第161話 特殊個体、その正体は。
周りの冒険者と比較しても、どこか浮いた存在だったからだろうか。
他の奴らはどこか、俺を畏怖するかのように距離をとる節があった。
そいつらはいつも、まるで「化け物を見た」かのような顔で遠ざかる。
……正直、典型的なファンタジー世界の主人公にでもなったかのようで、気持ちは良かった。
だけど、今となっては。
誰も居ない孤独に、寂しさすら感じる。
「変わるもんだよな……何でもさ」
俺が剣を振るう理由は、魔王がこの世界に生まれるのを防ぐ為だ。
魔王は、世界に顕現する為の器に俺を選んだ。
だが、その器に適応する為には当然だが大きな力を要する。器が大きくなればなるほど、適応するのが難しくなる。
俺が成すべき行動は、その器を大きくすることだ。
つまりは。
戦って、戦って、戦って。
己のレベルを上げ続け、器の拡大を行うこと。
それが、田中 琴男に課せられた使命だ。
----
「ギッ!!」
「っ……!」
眼前に襲いかかる、キングゴブリンが放つ洗練された一閃。俺は最低限の動きのみでその攻撃範囲から逃れ、バックステップによって距離をとった。
着地した足場から砂利の擦れる音と、そして砂埃が舞い上がる。
高揚感の中に潜む恐怖心が今、俺が冒険者の一員として命のやりとりをして居るのだと実感させる。
(……長らく忘れちまってた感覚だな。ずっと、俺はこの世界で剣を振るっていた)
身体が最盛期のそれへと取り戻されたからだろうか。失っていたはずの感覚が、全身の血液、神経を通して駆け巡るのが分かる。
だが、積み重ねた技術は腐りはしない。
俺が持つ武器だって、対峙するキングゴブリンが持つ剣と同等のものだ。
“王者の剣”。
市場においてはそのような商品名で取り引きが行われる装備であるが、俺からすれば正直どうでも良い。
使えるか、使えないか、ただそれだけだ。
名前なんて、どうせただの客観的価値を取り決めるだけの存在に過ぎない。
「ギッ」
相対するキングゴブリンは、傍から見れば若人である俺の姿に対しても、一切油断しない。
……油断しないからこそ、厄介なんだ。
厳かな雰囲気こそ醸し出しているが、その装飾には一切の無駄などない。王たる風格を持つキングゴブリンが放つ気迫は、並大抵の冒険者では耐えることさえ出来ないだろう。
現代の、安全管理が徹底された時代において……最上階付近で攻略する冒険者というのは大幅に減った。
というのも、魔石さえ確保できれば生活面において何の問題も無い時代だ。
はっきり言って、今や一般市民からすれば……どんな冒険者が、どこまでの階層まで到達したか、なんてどうでも良い。
関心を向けられていたのは、それが「前人未踏の領域」だったから。それだけだ。
現代においては、後追いの記録でしかない。
つまり、俺がどれだけの強敵と対峙しようが……所詮はただの自己満足に過ぎないということだ。
ドロップする強力な武器も、常軌を逸した機能を有したダンジョンアイテムも……ただ仕事をスムーズにする為の道具でしかない。
「なあ、お前も退屈してただろ?」
「……」
「冒険者という世界は、とっくに終焉を迎えているんだよ。俺らは過去の栄華に縋り続けているだけだ」
「……ギィ」
キングゴブリンは、本来なら意味など理解できないはずの、俺の言葉に静かに耳を貸し続けた。
だが、それでも話し掛けている最中に襲いかかろうとしないのは、己の実力に自信があるが故の余裕か。
はたまた、こいつは俺の感情に寄り添おうとしているのか。
……恐らく、後者だろうな。
何故なら、このキングゴブリンは。
「……ギィッ」
キングゴブリンはゆらりと身体を揺らした。
不安定な重心から生み出される歪みは、やがて全身の輪郭すら不安定にしていく。
