第184話 シャイニングゴブリン
「少し、気になったことを確かめたいと思います」
「また始まったねぇ……」
さて、本日もレベルアップ研修を行っていきましょう。本日は2日目です。
私が大々的にそう提案すると、麻衣ちゃんは「またか」と言わんばかりにげんなりとした表情を浮かべました。そんなこと言わないで下さいよ、琴ちゃんは大真面目ですっ。
それから、麻衣ちゃんの方へと向き直るべく視線を動かしました。
振り向く過程の中で、恵那斗が視界の端に映り込みました。
「……う」
「……」
恵那斗を直視できず、俯いてしまいました。
うう、なんだか恵那斗の顔をまともに見ることが出来ないですね。
改めて考えるとものすごく照れくさいです。
まともに顔を見ることが出来ません。
おかしいですね。30年間の付き合いであるはずなんですけど。
意識すると顔が熱くなります。耳から火を噴いている感覚になります。
……ふう。
駄目です。やりたいことが出来なくなります。冷静になりましょう。うん。
大きく深呼吸しました。
それから、麻衣ちゃんへと視線を向けます。
「麻衣ちゃん、少しメタルスライムの粘液を貸して?」
「ん? うん、良いけど……どうしたの?」
「ありがとっ、少し試したいことがあってね」
麻衣ちゃんは渋々と言った様子でしたが、”アイテムボックス”に格納していたメタルスライムの粘液を取り出しました。そのままだと零れてしまうので、専用の保存容器に格納されていますね。液体窒素とかを保存する容器に近いです。
保存容器と同時に、小型のバケツも取り出します。
「よっと……あんまりダメにしないでねぇ。貴重な素材なんだから」
「うん、分かってる」
ぐっと保存容器を持ち上げたかと思うと、バケツの中に液体を流し込みました。
ダンジョン内に取り込まれてしまってはいけないので、バケツもダンジョン内でドロップした素材などが使われていますね。一般的に市場で流通している素材が使えないのは相も変わらず不便です。
バケツの中に流し込まれたメタルスライムの粘液というのは、白銀に輝いています。
さて。
……白銀の色というものに、何か心当たりはありませんか?
私は自分の”アイテムボックス”の中から、ディスポーザブルのニトリル手袋を取り出しました。さすがに粘液を汚すわけにはいかないので、ある程度はちゃんとします。
手袋を装着した手で、静かにメタルスライムの粘液を掬い上げます。
「……うん。やっぱりドロッとしてるね」
手の形に沿うように、粘液がどろりと滴りました。
そんなメタルスライムの粘液の性質を変化させるべく、静かに詠唱します。
まあ、本当は無詠唱で行けるんですけど。
ちゃんと魔法を使いました、という宣言を兼ねています。声出し確認は大事ですから。
「……“魔素放出”」
私がそう告げると同時に、メタルスライムの粘液へと高濃度の魔素を纏わせます。
“琴ちゃんブースト”使用時に用いているような、極限まで高濃度に濃縮した魔素を暴露させます。
その瞬間、瞬く間に粘液が硬化しました。手元に纏わりついた粘液が、カチカチになりました。
高濃度の魔素は大気中の光を不規則に乱反射させ、やがて白銀のオーラとなって可視化されました。
そのオーラは、まさしくメタルスライムの粘液と同じ色でした。
「ねえ、見て。麻衣ちゃん、同じ色だよ」
「ん……あっ、本当だ」
麻衣ちゃんはメタルスライムの粘液へと纏わせたオーラを見て、驚いたように目を丸くしていました。
本来は“魔素放出”でも、これほどまでに濃縮した魔素を発現させることは出来ません。
ほとんど私オリジナルの魔法ですね。
