第22話 女性化の呪い
「田中先輩、さっき事務の人が『あの子やばい』って言いながら通っていきましたけど……何したんですか」
鈴田君が辟易とした表情を浮かべながら、そう問いかけてきます。
私も業務の一環としてやっているだけなので、正直心外ではあります。
「何って……ただ、倒した魔物を解剖しただけ、なんですが」
どこぞの無自覚チート君のようなセリフとなってしまいました。
鈴田君の視線が”凍結”を彷彿とさせるレベルで、氷点下に落ちていくのを感じます。
やがて、彼は諦観の表情を浮かべつつため息を吐きました。なんですか。なんなんですか。
「……まあ、田中先輩ですからね。仕方ない、ですよね……」
「何だか納得がいかないです。魔物から魔石を取り出すなんて……皆もしているじゃないですか?」
「大量の死骸を持ち運びする冒険者なんて、聞いたことないですよ」
「……うぐ」
正論に対して何も言い返せません。
反論に窮し、口ごもることしか出来なくなりました。
そんな私の背中に、ひょいっとのしかかってくる人物が居ます。
「おっつかれーっ!田中ちゃんっ」
「わっ、早川さん?」
「もーっ、田中ちゃんは美少女なんですからっ。もっと普通の戦い方してくださいよーっ」
「そ、そんなこと言われてもっ。わぶっ」
早川さんは私にのしかかりながら、もにょもにょと頬を揉んできます。
ほんのりと甘い匂いが漂っています。
髪の毛が頬に当たってます。シャンプーの匂いがします。
背中に当たる柔らかい感触は……気のせいですね。うん。感じ取ってはいけない気がします。40代男性として、自覚してしまうのは罪悪感が……。
ひとしきり顔をもみくちゃにされた後、早川さんは私の背中にのしかかりながらくすりと笑いました。
「初めて田中ちゃんの戦い方見ましたけど……ベテランの名は伊達じゃないですねーっ。そりゃソロを任されるわけですっ」
「”アイテムボックス”を戦闘に使ったのは私も初めてですよ。こういう使い方も出来るんですね」
「多分田中ちゃんだけですよ、そんな使い方するのっ」
「……むぅ」
「あっ今の不貞腐れた顔可愛かった!写真撮らせてください、というか撮りますっ」
いつの間に構えていたのでしょう。スマホを取り出し、ありとあらゆる方向から私を撮影してきます。
「ちょ、ちょっと、撮らないでくださいっ。わぁっ」
元々被写体となる柄ではないので、むず痒いです。
そう言えば……ですが。ダンジョンで手に入れた魔石をネコババすると横領扱いされるので、原則として持ち帰ることは出来ません。
ですが魔石を抜いた状態のゴブリンの死骸に関しては別にお咎めはありません。なのでまた”アイテムボックス”に格納しています。ゴブリン液を作る用の原材料です。
あと、「一応需要はあるので」とダンジョンを管理する職員さんに、10体ほどゴブリンの死骸を押し付けて来ました。
顔が明らかに引きつっていましたが。すいません。
ちなみにガーゴイルだったと思われるミンチは、ダンジョン内に配置された廃棄場に捨てました。”アイテムボックス”の底に残っていたと思われる、おにぎりの包装が一緒についてきましたが。あ、手袋もついてました。
一般ごみと同様の扱いをされるボスモンスターに涙が止まらないですね。誰がこんなことをしたのでしょう。
え、私のせい?何のことでしょうね?
