第24話 説教
私達の拠点——ギルドは、オフィス街の一角に建っています。
世間的に有名な企業が立ち並ぶ、大都会の中に聳え立っているんですね。なので外観はすごいおしゃれ。
洗練されたとか、近代的とか、なんかそんな崇高な単語をいっぱい並べることが出来るような建物なんですね。ギルドというのは。
ファンタジー要素は皆無ですが。
いくら冒険者業が衰退の一途を辿っていると言えど、魔石などが現代のインフラを支える重要なポジションにあるのは事実です。その為冒険者志望ではなく、一般職員としてギルドへ入職を希望する人というのは案外多いです。
え、冒険者ですか?全然来ないですよ。園部君の入職が久々です。
冒険者に対して、命がけとか、マイナスイメージを持つ人が多いので……やはり厳しいです。
そもそも括りで言えば、冒険者は魔石やドロップアイテムなどの、物資を集める一次産業ですし。
手に入れた魔石などを、製品化する二次産業に人が偏りやすいのは仕方ないです。
きつい。
汚い。
危険。
の3Kが揃った仕事という部分でも、冒険者はやはり人気が無いんですよね。
ロマンたっぷりの仕事なので、私としては是非とも増えて欲しいんですけど。
うーむ、私も配信とか始めた方が良いのでしょうか。ゴブリンの解剖動画とか、”アイテムボックス”有効活用法とか……どうですか。需要あると思うんですけど。
……ちょっと個人的な愚痴が混ざってしまいました。すみません。
さて、ダンジョン攻略を終えた私達は、次なる試練の為に戻ってきました。
え?試練って何かって?
お察しください。
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「……ただいま戻りました」
ギルド内の「探索部」と書かれたスライドドアを開けます。
そこには、私達冒険者が拠点としているオフィスが広がっていました。パソコンデスクが各々に配置された、広々としたスペースです。
私は身を縮こまらせながら、そそくさと逃げるように自分のデスクへと避難しようとしました。
私の後ろでは鈴田君と早川さんが同情するような目を向けています。
同じようにダンジョン攻略を終えて、戻っていた冒険者の皆さんがじろりと私を見ています。
冷やかしとか、憐れみとか、同情とか。そんな感情の入り混じった視線を受けて、帰りたくなっちゃいました。うう。
私が戻ってくる間に、噂がとっくに広がってしまっていたようです。
ちなみに新人冒険者である園部君は、今日は別の先輩に付いて回っています。幸いまだ帰ってきていないようですね。
彼はまだ私の惨状を知らなくていい。
出来ることなら黙って、三上さんの目に留まることなくやり過ごそうと思いましたが。当然、そうはいきません。
私の肩をポンと叩く、死神が居ました。
「やぁ~、お疲れ様ぁ。レ・べ・ル・4の田中ちゃん?」
「ひっ」
今はレベル6(確認してませんが7に上がってるかも)です——と言い返すことも出来ませんでした。まあ、五十歩百歩ですが。
背筋が凍り付く感覚です。
こびりついた恐怖に、振り返ることが出来ません。
ああ、もしかしたらメリーさんに追われる人もこんな気持ちだったのかもしれないですね。
私、田中 琴。
今、私の後ろに鬼の人事がいるの。
私は背後に立つ冷ややかなオーラを全身で感じ取りました。それでも振り返ることは出来ず、聴覚を研ぎ澄まし、情報を収集することに努めます。
あっ、スーツが擦れる音がしました。多分、三上さんが姿勢を変えた音ですね。
「鈴田ぁ。ちょっと田中ちゃん連れてくわ。いいよな」
「……どうぞ」
鈴田君の返事には、諦観が滲んでいました。吐息が零れていたので、もしかしたらため息をついたのかもしれないです。
なんだか、失望させてしまった気がして、罪悪感が込み上げます。
うぅ、どうにもマイナスな方向に思考が傾きますね。
顔を上げることも出来ずに黙りこくっていると、三上さんに軽く背中を小突かれました。
「田中ちゃん、ちょっとお話な。面談室」
「あ、はい……」
