第31話 知識
ちらりと「魔物は3階層から出現する」という話には触れたと思います。
裏を返せば、「1・2階は魔物が出現しない」ということなんですね。
ちなみに1階層のほとんどのスペースは、研修の座学用スペースに改造されています。2階層が実技研修用のスペースです。
そして今居るのは1階層の座学用に作られた教室です。
私達(※私以外)は特定のグループに分かれ、指定された席に着席しました。時々土屋 由愛さんが心配そうにこっちを見てきます。
そりゃ散々悪目立ちしていますもんね。
由愛さん以外もこっちをチラチラ見て来てますが。お前らは研修に集中しろ?
さて、今いる場所は真っ白なタイルに敷き詰められた、どこか厳格な雰囲気を漂わせる座学用の会場です。
塔型ダンジョンの素材に合わせてでしょう。視覚に優しいベージュの壁材に囲われた空間の中に配置された長机。そこに等間隔で並べられたパイプ椅子に各々腰かけています。
私は単独扱いなので、長机を独り占めしています。独り占めだよ嬉しいなーははは。
教壇に立つのは、花宮 麻衣さん(■■歳)です。目深につば広の帽子を被り、ぶかぶかのローブを纏っています。
彼女の実年齢を知らない一部の若い男子冒険者達は、眼をキラキラと輝かせていますね。うん、君達はそのままでいてください。
花宮さんはぐるりと周囲を見渡した後、ぺこりと頭を下げました。
「さ、さて。まず魔法を実践する前に……大まかに、魔素と魔法の関係について説明しておきましょうっ。お手元にある資料をご覧くださいっ」
どういう訳でしょうね。
彼女の言葉に、誰も従いません。
というよりも、従えないのです。
「すーみませーん!資料なんて無いんですけど―っ!」
このやかましい声量をしているのは由愛さんですね。唐突に叫び散らかす由愛さんに、花宮さんは一瞬ぎょっとした表情を浮かべました。
それから、彼女は穏やかな笑みを浮かべます。
「ふふっ。ありますよ?ほらっ」
花宮さんはゆっくりと右手を眼前に差し出し、ぱちんと甲高く指を鳴らしました。
すると突然、私達冒険者の前に光の粒子が煌めきます。
「なにこれっ!?」
「うわっ」
「あ、これじっちゃんの葬式で見た。遺骨がフライハイしてた。フライ灰」
「最近ファミレスで導入されたやつじゃん」
など、様々なリアクションが飛び交います。なんか気になる話聞こえませんでした?
不規則に動いていた光の粒子は形を作り、やがてクリアファイルに挟まれた資料へと変化しました。
ちらりと教壇に立つ花宮さんを見れば、したり顔で私達を見ています。
「どやぁ」
そういうの良いですから……。
というか、これは少し前に園部君とファミレスに行った時に、見たものと同じですかね。恐らく転移魔法でしょう。
50人というそこそこ人が集まっている講義の中で、正確に転移魔法で資料を配布できるというのは中々繊細な技術を持っていますね。
クリアファイルの中から資料を取り出せば「全日本冒険者協会:魔法使いへのキャリアアップ転職」というタイトルがでかでかと記載されています。まあ確かに転職と言えば転職ですね。
とりあえず講義もありますが、まずは勝手に開いてみるとしましょう。
——魔素は、主に“呼吸”によって取り入れられます。魔窟内に酸素と共に漂う魔素を、呼吸によって肺へと取り入れることを外呼吸といいます。
肺胞を介し、体内に存在する赤血球と魔素が結合。血管内を通り、各細胞へと魔素を届けることを内呼吸と言います。酸素と同様のメカニズムにより、魔素は体内を循環します。——
——体内に貯留することの出来る許容量を上回った魔素を多量に取り込んだ場合、“魔素中毒”を引き起こす可能性があります。これは体内に貯留する魔素が過剰に取り入れられることによって「魔素をしばらく取り込まなくても良いんだ」と脳が判断し、呼吸抑制を引き起こすことをメカニズムとしています。——
——洞窟型のダンジョンにおいて、広範囲火属性魔法は原則として使ってはいけません。洞窟内に存在する酸素が燃焼することにより、酸素欠乏を引き起こす可能性があります。——
——杖に備え付けられている宝玉は「魔玉」と呼びます。組み込まれた構造式が、魔玉内を常に循環しています。これは魔窟内の魔素により活性化する他、私達冒険者を媒体として魔素が流入します。より強力な魔法構築を行えるほか、指向性を持たせることが出来ます。——
……なるほど、色々と複雑な話が書いていますね。
あ、ここはテストに出ないです?そうですか……。
講師である花宮さんの話を無視して、関係ない項目を読みふけっている最中でした。
「……そこで、田中大s……さん」
「……」
「……田中さんっ。あの、聞いてますか?」
「あっ、はい?」
やばいです。完全に資料読むのに没頭して講義を聞いていませんでした。
とっさに繕うことが出来れば良かったのですが、私にそんな技量を求めないでください。
ものの見事に間抜け面を見せびらかした私に対し、花宮さんは「はぁー……」と、呆れたようなため息を吐きました。うぐっ、脳裏に研修を手配してくれた三上さんへの罪悪感がよぎります。すいません。
そんな私の胸中などよそに、花宮さんは質問を繰り出します。
「……質問です。私達が魔法を発現するメカニズムについて答えてください」
「心臓に行き届いた魔素が、血液を介して全身に指示を送ります。
全身に循環した魔素が、予め規定された魔法構造式を介して……外界に存在する微量の魔素への連動を促す。その結果、魔法として外界に作用する……ですね。
補足ですが、魔石を取り込むことにより、体内だけでなく体外にも魔素を漏出させます。“魔素放出”の大幅な弱体化版と考えて良いでしょう」
「……あー……正解、です」
危なかったです。覚えている内容で助かりました。
要は体内に溜め込んだ魔素と、外界に存在する魔素が共鳴することによって魔法を生み出すんですね。
ステータス強化も可能ですし、本当に魔素という概念は人々の文化発展に寄与していますね。失ったものも多いですが。親返せ。
花宮さんは呆然としていますし、周りの冒険者も驚いた様子でざわついています。
「すごい、あの子」
「天才がいる……なんでレベル低いの?」
「あの子拾い上げたギルド見る目あるな」
ふふふ、そうでしょう。そうでしょう。
もっと崇めなさい。
ちやほやされるのは気持ちが良いですねぇ~。3か月前までなら想像すらできなかったことです。
「……ふふっ」
ちらりと前を向けば、花宮さんが暖かい笑みを浮かべていました。
すぐに硬い表情を作り、何も知らないふりをしてそっぽを向きました。別に愉悦に感じてなんかいません。