高濃度の魔素が形を持ち、強固な鎧となる。
私のお得意魔法である“琴ちゃんブースト”における原理です。
つまりですよ。
メタルスライムの粘液が白銀に輝いている理由も、説明が付けられますね。
私は知らず知らずのうちに、メタルスライムと同じことをしていたようです。
「これでさ。メタルスライムの粘液が白銀の色をしている理由も、説明がつくんじゃないかな」
「まあ、うん?」
「つまりだよ。高濃度の魔素を暴露し続けた結果、こんな色になったんだと思う」
「……なんだか、サラッととんでもない仮説を持ってきたものだねぇ……」
麻衣ちゃんはそう、苦笑を漏らしました。
確かに、メタルスライムなんて年に1度しか出現しない魔物ですし。それほど研究も進んでいないのでしょう。
サンプル確保だって大変そうです。
魔素に反応して硬化する性質を持つという時点で、色々な使い方だって想像が出来ますからね。躍起になって集める理由だって理解できます。
ただ冒険者の装備に扱えるというだけではありません。
硬度が変性するという性質は一般市場においても貴重です。工業・産業、果ては医療まで。ありとあらゆる分野に応用が利く素材です。むしろ冒険者に還元されることはほとんどないでしょうね。
ところで“魔素放出”なんて利用価値の薄い魔法をここまで極めた冒険者というのは、私以外には居ないと思います。
高濃度の魔素を付与すれば白銀に輝く、という情報だって知ってはいても実際に扱える冒険者が居ないんですね。
研究が思うように進まない理由はそこです。
つまり琴ちゃんは希少な冒険者なんです、すごいでしょー。えへへ。
30年という歴史は、長いようで全体的に見れば短い方です。
もしかすれば今後、冒険者という世界がもっと開拓されれば“魔素放出”の重要性だって大幅に向上するかもしれませんが。
私はある意味、時代の先駆者となりうる可能性を持ち合わせているだけ。それだけです。
さて。
白銀のオーラという隠された秘密に迫ったところで、少し実験をしてみたいと思います。
「ちょっと実験するね」
少し思いついたことがあるので、まずは”アイテムボックス”を開きました。
はい、長らく登場していなかったですがいつものアレを出します。
「……お前さんはそれが好きじゃの……何体持っておるんじゃ」
「ん、分かりませんっ。いっぱい?」
「本来は1体持っているでもおかしいんじゃぞ……」
イナリちゃんの冷ややかな声が響きます。軽蔑が滲んでいる気がしないでもないです。
主語は話に触れませんでしたが、何となく察しは付いていると思います。
はい。
ゴブリンの死骸です。
元々は薄緑色の皮膚をしているのですが、心臓が停止し、循環機能が失われたことによって肌は薄茶色に変色していました。きったねぇ。
「……よっと。これで良し」
「よくはないがの」
まあどんな姿勢でも良いんですけど、頑張ってバランスを整えて長坐位を取らせました。ぬいぐるみとかでよくある姿勢です。
「……琴、あなたは研修中に何をしているのかしら」
恵那斗の引きつった笑みを浮かべているのが見えました。ごめん、ちょっと彼女のわがままに付き合って。
なんだかお久しぶりですね。最近は使うことがありませんでしたから。
それから、メタルスライムの粘液をバケツの中から少量掬いだしました。
「ちょ、ちょっと。琴ちゃん、何しようとしているの」
嫌な予感を感じ取ったらしい麻衣ちゃんが、そう声をかけてきます。
それと同時に、私の行動を抑制しようと魔法杖を“アイテムボックス”から取り出そうとしているのを感じ取りました。
うん?
“時間魔法”で私の行動を抑え込むつもりですか?