漆黒にすら似た闇が、キングゴブリンの荘厳たる雰囲気を蝕む。
本来のキングゴブリンは、全身からこのような闇のオーラを解き放つことは出来ない。
つまりは、そういうことだ。
「まあ、知っていたよ。"特殊個体"だろ?お前も」
「……」
「冒険者の間だとな、俺らのような存在は”特殊個体”と呼ばれているらしいぞ」
「ギィッ」
律儀にキングゴブリンは相槌を打つように言葉を返すものだから、ついおかしくなって「ははっ」と苦笑を漏らす。
嘲笑ったかのように捉えられてもおかしく無いリアクションだというのに、キングゴブリンはどこか穏やかそうに見える笑みさえ称えていた。
だがそれもつかの間のこと。キングゴブリンはその闇を取り込んだ輪郭のまま、静かにその長剣の切っ先を俺へと向けた。
「ギィ」
「悪い。無駄話が過ぎた……やるか」
「ギッ」
俺はドロップ品である"王者の剣"を静かに垂らした。
名前こそ大それたものであるが、所詮はドロップ品だ。いくつもの刃こぼれを刻んだそれは、市場に回すと大幅に値が下がる。
刻まれた傷こそが、王者の証。積み重ねの証だというのに、世間が求めるのは”綺麗な剣”という外見だけだ。
……そうだ。
外見こそが、本質を濁す。
「"封魔の鎧"」
そう静かに唱えると同時に、得意とする魔法である“アイテムボックス”を発動させる。
歪みにも見た、相対するキングゴブリンにも近しいオーラが身体をなぞった。歪みのオーラは、やがて俺を守る強固な鎧となる。
“封魔の鎧”の本質は、“アイテムボックス”だ。
今となっては立派なクソガキ……いや、本来は逆になるはずなのだが……となってしまった冒険者、田中 琴も同様に“アイテムボックス”に独自の使い方を見出しているらしい。
魔法使いとしてのステータスへと変化した彼女は、基本的に魔法を駆使した戦いを主体とするようになった。
元来前衛職であった田中 琴は、“女性化の呪い”を契機として、大きく自身の役割を変えざるを得なくなった。……変えすぎだろ。
だが後衛職へと役割を変えた今でも、彼女は冒険者としてギルドに貢献している。
貢献はしているが……。
……三上。“炎弾”をアイツに覚えさせたのは、マジで間違いだと思うぞ。
まあ、予想なんてつかないだろうけどな。
本来の用途と異なる使い方を見出すのは、俺だって同じだ。
恐らく、あのポンコツな妹も同じような理解にはたどり着いているだろう。
“アイテムボックス”は、生体を拒むという性能を持つことに。
“アイテムボックス”の辿り着く先は知らないが、どうやら異世界という概念と関係しているようだ。
俺が“魔王の力”によって、現世へと蘇ったことをきっかけとして知った話だっただが。
つまり、“アイテムボックス”は世界の本質に関係している。
魔王が俺を依り代とせざるを得なかったのも、異世界から現世に直接訪れることが出来ないからだ。
……話が逸れてしまった。
つい、余計な考えが脳裏をよぎるな。
物質のやり取りを行う上で合理的な形であるが為に、“アイテムボックス”はゲートのような形を作っている。
しかし、あえてその用途を破棄すれば、“アイテムボックス”はいかようなる形にも変えることが可能だ。
“アイテムボックス”という存在を大幅に分解し、再構築した魔法。
それが“封魔の鎧”……という訳だ。
由来に関しては深く考えていない。強いて言えば、「俺がカッコいいと思った」から、だ。
どうせソロでダンジョン攻略を行うんだ。少しでも、自分が楽しめる要素はあった方が良い。
「っ!」
俺は勢いのままに地面を蹴り上げた。“アイテムボックス”の「生体を拒む」という仕様が、巡り巡って俺の活動を補助するサポーターとなる。
