第162話 過去vs現代
「ねえ、琴」
「ん?」
ダンジョン攻略を終えた際に、記録する書類である魔窟調査報告書——通称、“冒険の書”——の記載もひと段落着いたところで、恵那斗が話しかけてきました。
私達以外の冒険者は皆、それぞれ記録を行うことに集中している様子です。
そんな中で私のデスク前に歩み寄ってきたものですから、ふと気になって恵那斗へと視線を向けます。
彼はどうやら心ここにあらず、と言った表情で複雑そうに視線を左右させていました。
「……ごめんなさい、仕事に集中できなくて。後で、話できないかしら」
「……ん」
「手を止めてごめんなさいね」
私は冒険の書への記録がひと段落着いたところで、ひとまず自身のアカウントからログアウトします。
デスクから離れる際にはログアウトするように、と部長から口うるさく言われているので。いつもはちゃんと仕事していないくせに、こういうところだけはうるさいんですよねバーコードハゲ。
まあ、ダンジョン攻略の際には十分に実力を発揮するタイプなので心の内に留めておきますが。いつか覚えとけよ。
パソコンから離れた後に視線を送れば、恵那斗は複雑そうな表情を浮かべつつ、面談室前で待ってくれていました。
私はオフィス出張店で購入したフラペチーノを手に、恵那斗の隣へと歩み寄ります。
傍から見たら職場見学に来ている学生カップルに見えるのでしょうが、冒険者部署の皆さんからすれば今更ですよね。慣れてしまった光景にどやかく言う人はいません。中身47歳夫婦ですし。
ただ熟練の技術を持った冒険者、という視線で見られなくなったことだけが悲しいですが。
かつて私を尊敬していた鈴田君でさえ、この頃はタメ口になっています。「田中先輩を先輩扱いするのが無理だ」って言われました。酷くないです?
「ん、お待たせっ」
「少しだけ時間を頂戴。確認しておきたいことがあるの」
「いいよっ」
まあ、恵那斗が何を気にしているのか分かりますよ。
確かに気になっちゃいますよね。
私も相応の考えを持っていますが、それは恵那斗の意見を聞いてから主張することにしましょう。
恋人である前に、同じ冒険者です。
そこはちゃんと理解してますよっ。
さて、本日二度目となる面談室の利用ですね。
“女性化の呪い”に掛かってから利用することが増えました。主にパパからの説教で。
恵那斗は心を落ち着かせるように、ドリンクサーバーの前に立ち寄ったかと思うと、そのままブラックコーヒーを抽出し始めました。
男性の姿となって、嗜好も変わったのでしょうか。最近はコーヒーをブラックで飲むようになりましたね。大人だぁー。
相も変わらず、四角形のやや小さめのテーブルは90°の配置にセットされています。カウンセリングなんかで使われる配置ですね。
この配置が最も、心を開いて会話しやすい状態だそうです。
恵那斗は先に向かいの椅子に腰掛け、静かにコーヒーを煽りました。
私もそれに倣うように、フラペチーノを啜りながら腰掛けます。ちょっと行儀が悪いのはいつものことです。
「……っ」
そんな中で恵那斗は静かに吐息を漏らします。
何から切り出せばいいか、迷っているようにも見えますね。
まあ、少し触れにくいでしょうし……私から取っ掛かりを作りましょう。
何について話すのか、おおよその予想は付いていますから。
「恵那斗」
「……?」
「冒険者を続けるの、怖くなった?」
「……やっぱり、琴は察しが良いわね」
「分かりやすいよ、恵那斗は」
「……そうね」
そう切り出すと、恵那斗は自嘲の笑みを零しました。
やっぱり、特殊個体の正体が関係した話のようです。
麻衣ちゃんから知らされた話ですが、特殊個体の正体は“かつて死んだ冒険者と融合した魔物”でした。
改めて知らされると、何だか納得の出来る話ですね。
他の魔物とどこか雰囲気が違うこと。
個体ごとに、それぞれ異なる能力を発揮すること。
人語を喋ること。
……というか、以前パパの命を奪った血肉スライムとかいう存在がほぼ決定打です。
知らされた真相を全ての冒険者間で共有するか、については全日本冒険者協会内でも意見が分かれているそうですね。
その中で真っ先に私へと伝えてくれたのは、まあおおよそ「琴ちゃんならその答えに辿り着いているだろうから」だそうです。
察しが良くて助かります。
なので私は既に、ある程度の考えを以て戦っている訳なのですが……そうでなければ、割り切るのは難しいですよね。
こういう時に自分の意見を押し付けるのはよくありません。
