第23話 知り合いのお姉さん
さて、所属するギルドの最寄り駅へと到着しました。
後はギルドへと戻り、報告書の作成に取り掛かるだけなのですが。
「っはぁ~……」
今日に限っては、出来ることなら戻りたくないです。直帰したい。
ですがそんなことをすると、当然大目玉を喰らうのでやりません。
鈴田君はそんな私の肩をポンと叩き、懸命に慰めてくれます。
「だ、大丈夫ですよ田中先輩。いざとなれば俺がフォローに入りますから」
「本当にごめんねぇ鈴田君……」
気力が駄々下がりしているので、つい仕事モードが抜け落ちています。
後ろでは早川さんが「はぁー……構図が素敵すぎる……」と感慨深そうに息を吐いていました。
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しかも、なんでこうもトラブルって連発するんですかね?
想定外の事態が発生しました。
向こうから、少し前に見知ったばかりの人物が歩いてくるのが見えます。
「あっ、琴ちゃんっ!」
「あ」
スーツを身に纏った、すらりと背筋の伸びた美人の女性が、私を見かけるや否や小走りで駆け寄ってきました。
いかにも「出来る女性」と言った雰囲気の彼女は、カッターシャツにしわが寄るのも気にせず、私へと抱き着きます。
「ぶっ……あ、あの、離してくださいっ。前田さん」
はい。そうです。鈴田君の彼女である前田 香住さんです。
彼女は私の顔を見るや否や、ものすごく満ち足りたような表情で頬ずりしてきました。
40代男性には刺激が強いので止めて欲しいです。まあ、向こうは私の事情など知る由もないのですが。
しばらくして、満足したのでしょうか。前田さんは「ごめんね」と笑いながら、ようやっと離れてくれました。
「うん、珍しいね?こんなところで会うなんて。今日は竜弥君とお出かけ?」
「……あー……」
さっきまで冒険者業務に励んでいて、直帰するところでした……とは馬鹿正直に言えないです。
そもそも”女性化の呪い”は、傍から見れば荒唐無稽な話です。いくら前田さんが元冒険者と言っても、信じてもらえるように説明できる自信がありません。
更に言えば、今の私は「田中 琴」です。
戸籍上で16歳である私が冒険者をしているなんて言ったら、絶対止められます。
……割と、詰んでいるんですよね。
さて、どう説明したものでしょうか。
返答に困っていると、鈴田君が私の前に立ってくれました。
「そ、そうなんだよ。琴ちゃんの通ってる学校が創立記念日でさ。ずっと一人で居させるのは酷だったから」
おお、鈴田君グッジョブです。創立記念日。その発想はありませんでした。
すると、前田さんは「そうなんだ」と納得したように頷いていました。
それから、ずいと私に顔を寄せて語り掛けてきます。うっ美人の圧が。
「琴ちゃん、大丈夫?竜弥君に懐いてるのは分かるけど、たまには私も頼ってよ?あれからメッセージ送ってくれないから、心配でね……」
「懐っ……?え、あ、はい……」
年下の女性にメッセージとか、一体何を送ればいいんでしょうね。
「お仕事お疲れサマ☆オジサンの疲れも、香住チャンに癒してもらおうかな♡ナンチャッテ♡♡♡」とでも送ればいいのでしょうか?色々とアウトですよね。
セクハラ案件です。
「竜弥君、たまに頼りないからさ。ちょーっと顔が良いからって、守りに入りすぎるとこあるんだよね」
「あは、は……そう、なんですね」
とりあえず、私は社会人お得意の相槌モードに入ってやり過ごしていました。
しかし、更にトラブルの火種となる要素がもうひとつ。
「田中ちゃん、この美人さんと知り合いなんですかっ」
「あっ」
はい。早川さんです。
彼女は、私が鈴田君と親戚という設定を作っていることを知りません。
「あっ、あー……はは……」
鈴田君も早川さんが話に入ってきたことに、頬を引き攣った笑みを浮かべました。
色んな意味で危機が生まれています。
「ん?あっ。こんにちは」
圧倒的善人である前田さんは、人がいい笑顔を浮かべて早川さんに歩み寄りました。
ですがその表情に、徐々に歓喜と驚愕の色合いが滲み始めます。
「はじめまし……ん?待って待って!え、瑞希ちゃん!?」
え?知り合いですか?