バネのように弾かれた身体を駆使して、勢いのままにキングゴブリンへと接敵。挨拶代わりの一文字斬りを繰り出す。
「ギッ」
キングゴブリンは俺の攻撃など予期していたと言わんばかりに、軽くバックステップした。
その回避動作には、一切の無駄がない。回避した際に揺れたネックレスを飾る宝石に、微かに傷をつけた程度のダメージしか与えることが出来なかった。
しかし着地した姿勢から既に迎撃の構えへと移行していたキングゴブリンは、すかさずカウンターの逆袈裟斬りを狙う。
俺の加速をも利用した一撃を狙っているようだ。
だが、そうはさせない。
「守れっ、鎧!」
キングゴブリンの狙う一閃に合わせて、“アイテムボックス”の欠片を密集させる。集まっていく歪みが、即席の盾を生み出した。
刹那、2つの漆黒が衝突する。
零れた闇の欠片が実体を持ち、俺の頬を掠める。
頬から滴る温かい血液の感覚を覚えながらも、俺は笑みを隠すことが出来なかった。
「ギッ……!」
「はっ、らしい表情も出来るじゃん」
狙い済ませたカウンターをまさか防がれると思っていなかったのだろう。初めて、キングゴブリンの顔に驚愕の表情が張り付いた。
驚愕は、つまり隙となる。
開く瞳孔は、正体不明の情報を収集せんと視界に集う光を調整する。
大きく吸い込む呼吸は、脳の活動を活性化させる為に酸素を取り込む。
より一層巡る血液は、身体活動を活性化させるための原材料となる。
巡るアドレナリンが身体に適応する瞬間。
それが、隙を生む。
俺は”アイテムボックス”を再び再構築。今度は、右手に握った王者の剣へと“封魔の鎧”を纏わせた。
歪みが、王者の剣を包み込む。
そのまま、大きく王者の剣を振り上げた。
「戦いは情報戦。来世の教訓に活かせよ?」
「……ギ」
王者の剣を振り上げた瞬間、キングゴブリンは賞賛にも似た笑みを滲ませた。
その胸元に突き刺さるのは、槍の如く王者の剣から伸びた無数の刃。
”アイテムボックス”を変形させて作った、即席の槍だ。
キングゴブリンに纏っていた闇のオーラが、虚空に溶けていく。
重心の覚束なくなった足取りが、ふらりとその身体を揺らす。
「……っと。悪かったな」
「……ギッ……」
「あ?まあな、ちょっとした情けだよ」
崩れ落ちるキングゴブリンの身体を、俺はすかさず受け止めた。
その行動の理由を理解できなかったのだろう。キングゴブリンは不思議そうに俺を見上げた。
肺から押し出されたような吐息が、口から零れる。まるで笛のような音が喉の奥から響いていた。
そんなキングゴブリンは、まるで眠るように俺の腕の中で……目を閉じる。
やがて、キングゴブリンは”アイテムボックス”の格納対象となった。
「……特殊個体、か」
“封魔の鎧”を解いた瞬間、俺の身体から漆黒の靄が霧散する。
静かに横たえるキングゴブリンの死骸。だが、何となく……俺は、こいつを”アイテムボックス”に格納する気分にはなれなかった。
田中 琴のことを考えると、格納するのが合理的ではあるのだが……この特殊個体のキングゴブリンは、そのまま眠らせる……その方が、良いと思った。
同族として、情が湧いてしまったのかもしれない。冒険者としては、落第点も良いところだ。
そうだ。特殊個体は、俺と同族なんだ。
特殊個体、その正体は。
☆
「冒険者の死体?」
『そう』
昼休憩の時間を見計らっていたかのように、全日本冒険者協会である花宮 麻衣ちゃんから電話がかかってきました。
あまり表で聞かれて良い話かどうか分からなかったので、私は屋上のテラスへと移動しました。近くには恵那斗も居ます。
念の為に周りに誰も居ないことを確認してから、スマホを耳に密着させました。屋上だとちょっと風の音で通話が聞こえにくいので。場所間違えたかな?