まずは、相手のリソースをすべて出し切ってもらうこと。それを第一優先としましょう。
ですが恵那斗は俯いて黙りこくってしまっています。
まだ感情の整理がついていないようにも見えますね。
……私から、少し話しかけてみましょう。
呼び出した、ということは私の意見も聞きたいということでしょうし。
「私はね、おおよそ予想がついてたよ」
「……そう」
「予想がついてた上で、倒してた」
「……何も、思わなかったの?」
ぽつりと返した言葉には、どこか皮肉が籠っているようにも見えます。
確かに、捉え方によっては同業者を殺めるということではないか……そう思われても仕方のないことですね。
「……」
ですが、ここで反論するのはどこか筋違いである気がして、ひとまずは口を閉ざすことに決めました。
私の沈黙を悟った恵那斗は、抱え込んでいた胸中を吐露します。
「もしかしたら……同じところで戦っていた人を、手に掛けたかもしれない。知ってる人の、大事な人だったかもしれないのよ」
「うん」
「琴は……それを分かった上で、特殊個体と戦ってたの?戦えるの?」
「戦えるよ」
「え?」
あまりにも迷いなく即答したことに、恵那斗は驚きを隠せないようです。目を丸くして、黙って私の目を見つめてきました。
うーん、そこまで偉そうなこと言える訳じゃないので、琴ちゃんは困ってしまいますが。
そんな正しさを押し付けたい訳じゃないんですよ。
人道を押し付けることができるほど、私は出来た冒険者じゃないです。……なんですかその目は。琴ちゃんはいたって大真面目ですよ。
別にそこまで深く考えて戦っている訳じゃないです。
そこに意味を求めてはいけません。
「だって、私からすれば恵那斗とかイナリちゃんが死ぬ方が嫌だもん」
「……!」
「恵那斗が戦わないって言うなら、私はその方が助かるよ。命の危険に晒されなくて済むから」
「……琴……」
全くもう、どうしてみんな複雑に考えちゃうんでしょうね。琴ちゃんはそう言うのは苦手です。
哲学みたいな方向から物事を考えちゃうとそりゃあ、ドツボにハマるってもんですよ!
そうなったら無限ループです、同じところでぐるぐると考えが行き来するだけです。
私は「かつて生きていた誰かの命を手に掛けるなんて……」とか、そんな話ではうじうじしません。
それが嫌なら、冒険者を辞めればいいんですよ。
辛辣ですけど、そういうことです。
冒険者って言うのは、そもそもが人の生き死にと直接関わるような仕事です。
生き死にと向き合えないような冒険者は、早いところ舞台から去るのが自分の為です。それが許される環境なんですから、現代は。
「別に冒険者だって義務じゃないもん。何なら、この見た目を利用すれば冒険者以外の仕事に、新卒として入社だって出来るよ?」
「……そういう話をしているんじゃ……」
「そういう話だよ。私はこの仕事が好きだから続けるだけ、特殊個体が相手だろうとね」
「……私、私は」
「私はね。パパみたいな目に、もう誰もあって欲しくないもん」
「……っ!!」
言いたいことでもあったので、恵那斗の目を見て真っ直ぐに伝えました。
すると、恵那斗は驚愕したように目を見開きました。
私が発した言葉を理解しようと、必死に思考を巡らせているのでしょう。
私の言葉をきっかけとして、しばらくの静寂が立ち込めました。
……とりあえず自分の意見を言い切ったので、ちょっとだけやり切った感はありますね。
ひとまずフラペチーノを飲んでお口直しをします。うん、甘くて美味しいです。ですけど、底の方はほとんどクリーム感が無いので微妙ですね。オシャレ感が終わってしまいますが、ごちゃ混ぜにした方が良いですね。
そんなストローでフラペチーノをかき混ぜている最中に、恵那斗は静かに口を開きました。
「琴は……特殊個体が居ても、冒険者を続けるのね」
「当たり前じゃん、過去なんかに縋ってられないもん」
「……過去。そうね……」
「うん、恵那斗はどうするの?私はどっちでも良いけど」
あえて突き放すような言い回しを選択してみます。ですが恵那斗は真っすぐな顔をして、頷いてくれました。
「……続けるわ」
「そっか」
内心、恵那斗がそう言ってくれてほっとした自分がいます。
ですが何となく悟られたくなかったので、そのままフラペチーノをかき混ぜていました。
そんな中、恵那斗は「ふふっ」と笑みをこぼした後に言葉を続けます。
「……ずっと寄り添ってきた相手が琴で、本当に良かったわ。好きよ」
「んぶふっ!!」
ちょ、ちょっと急に何ですかっ。え、そういう流れでしたか!?
