第17話 アイテムボックスの新たな使い方
ダンジョンは大まかに「塔型」と「洞窟型」の二種類に区分される、という話はしましたね。
そして今回私達が潜る場所は「塔型」です。園部君と潜った、地下に進むダンジョンとは違い、今回は上に登っていく形です。
私と鈴田君が先行して、塔型ダンジョンへと歩みを進めます。
1階層では、まるでダンジョンの中という事実を忘れそうなほど、辺り一面には草原が生い茂っています。壁面はガラスとは異なる透明な素材で作られており、外界の景色を拝むことが出来ます。差し込む日差しが、ダンジョン内に爽やかな光を取り入れています。
かつて、冒険者が賑わっていた時には、ダンジョンの入り口付近で若者同士で談笑している光景も見られたものですが。今、この場には私達しかいません。
冒険者が人気だった時代を知っている者としては、時々虚しい気持ちになりますね。
代わりに居るのはスライムやゴブリンです。
木々の合間から、魔物達が自由気ままにそれぞれの時間を過ごしているようです。
傍から見れば平穏な光景ではあるのですが、生憎ながら私達は冒険者。申し訳ないのですが、彼等の平穏な時間を荒らす侵略者なのです。
……こう書くと悪者に見えますね。
そして、今回の目的は不本意ながら、弱体化した私のレベリングが中心となりそうです。自己管理の出来ない冒険者でごめんなさい。
私は高くそびえる木々を遮蔽物と捉え、草原の中に身を隠しました。鈴田君もそれに倣い、静かに様子を伺います。
その間に早川さんが操作するドローンは、辺り一帯の探索に労力を費やしています。
「どうですか?」
私は空を舞うドローンに向けて、そう語り掛けました。質問の意図は理解できるはずなので、あえて主語は省略しています。
すると、ドローンは私達の元にふわりと舞い降りて来ました。ドローンのスピーカーから、早川さんの報告が簡潔に届きます。
「12時方向、だいたい5mくらい先にゴブリン5体。スライム4体。強化個体はないね~」
「分かりました。少しおびき寄せましょう」
私はもはや愛用している”アイテムボックス”から、いつもの魔物討伐キットと銘打ったカバンと、いつかの時に買ったジャーキーを取り出しました。余り物です。
保存がきくのは便利ですね。常温だったら腐っていてもおかしくないです。
カバンの中から取り出したのはキャンプ用のガスバーナーコンロです。
「肉の匂いで魔物をおびき寄せます。そしたら鈴田君が動きを止めてください」
「任せてください」
私の指示に、鈴田君は素直に頷いてくれました。
床にそのままジャーキーを放り投げても良いのですが、草木の匂いに紛れて効果が薄れるんですよね。
洞窟型の場合は湿気が強いので、匂いが滞留しやすいです。
しかし塔型となるとそうはいきません。匂いが風に流れるので、トラップの効果が十分に発揮されにくいんですね。
そこで役に立つのがこのガスバーナーコンロ。肉を焼いて、大気中に美味しそう匂いを流そうという算段です。
という訳で周囲に気を配りつつ、早々にコンロを点火させました。チチチと鳴る火花に、空気と混合したガスが接触。青白い炎があっという間に生まれます。
わざわざトングなりフライパンなりを用意するのは面倒なので、手に持ったジャーキーをそのまま火に近づけます。割と熱いので良い子は真似しないでください。
すると、白い煙と共に塩気の強い肉の匂いが、ふわりと流れ始めました。
「ギィ?」
「ピッ」
すると、ゴブリンとスライムはほぼ同時に匂いを探知したのでしょうね。それぞれ関心を向けた様子で、私達の方向に視線を向けました。
それからゆっくりと、その匂いの元であるジャーキーへと近づきます。
鈴田君は至って冷静でした。腰に携えた剣の柄に右手を添えたまま、空いた左の掌を魔物の群れへと向けます。
「……”凍結”」
鈴田君が静かにそう魔法を発現させると、彼の指し示す方向へ、一気に大地が凍り付いていきます。水分の凍結した雑草は、あっという間にしなやかさを奪われました。
地表を這うように侵略する氷結は、瞬く間にスライムやゴブリンの群れの動きを止めます。
鈴田君が得意とする属性は”氷属性”です。相手の動きを止めて、確実に仕留める。
時間は掛かりますが、安全に魔物を倒すという面においては合理的です。私の戦い方と相性が良いんですね。
機動力を奪われた魔物達の隙を狙って、私は草原の中から身を曝け出しました。
「ありがとうございます。助かりました」
腰に携えた短剣を取り出し、私は素早くガーゼをあてがいました。それから、素早くゴブリンの頸動脈に短剣を突き立てます。
「——カッ」
「まず1」
頸動脈から血を溢れさせる直前まで、ゴブリンは「何が起きた?」と言わんばかりに目を見開いていました。やがて命の果てたゴブリンを雑に”アイテムボックス”の中に放り投げます。
凍り付いた雑草を踏み抜く度に、小気味よい足音が鳴り響きます。
(さすがに血を全部ガーゼに吸わせるのは無理ですね)
1体目のゴブリンを屠った時点で、ガーゼに相当量の血液が染み込んでいました。
これではガーゼの意味がないと判断した私は、やり方を変えることにしました。
匂いがあまり伝搬しないと言っても、用心するに越したことはありません。
