第25話 冒険者育成研修
全日本冒険者協会、という「これからの日本を支える冒険者のよりよい育成・教育に努める」ことを目的として作り上げられた組織があります。
優秀な冒険者を育てる為のマニュアル作成から始まり、安定したダンジョン攻略、ボスモンスターの情報共有。
そして、生息しているモンスターの統計を取り、生息分布図の作成を行う等――といった冒険者の発展を目的とした組織があるんですね。
私のダンジョン攻略に関する知識は、この全日本冒険者協会での研修を元に得たものです。
魔物の生態を調査してくれた先人の方々には本当に頭が上がらないですね。レベルを上げて魔物を倒す、だけで冒険者は成立しないのです。
ギルド内でも「研究努力」を推奨しているところは多いですし。うちもそうです。
年に一度は冒険者の発展に寄与する研究を発表しなくてはならないので、みんな頭を抱えています。
ちなみに私の「女性化の呪い」ももちろん、研究発表の題材として取り上げられる予定ですが……如何せんモデルケースが私だけなんですよね。「参考資料がないから研究が進まない」と嘆かれていました。それはどうしようもありません。
誰か私と同じような状況になった人いません?
さて、全日本冒険者協会では、定期的に育成研修が開催されています。冒険者協会の会員であれば、自由に協会側が主催している研修に参加することが出来ます。
まあほとんど義務みたいなものですけどね。
元々、冒険者という職業だってファンタジー作品にちなんで名づけられたものです。その為、キャリアアップの為の区分はいわゆる「冒険者職業」をモチーフとして命名されています。
こんな感じに、です。
①戦士コース
②魔法使いコース
③僧侶コース
④騎士コース
⑤魔物使いコース
等……。
私はよく「魔物使いコース」を受講していました。
魔物使いであれば実際に魔物を洗脳し、使役することだって出来るんですね。
洗脳魔法と幻惑魔法を使って脳の思考を書き換え、常識改変を行うことによって味方に取り入れるという手法です。えぐい。
でもこっちから刺激を与えると、洗脳が解除されちゃうので使ってはないです。せっかく「良い実験道具を見つけた」と思ったんですが。都合よくいきませんね。
そんな私ですが、ある日。
スケジュールを記載するホワイトボードに「研修合宿」の文字が並んでいました。あれ?
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恐らく、予定を組んだのはいつもの人事部、三上さんでしょうね。
という訳で私は早々に人事課に赴きました。
冒険者部署では田中 琴という存在は結構有名なのですが、他部署ではそうじゃないです。
この外見だけで通じると思っていたので、ちょっとだけ失念していました。
「あの、すみません。失礼します」
元々人見知りなので、正直他部署に行くのは怖いです。なのでひょっこりと扉の隙間から顔をのぞかせていたのですが……。
対応してくれた人事部のお姉さんが、私へと柔らかな笑みを浮かべてやってきました。
仕事の出来そうな、すらりと背の伸びたお姉さんでした。
胸元にぶら下げた名札には「長谷部」と書いています。長谷部さんですね、なるほど。
「はーい。どうしたのかな?……あれ?お届け物?」
「えっ?」
お届け物?なんのことでしょう。
訳も分からず呆けた表情を浮かべていると、長谷部さんは困ったように眉を顰めました。
それから、私から背を向けて、部署内に向けて叫びます。
「すみませーんっ!誰かの娘さん来てるみたいなんですけどーっ!」
「ぶっ!待ってくださいっ!待って!」
またこの流れですか!違うんですって!