すると、早川さんも驚いた表情で目を丸くしていました。
「えーっ。え、もしかして香住ちゃん?えー、久しぶりっ。元気してた?」
「うん!久しぶり。瑞希ちゃん、相変わらずギルドで働いてるんだ!どう、頑張ってる?」
「毎日大変だよー。香住ちゃん冒険者やめちゃったから寂しかったー。元気そうで何より、え、連絡先交換しない?」
「いいよいいよ!ちょっと待ってね。えーこんなとこで会うなんて思ってなかった!嬉しいー」
なんと言うか、女性同士の会話って、なんでこうも情報量が多いんでしょうね。
突然蚊帳の外に放り出された私と鈴田君は、遠巻きにその会話を眺めていました。
ちらりと鈴田君に視線を送り、助けを求めます。
「……鈴田君。今のうちに作戦会議しませんか」
「奇遇ですね。俺も同じこと考えてましたよ」
「……早川さんにどう説明しますか。いい方法、思いつきませんか?」
「…………あー…………」
鈴田君は、ため息を吐きながら空を仰ぎました。
「無理です」と全身で表現しています。ですよね。
やはりこの状況を打開できる鍵を握っているのは、私のようです。
色々と無茶苦茶な方法ですが……早川さんにも共犯になってもらいましょう。
私はわざとらしく上目遣いを作り、早川さんの衣服の裾を握ります。
「……《《お姉ちゃん》》。前田さんと、知り合いなの?」
「~~~~っ!」
私がそう語り掛けると、早川さんは胸を弾丸で貫かれたかのように、胸元を両手で押さえました。心筋梗塞ですか?110番要りますか?
私は早川さんに暗に「余計なことを喋らないで」と伝える為、前田さんに見えない角度で背中を小突きました。
すると、意図が通じたのでしょうね。早川さんは私に柔らかな笑みを向けました。
「うんっ。そうだよ~、元私の同僚っ。今はね、保険会社で頑張ってるんだって!」
「そうなんだ。前田さんって本当に良い人だもんね。尊敬してm……るよ」
「むしろ私こそ、たな……琴ちゃんが知り合いなのびっくりしたよーっ」
「ほんの数日前から、ですけどね……じゃない。だけどね」
私も、早川さんもグダグダです。
ですが、前田さんは「瑞希ちゃんと知り合いだったんだ」と素直に信じてくれました。
これから前田さんの前では「早川さんと顔見知りの少女」として扱われることにします。はい。
またしても何も知らない前田 香住さんです。
罪悪感が半端ないです。本当にごめんなさい。
しばらくすると、前田さんは腕時計を見て「あっ」と声を上げました。
どうやら、仕事の時間が近づいているようですね。
「瑞希ちゃん、また連絡するよー!琴ちゃん……あっ、あと竜弥君も……またね!」
そう言って、颯爽と前田さんはその場から去りました。鈴田君はおまけ扱いでしたね。
窮地を乗り切った私ですが、早川さんにどう説明したものでしょうか。
じっと早川さんの様子を伺っていると、彼女は恍惚とした笑みでこちらを見ました。
「……もう一度、お姉ちゃんって言ってくださいっ」
「……」
「ね?琴ちゃんの話に合わせてあげたんですよっ?」
「……あー……」
私は、完全に早川さんに頭が上がらなくなりました。
田中 琴男(47)のプライドがへし折れる音が聞こえます。
顔が紅くなるのが分かります。
耳の先まで真っ赤になっているのが分かります。
「……ぅ、瑞希、お姉ちゃん……」
「ふぅああああああっ……最高……はああああああぁぁぁぁ……そうです、私はお姉ちゃんですぅぅぅ……」
「……あぅ……」
早川さんは仰々しく仰け反りました。よくその姿勢でコケませんね。
徐々に取り返しのつかない嘘が広がっている気がします。
えーっと。
早川さんが落ち着くのを待ってから、私は現段階で前田さんにどう捉えられているか、を説明しました。
①私と鈴田君は親戚である。
②私の両親はここ最近、事故で亡くなった。
③劣悪な家庭環境で育ち、現在は1人暮らしとなっている。
……という、あまりにも悲惨な少女である田中 琴の偶像が出来ちゃっているんですね。
そこに「早川 瑞希と知り合いの女の子」という設定が加わったことによって、更に余計な嘘が生まれました。
私のよそ行きの設定を聞いた早川さんは、困惑した表情を浮かべていました。
本当にごめんなさい。
「え?田中ちゃんの両親って、結構前に亡くなってなかった……?」
「……あは、あはは……」
「……めっちゃ嘘ついてるじゃないですか、もうめちゃくちゃですよ?」
「それに関しては申開きもございません……」
「……仕方ないですねっ。瑞希お姉ちゃん、と呼んでくださいっ。それなら、琴ちゃんの設定に付き合ってあげますっ」
「ぅ……瑞希……おねえ、ちゃん……」
「よしっ!」
なにも良くありません。
前田さんには嘘を吐きまくっているので、ものすごく胃が痛いです。
うーん中年男性に戻りたいなあ。責任放棄したいです。
――
前田さん「……なんで瑞希ちゃんと琴ちゃん、竜弥君の3人で集まってたんだろ?変わった組み合わせだね。まさか琴ちゃんが冒険者ー……って訳でもないだろうしー……だってあの子、高校生よね?」
元々のタイトルは“早川 琴”で、早川 瑞希の妹の設定だったのですが……コメントで指摘を受けたあと「そう言えばこいつ連絡先交換してるじゃん、田中 琴って本名(?)バレてんじゃん!!!!」ってことに気づいたので慌てて展開調整しました。
琴ちゃんレベルでポンコツですほんとすみません。




