第3話 フルアーマー園部君
天変地異レベルの大事件が起きました。
ええ、はい。もうそれは、私達のように廃れた冒険者界隈に湧き出た油田と言っても遜色ありません。
「本日から新たに冒険者として勤務に当たることになった、園部 新君だ。皆、仲良くしてやってくれ」
「今日から皆さんのお世話になります!園部です!よろしくお願いいたします!」
おお、良い返事。
そうです。新しく新人冒険者が私達の職場にやってきたのです。
冒険者を志す若者が減った中で、こうして新しく誰かが入職してくれるというだけでありがたいものです。
どうやら彼は、今となっては定員割れがデフォルトとなってしまった私立大学の魔窟科からストレートで入ったらしいです。
それでも無駄に偏差値は高いので、学力の面から足切りされることも多いです。そんな魔窟科を卒業したという時点で多少なりとも知識面は保証されているでしょう。
大学生の頃に染めたのかな、赤髪なのが目立つけど。冒険者だって人手不足だし、まあ仕方ないと言えば仕方ないのでしょう。
そんな園部君を連れてきた人事担当の三上さんは、少しニヤリと歪んだ笑みを浮かべて私の方を見ました。意地汚さを象徴するような黒縁メガネが光ってます。
嫌な予感がしました。
「園部君の新人教育は、田中さんにお願いしようと思っています」
「えっ?」
ギルド職員の列を掻き分けて、私は慌てて三上さんの前に姿を現します。
隣に立つ園部君はぎょっとした表情で私を見ていました。
「ちょっと待ってくださいっ。何でですか」
「田中さんは実績のある冒険者ですし、適任かと思いますが……違いますか?」
「そうは言ってもですねぇ……いや、まあ……」
正直、三上さんの魂胆は分かっていました。
どこか意地悪な性格をした彼は「面白いものが見たい」という意思が見え透いたネバついた目つきをこちらに向けています。
恐らく、私が”女性化の呪い”によって姿を変えられた40代男性ということは伝えていないでしょう。というか伝えても理解されないですし。
だからと言って、そんな意地汚い策略に乗るのは癪です。矜持の問題です。
「何とかして変えてもらうことは出来ませんか?」
「部長からも許可をもらっていますので」
ちらりと部長が居る方向に視線を送れば、彼も彼で「グットラック」と言わんばかりに親指を立てていました。あんのバーコードハゲ親父。
後ろ盾を失った私はもう降参するほかありませんでした。
「……分かりました。園部君、よろしくお願いいたしますね?」
「はっ、は、はい。よろしくお願いいたします」
園部君に罪はありません。私は敵意が無いことを伝える為、にこやかに微笑みかけます。
私の挨拶に、園部君は表情を硬くして赤べこのように何度も頷き返していました。
ちなみに後で後輩の鈴田君に「あんまり勘違いさせるような言動は慎んだ方が良いですよ」と言われました。納得がいきません。
本日の業務連絡は「ダンジョンの3階層で魔物が食いちぎられたような痕跡がありました」「神経毒のある毒草が2階層で繁殖しかけていたので駆除を依頼しています」「最近備品の剣を紛失したという報告が多く届いています。ギルドの収入に影響しますので大事に使ってください」の三本立てでした。
私は報告内容からおおよそ頭の中で「こういうことに気を付ければいいんだな」ということを情報として組み込むことが出来るので良いのですが、新人である園部君にそこまでのハードルを求めるのは厳しいというものでしょう。必死にメモを取っていました。
業務連絡を終えた後で、私は園部君に質問を投げてみます。
「園部君。質問です、ダンジョンの3階層で魔物が食いちぎられたような痕跡がありました……という報告があったね?」
「え、あー……待ってください……あ、はい」
私の質問に、園部君は懸命にメモを見返しています。メモを取ることに集中して、肝心の話が頭に入っていないようです。新人あるあるなので、これも目を瞑りましょう。
「魔物を食いちぎる脅威として、どんなものが挙げられると思う?」
園部君は「うーん」と首を傾げた後、考え着く限りの案を提示してきました。
「まず、そうですね……ドラゴン、ですか。でもドラゴンってもっと深いところに出てくるはず……あとは、マンイーターの類……でしょうか」
「うん。よく勉強してるね。じゃあ、実際に見に行ってみようか」
「へ?」
「百聞は一見に如かず、だよ。準備が終わったらダンジョン入り口に来てね」
私の言葉に付いていくことが出来ていないのか、園部君は困惑の表情を浮かべていました。私が口下手なのもありますが、実際に現場を体験してもらうのが早いでしょう。