びっくりしてフラペチーノをこぼしてしまいました。スカートにクリームが付いちゃいました、実質新品なのに……。
さすがにこれは放置できません。すぐに恵那斗へと助けを求めます。
「ちょ、ちょっと。ウェットティッシュもってない?」
場の空気をぶち壊すようですが、まずは服を綺麗にするのが先決です。わたわたしている中、ちょうどテーブルの上にティッシュを見つけたので、すかさず手を伸ばします。
ですが。
「あっ……」
今度は、袖が恵那斗の飲みかけだったコーヒーに当たりました。
傾いたコーヒーは、そのまま重力に従って転がります。机に伝搬するコーヒーが滴る先は、私のジャンパースカートでした。
「あーっ!」
コーヒーが、私のスカートに零れていきます。まるで見計らったかのように、コーヒーの匂いが広がります。
黒色のスカートなのが救いでした、外見的には何の影響もありません。
……どうして、こんな目に合わなくてはいけないのでしょう。
少しだけ、ムッとしました。
「……恵那斗」
「私のせいじゃないわよ?」
「綺麗にするの手伝って」
「なんで怒るのがこのタイミングなのよ」
「むー……」
低い声音で恵那斗に訴えかけたのですが、彼は呆れたようにため息をついてきました。
あちゃあ……新品のスカートが汚れてしまいました。
クリーニングに出さないと駄目でしょうか、うう、めんどくさい。
「……全く。私がいないとホントに駄目ね」
「む、そんなことないよ?」
「琴の部屋、漫画で散らかってるの見たけど」
「……うぐ」
ちょっと!
いつの間に私の部屋を覗いたんですかっ。プライバシーの侵害ですっ。ぶーっ!
だってだって、あれも読みたい、これも読みたいってしてたら散らかっちゃうんですもん。悪いですか。
不服を訴えていたところ、恵那斗は右手で私の頭を撫でてきました。
「む、んー……?」
「ごめんなさいね、ちょっとだけ弱気になってたわ」
「……解決した?」
「もう迷わない……なんて言えないけれどね。また、話に乗ってくれる?」
「当たり前じゃん。恋人だよ、私達」
「……そうね」
抱え込むよりかは幾分も健全ですけどね。
正直、恵那斗が冒険者という世界から離れるなら離れるで、良いとは本心から思っています。
だって死んじゃうのが一番嫌ですし。
ですけど、居なくなったらそれはそれで寂しいんだろうな、と思う私も居るので。
どっちつかずですが、案外そう言うもんですよ。
なので、まあ。
なるようにしかならない訳です。
しかしずっと撫でてくれるのは嬉しいですね。安心感があります。
何となく離したくなくなったので、恵那斗の右腕目掛けて両手を伸ばします。
「きゃっち!」
「んふっ」
私は恵那斗の右腕を掴み、頭から離さないようにしました。
すると恵那斗はにやけを隠すことが出来ず、私から顔を背けます。うんうん、良い反応をくれますね。
んふふ。
もう逃がしませんよっ。
「恵那斗、もう離さないからね?」
「っ……全くもう……琴は本当に……もうっ」
「私は恵那斗が居なくなる方が嫌だから、それだけだよ」
「……そうね。私も同じよ」
全くもう、どうしてみんな複雑に考えちゃうんですかね。
今を生きる人達が~、みたいな話じゃないんですよ。世界はもっとシンプルです。
合理的に捉えようとした結果、より複雑な方向へと傾いてしまうのはよくある話なので。
でも、まあ個人的にはやっぱりロマンを感じちゃうんですよね。
「でもさ、“過去との戦い”って捉えたらカッコ良くない!?」
「……あのね、琴」
「過去vs現代。黎明期の冒険者達の亡霊が、今現代を生きる私達の前に立ちはだむきゃーーーーっ!!!!」
「バカみたいなこと言わないの」
「はいすみません」
ロマンを語ろうとしたら、恵那斗は左手で私の両頬を挟んできました。
恵那斗の手っておっきいので、簡単に私の両頬くらいなら抑えられるんですよね。体格差を感じます。
うう、私のロマンを分かってくれません。
琴ちゃんは悲しいです。




