第18話 熟練度
そういえばゲームには”熟練度”という概念がありますね。
同じスキルを繰り返し使えば使うほど”熟練度”が上昇し、使用コストが低減したり、威力が向上する——といったシステムです。
この前振りって何度目でしょうか?
……はい。あります。熟練度。
といってもこれはシステムの一切絡まない、感覚上の問題でしかないですが。
例えば、ダメージリソースとして手軽な”炎弾”。魔素を介した物質構成を行い、火球へと変換した上で掌からそれを放つ——といった魔法ですが。
これは、魔法を使うことに慣れていない冒険者が使えばMPを10も消費してしまいます。
今の壊滅的ステータスの私を基準とすれば、大体12発で限界という訳ですね。(参考までに、レベル4の私であればMPは125です)
ダンジョン内にどれだけ魔素が漂っているとは言え、MPが回復するにはかなりの時間を要します。長期戦になればなるほど、MPを維持できるかどうかという部分が重要になります。リソース管理は大事です。
では、日頃からバンバンと”炎弾”を放つ魔法使いはどうか、という話ですね。
本日は忌引き休暇を使っている、鈴田君とパーティを組んでいる遠瀬君を基準にしてみます。やや陰気な雰囲気ではありますけど悪い子じゃないです。
彼は敵が同時に襲い掛かってくることを抑止する為に”炎弾”を多用しています。敵が到達するタイミングを遅らせる”遅延”において、かなり役立てているようですね。(鈴田君談)
もはや息を吐くように”炎弾”を放っているものですから、熟練度も相当に高い。聞いた話ですと、1回の”炎弾”使用につき、MPを1しか消費しないそうです。かなり優秀な出来る子ですね。すごい。
ですが、私はほとんど魔法を多用しません。
メインで使う魔法と言えば、
①アイテムボックス
②魔素放出
③探知遮断
④大気遮断
……の4つですね。基本的に単騎で活動しているので、攻撃魔法を使う機会は皆無です。隠密が基本なので、私の戦闘スタンスには合いません。
この中で”アイテムボックス”と”魔素放出”はかなり愛用しています。
”アイテムボックス”は会得にこそかなり時間が掛かりましたが、それだけの価値はありますね。慣れなかった頃はアイテムボックスに収納したものをロストしたりしていましたが、今となっては良い思い出です。回収した魔石全部無くしたこともあります。
”魔素放出”は、ほとんど私の切り札と言っても遜色ありません。全身に魔素を強固に纏わせることで、大幅に戦闘スペックを上げることが出来ます。高濃度の魔素を一気に相手の体内に流し込むことで、ドラゴンみたいな魔物も一撃ですし。
しれっと園部君の前でカッコつけてドラゴンを倒してましたけど、これがなかったら私死んでますからね。
さて、私は先ほどのゴブリンとスライム殲滅戦において、合計7回ほど”アイテムボックス”を使いました。おっさん冒険者時代なら「どうせMPいっぱいあるから大丈夫でしょう。ははは」と余裕ぶっていられたのですが、壊滅的ステータスとなった今は、そうはいきません。いざという時に”アイテムボックス”が使えないのは、普通に死活問題です。
熟練度の成果に期待しましょう。
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散々実験に使わせていただいたゴブリンが「殺してくれ」と言わんばかりに、諦めと絶望と怒りの混ざり合った目つきで私を睨んでいます。
鼻腔にちょうど”アイテムボックス”内にあったわさびや唐辛子を突っ込んでみたり、耳にはワイヤレスイヤホンから大音量でモスキート音を流したりしたのは可哀想だったかもしれませんね。音漏れしてたので、私もちょっとだけ耳が痛いです。
「田中ちゃ……さん、そろそろ行きませんか?」
どこか早川さんの声音がよそよそしくなっています。
そう言えば私がダンジョン攻略する姿を撮影するのって、今回が初めてでしたっけ。明らかにドン引きしてますね。すみません。
「あっ、そうですね。すみません……つい、熱が入ってしまいました。よいしょっと」
仕方なく、私はゴブリンの喉を掻き切りました。どこか安堵の表情を浮かべながら、ゴブリンは静かに命を引き取りました。
早速それを”アイテムボックス”の中に放り投げ、収納してしまいます。
正直、もうちょっと色々試したい気分だったのですが仕方ありません。今は仕事中です。
ただ好奇心が満たされるので、またやりたい気もします。支援型ドローン貸してもらえないかなー。
「田中先輩……さすがに、今度にしましょう。ただでさえ、大目玉食らっているんですから」
「はい、すみません……」
鈴田君に淡々と諫められてしまいました。
でも、「今度」って言いましたね。また試させてくれるんでしょうか。期待です。
しかし、鈴田君は他に気になることがあったのでしょう。眉を顰めて「そういえば」と腕を組んで首を傾げました。
「田中先輩の戦い方……久々に見ましたけど、よくあれだけ”アイテムボックス”を繰り返し使うことが出来ますね。消費MPって、結構高いはずなんですが」
「ん、そうなんですか?」
正直、あんまりMPとか考えたことありません。
ですが、鈴田君は「言うと思ったよ」みたいな呆れが混ざった笑みを浮かべました。馬鹿にされてます?
