚えることが多すぎるので、新たに“魔法科医”という役職が制定されました。

 文明は発達しました。しかし医療職で覚えることが増大したので、大変だと思います。学校によっては三年制から四年制に変えざるを得なくなった場所もあるようです。可哀想に。


 そういう訳で、麻衣ちゃんから私は「魔力回復ポーション」を受取りました。

 

「琴ちゃん、とりあえずこれ全部飲んで?」

「んー……ふぁぁい……うぇ、まず……」

「頑張って!ほら、こういうのは一気に飲むの!」

「んきゅ……」


 半ば強制的に魔力回復ポーションを口の中に突っ込まれました。独特の苦みが広がり、思わず吐き出しそうになります。

 ですが当然の如く麻衣ちゃんにそれを阻止され、何とか全部飲み干しました。



「……本当にすみませんでした」

 とりあえず素面に戻った私は、2人に土下座しました。

 社会人の必殺技です。


 どうやら、先ほどまで“魔力枯渇症候群”という状況に陥っていたとのことでした。

 MPがごっそりと減ってしまった時に起きてしまう現象、らしいですね。



 ダンジョン攻略を終えた際、基本的にはステータスの確認を行い、魔力枯渇症候群を引き起こす可能性が考えられる場合はポーションが処方されるのですが。

 

 昨日はMPが全損していることを報告しなかったんですよね。

 ほんとズボラです。マジですみませんでした。


 いままでダンジョン攻略を終えた際にも、ロクに報告していなかったので癖ついていませんでした。

 以後気を付けます。


 え?こういう奴ほど信用ならないって?失礼な。

 なんですかっ。田中 琴の言葉は信用に値しないって言うんですか。




 ……あと、ちなみに麻衣ちゃんが代理で“炎弾”を撃ったのも原因のひとつですからね?

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― 新着の感想 ―
中年男性(47)では許されない醜態ですね 中年男性(47)じゃなくて良かった!
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