第33話 ツッコミ不在
悲しい事実が発覚してしまいました。
これまで巧みな技術で皆を翻弄してきたベテラン冒険者、田中 琴ですが。
攻撃魔法という部分においては素人中の素人。あまりにもへっぽこです。
ちなみに他グループで同様に“炎弾”を放っている、由愛さんですが……。
「我が魔法に驚け慄けっ!行くぜ……“炎弾”っ!」
そんな詠唱は存在しません。
ですが彼女の掌から放出される“炎弾”の威力は、私の杖から放たれるそれをゆうに上回っています。
大気を穿ち、鋭く伸びる炎が瞬く間にダミー人形に着弾。実用的と言える火力を手にしていました。
これだから神童は。
ただ……杖を使わないということは、由愛さんはあくまでも戦闘補助として攻撃魔法を会得したいのでしょうね。「杖を使わない練習」という一要素だけでも、おおよその戦闘スタイルは推測できます。
しかし、研修とは言え実践として魔物と戦闘するはずですが……どういう訳か彼女は武器を持って来ていない様子なんですよね。移動手段は私と同じ電車でしたし、荷物運び役としてポーターの方が別で来ているのでしょうか?
由愛さんの方向をじっと見ていると、いきなり硬いもので頭を叩かれました。
「いたっ」
「研修中。しっかりしてねぇー?」
「す、すみません」
頭を押さえながら隣を見れば、むすっと頬を膨らませている花宮さんが居ました。どうやら杖で軽く頭を叩かれたようです。
それから、石突の先端を私の足元へと向けます。
「琴ちゃん。まず魔法を撃つ姿勢から間違ってるよぅ」
「姿勢?魔法を撃つのに姿勢が関係しているんですか?」
魔法を構築して、魔物を間接的に攻撃する。直接攻撃するでもないのに、姿勢がどのように影響するのでしょうか。
彼女の言葉の真意が理解できず首を傾げました。
すると、花宮さんはいきなり私の腰に手を当ててきました。
「ひぅっ」
変な声が漏れました。ですが、花宮さんは構わずに腰から、つーっと背中へと指を這わせます。なんだかむず痒くてぞわぞわします。
「っ、う……な、なにっ?」
「魔法を撃つ時、上半身が後ろに反ってたねぇ。ビビってる証拠だよぅ」
「……う」
「で、腰も浮いてて重心が上にある。今さっきのへっぽこ“炎弾”程度なら、そこまで反動はないけど……」
そう説明しつつ、花宮さんは手に持った杖の先端を、ダミー人形に向けました。
私の真似をするように、背中を反らしつつ、踵を浮かせます。
「……ちゃんと見といてねっ。“炎弾”」
次の瞬間。
核爆弾でも落ちたかと思いました。
花宮さんが持つ杖先から放たれた“炎弾”は瞬く間に、ダミー人形に着弾。少しの間を以て、“炎弾”を中心として大気中の酸素を取り込み始めました。
次に、衝撃波が先行して迸ります。
稲妻が大気に散ったのは、その刹那でした。
「ひっ、わ、わっ!?」
真紅の光がきらりと輝いたかと思うと、轟音を奏でながら暗赤色の業炎が舞い上がりました。
馬鹿げた火力の余波はダミー人形を穿つに留まらず、私達をも飲み込もうとしてきます。
「よっと」
馬鹿げた火力の反動を受けた花宮さんは地面を蹴り上げ、空中で後方に一回転。ひらりと揺れるローブが、彼女の後方宙返りする軌跡を描きます。
鮮やかに衝撃を逃しつつ、花宮さんは宙返りの姿勢から、襲い掛かる爆風に向けて左手をかざしました。
かざした掌から、魔法陣が構築されていきます。
「……と、まあこんな感じで……魔法の反動をもろに受けて、吹き飛んじゃうんだよねぇ」
「……は、はいっ」
淡々と花宮さんは“時間魔法”を発現させ、襲い掛かる爆風の時間を止めてしまいました。
爆風の正体は高熱を浴びた瓦礫という飛散物。
それらが花宮さんの“時間魔法”によって時間を止められたことによって勢いを奪われ、静かに熱を失い……ゆっくりと重力に沿って地面に落下。
灰色の瓦礫が、摩擦音を奏でながら地面に叩きつけられていきます。
ちなみにダミー人形も消し飛んでしまいました。
「……花宮さん。あなたは何度言えば」
「あ゛っ……すみませんすみません……」
