第163話 先輩
ダンジョン攻略というのは元来。生と死が隣り合わせの世界だ。
安全管理の成された現在では、到底考えることの出来ない殺伐とした環境なんだ。
大抵の冒険者は、そんな当たり前のことさえ分かっていない。
ただ冒険者という名目が格好いいから、そんな理由だけで冒険者へとなったやつほど……その現実とのギャップに打ちひしがれる。
俺は、それについてどやかく言うつもりは無い。
夢見た職業に、夢を壊される……まあ、よくある話だ。
全ての基準を、不出来な妹である田中 琴という冒険者がぶち壊しているだけで。
ダンジョンというのは、いつだって。生と死に向き合う環境だ。
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「次っ!」
勢いを殺しつつ着地し、返す刃で立ちはだかるホブゴブリンの胴を薙ぐ。
だが、完全に胴を断ち切ることは出来なかった。
「っ……!硬ぇな」
「ギァァッ……!」
剛強な筋肉の鎧に阻まれた一撃。明確な隙を見せてしまった俺は、ホブゴブリンにとって格好の的となった。
ホブゴブリンはにたりを歪な笑みを浮かべながらも、右手に持った巨大な棍棒を振り抜く。
ステータスで言えば、俺の方に余裕で軍配が上がるだろう。
だが完全にダメージを殺しきれるかというとそうでは無い。
俺は咄嗟の判断で左手で盾の形を作り、その振り下ろし攻撃を受け止める構えをとった。
次の瞬間。
「がっ……!」
全身に激しいインパクトが迸る。抹消の先に至るまで、駆け巡る電気パルスが神経を刺激した。
受け流すことの出来なかった衝撃波が、俺の身体を媒体として地面へと流れ込む。穿つ大理石のタイルがめくれ上がり、俺の周囲を囲い込む。
――だが、それでもダメージを完全に受けきることは出来た。
全身の筋肉が軋むような感覚を全身で感じつつも、息を静かに整える。窮地に立たされている状態だというのに、思考だけはいたく冷静だ。
「……まだ、耐えている……」
「ギァ?」
俺を押し潰さんと、押し込められる棍棒の勢いを削ぐように、ぐっと身体を低く屈める。
身体全体にのし掛かる重みが微かに逸れた感覚と同時に、俺は全身の身体に沿うように“アイテムボックス”を発動させる。
“アイテムボックス”そのものへと、俺は姿を変える。
それは全てを拒絶するような、漆黒のオーラを生む。
「——“封魔の鎧”」
“アイテムボックス”の「生体を弾く」という仕様をフル活用した応用魔法。
現代においては廃れてしまったが、このような応用魔法というのは黎明期には大いに発展したものだ。
金山 米治という冒険者は、特に応用魔法の使い手として名を馳せたものだ。今でこそただの狐幼女となってしまったが。
……まあ、色々と思うことはある。だが、ツッコむだけ野暮というものだろう。
ただの“炎弾”を連続して射出する魔法。あの田中 琴も“琴ちゃんレーザー”として再現したその魔法は、何も新たに開拓された魔法ではない。
すでに同様の開拓を行った冒険者自体は、過去に存在した。ただ実用性を見出すことが出来ず、普及するに至らなかっただけだ。
ちなみに“琴ちゃんキャノン”に近い魔法も同様に開拓した冒険者自体はいる。だが、実際に解き放つようなことをした奴はいない。本来、嬉々としてぶっ放す魔法ではないからだ。だというのにあのバカは。
技術云々というよりは、倫理的な問題だ。
開拓されても使われないのは、相応の理由があるというものだ。
レーザーもキャノンも、突き詰めれば“炎弾”で事足りる魔法なのだ。
むざむざMPを無駄にしてまで解き放つような魔法ではない。ハッキリ言って論外だ。
琴の構成要素は“論外”から成り立っている。失礼な話ではあるが、事実だ。
……それでも、ロマンをやめられない。
田中 琴の思考は当然、理解できる。
でなけりゃ俺だって、“アイテムボックス”を応用魔法として開拓しようだなんて思わなかったからな。
足元に這い巡る“封魔の鎧”が、俺を射出する発射装置の役割となる。まるで足元からインパクトが吸い上げられるような流れに従うように、俺は身体を脱力させる。
弾き返る勢いに沿って、俺は力を籠めた。
「っ、らああああああっ!!」
「ギッ、ガ……!!??」
弾丸の如く射出された俺の体躯は、やがてホブゴブリンの棍棒をも打ち破る。
割れた木材の欠片の隙間から覗く、驚愕に顔をゆがめたホブゴブリン。ぎょろりとむき出しになった白目に沿って、冷や汗が滴っているのが見える。
