第32話 私の魔法の威力がおかしい
今回は魔法使いが愛用している杖について説明します。
世界樹の枝や、魔法金属を杖身とし、ルビー等の光沢のある宝玉を飾った杖——というのがファンタジー世界におけるイメージですね。魔法を発する為の触媒として役割を担う武器……という解釈で良いかと思います。
もちろん、ファンタジー世界準拠に作られているので魔法杖だって存在します。
というよりも合理性を重視した結果、ファンタジー世界と同一の答えに辿り着いた……というだけなんですけどね。
魔法杖の前駆体として編み出されたのは魔法銃でした。
魔石を弾薬代わりとして射出し、“魔弾”として魔物を攻撃する武器です。
ロマンあふれる武器ではありますが、やはり現実はロマンだけではどうにもなりませんでした。
それについて、軽くお話していきましょう。
基本的には、魔法銃の構造は旧時代の銃と遜色ありません。
厳密に言えば、もう少し細分化して説明するべきなのでしょうが……ここでは世間一般に認知されている拳銃として捉えてください。
銃身があり、弾倉があり、薬室があり、引き金がある。
ここまでは同じなのですが、唯一違うところは「構造魔法陣」という特別な技術が銃身内に組み込まれていることです。
これは、ゲームで言うところの「スクロール」と同様です。事前に魔法を封入するシステムのことなんですね。
まず魔法を発現する為に必要となる構造式のみを書き込んだ銃身を用意します。構造式を保存した銃身に、閾値を超えた魔素が接触することによって魔法が発動する——という仕組みとなっています。
これが「構造魔法陣」というシステムの根幹です。
その魔法を発現させる「魔弾」の素材として、高濃度の魔素の結晶体——魔石が用いられていました。
つまり、こういうことです。
①魔石を用いた弾頭と火薬。その二つを薬莢内に包み込んだ弾丸を弾倉にセットする。
②引き金を引き、ハンマーが叩かれることによって雷管を介して火薬が燃焼し、魔弾が打ち出される。
③銃身内に刻まれた「構造魔法陣」が魔石を感知することで、魔法が発動。
④発動した魔法が着弾することにより、効果を付与することが出来る。
というプロセスになっています。
そんな魔法銃には「製造コストが高い」という大きなデメリットがありました。
その他にも「魔物から採取できる魔石を材料としている」「低級の魔物から取れる魔石では、十分な火力が出せない」という問題をも度外視できなかったことから、魔法銃は衰退の一途を辿ります。
私は好きですけどね。ロマンありますし。
そう言った時代背景もあり、魔法銃よりも魔法杖が台頭するようになっていきました。
魔法杖は前駆体である魔法銃に用いられていた技術である「構造魔法陣」を応用したものです。
先端に備え付けた宝玉内(魔玉という呼称があります)には「火力増大」「治癒能力向上」等の補助魔法が書き込まれています。
あとは私達が魔法杖を持ち、魔法を発動させるだけで、お手軽に威力の強化された魔法を打ち出すことが出来るんですね。
場所こそ取りますが、打撃武器の代わりにもなりますし。指向性も持たせられますし。
何より汎用性が高い。
時代は機能性には勝てないのです。仕方ありません。
私は好きですけどね。魔法銃。(念押し)
でも生憎ながら、今回の出番は魔法杖です。
ごめんね?
