第27話 第一印象最悪
正直、土屋 由愛さんとどのような距離感で接するのが良いのか分かりません。
見た目で言えば同い年。しかし中身で言えば父と娘ほどの年の差。自分の立ち位置に関して悩むところですね。
おっとりとした雰囲気ですが、彼女だってれっきとした現役の冒険者。恐らく飛び級で進学した、いわゆる“神童”と評価されるタイプの人物でしょう。
飛び級で冒険者になれるという時点で、実力に関しては言うことは無いでしょう。
「あのー。土屋さんは」
「由愛って呼んで!ゆーあーっ!さんはいっ!」
「……ゆ……土屋さん」
「こ、と、ちゃーん?よそよそしくなーいっ?」
呼び方が気に食わなかったのでしょうか?
「むきゅ」
いきなり、土屋さんは私の両頬を摘まんでむにむにと遊び始めました。
頬が引っ張られて、ちょっとだけ痛いです。
「ひゃ、ひゃひほ……」
「女の子同士仲良くしようよーっ。ね?」
「ふひゃ……女の子じゃな……」
「にしても琴ちゃん可愛いなあ。無限にほっぺ摘まめる」
土屋さんはひとしきり私の頬を揉みしだいて満足したようです。両手を離し「うん」と納得したように頷きました。
頬が少しヒリヒリします。私は頬をさすりながら、土屋さんを睨みました。
「……うう。酷いですよ……」
「うん、琴ちゃんとは仲良くなれる気がするっ。レベル何?」
唐突に、土屋さんはレベルを聞いてきました。
冒険者の交流の場だと、だいたい開口一番にレベルを聞かれることが多いですね。
おおよそですが、仲良くなった冒険者と足並みを揃えてパーティを組めるか、という確認を兼ねています。私も昔飲み会の場ではよく、仲良くなった冒険者とステータス情報を共有したりしていました。懐かしい。
ですが今は、ステータスについて尋ねられるのは非常に都合が悪いです。
土屋さんの顔をまともに見ることが出来ません。
はい。研修前に、改めてステータスを確認したのでちゃんと覚えています。
残念ながら。
「……レベル……7……です」
「え?ごめん、聞き逃した。何十レベルって?」
「あの。10レベルもないです。一桁です。7レベル」
「えっ、それ……魔法使い研修に来るの早くない?キャリア積む以前の問題じゃん。なんで冒険者なれたの」
「……あは」
ぐうの音も出ない正論ですね。
本当はこれの10倍以上のレベルあったんですよ?信じて?
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(傍から見れば、ですが)同年代の冒険者と出会えたことがよほど嬉しかったのでしょう。土屋さんは嬉しそうに眼をキラキラとさせて、スキップしながら私と行動を共にしています。
「~♪」
彼女は私の隣で鼻歌を口ずさんでいました。どこまで言ってもご機嫌なようです。
「楽しそう、ですね?」
「だってだって!運命の出会いだよ、これはっ!」
「運命、ですか」
「お前は近距離に頼りすぎだ、攻撃のレパートリーを増やせ……ってうるさいもんだからさぁ?仕方なく受けた研修だったんだよーっ。そしたらさっ。こんなに可愛い琴ちゃんと出会えたなんて、運命以外の何ものでもないよっ!!」
「むきゅ……ちょっと、何するんですかっ」
さっきからスキンシップ激しくないですか。
土屋さんに勢いよく抱き着かれ、私は困惑しながら棒立ちするしかありませんでした。え、最近の子ってこんなに密着してくるものなんですか。あの、気まずい。
ただまあ……若干ですが。最近は女性に密着されることへ慣れてきた気がします。だいたい早川さんと前田さんのせいです。
良いことなのか悪いことなのか……。
「んぐ……ちょっと、離れてくださいっ」
私は力づくで土屋さんを引きはがし、わざと困ったような笑みを作りました。
「あのっ。よしましょう、女の子がそんなむやみやたらに抱き着くものじゃないです」
「むー。ケチ!」
静かに諭すと、土屋さんは「いーっ!」と不貞腐れてしまいました。
しかし私としては、冒険者としての土屋さんに興味があります。
「そう言えば土屋さんは」
「由愛」
