第19話 ステータスだけではない戦い方
……
「早川さん、頼みますよ」
私は小さく左手を上げて、そう早川さんが操作するドローンに声を掛けました。
彼女は私の意図を理解したのでしょう。「はいっ」と言葉を返した後、タイピングの音を響かせます。
私達が対峙するのは、3体のゴブリンです。うち1体は上位個体であるダークゴブリンですね。
恐らく、群れのリーダーに該当する存在なのでしょう。
「任せてくださいよっ!せーのっ、縛れ!”拘束”っ!」
ったーん。
エンターキーを強く叩く音が響きました。パソコンは大事に扱ってください。
再び放たれるのは、ジャラジャラと金属音を奏でながら伸びていく鉄の鎖。
その勢いは弾丸の如く。瞬く間にダークゴブリンを縛り上げます。
「ギッ……!」
忌々しげにダークゴブリンは身体を捩りつつ、自身を縛り上げた鉄の鎖を見下ろし、鋭い双眸で睨みます。
その間に解剖したいなあ……という気持ちをぐっと堪え、私は手下のゴブリンに意識を向けました。
リーダーの行動が抑制されたことに、手下は困惑の表情を浮かべました。しかし、今自分達が置かれている状況を再認識したのでしょう。
「ギィッ」「ギャッ」
互いに視線を交わし合った後、まず戦闘力に欠けていそうな私を狙っていました。
……というか実際に、ステータスは鈴田君に大幅に劣るんですけどね。
(相変わらず、わかりやすい攻撃ですね)
ですが放たれるのは直線的な突き。ダークゴブリンの速度にも大幅に劣るその一撃を、わざわざ喰らってやるほど馬鹿でもありません。
私は最小限の動きで突進と共に放たれる突きを回避しました。
傍から見れば、攻撃がすり抜けたように見えるのでしょうね。ゴブリン達は驚いた様子で目を見開いています。
そして、突進の勢いはそう簡単に殺すことは出来ない。私が攻撃を回避することなんてまるで考えていません。あまりにも単調ですね。
「ギッ!?」「ギィァッ!」
ゴブリン達は同時に攻撃を仕掛けたものですから、お互いに肩をぶつけ合いました。身体がよろめき、体勢を崩します。
その隙だらけのゴブリン目掛けて駆け出したのは鈴田君です。
腰に携えた鞘から引き抜いたのは、刀身のない剣でした。柄だけです。
鈴田君は剣の鍔に手を添えながら、静かに呟きます。
「——”凍結:光”」
すると、鈴田君が持つ柄の先から、筒状に伸びる光が顕現しました。光の筒を、凍結の刃が覆っていきます。
鈴田君の武器は、魔法を介して作り出す”魔法剣”なんですね。男のロマンが詰まっています。
もちろん、鈴田君の魔法剣は、ただ氷の刃を生み出すだけに過ぎません。
「田中先輩!サポートします。”凍結”!」
鈴田君はそう叫ぶと同時に、魔法剣を振るいました。すると凍結の刀身がさらに伸びていきます。さながらその形は樹氷のよう。
大地を。空気を。空間を。
鈴田君が放つ凍結の柱が、埋め尽くしていきます。鈴田君は”凍結”の熟練度が高いので、こんな芸当が出来るんですね。カッコイイ。
「ギッ……!」「ギィィィ……!」
私は鈴田君の能力を知っていたので、素早く身を引いて避難していました。
ですが、当然ながら魔物達は鈴田君の能力を知りません。辺り一帯を氷漬けにさせられ、十分に身動きが取れなくなりました。
「さすがです。鈴田君」
私は大地を抉って伸びる氷柱の隙間を潜り、飛び越えて移動。それからゴブリンの頸部から上を”アイテムボックス”の中に突っ込み、頸動脈に短剣を突き立てます。
ゴブリンの死骸は早々に”アイテムボックス”へと蹴落とし、ダンジョン内から存在を抹消。
そうやって2体のゴブリンを屠っていると、部下を殺されたダークゴブリンは怒り狂った表情で私を睨んでいました。
「ギッ!ギィァッ!ギァァァァアアアアッ!!」
「すみません。私も仕事なので」
同胞を殺されたことに憤っているのでしょう。
ですが、相手は魔物で、私は人間。もちろんダークゴブリンの頭部も”アイテムボックス”で覆って、頸動脈を切り裂きました。
魔物の血痕はその場に残さない。それが私が信条としていることですね。どうしても無理な時はありますが、その時はその時です。