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さて、講義を終えたので私達は次に2階層に配置された修練場へと訪れました。
ダンジョン内部というのは、外観以上に広いんですよね。まるで”アイテムボックス”の中に放り込まれた気分です。
規模で言えば、小・中学校のグラウンドくらいの広さに該当します。
洞窟型では通路が狭く、下に降りるまで時間が掛かったりするのですが……塔型は解放感に溢れていますね。
その全てのスペースを修練場として使うことが出来るのですから、有難い限りです。
この間鈴田君と早川さん(の操作するドローン)と共に入ったダンジョンでは、木々が生い茂る自然豊かな光景が広がる世界だったのですが……ここは違います。
まるで現代風闘技場と言った場所ですね。
アスファルトの覆いつくす、灰色の空間。これは恐らく人為的に作られた空間であると推測できます。
また。恐らく区間分け出来るように……という意味合いがあるのでしょう。黄色のラインが等間隔にアスファルトの上に刻まれています。
区間分けされた空間には壁に沿うように、ダミー人形が並んで配置されていました。かなり年季が掛かっており、ボロボロですね。
両端とも壁に沿うように配置されているのは、放たれた魔法が冒険者へと被弾しないようにする為の配慮でしょうね。
そんな修練場へと案内した花宮さんは、皆の関心を自身に向けるように両手を叩きました。空気を叩く甲高い音が辺りに鳴り響きます。
「さて……、皆さんにはこれから実際に攻撃魔法を放っていただきます。それぞれ、担当の教員の指示に従ってください」
花宮さんの言葉を契機として、担当の指導者達が動き始めました。各々、担当するグループの冒険者に声を掛け合って散り散りになっていきます。
私を除いて。
やはり、はみ出し枠です。
ちらりと左隣に立つ花宮さんへと視線を向ければ、彼女は穏やかな笑みを浮かべて微笑みました。
「……ふふ」
「……何ですか?」
「えへへぇ……」
意味ありげな笑みに、どこか背筋が凍るのを感じます。
それから、花宮さんはポンと左肩を叩きました。いや、叩くというか押し込む感じですね。肩が痛いです。
「さぁて……まさか、こんな日が来るとは思わなかったよぅ……ねえ。田中大先生……いや、琴ちゃん……?」
「……な、なんですか」
突然、彼女を取り巻く空気が変化しました。
どこかねっとりとした空気を醸し出した彼女は、静かに私の手を引きます。
「ねぇ……、今日は私が教える側だものね。琴ちゃんの、その身体に秘めたすべてを、隅から隅まで……みっちりと、知りたいなぁ……ふふ」
「ひぅ」
「怖がらなくてもいいんだよぅ……すぐにね、琴ちゃんも、魔法の虜になるから……」
これ担当教員代わってもらうのが正解だったかもしれないです!
何故か分からないですが、身の危険を感じます!
セバスチャン(仮)!助けてー!!!!
……と言いたいところですが、指導自体は割と普通でした。
「琴ちゃんはね……“魔法使用に関するガイドライン”は理解してるかな?」
「……あっ、え……えーっと……知ってますよ」
思いのほか真面目な質問をされたので、思わず戸惑ってしまいました。
普通に失礼な態度しちゃいましたね。疑ってごめんなさい。
魔法使用に関するガイドライン。
知識としては知っていますね。事細かに「魔法を発動させるためのプロセス」について、マニュアルとして制定したものです。
ざっくばらんに説明すると、魔法使用は大まかに8つのプロセスから構成されています。
①目的:
魔法を使う理由について確認する
②使用対象の選定:
対象の位置・状態・属性等
③使用環境・状態:
障害物・威力に影響する環境変動の有無等
④触媒の選択:
杖・銃等(不要の場合もある)
⑤魔法選択:
攻撃魔法・支援魔法・回復魔法
⑥魔法発動の分類選択:
使用範囲・出力・精度
⑦魔法の発動
⑧フィードバック:
評価の実施・再発動の要否等
というプロセスを経ているのですが、正直そこまで意識して使っている人はいないですね。
魔物はいつどこで襲ってくるか分からないので「対象、ヨシ!」なんて一々言っている余裕はありません。
事前にパーティ間で相談し、打合せしておくのが基本です。
「まあ、琴ちゃんなら知ってるよねぇ~。中身は聞かなくても分かりそうだし……。じゃ、とりあえず“炎弾”を撃ってみよっか」
「“炎弾”……ですか」
「ダメージを与えるのに一番効率のいい魔法だからねぇ。杖持って来てるでしょう?出してもらってもいいかなぁ」
「あっ、はい」
花宮さんの指示に従って、私は”アイテムボックス”の中からゴルフバッグほどの大きさのカバンを取り出しました。というかほぼゴルフバッグ。
杖を保管できる大型のカバンとなると、ギターケースかゴルフバッグの二択になります。
そして持ち運びを考えると大抵、ゴルフバッグに落ち着くんですよね。
魔法使いの方々は、結構な確率でゴルフバッグを持ち歩いています。そこから派生してゴルフを趣味にし始めた人も割といます。
まあ冒険者は収入が良いですし、ゴルフ用品を買うお金だってありますからね。独身貴族コースかこれ?
