第20話 ボスモンスター
ダンジョンにおけるボスモンスターは、おおよそ週1くらいの間隔でリポップします。
なのでダンジョン攻略を管轄するギルドは、効率よくボスのドロップアイテムを収集する為に、徹底したスケジュール管理を行っています。
堅硬なゴーレムであれば、その身体を纏う鎧は建材として使用されます。
空を舞う屈強なドラゴンであれば、鱗は様々な素材として活用可能です。この間ギターを弾くのに使うピックとして売られてるのも見ました。
ドラゴンの肉はタンパク質が豊富であり、身体を鍛えている人達にとって特に人気の食材ですね。味はあんまり美味しくないです。
なので冒険者は基本、最低でも1体はボスモンスターを倒さないといけません。
万が一ボスモンスターの討伐を怠れば、今後のドロップアイテムの納品が遅れ、ギルドの収入にも影響するというわけです。
冒険者の現実は世知辛いです。現代ダンジョンの敵は、魔物よりも社会ですね。
……つまり、私のステータス弱体化は、想像以上に重大なトラブルというわけです。
ダンジョン攻略が捗らなければ、それだけ多くの人に迷惑が掛かります。多分帰ったら始末書を書かされます。
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さて、いよいよ私達は5階層へと続く階段の前に来ました。
もちろん、仕事ですので事前に5階層のボスモンスターは調査済みです。
「ボスモンスターはガーゴイル、ですか」
”アイテムボックス”の中から、事前に受け取っていた「ダンジョン調査届」を取り出します。
大抵の冒険者は攻略前に頭に叩き込むのですが、私は記憶力に自信が無いので”アイテムボックス”に入れて持ち運んでいます。
「便利そうですね、”アイテムボックス”をいつでも開けれるのは……」
鈴田君が複雑そうな目で見つめていましたが、私は気にしません。消費MP1の恩恵は存分に使っていきましょう。
さて、ガーゴイルとは平たく言えば、悪魔系統の魔物です。身長はだいたい1.5m。今の私が154㎝なのでほぼ同じですね。
その背中から伸びるのは大きな翼。いわゆる飛行型の魔物です。
ですが何と言ってもその特徴は、石のように硬い外皮です。
物理攻撃では相性が悪いので、原則として魔法を使って倒すのがセオリーです。
なので、鈴田君のパーティが派遣されるはずだったんですね。魔法使いの遠瀬君がキーパーソンでした。
ですが生憎、本日は遠瀬君が家庭の事情でお休み。最悪、鈴田君もそれなりに魔法を使えるので問題はないのですが……補助役として私が抜擢されたという流れですね。
主にサポーター、兼荷物持ちとして三上さんから私が采配されたのでしょうね。鈴田君だけでもすごく強いですし。
”アイテムボックス”が気軽に使えるというだけで、私には大きな価値はあるみたいです。えっへん。
本当は、私は後方で大人しく先輩面しておくつもりでした。
ですけど、レベル大幅低下は想定外じゃないですか。
という訳で、レベリングという目的も兼ねて、私も積極的に戦わないといけません。そうじゃないとレベル上がらないですからね。
うーむ。硬い魔物は苦手な相手、なんですけどねえ。
ただもちろん、何の考えが無いわけでもないですよ。
少し、試したいことがあります。
「……鈴田君は、サポートに回ってもらっても良いですか?」
私がそう切り出すと、鈴田君は心配そうに私の目をじっと見つめました。
「それは、大丈夫ですが……田中先輩。さすがに分かっていますよね?ボスモンスターは……」
「一般のモンスターと比較にはならないほど、強力なスキルを持っている、ですよね」
最後まで言い切るのを待たずに言葉を返すと、彼は観念したように肩を竦めました。
「知っているのなら大丈夫です。……でも、万が一田中先輩が危険に陥ったと判断したら、すぐに割り込みます。それで良いですね」
「勿論。危険だと感じたら、身を引きますよ。安心してください、これでもベテランなんです」
「……信じます。早川さんも田中先輩のサポートを、お願いしますね」
鈴田君の言葉に、早川さんが操作するドローンから「任せてくださいっ」と返事する声が響きました。
んーーーー心配性ですねえ、鈴田君は。
これでも、ステータスに頼らず知識と技術で乗り切ってきた冒険者ですよ?ステータスなんてそもそもアテにしていません。
そして、私が一番使ってきた魔法である”アイテムボックス”って、ただ冒険を補助するだけに留まらないんですよ。
少し、それをお見せしたいと思います。
(と言っても思い付き、なんですけどね)
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塔型のダンジョンは、上層階へと向かうにつれて、神秘性が増していきます。
4階層までは草木の生い茂る自然を彷彿とさせる空間でしたが、5階層からは一気に雰囲気が様変わりします。
