第182話 干渉不可能
「面白くない」
宿泊施設の大部屋へと戻ってきた私は、開口一番に不服を零しました。
それから座敷卓の上にべたりと体を預け、足を伸ばします。足をパタパタとさせて、「あー……」と呻き声を漏らしました。
露骨に不服をアピールしてみます。
構えっ。構って。
恵那斗が私の方に視線を送り、首を傾げました。
「琴、どうしたの。戻ってきていきなり」
「面白くない、今回の研修……ぜんっぜん面白くない」
「仕方ないじゃない。メタルスライムもなかなか出てこないんだから」
恵那斗はそうやんわりと研修会場に対するフォローを入れますが、琴ちゃんは納得がいきません。
がばっと体を起こして、全力で納得がいっていないポイントをアピールします。
「そうっ! そうなんだよっ!」
「わっ。な、なにっ」
いきなり起き上がると思っていなかったであろう恵那斗がぎょっと目を丸くして後ろずさりました。その際に軽く琴男に身体をぶつけていましたが。
「おわっ、何だよ恵那斗」
「あ、悪い」
「……はぁ」
ん? 今、恵那斗の口調が男性寄りじゃなかったですか? 気のせいですか?
そう言えば最近、恵那斗の男性モード見ていないですね。最後に見たのはパパの車に乗せてもらった時くらいでしょうか。久々に見たいなぁ。
まぁ、そんなことは置いておきましょう。
琴ちゃんは不服なんですよ。
何でここまで行動を制限されなければならないのでしょう。
今まで積み重ねた高火力スキルが制限されるのが面白くありません。
「ねえーーーーなんで“琴ちゃんキャノン”使えないのーーーーダンジョンでぶっ放したいーーーー琴ちゃん魔法開拓したいーーーー」
「やめなさい、そうやってめちゃくちゃにするのはダメよ。研修中なのよ?」
「冷静に突っ込まないでぇーーーー……」
正論は面白くありません。
普通は面白くないんですよ。
どうして真っ当にメタルスライムを買ってレベルアップ、みたいなことをしなければならないのでしょう。
もう一度座敷卓に頭を押し付けました。
ですが勢いよく身体を倒しちゃったものですから。
「あだっ……ったー……」
「琴の落ち着きがないわね……」
……思いっきり、おでこを机に打ち付けました。
痛いです。ヒリヒリします。
メタルスライムに魔素を当てて、その身体を柔らかくして攻撃を通す。
攻略方法は分かったんですよ。
本来であれば、その研修中に安定した攻略する為のチームワークを獲得する。
うんうん。確かに研修の最終目標としては妥当です。
ですけど、心の中のメタトロンが訴えかけてくるんですよ。
「本当にそれだけで良いのか、お前はそれで満足するのか?」って。
——田中 琴……言ってません……言ってないですよ……。
ん? 何か聞こえた気がしましたね。
まあいいや、気のせいでしょう。
ただ技能を獲得するだけなら、私は琴ちゃんやってません。
天才冒険者、田中 琴だというのに。あまりにもやっていることが普通過ぎるんですよ。なーーーーんにも楽しくありません。
だって今日の成果を考えてみましょう。
メタルスライム1匹に逃げられた。
メタルスライム1匹を何度も叩いたけど倒せなかった。
琴男にメタルスライム1匹を倒させた。
ゴミですか?
ゴミみたいな成果しか挙げられていません。
何となく救われない気持ちです。
とりあえず思いついたので、ちょうど近くにいたイナリちゃんを呼び寄せてみます。
「あー……イナリちゃん、こっち来てください」
「ぬ? なんじゃの」
「えいっ」
ひょこっと警戒することもなく近づいてきたイナリちゃんを、私は何の迷いもなく抱き寄せました。
イナリちゃんはぎょっとしたように目を丸くして、私の胸元にもたれかかりました。
「んひゃあ! な、何するんじゃ!」
「んー……もふもふだぁ……」
「お前さん、儂を猫か何かかと思っておらんか……?」
イナリちゃんは困惑しながらも、されるがままとなっていました。
そんな彼女に甘えるようにして、私は尻尾に顔を埋めます。毎日ちゃんと洗っている尻尾というのは心地が良いですね。イナリちゃんはお風呂に入るのを嫌がってますけど。
尻尾に顔を擦り付けながら、イナリちゃんの尻尾を全身で堪能します。
「そんなことないですよぅ……ああー……永遠に吸える……」
「やめんか」
イナリちゃんは呆れたように身体を曲げて、私の抱擁から逃げ出しました。
するりと拘束から抜け出すさまは猫です。猫ちゃんです。
「あっ、にゃーちゃん逃げないでくださいよっ」
「誰がにゃーちゃんじゃ。儂はイナリという名前がじゃの……」
「……金山 米治では?」
「ふぬっ……!」
私がそう指摘すると、イナリちゃんは「そうだった」と言わんばかりに全身を硬直させてしまいました。
それからばつが悪そうに、そそくさと黙って逃げてしまいました。
逃げる時にも尻尾がゆらゆらと波を打つように揺れていましたね。
徐々に自認がイナリちゃんになりつつあります。可愛らしいです。
うんうん、もうしばらく可愛がれそうですね?