ですが私は止まりませんよ! させませんっ。
という訳で、メタルスライムの粘液を少量掬い上げたそれを。
「わーーーーっ!! なんてことしてるの!? 貴重なんだよぉ、それぇ!!」
『ごめんなさいっ! どうしても試したいんですっ!」
麻衣ちゃんの悲鳴が響きました。
えへへ。
メタルスライムの粘液を、ゴブリンの死骸の頭頂部に塗りたくりました。
麻衣ちゃんが”時間魔法”を発動させる前にやりたいことを達成したので私の勝ちです。もう“時間魔法”を付与させようとも、既にゴブリンの死骸に塗りたくったメタルスライムの粘液自体は拭うことが出来ません。
ふう、一仕事しました。
私はすくりと立ち上がり、満足げに腕で額を拭います。
つるっぱげのゴブリンの頭に、白銀に輝くメタルゴブリンの粘液が付着しました。
絵面がシュールですね。
そんな光景を見ていた琴男は、ボソッと呟きました。
「銀髪のゴブリン……琴そのものじゃねぇか」
「琴ちゃんキック!!」
「おわぁ! やめろダンジョンの中だぞ!!」
ちっ、避けられた。
誰が白銀に輝く頭を持ったゴブリンですか。しばくぞ琴男。
そんなやり取りをしている間にも、ゴブリンの頭頂部から滴るメタルスライムの粘液が垂れていきます。おもろ。
……っと。遊んでいる場合じゃないですね。
実験再開です。
もはや行動を抑制しても意味がないと悟った麻衣ちゃんは「終わった……終わってる……」と虚空を見据えながら呟いていました。
放心状態ですね。ごめんなさい。
そんな彼女へと、私は話しかけます。
「麻衣ちゃん。ちょっと、このゴブリンに“魔素放出”掛けて」
「あー……うん……うん……」
麻衣ちゃんは半ば放心状態のまま、魔法杖をゴブリンへと向けました。
頬がぴくぴくと引きつっています。ダンジョンの中じゃなかったら引っ叩かれてましたね。
「……“魔素放出”……はぁ……」
やめましょう。
魔法なんてそんなやる気が無い状態で放つものじゃあありません。
そんな状態で放たれた“魔素放出”。
うすぼんやりと視認できるほどの魔素が、ゴブリンの死骸へと纏わりつきました。
頭頂部に塗りたくったメタルスライムの粘液が、魔素に呼応して……。
「ぶふっ」
「琴ちゃん、これ必要なことなんだよねぇ? 怒るよ、私」
「ご、ごめん……ゴブリンの頭が……ひかっ……光って……あはっ、ごめ、ごめん……無理……あはははっ……」
ゴブリンの頭頂部が光り輝きました。
駄目です。
ばかおもろい。
シャイニングゴブリンの完成です。
はー、ダメですねこれ。しばらく遊べそうです。
「は、あははっ、あはっ……」
「……琴ちゃん」
「……はっ、ご、ごめん」
……こほん。
さすがに麻衣ちゃんの目が吊り上がってきたので大人しくします。
麻衣ちゃんの“魔素放出”に呼応したメタルスライムの粘液が、硬化しましたね。
ここで少しだけテストしてみましょう。
”アイテムボックス”から、今度はゴブリンダガーを取り出します。アホほど持っているので、1個くらい無駄にしてもノーダメージですし。
そんなゴブリンダガーで、シャイニングゴブリンの頭頂部を叩いてみます。
「ていっ、ていっ」
何回か、軽く叩いてみたものですが。
うん、やはり傷ひとつ付きませんね。
「……まぁ、粘液の硬化機能が働いているねぇ……」
明らかに憔悴した麻衣ちゃんの声が漏れました。既に散々振り回してますからね。えへっ。
メタルスライムの粘液を操作する所有権は、現在麻衣ちゃんに映っています。
私の仮説というのはこうです。
メタルスライムの粘液というのは、限界まで濃縮した魔素によって成り立つもの。
昨日恵那斗が蛇腹剣に付与した“魔素放出”。その一撃でも、多少なりともダメージを与えることが出来ました。
ですが完全に核までダメージを通すことは出来ませんでした。
しかし、最大まで魔素濃度を圧縮すればどうでしょうか。