まず血液に汚れたガーゼを、手柄なゴミ箱こと”アイテムボックス”に放り投げました。
そんな中近くにいたゴブリンは、陥っている状況を理解したようですね。敵意のある目つきで私を睨み、短剣の切っ先をこちらに向けています。
ですが足元は凍り付いており、私へと襲い掛かることは出来ません。自らの身を守るのに躍起となり、ブンブンと短剣を振り回しています。
「すみません、手荒なことをします」
振り回される斬撃の合間を潜り抜け、私はゴブリンの背後を取ります。スナップの効いた手刀でゴブリンが持つ短剣を叩き落とし、それから”アイテムボックス”を顕現させます。
「うわぁ……田中ちゃん……」
私の姿を撮影している早川さんが、露骨に嫌そうな声を漏らしました。
まあゴブリンの頭を鷲掴みにして、アイテムボックスの中へと突っ込む絵面は酷いですよね。でも血液を床へ落とさないようにするにはこれしかないんです。
上半身をアイテムボックスの中に突っ込まれたゴブリンがジタバタと暴れています。
”アイテムボックス”の中は真っ暗闇で、何がどの場所にあるのか見えません。
ですが、ゴブリンの身体構造を把握している私にとっては、さしたる問題ではないのです。指先の感覚だけでゴブリンの頸動脈の位置を割り出し、その位置に短剣を突き刺しました。
「ギッ……」
全身がだらりと脱力したことから、ゴブリンの絶命を確認。そのまま”アイテムボックス”内にゴブリンを蹴落とします。
(なるほど、これは便利ですね)
冒険者歴も長いものですが……”アイテムボックス”の新たな使い道を見出すことになるとは思いませんでした。
「屠ってから”アイテムボックス”に収納する」のではなく「”アイテムボックス”に突っ込んで屠る」という方法は、今の私じゃないと閃くことはなかったでしょうね。
「……あの。田中先輩、さすがに……それは……」
「美少女なんで……田中ちゃんは美少女なんで……」
鈴田君と早川さんは明らかにドン引きしています。許してください。
ただ、スライムはさすがにその場で屠った方が早いので、核に短剣を突き立てます。するとゼリー状の皮膚がどろりと溶けて、魔石だけがその場に残りました。
そうやって、淡々と魔物の命を奪う”作業”を繰り返すことに夢中となっていた時です。
「ギィッ!!」
「……おっと」
どうやら、奇跡的に鈴田君の放った”凍結”の攻撃範囲から逃れることが出来たのでしょう。仲間達の仇と言わんばかりに激昂したゴブリンが、私目掛けて跳躍してきました。
私は瞬時に身体を捻り、その不意打ちから逃れることに成功します。そのまま近接戦に持ち込もうとしましたが——。
「私にも仕事くださいよっ」
私が後退するのと入れ替わる形で、早川さんが操作するドローンが前に出ました。ドローンのスピーカーから、早川さんがタイピングする音が響きます。
「いきますよっ……”拘束”っ!」
早川さんが叫ぶと同時に響くのは、エンターキーを勢いよく叩く音です。ったーん。
すると、ドローンの機体から伸びた腕の先から、勢いよく鉄の鎖が放たれました。金属の擦れる音と共に、ゴブリンの全身が瞬く間に縛り上げられていきます。
「ギッ……ギィィィッ……!」
身体を縛り上げられたゴブリンは、忌々しげに自分を拘束したドローンを睨んでいました。
なるほど、支援型ドローンというのは便利ですね。確かに、これは冒険者が愛用するのも分かります。
「早川さん、ありがとうございます」
「田中ちゃんの写真3枚で手を打ちますっ」
「……恥ずかしいので勘弁してください」
軽口を叩き合いながら、私は身動きの取れなくなったゴブリンをじっくりと観察することにしました。
こうやって生きたゴブリンを観察する機会はそうないので、ありがたいですね。
「……なるほど、ふむ」
「田中先輩、何しているんですか?」
まじまじと観察している中、鈴田君は首を傾げて私の隣にやってきました。
もはや残っているのはこの縛られているゴブリンだけですね。
完全に警戒を解いても大丈夫という訳ではないのでしょうが、少しばかり時間を使わせてもらいましょう。
「え、観察ですよ。こうやって生きたゴブリンを間近で見ることって……そうないので」
「……えぇ……?」
鈴田君の「何してるんだこの人」という呆れた視線を感じます。
早川さんも早川さんで「そんな目的でスキル使った訳じゃないんですが」とぼやいています。
そのままゴブリンが持つ短剣を手刀で叩き落としました。
「ギッ」と苦悶の声を漏らしています。
「ちょっとごめんなさい。少し色々と調べさせてください」
それからゴブリンに叫ばれると困るので、猿轡を使って口元を塞ぎます。
気になっていたことも多いので、色々と試してみることにしました。
確認した情報について自作した「魔物ガイドブック」に情報を纏めていきます。
嗅覚や聴覚は、人間と比べると大幅に発達していますね。大きな鼻と耳は伊達ではないようです。
唐辛子を鼻に突っ込んでみたり、耳元で風船を破裂させたりしたところ見事に悶絶していました。
「……美少女は、ゴブリンの鼻に唐辛子突っ込んだりしません。可愛い田中ちゃんは、そんなこと……しないんです……」
「……必要なことなので」
「しなくていい……しなくていいですよ……」
早川さんは明らかに絶句している様子でした。
なんか、本当にすみません。