「さすがにこれはお説教。駄目だわ」
「……」
もう、何も言い返せないですね。
多分こっぴどく怒られます。
もう逃げることは出来ないので、覚悟を決めることにしましょう。心臓がきゅっと締め付けられるのを抑え込むように、深呼吸を繰り返します。
……ふう。
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パーソナルスペースを保つためなのでしょうね。どれだけギルドが大きな企業と言えども、面談室というのは小規模に作られています。
小さな円形のテーブルを挟む形で、椅子が斜め45°くらいの角度で配置されています。向かい合う形で配置しないのは、相手に威圧感を与えないように……らしいです。
三上さんは室内に配置されたコーヒーサーバーを操作し、コーヒーを淹れてくれました。片方はブラックのままで、もう片方にはミルクとシュガーを投入していました。
「とりあえず座りな」と顎で促し、私に着席を促します。そして私の方へ、ミルクとシュガーを入れた方のコーヒーを差し出しました。
「田中ちゃん、ミルクと砂糖ありで良かったっけ?」
「……何で知ってるんですか」
男性の頃、ブラックを飲んでいたのを見ているはずですが。
訝しげに見つめている間にも、三上さんは愛想笑いを浮かべながら私の前にコーヒーを置きました。
「なんとなく、な?しいて言えば……俺の勘だわ」
「……恐れ入りました」
本当に、食えない男です。
しかし、せっかく用意してくれたものを無下にする訳にもいかないので、とりあえずコーヒーを啜りました。苦みは残っているのですが、ミルクとシュガーの甘みに上書きされているので飲みやすいです。
全身に染み渡るような温かさを感じ、ほっとしている最中。
三上さんは身を乗り出し、私を気遣うように語り掛けてきました。
「まー。正直さぁ……いい?」
「……はい」
「田中ちゃんのことをさぁ、別に信用してない訳じゃねーのよ。元々ステータスを信頼してないタチってのは、よぉーく知ってるし」
「そう、ですね。ステータスに自信のある冒険者でも、意外なところで足元を掬われることがあります」
私がそう言葉を返すと、三上さんは「だろ」と楽しげに笑いました。
それから自身もコーヒーを煽り、黒縁の眼鏡を整えます。
「だけどさぁ。ギルドとしては低レベルの冒険者を、キッツいダンジョンに送り出すのは体裁が良くないのよ。安全管理がどうの、ってうるさいからさぁ」
「……でも安全管理って言うなら、前までソロ活動を許されてましたよ?」
私がそう言葉を返すと、三上さんは「痛いところを突かれた」と言わんばかりに苦虫をかみつぶしたような表情を作りました。
額を抑え、大きくため息を吐きます。
「はぁー……それもそうなんだけどさぁ。田中ちゃんの一件から、上もうるさくなっちまってよー……」
彼のいう一件とは、まあ——”女性化の呪い”のことですよね。
「それは……申し訳ありませんでした」
「ま、田中ちゃんに責任背負わせる話……じゃねーけどなぁ。もうちょっと田中ちゃんはなぁ……自分が周りにどう思われてるか、自覚した方が良いって話」
「どう思われてるか、ですか……」
胸の奥がずきりと痛むような気がしました。
そこは、私が散々目を逸らしてきたところだからです。
「そ。丁寧に仕事してるし、ギルドに貢献してるのも俺はちゃーんと把握してる。でも今回の件は見過ごすのは無理」
「……」
徐々に、三上さんの視線が鋭くなっていきます。
怒りというよりは、心配の滲んだ感情が垣間見えました。
「前によ……話したよなぁ。俺さぁ、冒険者の死亡手続きすんのが一番……嫌な訳よ。同期の死亡手続きもやったし、マジで最悪よ?」
「……」
「ぶっちゃけギルドん中じゃあ、ダントツで田中ちゃんのレベル低いよ?ゴミよ?」
「……そう、ですね……」
「確か男の頃にさ、定期確認で出したステータス……レベル80とかだったよな?だから特例で放任されてたんよ。そこんとこマジで分かってる?」
「……じゃあ、今の私って」