「”アイテムボックス”1回で普通はMP100くらい使いますよ。それも、上手く発動できなかったら、アイテムを無くしてしまう可能性だってありますし……」
「あー。私も慣れない頃に、何回か……アイテムロストしましたね……」
「ですよね。俺も一応会得はしていますが。田中先輩みたいに、気軽には使えないですね。MPは温存しておきたいですし」
なるほど、そう言われると私も気になってきました。
元々MPの総量は壊滅的。なのに”アイテムボックス”だけは気軽に使うことが出来ます。
となれば一度、自分のMP残量を確認することにしましょうか。
「じゃあ、確かめてみましょう。”ステータス・オープン”」
そう告げると共に、私の視界を支配する形で”ステータス”が表示されました。当然”幻惑魔法”の応用で表示されているだけなので、私にしか見えません。
【田中 琴】
Lv:5
HP:61/61
MP:129/136
物理攻撃:33
物理防御:22
魔法攻撃:101
魔法防御:79
身体加速:46
おっ、レベルが上がっていますね。それと共に”魔法攻撃”が3桁を超えました。私、攻撃魔法は使わないんですけどね。
強いて言えば”魔素放出”が、魔法攻撃の類に該当するんですかね?
それよりも気になるのが、MP残量です。7しか減っていません。
”アイテムボックス”1回で、1ポイントしか減っていない計算になります。
念の為、鈴田君にも共有しておきましょう。「ステータス送信」ぽちっと。
「鈴田君。私のステータスをもう一度見てください」
「えっ?はい。あ、レベル5に上がっ……ん?あれ?MP減ってます?これ」
「7減ってますよ。7」
「え……嘘だろ。田中先輩、どれだけ”アイテムボックス”を使いまくっているんですか。これだけ熟練度高いの、多分田中先輩くらいですよ」
「……それなりには、ですね」
飲み干したビール缶を”アイテムボックス”に格納しました。
食べ終わったコンビニおにぎりの包装を”アイテムボックス”に格納しました。
……とまあ、ほぼ日常的に”アイテムボックス”を使っていました。しかし使い方が使い方なので、あまり大っぴらには出来ないですね。
私の口には出せない裏事情をよそに、鈴田君は羨望の視線を送っていました。
「正直、田中先輩が羨ましいですよ。田中先輩だけ、大量にアイテムを手軽に持ち運びできるようなもの、なんですから」
「ほとんどゴブリンの死骸ばかりですけどね」
「それは捨ててください」
「はい」
ゴブリンの体液で同族を釣ってしまうので、基本的に”アイテムボックス”の中に死骸を格納しています。お手製の”ゴブリン液”の原料にもなりますからね。
一時期瓶詰にして他の冒険者にお裾分けしていたのですが「娘が間違えて飲みそうになった」などのクレームを受けて中止しました。あと、実用性としても地味だったみたいです。「殴った方が早い」とかも言われました。
皆が速攻勝負仕掛けすぎなんですよ。命が掛かっているんですから、ほどほどにしてください。
しかしなるほど、鈴田君の”アイテムボックス”は「有料のコインロッカー」で、私の”アイテムボックス”は「何回でも無料で開け閉め出来る貸し切りロッカー」みたいな感じなんですね。
これはいいことを知りました。
ということで、少し実験をしてみましょう。
「早川さん、ゴブリンとか近くに居ませんか?」
私は空に浮かぶドローンに向けて、そう質問を投げかけました。
早川さんは私の意図を理解したようで「うげー……」とか呻き声を漏らしています。
「絶対田中ちゃん変なことするじゃん」
「有益なことなので」
そう言葉を返すと、何故かすごく嫌そうにドローンはゆっくりと周回を始めました。
すると時間を置いてから、私達の元に戻ってきます。
「……あー……なんで見つけちゃうかなあ~。上位個体のダークゴブリンですね。3時方向、1体です」
「ありがとうございます」
「もうちょっと、あざとく言ってもらえません~?割に合わないですっ」
「……え」
本当なら断るべきなのですが、散々二人を振り回している自覚はあります。無下に断ると、罪悪感が残るかもしれません。
なので、気は乗らないのですが……。
上目づかいで、ドローンをじっと見つめます。えっと、アイドルってこんな感じで肩を寄せて、小さくまとまってましたよね?