……えっと、何の話でしたっけ。
あ、ご飯の話でしたっけ。違いましたか、えへへ。
「……何やってんだクソボケ」
「お兄ちゃん口が悪いよ」
そんなやり取りを見ていた琴男は呆れたようにため息を吐きました。
態度の悪いお兄ちゃんは、軽く私の身体を足で小突きます。
というか、ちょっと。クソボケって何ですか。
パパの呼び方が移っていませんか? 悪い影響受けてますよ。
「おら、戻ってきたら先に手を洗え。ダンジョンで汚れてんだろ」
「わっ、やめてよ足蹴にするのは。酷いと思うんだけど」
「そう思うならさっさと起きて動け」
琴男は冷ややかな目で私を足で小突きます。酷いと思いませんか。仮にも同一人物ですよ。どうしてこうも自分自身にいじめられないといけないんでしょうか、納得できません。
私は渋々体を起こして、洗面室へと足を運びます。
しかし、相も変わらず古臭い施設ですね。
廊下を進むたびに、きぃ、とフローリングの軋む音がするんですけど。大丈夫ですか、床抜けたりしませんかこれ。
やがて廊下を抜けた先に辿り着いた洗面室。
なんというか、昔の家を思い出させるようなせっまい洗面室ですね。ちらりと視線を隣に向ければ、おひとり様用の浴室が見えます。
予備会場(笑)
そんな洗面室の鏡を見ると、そこに映るのはやはりというか小柄な銀髪の少女でした。
今となっては見慣れた姿ですね。
メタトロン……ですか。
柄にもなくしんみりとしたので、ぽつりと呟きます。
「……メタトロンさん。あなたはどんな世界で……生きてきたんでしょうね」
今回の研修で少しでも真相に近づけるのでしょうか。
そう思うとやはり、不安と緊張が込み上げてくるのを隠せませんでした。
いつもなら好奇心に満たされるはずなんですけどね。
なんというか……知っちゃいけないことまで知ってしまいそうで。少しだけ、不安です。
……忘れましょう。
邪念を振り払うように、私は蛇口をひねりました。
溢れる水が、真っ白な陶器で作られた受け皿のような場所に叩きつけられます。跳ねる水滴が、微かに鏡を濡らします。
——水、水は……どこ……。
——お願いします、天使様。水をお与えくだ、さ……。
——この子、もう何日も水を飲んでいなくて……お願いします、お願いします……。
「……っ!」
今、明らかに何かが脳裏をよぎりました。
意識を取り戻せば、水道水が勢いを立てて叩きつけられていました。水道代が勿体ないですかね。
「……今の景色は、何……」
明らかに、自分の記憶ではない。誰かの記憶がフラッシュバックしたのが見えました。
再びその浮かび上がった光景を呼び起こそうと、ぐっと意識を集中させてみたのですが……何も見えませんでした。
うーん。
いつか見た映画でも思い出したのでしょうか。
にしては、どこか他人事じゃないようにも見えるんですよね。
雑に手を洗って、ちょっと湿ったタオルで手を拭います。
蛇口を締めて、とりあえず用事は終わりです。
それから、廊下を渡って再び皆の所へと戻ろうとした時でした。
「なあ、琴」
「ん、どうしたのお兄ちゃん」
廊下で腕を組んで、いかにもな雰囲気を醸し出した琴男が私を待っていました。
なんですかこいつ。相も変わらずそれっぽい演技が好きですね。
まあ琴男の場合は“魔王の力”とか言う不思議パワーで現世に存在しているので。多少なりとも、仰々しい演技が似合うのはありますけどね。
琴男は廊下から窓ガラス越しに外の景色を見やりました。それにつられるようにして、私も外へと視線を送ります。
やはりというか、木々が生い茂る景色というほかにありませんね。
なーんにもありません。
そんな中、琴男はゆっくりと口を開きました。
「お前と俺は、この研修が終わったら……敵同士になるだろうよ」