偶然、高濃度の魔素が濃縮した一撃を接触させることは出来るかもしれません。しかしそれは所詮偶然に過ぎませんね。
私はそんな“魔素放出”を、意図的に極限まで濃縮できます。
つまり、こういうことです。
ゴブリンダガーを握った手に力を籠めます。
“魔素放出”を、そんなゴブリンダガーに付与します。
白銀のオーラが、ゴブリンダガーを持つ手に付与されました。
屈んだ姿勢のまま、軽い気持ちでダガーを振り下ろします。
「いくよっ! “会心必中”」
ゲームに準えてそう唱えました。
振り下ろされる、最高濃度の魔素を纏った一撃。白銀のオーラは唸りを上げて、天地を貫く一撃と化します。
カッコの付かない姿勢ですけどまあいっか。うん。
白銀のオーラを纏った一撃は、硬化したメタルスライムの粘液をいとも容易く切り裂きました。
そしてそのまま、ゴブリンの死骸をも真っ二つにしてしまいます。
「まあ、好奇心で動く琴ちゃんはやっぱ強いなぁ……」
麻衣ちゃんはため息を吐きながらも、渋々認めてくれました。
っしゃ、勝った。
脳漿を撒き散らしながら真っ二つになったゴブリンの死骸は、ぱたんと地面に倒れてしまいました。
「上手くいった! ……でもこれはいらないや」
さすがにこれは”アイテムボックス”へと格納する気になれなかったので、ダンジョンの壁際に寄せてしまいます。
どうせダンジョンに取り込まれるので、オールオッケーです。
「ほら、琴。満足しただろ、行くぞ」
一連のやり取りを見届けた後。
琴男は私の肩を揺さぶって、そう催促してきました。
ですけど。
「あ、待ってお兄ちゃん。最後に1回だけ良い?」
「お前まだ何かするのかよ。粘液は回収するぞ」
「うん、それはいらない」
「……要らないってお前……」
“会心必中”のテストがやりたかっただけなので、別にもうメタルスライムの粘液はいりません。バケツはとりあえず琴男に押し付けました。
ですがそんな仕草が逆に不安を煽ったのか、琴男は引きつった笑みを浮かべます。
ちょっと琴ちゃんの悪戯心が湧きたっただけです。
という訳でもう1回“アイテムボックス”を発動。
出でよっ、ゴブリンの死骸!
「……お前、今度は何をする気だ……おい」
再び地べたへとゴブリンの死骸を転がしました。
何回見ても面白いですね。
ですけど、さっきの一連の流れからもう1回だけ遊ばせてください。
という訳で左手をゴブリンの死骸へとかざします。
発動。”琴ちゃんブースト”!!
「ぶっ、は、ははっ……あははっ」
思わず吹き出しちゃいました。
やっぱり面白いです。
ゴブリンの死骸へと高濃度の魔素を付与したことによって、出来上がりました。
白銀に輝くゴブリンが。
シルバーゴブリンの完成です。
「あはっ……あはははっ、おもしろっ……はー……うける……」
“魔素放出”だけでこんなに遊べるんですよ。
勿体ないですってやっぱり未開拓なのは。
魔法で遊ぶのはこれだからやめられないです。
白銀のオーラというだけで、ここまで色々と実験できるんですよ。止められません。
白銀のオーラを纏ったゴブリン。
もうこれを見た瞬間に着想が湧いてきました。
都合のいい玩具ゲットです。
そんな輝くゴブリンを眺めて遊んでいたのですが。
「没収だ没収」
「あーーーーーー!!!!」
琴男が白銀に輝くゴブリンを蹴り飛ばして壁にぶつけてしまいました。
ステータスを存分に付与した蹴りで勢いよく吹っ飛んだゴブリンの死骸。
それは壁面に激突し、激しい轟音と共に土煙に吞まれてしまいました。崩れ落ちるレンガの壁が、ゴブリンの死骸を埋め尽くしてしまいます。
回収不可能になっちゃいました。
「……なんでそんなことするの、お兄ちゃん……」
「うるせぇクソボケ。周り見てみろ、皆お前のこと冷めた目で見てるぞ」
「……ごめん」
改めて皆の顔を見れば、確かに冷ややかな視線に囲まれていました。
すいません、ちゃんとします。はい。