もちろんダークゴブリンの亡骸も”アイテムボックス”に格納しました。
容量制限が無いので、どれくらい片付けたのか分かりませんが……だいたい20体くらいは入っているんじゃないですかね。ゴブリンの死骸。
男女平等ならぬ、ゴブリン平等です。
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とりあえず私の絶望的ステータスの中で、どこまで行動範囲を広げるのか相談した結果ですが。5階まで登ることにしました。
5階でダンジョンにおける一区切りである、いわゆる「ボスモンスター」が登場するからです。なんか小難しい正式名称があった気はしますが、どうでもいいので覚えていません。
最悪、鈴田君一人でも倒せる範囲……と考えるとこの辺りが限度です。
そして今は4階層まで上がってきました。中年時代には足腰に来るので塔型は苦手だったんですが、この身体だとひょいっと登れるので楽ですね。
もちろん、4階となるとモンスターテーブルは大幅に変化します。
塔型ダンジョンでは「飛行系」と呼ばれる魔物が多く現れますね。インプとか、デーモンイーグルとか。空中戦では、私はかなり不利です。
だからこそ、念入りに対策しています。
「もう、索敵する必要もないですね」
4階層へと足を踏み入れた私達を迎え入れるように、ダンジョンの天井付近を舞うようにデーモンイーグルが空を舞っています。
デーモンイーグルとは、その名の通り悪魔化した角を持つ、漆黒の外套を持つ鷹です。遠目に見ればカラスにしか見えません。
位置エネルギーと速度を活用した強襲を武器として、何人も冒険者を仕留めてきた強敵です。
すると、高所から私達の位置を捉えたのでしょうね。デーモンイーグルは、私達の頭上で高く旋回を始めました。
「キィィィ——」
頭上から甲高い鳴き声が響き渡りました。
私達を”獲物”と捕らえた瞬間です。対処法は分かっているのですが、少し確かめたいこともあるので一旦は様子を見ます。
「……おっと!」
空高い位置から、一気に飛び降りてその鋭い鍵爪で切り裂こうとしてきました。風切音が鳴り響くよりも先に襲いかかってくるのは、控えめに言って恐怖ですね。
私は素早く木々の後ろに身体を隠し、強襲を回避します。木々を深く抉った爪痕が、その壮絶な威力を物語っています。
この威力をモロに喰らえば、貧弱な私では即死でしょうね。
「……田中先輩、やっぱりここは俺が行きますよ。無茶しないでください」
鈴田君が、腰に携えた柄を触りながらそう呟きました。そう言えば、鈴田君の剣って刀身ないですけど……どういう原理で鞘にくっついているんでしょうね?
マグネットでも内蔵しているのでしょうか。
しかしこういう場面で自分が前に立つと言えるのは、やはりというかカッコいいですね。私が心の底から女性だったら、あっという間に惚れていたかもですね。
うーむイケメンは罪。
ですが、ここで引き下がってはベテラン冒険者の名折れです。
「ううん、大丈夫です。任せてください」
「……でも、田中先輩のレベルだとまだ厳しいのでは。今で6ですよね」
確かに、私のレベルは更に上がり、6となりました。ですがまだ貧弱の分類。
しかもどういう訳か、私の成長タイプが魔法使いの分類っぽいんですよね。MPと、魔法攻撃。そして魔法防御だけがぐんぐんと伸びていきます。
魔法使えないんですけどー。会得してません。
まあMPが伸びていくのは非常にありがたいのですが。魔法攻撃は使わなくても、戦いようはあります。
再び空に舞い上がったデーモンイーグルが、旋回を始めました。私の喉元を掻き切らんと、虎視眈々と狙っています。
ですが上位の魔物になればなるほど、肉眼で対象を見ていません。まずは私達の体内から漏れ出した魔素で、ターゲットを認識します。
つまりこれが役に立つんですね。
「行きます……”魔素放出”」
私から1mくらい離れたところに「私から漏れ出す魔素量と、同等の魔素」を空間に配置しました。デーモンイーグルから見れば、私がいきなり2人に増殖したように見えるでしょうね。