顔色を伺うように、私はそう問いかけます。
すると三上さんはもう一度大きくため息を吐きました。脱力したように、上半身が前のめりに倒れます。
「まぁ、絶対ソロはさせらんない。んで……レベルが上がるまで当面、上層まで登るのもダメ。どこで死ぬか分かったもんじゃねーし」
「……そうですか」
なんというか、今まで積み重ねてきたものを全否定されたような気持ちでした。
三上さんの言っていることは全て正論です。
レベルが低い私は、いつどこで命を落とすか分かりません。
冒険者という危険が付きまとう仕事である以上、安全管理を徹底しなければいけないという上層部の考えも十分に理解はできます。
ですけど、それでも。
ちょっと……辛いです。
「……あれ?」
気づけば、頬を温かいものが伝っていることに気付きました。
——涙です。
同じくそれに気づいたのでしょう。三上さんの底の見えなかった表情に、戸惑いが滲みます。
「え、ちょっと田中ちゃん。泣いてんの?」
「……泣いてません」
「えっ、えー……あー。大丈夫だから、また頑張ればレベルも上がるだろうし!そうしたら、また上に掛け合うわ……な?」
「は、はい……っ。うぅ……」
「あー……だから、安心しろっ」
たじろぎを隠すことも出来なくなった三上さんは、必死にそう早口でフォローの言葉を重ねました。
彼も彼で、私の突然の涙に動揺を隠すことが出来ていない様子です。
しばらく三上さんは「えーどうしたらいい」「あー……参ったな」などと、冷静さを失った様子で忙しなく視線を泳がせていました。
そんな時です。
「お話し中すみません。三上先輩、電話ですよ」
「あ、鈴田。電話?」
「はい、ちょっと急ぎの用だそうです」
鈴田君は飄々とした表情で、そう面談室に入ってきました。
どこか安堵したようにため息を吐き、「分かった」と言って三上さんは鈴田君へと歩み寄りました。
それから、三上さんは静かに鈴田君へと耳打ちします。
ですが、私にはその会話が聞こえていました。
「……電話なんて、来てないだろ」
その言葉に、鈴田君は驚いたように目を見開きます。
「それは……」
「良い、助かった。中身はアイツだって分かってんだけどな、やっぱ娘を見てるみたいでつれーわ……すまん、任せた」
「お疲れ様です」
最後に鈴田君の肩を叩きながら、三上さんは面談室を後にしました。
「田中先輩」
「ぐすっ……うぇ?」
恥ずかしいところを見られましたが、涙はそう律儀に止まってくれません。一度目元を擦ってから、鈴田君へと視線を送ります。
彼は困ったように笑いながら、机の上にケーキ箱を置きました。
それから静かに箱を開き、中からショートケーキを取り出します。
「三上先輩から。約束だから、って言ってましたよ」
「三上さんが……」
「大丈夫ですよ、田中先輩ならすぐ前線に戻れます。ギルドのエースなんですから」
「……ぐすっ」
こうも、皆に気遣われているのを実感すると、胸の底が熱くなります。
箱の中に入っていたプラスチック製のフォークを手に取り、それから涙を誤魔化すようにケーキをひと欠片だけ口に運びます。
ケーキの味と、涙の味がちょっと混ざりました。
「……しょっぱいですよ。このケーキ……」
「ちょっと泣き止んでから食べましょうか」
鈴田君は困ったように微笑んでから、優しく私の肩を叩きました。
最近は特に、鈴田君に子ども扱いされているような気がします。
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「……あー、もしもし。お疲れ様です、三上です……はい。はい。あ、ちょっと聞きたいんすけどね、研修合宿の枠ってまだ空いてます?あ、はい。魔法使いコースで。ちょっと訳アリなんすけど。すこーし面倒見て欲しいやつ居るんで……はい。え、あの嬢ちゃんも来るんすか?神童の?ちょうど良さそうすね。じゃあそれで、お願いします。また後で領収書下さい、失礼します」
後日。
知らない間に、私の予定表には「研修合宿」の文字が並んでいました。
え?
 




