第26話 同い年(?)の冒険者
さて、特別待っていたわけではないのですが研修当日となりました。
遠方での研修、かつ合宿ということで泊まり込みです。魔法を多用する為、魔物が出現しない塔型のダンジョンを研修会場として活用します。
MP回復ポーションもきちんと用意されているので、遠慮なく魔法だって打ち放題。短期間で一気に熟練度を上げるにはうってつけという訳ですね。
ダンジョンの近くにはコインランドリーも設置されており、連泊という状況にも勿論対応しています。最近はクレジットカードに対応しているコインランドリーが増えてきたのもありがたい話です。
という訳で、キャリーバッグ内には最低限の着替えと、空き時間で読む為の小説を詰め込みました。
ちなみに準備の段階でうっかり男性用の下着を詰め込みそうになったのですが、慌てて差し替えたのは秘密です。
この身体だと女性用の下着を準備する方が正解なのですが、心の中の田中 琴男が「それ犯罪じゃね?」と語り掛けてきます。違うんです、合法です。
世話焼きの前田さんには「ちょっと校外学習で家を空けます」とメッセージを送りました。あれから、定期的に私の家に顔を出しているので、こうして事前に何か伝えておかないと余計な心配をかけてしまいます。
すると、彼女からはこう返信が来ていました。
[帰ったら一緒にご飯食べに行こ!笑]
と絵文字付きで、そんなメッセージが送られていました。どこまでも彼女は底抜けに優しい人ですね。
うーむ罪悪感。
ちなみに、私が研修に行くことを把握している早川さんからも、メッセージが連投されていました。
[推しがいない]
[琴ちゃーーーーーーーーん]
[戻ってきたら私の部署に来てください。匂いかがせてください]
[はああああああああああああ琴ちゃん可愛い琴ちゃん可愛いよああああああああ]
呪詛ですか?
……呪詛ですね。
おまわりさん、この人です。
さすがにちょっと怖かったので、メッセージを削除して画面内から消し去りました。早川さんの扱いはこれで正解だと思います。
この間の前田さんと出会った時の一件で「知り合いのお姉ちゃん」という設定を作るのに協力してくれましたが、それはそれです。
しれっと「琴ちゃん」呼ばわりになってるのも何なんですかね。
私、47歳男性ですよ。こうして定期的に釘を刺しておかないと、忘れ去られそうなのでアピールしていきます。
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さて、事前に購入していた予約チケットを使い、新幹線に乗り込みました。
経費で落ちるのですが、こういう時でないと新幹線に乗る機会も少ないですね。
ただぼーっと外の景色を眺めているのも退屈なので、送られてきたメッセージを眺めては時間を潰していた時のことです。
通知音と共に、上からスライドする形で新着メッセージの通知が流れてきました。
園部君からです。最近は業務が被らないので、あんまり会話することもなかったですね。
[お疲れ様です!研修気を付けて行ってきてくださいね!] 7:25
[ありがとう。]
[園部君も仕事頑張ってね。分かってると思うけど、ゴブリンの体液は仲間をおびき寄せるから気を付けてね]7:27
[(スタンプを送信しました)]7:30
律儀で良い子だとは思いますが、職場の先輩にスタンプを送るのはお説教案件ですね。
ちなみにですが……未だに彼は私が元男性ということを知りません。というか、伝えるタイミングって意外と無いんですよね。
時々冒険者間でも話題に出すことはありますが、それ以上に話題が発展するかと言えばそうでもないですし。
「田中先輩との関わり方」で悩んでいる同僚が時々いるくらいです。過疎化に伴って冒険者の平均年齢も徐々に高齢化しつつあるので、娘とか居る人が多いんですよね。
だからどうしても「年頃の娘」と同じような目線で見てしまう人が多いみたいです。
「……皆、本当に世話焼きですね」
溜まっているメッセージを眺めると、ちょっとだけ満たされるような気持ちです。
元々独りで行動することばかりだったので、ここ最近はすごく新鮮な日々を送ることが出来ています。
案外、誰かと行動するのも悪くないですね。
……ですから、正直。
久々に一人で遠出するのは、ちょっぴり寂しい気がします。
「誰かと仲良くなれたらいいんですけど……」
いつの間にか、一人ぼっちが苦手になっていたようです。
これは、女性化の影響によるものでしょうか。それとも、私の心境の変化でしょうか。
今はまだ、答えを出せそうにないです。
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新幹線に乗っている時間って、案外短いんですよね。時速200㎞/hは伊達じゃないです。
スマホでかかった時間を確認したところ、1時間ちょっとで目的地に辿り着いていました。
研修場所のダンジョンはそこから更に乗り換えしなければいけません。
ですが、駅名を聞いてもピンとこない。更にスマホも必要最低限の連絡にしか使わないので、乗り換えアプリとか使い方も分かりません。
なのでキャリーバッグの持ち手を触りながら、立ち往生するしかありませんでした。
初見で訪れたターミナルステーションって「こう行くのが正解なのかな」と手さぐりになりがちです。