私はゴルフバッグに差し込んでいた魔法杖を取り出しました。冒険者専門店で買った、比較的安価な魔法杖です。
だいたい20,000円くらいしました。経費で落とせる範囲の額です。
「うん、じゃあ……そのダミーに撃ってもらっていいかなぁ~。とりあえず、どんな感じなのか見たい」
「分かりましたっ」
正直、知識は存分にあるので自信があります。ちょっと調子に乗っています。
私は魔法杖の先端をダミーへと向けました。
「……すぅ……」
カッコ付けて、まるで瞑想でもするように瞳を閉ざします。大気中に舞い上がる魔素が、キラキラと星のように輝くイメージを脳裏に描きます。
ふふふ、見ていてくださいよ花宮さん。これがあなたの尊敬する田中大先生ですよ。
「見て、あの天才ちゃん。魔法放とうとしてるよ」
「ちょっとだけ見させてほしいですっ」
「これは期待の若手ホープ……見ものだな」
おっ、背後からギャラリーが集まっている声が聞こえますね。
見せつけてやりましょう。これでも攻撃魔力だけは異常に高いんです。
深呼吸した後、静かに目を見開きます。
見据える先は——魔物を模したダミーですっ!
「——“炎弾”」
まるで水面に揺れる波紋のように、静かに私の声が響きます。
魔法杖の先端に飾られた宝玉から放たれる紅蓮の火球。それは衝撃波を引き起こしながら、ダミーへと着弾。激しい轟音を奏でながら土煙を舞い上げるほどの大爆風を巻き起こす——。
——はずでした。
ぽとっ。
ダミーには、傷ひとつ付いていません。
というか、火球が飛んだ痕跡もありません。
「あれ?」
放った“炎弾”はどこに消えたのでしょう。辺りを見渡してみますが、火球なんてどこにも飛んでいません。
不発したのでしょうか?
念の為、冒険者証を取り出して魔法が発動したかどうか、MPの消費量を確認しようとしました。
ですが。
「……琴ちゃん。下……下見て」
「下……?」
花宮さんの指示に従って、私は視線を下に降ろします。
するとそこには、石畳の上で風に揺られながら、弱々しく燃える火球が転がっていました。
まるでその火球は私が見つけるのを待っていたように、時間も経たずに火の粉を散らして大気に溶けていきました。
「……」
「……」
私と花宮さんはお互いに顔を見合わせます。
天才少女、田中 琴が放つはずだった魔法を見届けていたギャラリーも、ざわざわと動揺の声を漏らしています。
「……さすがに、これは……」
「え、あれ……?今“炎弾”撃ったよね?すごい雰囲気作って」
「……どういうことなのこれ」
散々な言われようです。
ちらりと、ギャラリーの中に居た由愛さんにも視線を送ってみます。彼女は引きつった笑みを浮かべていました。
「……琴ちゃん。”アイテムボックス”使えるのに、その威力はおかしくない……?」
ふふ、そうですよね……おかしいですよね?一応杖によって、魔法だって強化されてるはずなんですよ?
一応、聞いてみましょう。こういう周囲がざわついた時に発する言葉は決まっています。
「……私の魔法の威力がおかしいって、弱すぎって意味ですよね?」
「もちろんです」
間髪入れず、花宮さんに突っ込まれてしまいました。
夢くらい見させてくれても良いじゃないですかー!?




