第198話 検体採取
「——っ!?」
予想外でした。
予想外も良いところです。
私が咄嗟に“琴ちゃんバリケード”として発動させた即席の盾である“アイテムボックス”。
本来の仕様であれば「生体を弾く」という仕様を駆使して魔族の突進攻撃を跳ね返すつもりでした。
ですが魔族は、元々が冒険者の死骸です。
「……ァァッ!」
「わっ! 格納されるのは聞いてないっ!」
“アイテムボックス”に弾かれることもなく、そのままするりと潜り抜けてきました。
さすがに“アイテムボックス”の中に侵入されてはマズいです。
琴ちゃんの天敵です。
“アイテムボックス”が使えなくなるのは困ります。嫌ですよ“アイテムボックス”開いたら魔族が姿現すの。
カバンを開けたらゴキブリが出てくるようなものです。地獄です。
……魔族をゴキブリ扱いは失礼かな? や、だって……まあ。うん。
「格納機能、消去っ!」
私は咄嗟に発動させている“アイテムボックス”から格納機能をはく奪して、早々に魔族を追い出しました。
「……ッ!」
「あ、危ないなぁ……止めて欲しいな、そういうの」
冷や汗が止まりません。
“アイテムボックス”をダメにされるなんて堪ったものではありませんよ。
格納機能を失った“アイテムボックス”は、すぐに魔族を弾き飛ばしました。
受け身を取ることが出来ていなかった魔族は、漆黒の翼を散らしながら地面に叩きつけられます。
地面を跳ねる最中、空中で体勢を立て直した魔族。三点着地を鮮やかに決めた上で、ぬらりと立ち上がりました。
その隙を縫うように、イナリちゃんは颯爽と弧を描くように駆け抜けます。
「すまぬが、この身体が倒せと言っておるのでな! 安らかに眠れっ」
「——ッ!」
イナリちゃんはこれまでに見たことが無いほどに、感情をむき出しにして小太刀を振るいました。流星のように刻まれる軌跡が襲い掛かります。
「散れっ!!」
「……ァ、ァッ……!」
神速の如く襲い掛かる斬撃に、魔族は大きく怯みます。
その鋭い連撃は、ものの見事に魔族へと直撃しました。肉を断つ鈍い音が、響き渡ります。
……ですが。
「……浅いっ。ステータスの上で不利じゃの」
イナリちゃんは忌々しげに顔をしかめました。
連撃を浴びせてはいますが、やはりステータスが低い影響をモロに受けていますね。傷を刻むことは出来ていますが、いずれも表皮を刻むくらいに留まっていました。
ですがそれでも止まりません。イナリちゃんは体勢を整えたかと思うと、再びその小柄な身体で駆け出します。
……あの、出来るだけ状態を保存した状態で倒す、というのを忘れていませんか?
ですが、腐っても魔族です。えっと、腐敗とかそういう意味じゃなくてです。
「——“雷撃”」
魔族の口が開かれたかと思うと、くぐもった声で静かに魔法が詠唱されました。
それと同時に、右手に持った剣をイナリちゃんに向けて薙ぎます。
剣先に纏った紫電が、鋭い槍の如くイナリちゃんへと襲い掛かりました。
石畳を抉りながら、空を切り裂きながら、鈍い音を立てて。
擬音で例えるなら、“キィィィ↑ビシュジジジッ↓ドキュヴァァァァ↑”みたいな感じです。
「っ、ぬ……!」
「イナリちゃんっ!」
私は咄嗟に彼女目掛けて叫びました。
ですがイナリちゃんは曲がりなりにも熟練の冒険者です。
彼女は咄嗟に右足を踏み込んだかと思うと、左足を大きくぴんと伸ばします。身体を捻り、右足を軸として遠心力を生み出しました。ぐるりと身体を捻る勢いによってブレーキの勢いを殺しつつ、彼女は空いた左手に力を籠めます。
イナリちゃんの左手を中心として、青白い炎が生み出されました。
「“狐火”っ!」
「……ッ」
魔族が薙ぐ紫電の一撃と、青白い炎が拮抗します。
混ざり合った2つの熱エネルギーはぶつかり合い、大地を轟かせるほどの核熱を巻き起こしました。
衝撃の余波が私達にまで襲い掛かり、私の銀髪を大きく揺らしました。長い髪が目元に掛かったので、軽く払いのけます。