「ならないよ」
「……だと、良いがな」
や、だから何の話ですか。
速攻で否定したは良いんですけど、琴男の表情は曇ったままでした。
彼はそれから「はっ」と自嘲じみた笑みを浮かべました。
なんというか、覚悟が出来ているようで出来ていない。そんな宙ぶらりんな顔色ですね。
「俺は魔王で、お前は天使だ」
「ん。それはそうかもしれないけど……いきなり何の話?」
うーん。
何が言いたいのか、私にはさっぱりわかりません。
ですが琴男は私のリアクションなど元から期待していなかったのでしょうね。
私の肩をポンと叩き、それから寂しげな笑みを浮かべました。
「正直な、俺はお前に……真相に近づいて欲しくない」
「真相って、なんだか中二臭いなあ」
「雰囲気ぶち壊すなよお前」
琴男の表情が微妙なものになっちゃいました。雰囲気壊してごめん。
あのですね。
真相だの敵だの、琴男は中二臭い言葉が好きですね本当に。
分かりにくい単語で誤魔化すのはやめてほしいです。
えーっと、とりあえず何が言いたいんでしょう。
「お兄ちゃん、結局何が言いたいの?」
「……あー……まあ、あれだ。あれだよ、あれ」
「歯切れ悪くならないでよ」
ほらー。
カッコつけた雰囲気出そうとするから、結局歯切れ悪くなっちゃってるじゃないですか。
問い詰めようと一歩足を踏み込んでみると、琴男は引きつった笑みを浮かべながら後ろずさりました。
「で、お兄ちゃん。要約」
「……あー……」
「よ・う・や・く」
「……」
ずいと顔を近づけて見ると、琴男は諦めたようにため息を吐きました。
それから姿勢を整えて、改めて要約を伝えます。
「レベルを上げると、お前はメタトロンの身体に残った記憶を思い出す。で、お前は俺と敵になる」
「……ふーん」
「もう少しリアクションしろよ」
私のリアクションが気に食わないのか、琴男はげんなりとした表情を浮かべました。
なるほど、言いたいことは分かりました。ですけど、私は「ふーん」以上のコメントをすることは出来ません。
だって、こっちから何も干渉できない話じゃないですか。
「まあ、思い出したらその時はその時だよ」
「……そうか」
「だって、思い出すなとか無理だもん。だったらもう、なるようにしかならないよ」
「それも……そうだな」
琴男は神妙な顔色のまま俯いてしまいました。
色々と彼としても思うことがあるのでしょう。まあ、一応魔王ですし、私と同一の思考から生まれた存在ですし。
これから考えないといけないことが多すぎますもんね。
確かに。
メタルスライムを倒した時に、一瞬だけ何か過ぎった記憶は気になります。
着実に、琴男の言う“真相”を引き出されつつあるのでしょう。
そんな琴男を背にして、私は一足先に大部屋に戻ります。
最後に背中越しに、琴男へと言葉を掛けました。
「私にとっての敵は現実だけ。琴男もそれは分かってるくせに」
あえて、ぶっきらぼうな言葉を送りつけます。
琴男はその言葉に黙りこくったまま、何も言い返しませんでした。
本当に、皆難しく考えすぎですよ。
だってどうしようもないじゃないですか。
私の身体はたまたまメタトロンに移された。
余った琴男の身体には、魔王の力が宿っている。
こっちから干渉不可能な事実には琴ちゃんの心は動かないです。
受け身の情報には興味がありません。
なので私達が出来るのは、対策……ただひとつです。
精神的に成長しろ、とかそんな問題じゃないですよ? 環境的な問題ですから。
まあ、
私が琴男の敵となるというのなら、それに応じた対策を取るだけです。
怖い、怖いというだけで対策を取らないから面倒なだけで。それは琴ちゃんの信条に反します。
ほら、そういう訳でさっさと動け。ダメダメお兄ちゃん。