研修会場で突然高火力の“炎弾”が放たれたことによって、周りの冒険者達はぎょっとした様子でこっちを見ています。また悪目立ちです。
セバスチャン(仮)に再三窘められ、花宮さんは平謝りするしかありませんでした。
あげく、ターゲットとして用意されていたダミー人形も木っ端微塵。
他の区間に移動して練習を再開するという手もありますが、またダミー人形を消し飛ばしてしまう可能性が無いとも限りません。
「……ダミーの代わりに、これを使いましょう」
私は”アイテムボックス”を顕現させ、そこから例の如くゴブリンの死骸を取り出しました。
内臓は既に抉り取っているので、文字通り抜け殻となったゴブリンの死骸。
それを雑に転がしました。ゴブリンの四肢が、だらりと投げ出されます。
次にダミー人形としての体裁を保つべく、ホームセンターで買い揃えていた木材を取り出して、強引に縛り付けました。
「……よしっ」
出来ました。ゴブリンの十字架ダミーです。磔です。
「さ、さすが田中大先生……!これなら……新しいダミーとして使えますね……っ!」
花宮さんは目をキラキラとさせて、恍惚とした表情で十字架ゴブリンを眺めています。
尊敬のまなざしで見つめられると誇らしいものですね。思わず私も嬉しくなり、微笑んでしまいました。
それから”アイテムボックス”内からいくつもゴブリンの死骸を取り出し、花宮さんに伝えます。
「安心してくださいっ。何回ダミーを壊しても、いくらでも作り直せますからっ」
「これなら存分に田中大先生……いや、琴ちゃんを指導できるっ!魔法の基礎を……みっちりと、それはもう丹念に、教え込むからねっ!」
「お手柔らかにお願いしますよ……?」
ダミー人形も完成したところで、私達は改めて研修を再開することにしました。
ちなみに周りの冒険者達は既に気が気じゃないようで、しきりにこちらの方を見て来ています。
花宮さんは私の奇行を見慣れているので、ツッコまないどころか尊敬のまなざしで見てくるんですよね。なので、ものの見事にツッコミ不在。
「ねえ、琴ちゃん……」
いつの間にか所属していたグループから抜け出していたのでしょう。
由愛さんが呆れたような顔をしてこっちにやってきました。
「あれ?つち……由愛さん。どうしました?」
由愛さんがこちらに来た理由が分からず、首を傾げます。
ですが彼女は肩を震わせ、いきなり声を荒げて突っかかってきました。
「どうしました?じゃないけど!集中できないって!!さっきから何!?とんでもない爆風引き起こしたり、ゴブリンの死骸で十字架作って遊んだり!!」
「遊んでないですが……これは立派なダミーなんです。磔なんです」
「やかましいわっ!!なんで先生も突っ込まないの!明らかに琴ちゃん変な行動ばかりしてるでしょ!?」
ついに花宮さんにも噛みつきました。ですが彼女もきょとんとした表情で首を傾げます。
「田中だ……琴ちゃんの発想は素晴らしい、ですから。育て甲斐があるんです、多少の奇行は目を瞑りましょう」
「多少どころじゃなああああぁぁいっ!!!!このまま放置してたら研修どころじゃないから!私もこっちのグループに着く!もう見張ってないと研修どころじゃなくなるから!!!!」
「えっ、か、勝手なことは許しませんよっ。ね、ほら……戻ったらどうでしょうかっ」
「めちゃくちゃしてる人に言われたくないっっっっ!!!!」
「め、めちゃくちゃ……!?」
由愛さんは全力で声を荒げて、花宮さんにツッコみました。
あの、ほんとすいません。こちら2人とも、常識知らずなもので。
ちなみに念の為に、他の教員と掛け合った結果ですが。
「同年代の冒険者同士でペアを組ませた方が、切磋琢磨出来るだろう」という大義名分のもと、由愛さんもこちらのグループに入ることとなりました。
……多分、それ以外の理由もある気はしますが。
というか花宮さんも「奇行」って言ってるじゃないですか。あの。
間違えて1日早く投稿しちゃっていることに、投稿されてから気づきました。えへ。
という訳で10月31日は救済です。間違えました、休載です。
誰かこのアホ砂石を救ってやってください。