突如として生み出された爆炎の中から、土煙を引っ張りながらイナリちゃんが飛び出してきました。彼女の頬は煤に汚れていますが、ダメージはさほど受けた様子はありません。
ですが、その表情には余裕は見られませんでした。
「……すまぬ、儂1人では分が悪い。頼むぞ」
「分かっていますよっ。イナリちゃん1人に任せる訳ないじゃないですか」
「そう言ってくれるのは頼もしいの。お前さんには情報を集めてもらうのが良いじゃろうな」
「もちろんですっ」
「……っと。おちおち無駄話もしてられんわい」
イナリちゃんはそこで言葉を切り、ちらりと未だに舞い上がったままの土煙へと視線を向けました。
その瞬間に、まるで中心から突風でも巻き起こったかのように衝撃波が生み出されます。
弾き飛ばされた土煙は瞬く間に霧散しました。
圧力の籠った強風の中から姿を現したのは、漆黒の翼を大きく広げた魔族でした。爆炎に呑まれ、多少の火傷は負っているでしょうが……ほとんど、肉体的に損傷は見られませんね。
イナリちゃんは顔を伏せて、複雑な胸中を吐露します。
「……呪いなんぞに掛からねば、知るはずもなかった話よのぅ……知るのが良かったのか、知らなければ良かったのか……」
それから、ハッとしたように顔を上げてプルプルと首を横に振りました。感情の振れ幅が分かりやすいので……ごめんなさい、場違いな感情なんですけど……可愛いです。だっこして撫でまくりたい。
イナリちゃんは背後へと視線を向けて、後方で様子を見守っていた麻衣ちゃんへと語り掛けます。
「花宮ちゃんや」
「は、はいっ」
「すまんが、先に検体を確保してくれんか。損壊させずに確保できる自信が無いのでな」
「……わかりましたよぅ」
一連のやり取りから、イナリちゃんの言葉に説得力を感じたのでしょう。麻衣ちゃんは渋々と言った様子で、魔法杖を構えて前に進みました。
その彼女に語り掛けるように、恵那斗が隣に立ちます。
「私がサポートするわ」
「……お願いしますねぇ」
「前線に立つのは男の役目、よっ!」
そう言い残したかと思うと、恵那斗は大地を蹴り上げて魔族へと駆け抜けました。
「前線に立つのは男の役目」って言った時……一瞬だけ、琴男の方を見ましたね。
「……あー……」
お兄ちゃん、ばつが悪そうに明後日の方向を見ています。
や、琴男はステータスがバカ高いので、下手したら魔族をワンパンしかねません。戦闘経験という意味でも、彼には大人しくしてもらうのが正解です。
「大丈夫、お兄ちゃんは悪くないよ」
「……まあ、必要そうなら出るよ」
「うん、それでお願い」
うーん。
レベルが高い冒険者がバランスブレイカーになりかねないのは、困りものですね。大人しくしてていいよ、琴男。
魔族の身体をぶっ壊されると、貴重なサンプル破損に繋がりかねないので。琴ちゃんは一応弁護しておきます。ある意味では自己弁護です。
その間にも恵那斗は肉厚の蛇腹剣を構えて、魔族へと斬りかかっていました。
ステータス的にも不利でしょうに、怯むことなく駆け抜ける恵那斗。カッコイイです。
「はっ!」
「——ッ!」
恵那斗は駆け抜けた勢いのまま、蛇腹剣で叩き斬るように振り下ろしました。ですが安直な攻撃なものですから当然、魔族はバックステップによってそれを回避。
空を切った蛇腹剣はそのまま石畳を叩きます。金属製の深いな音が、辺り一帯に鳴り響きました。
ですがベテランの冒険者が「躱されること」を想定していないはずがありません。
恵那斗は蛇腹剣へと視線を落としながら、魔法を発現させました。
「——“魔素放出”」
「ァ……ッ!?」
次の瞬間には、地面にたたきつけられたままの蛇腹剣からワイヤーが伸びていきます。しなる茨の如く襲い掛かる刃が、魔族へと襲い掛かりました。
予想だにしない迎撃にはさすがの魔族も怯んだようです。驚愕の声を漏らしながらも、翼をはためかせて後方へと飛翔しようとします。