石畳で作られたような階段だったのですが、5階層が見えたあたりからでしょうか。大理石で作られた階段にがらりと変わりました。
「おーっ、着きましたね」
久々の光景なので、思わず感嘆の声が漏れました。
階段を上った先に広がるのは、私達の身長をゆうに超える巨大な扉です。まるで巨人族専用に作られたかのようです。
しかし、その扉にはドアノブが付いていません。扉に取り付けられているようなリング(ドアノッカーというらしいです)がある訳でもありません。
では、どうやって開けるのか。
ご安心ください。ここは魔法技術の発展した世界です。
「行きますよ。”魔素放出”」
私が手をかざしながら、そう魔法を発現させました。ふわふわと浮かぶ銀色のオーラが、掌の代わりとなって扉をゆっくりと開きます。
そうです。魔素を探知した途端。私達を迎え入れる形で扉が開くんですね。
私以外の冒険者は”魔素放出”を、ただのドア開け魔法としか認識していないので「扉魔法」なんて言われていたりします。ネーミングはおしゃれ。
さて、そんな私達を迎え入れるのは、神々しさすら感じる神殿のような部屋でした。
「……いつ見ても、圧巻ですねえ」
まるで神々の宮殿に導かれたかのように、美しい石膏で整えられた内装。洗練されたデザインの室内は「凡人がここに来るのは相応しくない」と言われているような、そんな気分にさせます。
室内の中央に配置されたのは石造りの台座です。
そして、その上に鎮座しているのは一匹の魔物ですね。
薄灰色の皮膚を持つ、どこか人間に近しい体躯。ですが頭部からは2本の触角を伸ばしています。背中から伸びるコウモリの羽が、静かに折りたたまれていました。
ダンジョン報告書にあった通りのボスモンスター、ガーゴイルですね。
その魔物は台座から降りて、ゆっくりとこちらに歩みを進めます。
ガーゴイルの鋭い双眸は、じろりと私達を睨みつけていました。
「……グァ」
そんな魔物に向けて、私は静かにお辞儀をしました。
ゆっくりと顔を上げてから、ガーゴイルに語り掛けます。言葉は通じていないと思いますが。
「田中 琴です、いつもお世話になっております。さて……つきましては本日も、物資を調達させていただきますね」
私からすれば、倒すべき対象というよりは、収入源につながる取引先のような印象ですね。
彼らの存在によって、私達の生活は守られているのです。
礼節を保ちながら、私はダークゴブリンから略奪した短剣の切っ先を向けました。
「グギャアアアッ……!」
ガーゴイルは、その威厳を示すように漆黒の翼を開きました。振るう翼の勢いによって、激しく風が荒びます。
なびく銀髪が、目元に掛かりました。
私はその髪を空いた左手で掻き分けて、それから低く身構えます。
「鈴田君は、ステータス的に大丈夫だと思いますが……念のため防御態勢を。早川さんも、ドローンを私達から遠ざけてください。壊したら怒られますよ」
どのような攻撃が襲い掛かるのか、おおよそ分かります。
私は迷わず、鈴田君と早川さんに指示を出します。
「私は、ちょっと前に出ます、ねっ!」
それから迷いなくガーゴイル目掛けて駆け出しました。
「っ、は!?ちょっと、田中先輩っ!」
「田中ちゃん!待って!?何してるのっ!?」
二人にとって、私の行動は奇行に移ったのでしょうね。何か攻撃を放とうとしているガーゴイル目掛けて、単身で特攻など自爆行為も良いところです。
「グァアアアッ!」
そんな隙だらけの私を見逃すわけ、ないですよね。
ガーゴイルの足元周辺のタイルが突然めくれ上がりました。
それはガーゴイルが得意とする、石礫の弾丸。鋭い石礫のいくつかは、私の方を向いています。
「——っ、田中先輩っ!ダメです、引き返してください!!」
鈴田君は慌てた様子で叫び、腰に携えた刀身のない柄を引き抜きました。魔法剣を発現させ、私を守ろうとしているのでしょう。
ですが、心配には及びません。
確かに。私の身体能力では、石礫の弾丸は避けることは出来ません。そして、貧弱な「物理防御」では、耐えることも叶わない。
ですが、私にはこれがあります。
消費MP1の最強魔法。
「グアッ!」
ガーゴイルは、声を上げて石礫を射出。弾丸の如き攻撃が、一斉に私の命を奪わんと襲い掛かります。
ですが、私は避けません。
距離を縮めながら、私は左手を突き出します。
「これがっ……田中 琴のっ、戦闘スタイルですよっ!」
”アイテムボックス”を、手のひらに沿わせる形で顕現させます。漆黒の空間が広がり、私の視界までを覆いつくします。
全てを取り込む盾が、私の目の前に生み出されました。
当然、ガーゴイルが放つ石礫さえも。私の”アイテムボックス”の前には無力ですね。
石礫は、私の放つ”アイテムボックス”へと見事に収納されました。
本当はボス戦攻略シーンまで書こうと思ったのですが、5000字を超えたあたりで「これ、書きすぎか?」と思い分割することにしました。