俺はそんな無様な顔を見せびらかすホブゴブリン目掛けて、王者の剣を振り下ろす。
「俺がっ……負けると思うなよっ!!」
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「……こんなもんか。あまり多く持ち帰りすぎても何だな」
ホブゴブリンから引き抜いた魔石を、すぐに“アイテムボックス”に格納する。ただでさえ熟練度を極めた”アイテムボックス”であるが、今となってはもはや己の手足も同然だ。
このようなレベルまで”アイテムボックス”という技術を引き上げた冒険者としては、俺以上の存在を見つけることは叶わないだろう。
ただ、”アイテムボックス”を極める。その一点の為だけに、俺は多くのものを置き去りにしてしまった。
ずっと俺を思い続けてくれたはずの恵那には、本当に申し訳ないことをしたと思っている。
せめて、田中 琴と結ばれることが救いになってくれると良いのだが。
……さて。
魔石の収集成果としては、十分だろう。
「少しだけ減らしていくか」
だが、俺はわざと手に入れた無数の魔石の何割かを、雑にダンジョン内に放り捨てた。
大理石のタイルに叩きつけられた魔石が、甲高い音を響かせながら地面に転がる。
なにもとち狂ったという訳ではない。合理的に判断した上で、納品する魔石を減らす判断をしただけだ。
ただ納品ノルマを大幅に上回る魔石を持ち帰ったところで、今後自らの首を絞めるだけだ。それは俺にとっても利点になるとは言えない上、ギルドの連中にまで迷惑をかける結果となりかねない。
己の成果を見せびらかすことが、全員にとって特になる訳ではない。
実力を誇示するというただ一点であれば、いくらでも納品するのだが。
「魔石が潤沢に確保できる環境が手に入った」という解釈に取られても困る。社会人というのはひどく面倒なものだ。
……協調性なんて、俺には特に似合わないが。
それから俺は三上から預かった冒険者証を手に取り、現状把握に努める。
「ステータス・オープン」
そう静かに合言葉を告げると、眼前に“幻惑魔法”の応用によって作られたステータス画面が表示された。異常状態を生み出す魔法をこのような方法で活用するなど、現代技術というのは恐ろしいものだ。
相も変わらず名義としては三上のそれが表示されているが、気にしないことにしよう。
現在はギルドから新規で冒険者証を発行してもらうのを待っているところだ。三上は「別に俺はもう使わねェから要らないんだけどな」って言っていたがな。
一応身分証明にも役立つんだから持っておけ、と突き返す予定だ。
一々「冒険者として活動する気はない」と明言されると、それはそれで寂しいからな。少しくらいは希望を持っていて欲しいだけだ。
Lv:107
HP:1075/1075
MP:214/545
物理攻撃:764
物理防御:651
魔法攻撃:253
魔法防御:890
身体加速:125
「……そろそろ潮時か」
ステータスを一通り確認した俺は、そのまま冒険者証を財布に入れてポケットにしまい込んだ。財布は不出来な妹から、“アイテムボックス”越しにプレゼントしてもらったものだ。
”アイテムボックス”が共有できるからと言って、物の受け渡しには使わないでほしい。あと、財布のデザインがドラゴン柄なのはマジで止めてくれ。どこで買ってきたそんなもん。
MPとしてはまだ十分に残ってはいるが、MPがステータスに影響を及ぼす以上。これ以上の長期戦は避けた方が良いだろう。
現在は43階層と言ったところだ。
各階層のボスモンスターを討伐したということもあり、それを受付には報告しなければならない。ドロップアイテムもダンジョン受付のだらしないおっさんに渡さないとな。
ボスモンスターのリポップに一週間を要することから、きちんとこういうのは伝えなければならない。
冒険者だって、社会の歯車の一つだ。
俺はワープゲートへと戻る為、40階層へと戻ることに決めた。45階層の方が近いのだが、モンスターテーブルのことを考慮すると低階層の方が結果的に掛かる時間は短く済む。
「……」
誰も話すことのない時間。
三上や、不出来な妹と関わったからだろうか。
誰と関わることのない時間が、空虚で滑稽なものに見えてくる。
今までは何も感じていなかったはずの、1人の時間がふと虚しいものに感じた。
……俺は、これからも1人なのだろうか。
隣にいた恵那はもう、俺の傍には居ない。
未来の為に戦っているはずなのだが、俺自身の未来は……一体。どこにあるのだろう。