その後退を許さないのは麻衣ちゃんでした。
「“加速”ッ!!」
自身へと“時間魔法”を付与した彼女は、そのまま急加速。魔族の後方へと猛スピードで駆け抜けます。
その背後へと回り込むのを捉えたのでしょうか。魔族は後方に視線を送りながら、麻衣ちゃんへと斬りかかろうとノールックで長剣を振るいます。
切っ先は寸分たがわず、麻衣ちゃんのシルエットに重なろうとしていました。
ですがその刃を目の当たりにしても、麻衣ちゃんは一切怯みません。
「……あんまり、動くのは得意じゃないんだけどねぇ」
麻衣ちゃんはそうぼやきながらも、魔法杖を空中で手放しました。
それから自然落下する魔法杖目掛けて、“時間魔法”を付与します。
魔法杖は、落下しなくなりました。
「……っと!」
「……ァ……!?」
空中に留めた魔法杖を足場にして、麻衣ちゃんは高く跳躍。斬撃を容易く回避します。
それから空中で“アイテムボックス”を顕現させたかと思うと、その中から3本の短剣を取り出しました。
落下速度を調整した彼女は、魔族が再び“雷撃”を放つ前に次の攻撃を仕掛けます。
「やっ!」
「ァ、ッ……!」
実年齢に似合わないほどに可愛らしい掛け声で、麻衣ちゃんは流れるように短剣を投擲します。
他の皆は気づいているか分かりませんが、麻衣ちゃんは投擲した短剣にも“時間魔法”を付与していました。
結果として、弾丸の如く急加速した短剣は、魔族の体勢を大きく怯ませます。
全身を縮こまらせて防御態勢を取った魔族の隙を縫うように、死角へと着地した麻衣ちゃんは検査用の短剣を振るいました。
「少しだけ、検査にご協力ください……ねぇっ!」
「——ガッ」
検査に協力(強制)。
勢いよく魔族の皮膚へと検査用の短剣を突き刺した麻衣ちゃんは、少しの時間を待ってから引き抜きます。
意外と鮮血は飛び散りませんでした。まあ言っても腐敗した死体ですもんね。アーメン。
それからさっさと空中に留めたままの魔法杖を回収して、その場を離れました。
検体を採取した短剣は、さっさと透明なポリ袋に入れていました。まるで事件現場に残されていた凶器です。おもろ。
にしても全日本冒険者協会の職員という肩書は伊達じゃないですね。かつての後輩というものですが、随分と立派に成長したものです。
悪夢を見るほどに業務に追われているだけのことはありますね。
「検体取れたっ。少し“鑑定魔法”に時間取らせてもらうねぇ~」
「分かった! もう色々と実験しても良いよねっ!?」
「……まあ、あんまりめちゃくちゃなことはしないでね?」
「……うん」
「その間は何かなぁ……」
さすがに茶々入れずに大人しくしていましたが……ちょっと限界です。
せっかく魔族なんて、そう何度もお見えできるか分からない魔物とご対面できたんですよっ。
でも、元は私達と同じ冒険者ですから、ちょっとは気が引けますね。
まあ大人しく引き下がるはずないんですけどね!
「んふふっ、待ってましたっ。ここからは琴ちゃんの時間ですっ」
私は琴ちゃんウェポンに収めていた刃を引き抜きました。つまりは剣モードへと移行です。
なんだか仕込み杖という割には剣モードに移行することが少ないですね。まあ、前線に3人もいたらごちゃごちゃして、単純に危ないですし。混戦でお互いを怪我させるのはまずいです。
ですけど琴ちゃんだって元は前線で戦っていた冒険者ですよっ。たまには剣をぶんぶんと振り回したいです。
あと、麻衣ちゃんの短剣投擲でアイデアが湧いてきたんですよね。
それも含めて、実験したいものです。
閃いたんですよ。
“アイテムボックス”を極限まで最小化すれば、もっと面白い使い方が出来るんじゃないかって。コスパは最悪ですけど、それに見合ったロマンはあるはずですから!
「……言っておくが、ほどほどにするんじゃぞ」
「琴。あんまり場の空気を乱さないようにね」
イナリちゃんと恵那斗が冷静に諭してきました。
うう、信用無いですね私。