しかも無駄に(というのは失礼かもしれませんが)だだっ広いので、どこに向かうのが正解かもわかりません。
「……これは、話しかけるのが苦手とか言っている場合ではない、ですね」
さすがに自分自身の力で解決するのは不可能と悟り、やむを得ず駅員さんへ話しかけることに決めました。
改札付近にある、駅員さんの拠点である窓口へと顔を出します。
「……あの。すみません」
「はいはぁい。どうしました?」
でっぷりと太った、間延びした口調の男性が顔を覗かせました。「黒山」というプラスチック製の名札を引っ掛けた男性は、不思議そうに顔を覗かせました。
上擦った声なのが気になりますが、さすがにそこに触れるのは失礼というものでしょう。
「えーっとですね。このー、A市ダンジョン前駅、という場所に行きたいんですが……」
「あー、ギルドの職員さん?はいはい、ちょっと待ってねー。ちょうどさっきも同じような人来てたなぁ」
話の後半部分に関しては恐らく、私に向けてではなく独り言でしょうね。
駅員の黒山さんは窓口のガラス窓から身を乗り出し、私が来た方向を指差しました。
「あー、はいはい。あそこのコンビニ見える?そこ左に曲がって。ロッカーあるじゃん、その辺りまで進んだらB方面の改札見えてくるはずだから。あ、そうそう。あの白ブラウスの女の子よ、さっき聞きに来てたの。知り合い?」
「ん、ちょっと待ってください。ロッカーの辺りまで、ですね」
ちょっと一度に情報並べすぎです。
頭の中で情報を整理しつつまとめている中、ひとつだけ気になる言葉が入っていたことに気付きました。
「……ん?同じところを聞きに来た人が、いたんです?」
「そ。研修で~って言ってたよ。お嬢ちゃんと年近そうだったけど」
「そうなんですね、ありがとうございます」
駅員の黒山さんは「置いてかれるよ」と女性の方を指さしてそう急かしました。
私は「ありがとうございます」と再度頭を下げ、それから白ブラウスの女性の元へと駆け寄ることにしました。
事前に三上さんから受け取った地図の上では、ダンジョン周辺には住居も施設も……何もなかったはずです。ということは恐らく、同じ研修を受ける冒険者でしょう。
緊張こそしますが、数少ない冒険者というだけで親近感が湧きます。
冒険者人口は年々減少しているので、もはや絶滅危惧種と出会ったような気分ですね。
人ごみを掻き分け、私は件の冒険者と思われる女性の近くに歩み寄りました。
——歩み寄りました、が。
「あれ……若い。冒険者、じゃなさそうですね?」
年齢にして、女子高生くらいですかね。ボブカットに切りそろえた、黒と金色のメッシュヘアが特徴的です。そこから覗かせるのは、染めた髪色に似合わぬどこかほんわかとした可愛らしい顔つきです。早川さんに近い雰囲気ですね。
身長は私より少し高いくらい——なので、だいたい150㎝後半でしょうか。白のブラウスに、紺色のジーンズと言った服装です。カジュアルって感じですね。
彼女はピンク色のスーツケースを隣に置き、どこかに電話をかけている様子です。
駅員さんが言っていた、同じ目的地に向かう女の子って……たぶん彼女ですよね?
気づく可能性に賭けて、わざとらしく研修資料として受け取った「魔法使いのすゝめ」を見せびらかします。
あ、こっち見た。
すると、彼女は「信じられないものを見た」みたいに目を丸くして、こっちを凝視しています。
それからもう一度持っているスマホに視線を落とし、一言交わした後に通話を切りました。
恐らく冒険者と思われる少女は、小走りでスーツケースを引っ張り、私の前へと駆け寄ってきました。
「そ、その資料……もしかして、お姉さんも冒険者研修、ですかっ?」
「あっ、はい。……も?……あの、つかぬことをお伺いしますが、冒険者ですか?随分とお若いようですが」
「お姉さんと年齢、そう変わらない気がするんだけど……」
「あっ」
完全に自分のことを棚に上げた質問でしたね。
その指摘に改めて自分の手を見れば、細い手がちらりと視界に移ります。
「あは、そうでしたね……若い……えっと、10代の冒険者は珍しい、ですから」
「同じ年頃」と表現したいのはやまやまなんですけど、本来の年齢という部分がどうしても脳裏を過ぎるので妙な言い回しになってしまいました。
目の前の女の子も「変わった子……」と困惑した様子で目をぱちくりさせています。
「お姉さん、すごくブーメラン発言ばっかですね?いくつ?」
「え、えーと……よんじ……じゃない。16歳です」危ない。実年齢晒すところでした。
「ほんと?私と同いじゃん。え、名前何?」
同い年……ということは、この子は16歳なんですね。
「本当は47歳なんですー」と言っても信じてくれる要素が無いので、このまま話を合わせておこうと思います。
「えっと、田中 琴です。あなたは?」
「あー、そうだね。私は、土屋 由愛!よろしくねっ。えっと、琴ちゃんで良い?」
「大丈夫ですよ。よろしくお願いします、土屋さん」
「琴ちゃん、口調すごく硬いね……」
土屋さんは人当たりの良い女の子みたいですね。右手をこちらに差し出してくれました。
私はぺこりと頭を下げ、土屋さんの右手をおずおずと握り返します。肌が瑞々しいという感想が出てしまうのが、悲しいところです。