麻衣ちゃんは私の反復した言葉に対し、肯定の返事をしました。
それから、いつもの間延びした口調とは異なる真剣な声音で、話を続けます。
『昨日、三上さんから話を聞いた。“魔王”の一件』
「あ、うん。お兄ちゃんのことも聞いた?」
『……聞いたけど、琴ちゃん……や、まあ突っ込んでたらキリないからいいや』
「えーっ、突っ込んでくれても良いんだよ?」
『雰囲気が壊れるから』
麻衣ちゃんにばっさり切り捨てられてしまいました。
雰囲気が壊れても良いじゃないですか。琴ちゃんはシリアスなのが苦手なんですよ。
真面目になるとですね、“女性化の呪い”に掛かる前の仕事一本筋だった頃を思い出して嫌なんですよ。仕事はちゃんとやりますが、その過程で楽しむことを忘れるくらいならシリアスなんてくそくらえです!
……まあ、ちゃんと空気は読みますが。そうしないと話をしてくれないので。
通話の向こう側から、麻衣ちゃんの「こほん」という可愛らしい咳払いの声が聞こえました。実年齢は気にしてはいけません。殺気を放たれます。時間を止められたくないので大人しくしていますよ。どぅどぅ。
この間「対象の首の位置だけを止めて自爆させる」とかいうえげつない使い方してるのを教えてもらいました。私の意思が受け継がれているようで何よりです。
それから麻衣ちゃんは話を続けます。
『特殊個体のゴーレムから摘出された魔石からねぇ、人間の組織が摘出されたの』
「人間の組織?」
『そ、冒険者の』
「溜めなかったね」
『溜めて欲しかった?』
「ううん、予想ついてた」
淡々と行われた会話ですが、結構重要な情報と言えば重要な情報ですよね。
ですが正直なところ、私からすればおおよその予想が付いていました。
まあ、通話を隣で聞いていた恵那斗は驚愕した様子でこめかみを抑えていますが。このリアクションが普通です。
ですが私の仕事は情報の統合。感情はさておきましょう。
思うところは色々とありますが。
込み入った話になりそうなので、転落防止用の手すりに身体を預けました。金属の擦れる音が微かに響きます。
そんな中で、麻衣ちゃんは話を続けました。
『採取された組織をDNA鑑定に掛けたらね……その。死亡判定を受けた冒険者と一致したんだ』
「うん」
『……琴ちゃんは、どう思う?』
麻衣ちゃんはそこで言葉を切ったかと思うと、私に話を投げかけてきました。
恐らく私の連想能力を信頼した上で、答えを促してくれているのでしょう。
少しだけ間を置いて、私は自分の考えに繋がる言葉を返します。
明言はしません。
事実を告げるのは、麻衣ちゃんであってほしいので。
「そうだね……特殊個体の能力に対しても、理由が付けられるようになったんじゃないかな」
『……だよね』
木製の何かが軋むような音、それからガサガサと積み重なった紙が擦れる音が通話の奥から響きます。
それから、麻衣ちゃんは「はあ……」と大きなため息を吐きました。
徐々に、私達が戦っている相手の正体が見えてきました。
私達が相手取っている存在は……。
『……過去に命を落とした冒険者そのものだった』
「うん」
『それと魔物が融合した存在……。それが、特殊個体の正体』
「……そっか」
私達は、どうやら……冒険者同士の戦いに、身を移していたようです。
刃を交えていた相手は、魔物であって、魔物ではありませんでした。
『……私。冒険者として……どう、この事実に向き合えばいいか分からない』
徐々に、ダンジョンという存在の核心に近づきつつある。
知らず知らずのうちに、巨大なパズルは完成に近づいていました。