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さて、本来は数日間ダンジョンに籠ってアイテムを集めるつもりでした。
ですが「田中 琴の低レベル問題」が露呈したことから、三上さんから「一度ギルドに戻って来い」と言われてしまいました。
十中八九怒られます。嫌だ。怖い。
という訳なので、私達はとんぼ返りする形で再び電車に乗っています。
向かい合う形で配置された座席。私の隣には、早川さんが座っています。
私は車窓から見える景色をぼーっと眺めながら、これからのことに思いを馳せていました。
「……始末書案件ですね、これ」
ぼそっと呟いたのが聞こえたのでしょう。向かいに座る鈴田君は、困ったような愛想笑いを浮かべ、私の独り言に返事します。
「さすがに田中先輩が悪いですよ……」
「だってステータスが大きく減っているとか、普通気付かないじゃないですか。これまで問題なく、魔物も倒せていましたし」
「俺や園部君みたいな戦い方なら、すぐに気づいたんでしょうね」
「……鈴田君や園部君みたいな戦い方……」
脳裏に過ぎったのは、鈴田君と園部君が女性の姿になるイメージです。
鈴田君は女性化しても、きっと可憐な姿を保っているのでしょうね。ちょうど彼の彼女である前田さんみたいな雰囲気になりそうです。
園部君は、なんとなくギャルみたいな雰囲気になりそうです。話してみたら、そんな悪い子じゃない……みたいなタイプの。
「……ぷっ」
そんなくだらない妄想が思い浮かび、思わず笑みが零れました。
唐突に吹き出したものですから、鈴田君が訝しげな表情を浮かべています。
「なんでもないです」と慌てて誤魔化しました。
しかし、本当に”女性化の呪い”とは妙なものですね。
ふと気になったので、私は二人に質問を投げかけてみます。
「……そう言えば、ですが。私みたいに”女性化した冒険者”っていないんですかね?」
すると、鈴田君と早川さんはお互いに顔を見合わせました。
しばらく視線を交わしていましたが、二人とも首を横に振ります。
「俺も……聞いたことはないですね」
「そんな美少女がぽんと生まれるトラップがあるのなら、積極的に皆を誘導していますっ」
ある意味では、早川さんの言葉に一番説得力がありますね。
自らの欲望のままに、冒険者を女性化させるナビゲーターってすごく嫌ですけど。悪役じゃないですか。
「……うーん」
現実的な問題の方が大きかったので、あまり意識することもなかったんですけど。
改めて考えると、妙な現象なんですよね。
「田中先輩がそうなったのって、確かダンジョンを完全攻略してから……でしたっけ」
鈴田君は記憶を頼りに思い出したのでしょう。そう質問を投げかけてきます。
「そうですね、合ってます。最上階に昇った途端、ですね……記憶があいまいな部分もありますが」
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思い出すのは、女性化した時のことですね。
業務の一環で、ダンジョンの最上階へと一人で上り詰めた時です。ちょうどその時は調子が良かったので「どうせなら最後まで攻略してみよう」という勢いでした。
安全管理の面から、最上階のボスはパーティで攻略することを推奨されているんですけどね。
「ダンジョン調査届」で、事前にボスモンスターの存在は確認済。確か、天使系のモンスターでした。名前は忘れました。
しかし、どういう訳かダンジョンの最上階へ上り詰めても、ボスモンスターはいませんでした。
(ボスモンスター討伐の報告漏れでしょうか?)
などとその時は思っていました。
神聖な雰囲気を纏った室内へと足を踏み入れた私は、調査を兼ねて中央に配置された玉座に近づきました。
そしたら、誰かの声が聞こえたんです。
『その身ひとつで、よくぞここまで訪れました。人の子よ』
「……誰ですか?」
『そなたに、契約を授けよう。新たなる生に、幸あらんことを』
響く謎の声は、そこで途切れました。
それからのことについては、記憶が曖昧です。
いつの間にか、このような姿になっていましたし。潜っていた塔型のダンジョンは崩壊してしまいましたし。
せっかく”アイテムボックス”に格納していた魔物の死骸も、どこかに消えてしまいました。ボスを倒した後、ゆっくりと腹を掻っ捌こうと思っていたんですけどね。
訳も分からないまま、こうして”田中 琴男”は世界から姿を消しました。
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謎の声は、まるで「祝福」かのように言っていましたけど。
私から言えば、散々人生を振り回されたので正直「呪い」みたいなものです。
そんなものですから「女性化の呪い」と私は公言しています。
悪いか。