人事部の人達が、こっちを見ています。明らかに悪目立ちしてます。
「あのっ、聞いてくださいっ!あの!」
小柄な私は両手で存在をアピールしないと、訴えも聞いてもらえません。なので不本意ではありますが、両腕を仰々しくバタバタとさせて自らの主張を伝えます。
「わたっ、私っ!冒険者部署の田中です!冒険者!!田中 琴男っ……あ、今は田中 琴……ですね」
「ん?……あー!君が噂の田中さんなんですね!すみませんっ」
「噂……まあ、はい。合ってます……」
一応話が通じたみたいで良かったです。ですが、長谷部さんは神妙な表情を浮かべていました。
……さすがにそろそろ分かってきました。
「中年男性として見るか、見た目通りの少女として見るか」と迷っている顔ですねこれは。中年男性として見てください。
「……えーっと。田中さん……?はどなたを探していますか?」
「あっ、はい。えっと……三上さんをお願いしたいのですが……良いですか?」
初対面の人と会話するのが苦手なので、少しだけ目を逸らしながらそう尋ねました。
ですが、なぜか長谷部さんは「……っ」と息を呑んだ後、たどたどしくも言葉を紡ぎます。
「……っ、えー。はい……分かりました」
「お、お願いします」
そう返事した後、長谷部さんは踵を返して、三上さんを探しに行きました。
ですが。
「可愛い……本当に47歳男性……?あれが……?」
ちょっと。去り際にぼそっと言った言葉聞こえてますよ。
こう見えても中身は田中 琴男(47)です。
しばらく手持無沙汰だったので、きょろきょろと辺りを見渡して時間を潰していました。
忙しなくキーボードを叩き、他の部署へ連絡しているのが伺えます。中には魔石を使って、思念伝達魔法を使っている人も見えますね。目の前に魔法陣を刻んでるので、何となく分かります。
コストパフォーマンスとしては電話に明らかに劣ります。しかし携帯いらずという利便性で、思念伝達魔法に軍杯が上がるんですね。うっかり業務用携帯を忘れた、みたいな事態が起きても問題ないのは素晴らしいです。
事前に対象を認識しておくだけで、簡単に使えるという点でも便利ですね。
魔法技術が発展するのに伴って、業務効率は大きく上がりました。
ですが、仕事が片付くということは「空き時間に更に仕事をねじ込める」ということであります。そういう理由もあって、魔法は仕事になくてはならない存在となっていますね。おのれワーカホリック共め。
小学校の授業でも「まほう」が組み込まれるようになりましたし。魔法が存在しなかった旧世代を知っている身としては、未だに違和感があります。
(仕事する為に魔法覚えるのとか、大変そうですよね―)
と、他人事のように思いながらぼーっとしていたので、気付きませんでした。
いつの間にか、私の隣に彼が立っていることに。
「職場見学に来た高校生?」
「違いますがっ!?」
「ぷっ、うそうそ。待たせたねぇ、田中ちゃん」
あんまりな言葉を受け、咄嗟に振り返りました。
そこにはニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべた三上さんが居ました。
この間の真面目な雰囲気は何処へやら、です。
回りくどい話題は避け、早速本題に入ることにします。
「……あの。知らない内に、研修が組み込まれていたのですが……」
すると、三上さんは「くくっ」と肩を竦めて笑いました。
「あー。田中ちゃんには”魔法使いコース”を受けてもらおうと思ってさぁ。使ったことないっしょ?攻撃魔法」
「まあ……位置バレするの嫌ですし」
そう返事すると、三上さんは「かーっ」と仰々しく空を仰ぎました。
「言うと思ったわ。でもさ?今の田中ちゃんさぁ、魔法攻撃高いじゃん?良い機会だし、役割の幅広げて見たら良いと思うんよ」
「役割の幅?」
「そ。ちょっと色々経験した方が良いんじゃない、って思うのよね?どうせなら、新しい可能性広げてくれる方がー……俺らとしても助かるしさぁ」
「新しい可能性、ですか。確かに一理あるかもしれないですね……」
「強くなってニューゲーム。いーじゃん?」
