第2話 パパ活扱い
「あのね、お父さんの免許証取ってきちゃったの?駄目だよ、今何時だと思ってるの」
「えっ」
本日のダンジョン潜入業務も終わり、夜も遅い時間帯。
明日は休みだし、せっかくだから久々に晩酌だ!と意気込み、コンビニでビール缶とつまみを手に取ってレジに行った結果。店員さんに何故だか説教させられています。
免許証も出したし、特にお咎め喰らうようなことは何もないはずですが……。
……そう思った途端、私は思い出しました。
「それとも何?お父さんに言われて買いに来たのかな?ったくこんな時間に女の子を買い物に出向かせるなんて、とんだ父親だな……」
「ちょっと待ってください、違う、違います」
私は慌てて店員さんの言葉を遮りました。
そう言えば私の見た目、今や10代半ばの女の子にしか見えないんでした。この身体になってからまだ3か月しか経っていないから失念しておりました……。
店員さんが怪訝な目を向けています。私は身の潔白を証明する為に、はっきりと言うほかありません。
「私用です、私の晩酌用です。こんなナリですが40代男性です」
「……補導してもらった方がいいな。さ、警察警察……」
「だから違うんですって!」
なんと言うか、焼け石に水ってこういう事を言うんですね。
”女性化の呪い”に掛かった日のことを思い出すやり取りです。
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「慣れてるから一人でも大丈夫だろ」という安全管理に欠けた上層部の判断もあって、私は単騎でのダンジョン攻略を指示されていました。本来は二人以上でパーティを作って攻略するのが安全管理上推奨とされているので、まあ管理違反ですけど。
そんなものなので、うっかりダンジョントラップに引っかかって”女性化の呪い”に掛かったことを証明できる人が誰も居なかったんですね。
「田中 琴男と名乗る不審人物」扱いされた時は本当に泣きそうでした。というか泣きました。
警察によるアリバイ証明、聞き取り調査による時系列の確認。更に病院での遺伝子検査実施から、採血、X-P、CT等の一連の検査。
色んな公的機関のお世話になった結果、私は「田中 琴男と思われる10代女性」という評価を下されました。最初の扱いとほとんど変わってないんですが?
ちなみにこの身体と引き換えに姿を消した「本来の田中 琴男」なのですが、7年以内に姿を見つけられなければ事実上の死亡扱いとなるみたいです。つまり7年間この身体のままだと、田中 琴男は戸籍から抹消されるんですね。
勝手に亡き者扱いにされかけている事実にまた泣きました。
そして、基本的に例外を増やしたくない市役所と相談した結果……私は「田中 琴」という仮の戸籍を得ました。一応マイナンバーカードや保険証も発行してもらったので、最低限の市民権は得られたことになります。
免許証返納も催促されているのですが、冒険者としての業務が忙しいので後回しにしていました。
その結果がこれです。なんてこった。
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「いや、あのぉー……聞いていただけますか。色々と誤解されているようなのですが、この免許証は私なのです。普通自動車免許持ちです」
「いやいやいやお嬢ちゃん。さすがに無理があるって。こんな”毎日仕事疲れたな”みたいな郷愁漂う雰囲気を醸し出した中年おじさんと同一人物はさすがに無い」
「あんまりな言い方じゃないですか!?」
誰が仕事に疲れた中年おじさんだ!!事実だけど!!