突然増えた情報に、デーモンイーグルは困惑したように再び大きく旋回した後、私の”魔素放出”によって生み出した分身目掛けて突撃を仕掛けてきました。
「キィィィィィ——!」
しかし残念ながら、それは私が生み出した残像です。何もない空間へと飛び込んだデーモンイーグルは「ピョロロロ……」と困惑したような鳴き声を漏らしています。
そして当然、隙だらけのデーモンイーグルを逃すわけがないですよね。
「はいっ。これで終いです——”大気遮断”」
すぐに、デーモンイーグル周囲の空間を真空に書き換えました。
翼を地面に振り下ろして、風を叩きつけることで飛翔しているのですが、そもそも生み出す風を失えば飛ぶことは出来ません。
「ピッ……」
推進力を失ったデーモンイーグルは、錐揉み回転しながら地面に墜落。
推定1mはあろうかという巨大鳥ですが、心臓は変わらず胸骨の中央部辺りです。
私は、もはや身動きなど取れなくなったデーモンイーグルの心臓目掛け、勢いよく短剣を突き刺しました。
「キュ……」というか細い断末魔と共に、デーモンイーグルは完全に力尽きました。
絶命を確認してから、私はその亡骸も”アイテムボックス”に放り投げます。ちょっと重かったので鈴田君にも手伝ってもらいましたが。
「田中ちゃんさすがーっ!よっ、天才美少女!」
私の戦い方を見ていた早川さんは、感嘆とした声音でそう話しかけてきました。
恐縮に肩を竦めながらも、私はドローンに視線を送ります。
それから、茶化すように右手でピースを作ってみました。
「ぶいっ」
「はぅあ……っ!やられた……!」
ドローンの向こう側で、早川さんの悶えている声が聞こえます。
さすがにサービスしすぎでしょうか?
鈴田君は、ディスポーザブル手袋を外して、私の”アイテムボックス”へと放り捨てました。あ、私が許可しました。後でまとめて捨てるので。
もちろんデーモンイーグルに付着しているであろう細菌からの感染予防です。
それから、じっと穏やかな笑みを浮かべて私に微笑みます。
「本当に、田中先輩はすごいですね。ステータスをものともせず、立ち向かえるのはすごいですよ」
「これが……私の強みですから。ただ身体能力だけに、身を任せるだけでは意味がありません」
「もっと他の冒険者に、田中先輩の戦い方について伝えても……良いと思うんですけどね」
鈴田君は私を尊敬してくれているので、よく私に「他の冒険者にも、田中先輩のやり方は教えるべき」と言ってくれます。
ですが、私は正直あまり乗り気ではないです。
なぜなら。
「一度他の冒険者さんに、教えようとしましたけど……口煩いおっさん扱いされたので、二度とやりません」
「……あー……」
なにせ田中 琴男時代から、外見に威厳が無かったんですよね。
そんな理由もあって、色々と教えようとしたのですが……鈴田君以外は誰も聞いてくれなかったです。悲しいことに。
……まあ。
「レベルを上げてステータスで戦う方が早くないですか」という意見には、私も否定することが出来ないんですよねー。実際にその壁にぶつからないと、気付きを得ることは難しいのです。
昔の私も、そうでした。
『絶対に……お前らだけは、許すものか!返せ、親父とお袋を……返せよっっっ!クソがっ!!!!』
当初の私はダンジョンという存在に両親の命を奪われ、憎しみに駆られるがままに魔物を殺しまくっていたのですから。
けれど、その中で出会った先輩が、私の意識を変えたんです。
——良いですか?田中君。
魔物やダンジョンのことが憎いのはよく分かりますよ。ですが、むやみやたらに特攻しても、ただ無意味に死んでしまうだけです。
それでは勿体ない。相手のことを良く知り、理解する。
その上で、自分が成すべきことを判断すればいいのです。憎しみに駆られて倒す、ではなく……その先も見据えて動きましょう。
(……私だって、先輩から教えてもらっていなかったら、多分こんな戦い方は選ばなかったですね)
今はもうこの世に居ない、かつての先輩が教えてくれた言葉。
その言葉が無ければ、良くも悪くも……今の田中 琴はいません。