「……由愛さんも……冒険者なんですよね。近接戦が主、と言っていましたが……どんな戦い方なんですか?」
そう質問を促してみましたが、土屋……由愛さんは「しーっ」と私の唇に自らの人差し指を当てました。
「それ以上の質問はさせない」の意みたいですね。
由愛さんは年相応の、可愛らしい笑みを浮かべました。
「それは、研修で実際に見てもらおうかなっ」
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今回訪れたのは魔物が一部では出ることのない塔型のダンジョンです。
場所によっては観光資源として活用されたり、デートスポットとして使われたり、あるいは採掘場として活用されたりもします。
そして、もちろん今回の研修会場のように。冒険者の育成に用いるような、訓練場専用に作り替えられたダンジョンもあるんですね。
魔法使いコースの研修合宿は、そんなダンジョン内を改造して作られた施設で行われます。
ちなみに「魔物が一部では出ない」と言いましたが、もう少し細かく言えば……「低層階では魔物が出ず、一定の階層を超えたあたりから魔物が出現する」タイプのダンジョンとなっています。今回の研修会場で言えば、3階層から魔物が出現するようになります。
ただし、5階層毎にボスモンスターが出現する——というのはデフォルトです。
研修の流れではそのボスモンスターを討伐するところまでやるみたいですね。冒険者のレベルによって、それぞれ攻略する階層を分けるみたいです。別にレイド戦やりに来た訳じゃないですからね。正しいやり方だと思います。
さて現在、ダンジョンを改造して作られた、総合待合室には総勢50名ほどの冒険者が揃っています。
色々なギルドから集まった冒険者ですが、意外と多いですね。20代前半から始まり、最年長で言えば50代ほど——と、老若男女揃っている形です。
もちろん最年少は由愛さんですね。
私は——どういう区分になるのでしょうか。私を最年少と名乗るのはインチキ臭くないでしょうか。
などと考え事をしている間に、私達の前に一人の若い女性が現れました。
ぶかぶかのローブを身に纏っており、頭にはつば広の帽子を被っています。いかにも魔法使いらしい雰囲気ですが、まあ演出も兼ねているのでしょうね。どうしても斜に構えた捉え方をしてしまうと「嫌な大人になったなあ」という気持ちが湧きおこってしまいます。
……でも、私達の前に出た魔法使いさん。知っている顔かもしれません。
そのザ・魔法使いの女性は、研修に来た私達冒険者をぐるりと見渡して声を上げました。
「よ……よくここまで来てくれました、未来ある冒険者達。今回教官を任された花宮 麻衣です。よろしくお願いいたします」
彼女も彼女で緊張しているのでしょうか。声が上擦っています。
しかし花宮さん……ですか。花宮……花宮……。
「……あっ!花宮さんっ!!」
泡が弾けるかのような勢いで思い出しました。
花宮 麻衣。
彼女が新人冒険者だった頃、指導に当たった記憶があります。記憶だけです。
おどおどとして頼りない印象だったのですが、まさかこのような形で再会するとは思いませんでした。
しかし、私の声が思ったより大きかったのでしょう。
「……琴ちゃん、どうしたの。声大きいよ?しーっ」
由愛さんには人差し指を立て、そう窘められてしまいました。
周りを見渡せば、不審そうな目で突然声を上げた私をじろじろと見ています。ただでさえ、少女の外見という部分で目立っているのに、更に悪目立ちするのは勘弁願いたいものです。
「す、すみません。なんでもないです」
そう謝って縮こまると、周りの冒険者は「まあいいや」と言いたげに再び視線を正面に戻しました。
気持ち程度、長い銀髪をずらして顔を隠します。恥ずかしいです。
「……静かに、してくださいね」
「はい……」
訝しげな表情を浮かべた花宮さんにも、静かに怒られました。
それから私の顔と名簿を見比べた後、ぽつりと「田中 琴……」と私の名前を呟いていました。第一印象最悪です。