しかし女性化の呪いがこんなところで牙をむくとは思ってもいませんでした。公的機関で散々な思いをしたことと月一で生理に苦しむことだけで精いっぱいなのに。生理周期を管理する女性の気持ちが分かりました。あれ怖い。
「家庭事情とか大変なんだろうけどさ、こういうもの買いに来るのはダメだと思う」
どうして今日に限って正義感の強い店員さんが居るのでしょうか。
呪いに掛かる前まで「らっせー。はい645円っねー。あー、っち現金すか……はいお釣りっす。あざしたー」みたいなやる気ない店員さんが大半だったのに。
たまに真面目な店員さんも居たにはいたけど。
あ、あと正直美人のバイトさん目当てで来たこともありました、ついでに白状しておきます。
「や、だ・か・らー……」
どうしたものかと手をこまねいていると、私の後ろから助け舟がやってきました。
「あー、すんません。どうも親戚の子が馬鹿なことやったみたいで……あ、これ俺が代わりに買って良いですか」
「……は?あ、あー……はい」
私の後ろから現れたのは、同じ職場で働く後輩の鈴田 竜弥君でした。
「あっ、鈴田君」
「先輩はもうこれ以上喋らない方が良いですよ」
鈴田君はさらっと私に辛辣な言葉を浴びせながら、店員さんとのやり取りを代わりました。
ワックスで自然体に整えた黒髪と、端正な顔立ちという「会社のイメージ画像」に使われそうな外見です。私は心の中で「見本太郎くん」と呼んでます。履歴書の見本顔写真にありそうなので。
見本太郎くんが颯爽と現れたことに、店員さんは私と彼を交互に見比べます。怪訝そうな表情を浮かべていましたが、渋々納得したのでしょう。
「うちの親戚がどうもすみませんでした。大人の真似事をしたいみたいで……」
「はぁ……夜遊びは危険なんですから、強く言い聞かせておいてくださいね」
「肝に銘じておきます。ほら、琴ちゃん。行くよ」
鈴田君はあくまでも「親戚」としての関係性を強調してその場をやり過ごそうとしているようです。2回も「親戚」って言ってたし。
私は店員さんに「すみませんでした」と心の籠っていない会釈をしてからコンビニを出ました。私悪くないですし。
最後に私の方を一瞥した店員さんは「こいつ相当グレてるな」みたいな視線を送りやがりました。
コンビニを出てすぐ、鈴田君は冷ややかな視線を私に送りました。
「……先輩、何をしているんですか」
「鈴田君が来てくれて助かったよ~。いやあこの身体は不便だね」
「先輩はもう少し自分の姿がどう見られているか意識した方が良いですよ……」
鈴田君は呆れたようにため息を吐きました。
後輩にそんなことを言われるのは屈辱的なので、私もついむっとなって言葉を返します。
「これでも身なりには気を遣ってるんだけどねぇ?そりゃあ冒険者だって汚れ仕事だし、多少清潔とは程遠い職場にいるけどさぁ」
「そういうことを言ってる訳ではないですよ。今の先輩は女子高生くらいの年齢にしか見えないんです」
「……やれやれ。いきなり生活を変えろって言われても厳しいものだねぇ」
納得は行きませんが、鈴田君の言っていることは事実です。
40代中年男性に生活リズムの変化を求めるなど、職場の定期検査で糖尿病の生活指導を受けた時以来です。正直、あれも「仕事が忙しいから」という理由で守っていなかったですが。
ただ、それはそれとして窮地を鈴田君に助けられたのは事実です。
先輩として何かしなければメンツが保てないというものです。
「せっかく助けられたし、何か奢らせてよ」
「パパ活だと思われるのが嫌なので遠慮しておきます」
「……そっかぁ……」
「俺だって最近彼女と良い感じなので、変な噂が立つのは嫌なんです」
「あー、保険会社の子だっけ。上手くいってるの?」
「はい。なので先輩には申し訳ないんですけど」
「そっかぁ、それなら仕方ないよねぇ」
先輩として、後輩とご飯を食べに行こうとしても「パパ活」扱い。
妻に逃げられるわ、自由に冒険者同士の交流も出来ないわで、色々と不便です。
鈴田君に家まで見送られた私は、広くなってしまった家で一人虚しくやけ酒をするのでした。
「やってられっかぁ!なーーーーーーーにがパパ活だーーーーーーーーっ!!!!」
うるさかったのか、隣の部屋から壁ドン喰らいました。ごめんなさい。
【田中 琴男の由来】
おとこ
ことお