考えてはいけないはずの邪念が脳裏をよぎり、縋るように天井を仰ぐ。
ダンジョンの中だというのに、まるで屋外に要るかのような解放感だ。神聖な石柱が等間隔で並ぶ空間。その隙間から差し込む日差しは、まるで照り付けるように俺の肌を軽く焼いていく。
魔王の力によって顕現した俺にとって、その日差しはより一層眩しいものに感じた。
「……俺は、一体。これから先、何を目指せばいいんだろうな」
誰にでもなく向けた言葉だった。
誰が聞くとも考えていなかった。
なのに。
「……また、自分の成すべきことに迷っているのですか?」
「——っ!?!?」
誰かが、そこにいた。
低く響く、男性の声だった。
俺は咄嗟に身体を捻り、素早く王者の剣を正面に構えて戦闘態勢を取る。
もはや、何が起こるとも想像が付かないダンジョンだ。
全身の肌をなぞるように、ひりつく気配が覆いつくす。額から滲む冷や汗が、頬に刻む切り傷に染みていく。思わず呼吸は乱れ、正しい息の取り方さえ見失いそうになる。
だが、情報を得ることを止めてはならない。懸命に思考を巡らせ、起きている事象を理解することに努める。
大丈夫だ。
思考は巡る。手に持った柄の感覚だって、しっかりと把握できる。
じゃり、と砂を踏む音が響いた。
「……お前は、何者だ?」
その問いかけに、男性の声は笑いを殺した声で返事する。
「君は聡い。であれば、この情報だけで伝わるでしょうね……“田中 琴男”君」
「——っ!?」
ただ、名前を呼ばれただけだ。
だというのに、その言葉に脳内をスパークが駆け巡る。
違う。
名前を呼ばれたことが衝撃だったわけではない。
30年という月日を経て、“女性化の呪い”へと掛かる直前だった俺は、くたびれた中年の風貌をしていた。
良くも悪くも社会人の見てくれをしていた中年男性。それこそが、皆の知る“田中 琴男”という存在だ。
18歳の肉体として、今存在する俺を“田中 琴男”として認識できる人物は限られる。
不出来な妹と、その彼氏。で、そのパパと、狐幼女……それぐらいのものだろう。この呼称で通じるような奴らが悪い。
であれば、この風貌から俺を“田中 琴男”と呼べる人物は限られる。
唯一の候補は、後輩として指導に当たった冒険者。花宮 麻衣くらいのものだ。まあ、彼女は現在妹の友達として仲良くやっているようだが。
……俺はもう、何も口を出さない。真実は闇に葬ってしまうのが一番賢い。
その他に、俺を“田中 琴男”と呼ぶ人物は。
いるにはいる。
だが、それは一番除外しなければいけない可能性であるはずだ。
「……まさか、だよな。まさか……」
有り得ない可能性が、脳裏をよぎる。
だが、それは真にあり得ない話ではなかった。
なぜなら、“死亡判定”こそ食らったものの、実際にその遺体は誰も見ていないのだから。
ダンジョンという性質上、誰も観測することのできなかった過去の存在。
それが、今……俺の目の前に現れている。
「……やはり、君は賢い。私が教えた”アイテムボックス”を使いこなしているようで何よりですよ」
「何で、存在してやがる。お前は……死んだんじゃないのか。なあ……“先輩”」
「いえいえ。一度顔合わせをと思いましてね……では、こう呼びましょうか?“魔王様”」
「……その呼び方は、やめろ」
俺の質問に対する答え合わせをするように。
どこからともなく、空間が切り裂かれた。
闇よりも深い、深淵の空間の中から静かにそれは姿を現す。
生体を通すことのないはずの、”アイテムボックス”。その中から、彼は姿を現した。
深々と被ったフードから覗かせる、ギラリと光る縁なしの眼鏡。知的そうな雰囲気を帯びた顔つきだが、その顔色は灰色にくすんでいた。
ボディラインを隠すようなボロ布が、その身体にはへばりついている。
人ならざる風貌を放っているというのに、その人物はあまりにも人間らしい優しい顔を浮かべていた。
長らく会っていなかった、親しい人物を見るような眼だ。
「お困りでしたら、私がまた……導いてあげましょうか?田中君」
「……お前は、何なんだよ。なあ、清水先輩……」
清水 大輝。
30年ほど前に、俺……ひいては、田中 琴の指導に当たった先輩だ。
”アイテムボックス”の使い方を教えてもらったのも、彼の指導があってこそ、と言ったところだった。
だが、そんな彼はダンジョンの大規模崩落に巻き込まれ、その命を失ったはずだった。
そんな存在が今。俺の……世界の前に、立ちはだかろうとしている。