……なるほど。新たな役割を獲得してもらおうということですね。ソロ攻略はダメって言われちゃいましたし。
正直、この年齢になると「新しいことを覚える」ということにどうしても抵抗感があるのですが。
言い訳する前に、とりあえずチャレンジ……ですよね。
「そうですね、やってみます。パンフレットとかあります?」
「お、やる気になった?よかったわー……ちょうど来ると思ってたからさ、研修資料先に渡しとくわ」
三上さんは、脇に抱えていた資料をクリアファイルごと私に手渡しました。
そこには「魔法使いのすゝめ」というタイトルの、様々な魔法使いへとキャリアアップする為の資料が揃っています。
魔法使いへとキャリアアップするには、元々のステータス的な素質もそうなんですけど。魔法に関しての理解力と熟練度が、大きく影響してくるんですよね。
戦闘スタイルを言い訳に勉強も、実践もしてこなかった項目なので、実用に活かせるには長い時間が掛かりそうです。
それをある程度実践レベルに持っていく為の「研修合宿」なのですが。1週間の泊まり込みです。
「ありがとうございます。研修まで資料、読んでおきますね」
「はいよー。あ、ケーキどうだったよ」
「美味しかったですよ。今度また買ってくださいよ」
「……あのな」
茶化すようにそう返事したところ。
三上さんは呆れたようにため息を吐き、私の頭を軽く叩きました。
「いたっ」
「……ガキに貢ぐ癖はねーよ」
「ガキじゃないんですけど。47歳ですよ」
「見た目がガキだからなぁ。まー、頑張れよ田中ちゃん」
そう言って、三上さんは手をひらひらさせながら、自分のデスクへと戻っていきました。
話も終わりましたし、私も自分の部署に戻ることにしましょうか。あんまり他部署に長居するのも悪いですし。
「失礼します」
そう深々と頭を下げてから、私は人事部を後にしました。
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「よーいしょっと!ら・す・とーっ!」
高く持ち上げた大槌を、重さを存分に生かして叩きつける。
対峙するゴブリンは断末魔すら上げることも出来ず、あっという間にぺしゃんこになった。血管が潰れ、辺り一帯に血液が飛散する。
そんな私の戦い方を見ていた、パーティを組んでいる白髪の剣豪は困ったように微笑んだ。
「嬢ちゃんや。いつも言ってるでしょう?年頃の女の子が、そんな乱暴に武器を振り回すんじゃあありませんよ」
「えーっ、パワーを溜めて、どーん!それが気持ちいいんじゃん。おじいちゃん分かってないなー」
私がおじいちゃんと呼んだ剣豪——金山 米治は、これまた真っ白なあごひげを触りながら呟く。
「しかしまあ、嬢ちゃんは本当に”身体強化”の魔法が上手いのぅ。儂でさえ5年は費やしたというのに」
「ふっふー。これでも、神童ですから?ね、し・ん・ど・う!」
「その性格さえ直してくれれば、儂から言うことは無いんじゃが……さて、そろそろ動くかのぅ?」
金山の言葉に異論はない。私は「そうだねー」と返事しながら、ナイフを使ってゴブリンの心臓部から魔石をくりぬいた。
どろりと零れた血液がダンジョン内を汚していく。
しかし、ダンジョンというのは自浄作用が働いているのだろう。亡骸を放置していても、5分ほど時間が経つと魔石を残し、灰燼と化して世界から消えるのだ。だから基本的には、倒した魔物は皆放置していく。
ダンジョン外では自浄作用が働かなくなるのか、亡骸が消えることは無くなるんだけど……そのデータがあるってことは、誰か亡骸を持ち帰ったな?
そんな亡骸にちらりと視線を送っていると、ふと疑問が込み上げてきたので私は金山に質問を投げかけた。
「てかゴブリンってさー、勘が鋭いよね?なんですぐ仲間やられたのに気づくんだろー。連絡でも取り合ってるのかな?」
「さぁのう……嬢ちゃん、警戒。無駄話は後じゃ、追手が来た」
「はいはーいっ。この私に任せなさいっ!行くよ……”身体強化”っ!」
私——土屋 由愛は大槌を構え直し、それから魔法を発現させた。
全身を纏う金色のオーラが、私の身体能力向上を加速させる。