「あ、ありがとねっ。はy……えっと、瑞希ちゃんっ……ぅ」
「うぐっふっぅぅぅっ……!」
「……もう二度としません」
ドローンのスピーカーから漏れるのは、「やばい」「とんでもない」「テロだ」等の言葉を何度も繰り返し呟く早川さんの声です。見えている訳ではないのに、悶え苦しんでいる姿を想像するのはなんと容易いことでしょうか。
早川さんの教えてくれた方向に視線を向けました。すると、草原の中を深緑のゴブリンが闊歩しているのが見えます。通常ゴブリンの上位種であるダークゴブリンですね。
そんなゴブリンに存在を認知してもらう為、今回はわざと姿を曝け出しました。
「え、ちょっと、田中先輩!?……あ、でも田中先輩なら避けれるか」
傍から見たら無謀な行動にしか見えません。ですが鈴田君は私の回避技術のことも知っている為に、すぐに自己完結したようです。
それでも心配そうに、ちらちらと私を見ているんですがね。大丈夫ですって。
「ギッ!」
姿を現す際、わざとらしく草木を揺らして物音を立てました。聴覚に優れたゴブリンは、それだけで私の方向を振り向きます。
「ほら、か弱い獲物がここにいますよっ?」
「ギィィィッ!!」
挑発の言葉が通じたのでしょうか?ダークゴブリンは、先ほどのゴブリンとは比較にならない速度で駆け抜けます。
並大抵の冒険者では、咄嗟の対応は難しいでしょう。上位種と初めて邂逅する時が、一番怖いものです。
ですが私にとっては慣れたもの。
「”アイテムボックス”なら、こう使えないですかね」
私は右掌をかざし、”アイテムボックス”を顕現させます。それはまるで盾の如く私を守る壁となりました。
そして見事に、真っ暗の亜空間の中にゴブリンは頭からダイブします。
瞬く間に、ゴブリンの身体は”アイテムボックス”の中に——。
「ギッ!?」
——消えようとしたところです。
何か柔らかいものに跳ね返されたかのように、ゴブリンは”アイテムボックス”から弾かれました。
いつかの時に言いましたが”アイテムボックス”には生きている命を格納することは出来ないのです。
ですが、完全に収納が出来ないというだけで、一部分だけなら突っ込むことは出来ます。
ならばどうするか。
「出させませんよ」
私は”アイテムボックス”から弾かれようとしているゴブリンの身体を、むりやり”アイテムボックス”の中に押し込みます。
やや力のいる作業ですが、現在の状況を維持すること自体は可能です。
その隙に私はポケットの中に隠し持っていた、唐辛子を取り出しました。
「あっ」
嫌な予感を瞬時に感じ取ったのでしょう。早川さんが声を上げました。
「……」
もはや、鈴田君は何も言いません。
私は何のためらいもなく、唐辛子をダークゴブリンの鼻に突っ込みます。
嗅覚に優れたゴブリンの鼻に、唐辛子を突っ込むとどうなるか。
こうなります。
「ギャアッァアアアアアアア!!!!」
断末魔が響きました。うるさいので短剣を口に突っ込んで喉を潰しました。
はい。
何度でも言います。
これが元ベテラン冒険者、田中 琴の戦い方です。
そう言えば、これ毎回カクヨムに投稿した分からコピペして投稿してるんですよね。
さすがに手間なので、そろそろ予約投稿に切替えます。
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そう言えば、琴ちゃんって第3話で「最低限の荷物しか持たない主義」とか言っていませんでしたか?ゴミは荷物に含まないんですか?わかる。