私は基本、ダンジョンを攻略する際にはさほど荷物は多く持たない主義です。水分を吸われるのが嫌なので、パック飲料タイプの栄養補助食品とスポーツドリンク。それからロープとナイフ、あとは私の中で”魔物討伐キット”と呼んでいる医薬品などが入ったバッグ。それらをアイテムボックスの中に格納して準備完了です。
装備も革製の鎧とサポーターのみ。冒険者向けに装備を売っている専門店もあるにはありますが、私は基本的にギルド内の備品で賄っています。
準備を終えて合流した園部君は私の姿を見て驚いた表情をしました。
「……それだけ、ですか?」
「うん。何かおかしいかな」
真紅の鎧に身を包んだフルアーマー園部君と肩を並べると、確かに貧相な装備にしか見えないのは事実ですね。女性の見た目という事も相まって、客観的には私が教えられる側に見られているんですかね。あっ三上、お前笑ったな。
「いや……その……何でもないです」
何か言いたげな表情でしたが、立場的に私が先輩なので何も言うことが出来ないのでしょう。
コメントしなかったのは偉いです。
ダンジョンの1階層は、いわばチュートリアル。スライムやゴブリンと言った、RPG序盤で見るような魔物ばかりです。
ですが、昔の時代では冒険者の死傷率が最も高かったのもこの1階層。ダンジョンという存在の危険度を最も知らしめることになった場所でもある為、油断してはいけないのです。
「では、園部君。実際に魔物と戦ってみようか」
「は、はい!よろしくお願いいたします、田中先輩っ!」
「うん。まずは私が魔物をおびき寄せるね」
それから、私はアイテムボックスの中に格納していた”魔物討伐キット”を取り出しました。
「……えっ、アイテムボックス?」
園部君は実際に”アイテムボックス”を見るのは初めてなんでしょうね。驚いた表情で目を丸くしていました。
授業の一環で”アイテムボックス”について習うとは言え、実際に技術として扱うにはかなり難しいと言われていますし仕方ないか。私もアイテムボックスを完全に習得するまでに5年くらい費やしましたし。
その中から、ひとつの瓶を取り出します。
「あの、なんですかそれ?」
「ん?これはゴブリンの体液を再現した液だよ。私は”ゴブリン液”って呼んでる」
「うぇー……」
あっ、あからさまに嫌な顔された。
確かにギルド内でもこんなアイテムを使うのは私くらいのものですが。他の皆はステータスに身を任せて、魔物をバッタバッタと薙ぎ払っていくスタンスですし。
ふと「他の皆だったらどんな教育するんだろうなあ」という思考が脳裏を過ぎりましたが、私が出来る教育はこれくらいしかありません。
淡々と曲がりくねった通路の壁面にゴブリン液を塗りたくった後、私達は遮蔽物に身を隠すことにしました。
背後に魔物の接敵を知らせるワイヤートラップを配置します。身の回りの安全を確保してから、私は園部君に疑問を投げかけます。
「ねえ、園部君。園部君はさ、どうして冒険者になろうって思ったの?言っちゃあなんだけどさ、止められなかった?危ないからって」
「それは田中さんもそうでは……女の子がなる職業じゃないでしょ」
あっそうだった、私って女の子に見えるんだったなあ。
ふとした瞬間にそんなことも忘れそうになりますが、あえてその反論には意見せずに話を続けます。
「私も事情があるからねぇ……あんまり人に話せるような内容じゃないけどね」
「事情……そうなんですね」
”40代男性が女性化の呪いでこんな見た目になりました”なんて説明しても上手く理解されそうにないので、口を濁すことしかできません。
適当にはぐらかそうとそう言葉を返したのですが、どういうことでしょう。
「俺、強くなります。田中先輩が無理しないで済むように」
「うん?うん」
どこでスイッチが入ったのか分かりませんが、園部君の目に炎が宿りました。
ただ、無駄話もいったん止めなければならないようです。
「しっ。ゴブリン来たよ」
ゴブリン液の匂いにホイホイつられ、ゴブリンが3匹ほど集まってきました。
奇跡的に合流したゴブリン達は、同胞との邂逅に「ギィギィ」と楽しそうに鳴き合っています。
お気の毒ですが、ここで倒されてもらいましょう。
園部君の事情を聴くのは、ゴブリンの殲滅を終えてからです。
「園部君。まずは君の実力を見せてください」
「分かりましたっ!」
フルアーマー園部君は気合の籠った姿勢で、ガシャガシャと鎧同士がこすれ合う金属音をダンジョン内に響かせながら駆け出していきました。
……大丈夫かな。




