第160話 世界を守る戦い
「あー……記録なァ……忘れてたわ」
「忘れないでくださいよ」
「ンなこと言っても、情報過多だったからよォ……まァ、書くのは大丈夫だ。ただ、琴男の件は他言無用な」
「あー……大人ですね……」
出張でのダンジョン攻略の件について確認すると、パパはそう口を濁してきました。
ちょっと表沙汰に出来ない話なので、私達は今面談室に来ています。そこにはもちろん、恵那斗も参加していました。
彼は私の様子を見守るように、入口前に立って腕を組んでいます。サマになっていますね。
「"魔王"の存在は公表しないのかしら?」
「不確定な情報のまま、表に出せねェだろうが。花宮にも情報共有したがよ、あいつも同意見だったわ」
「まあ、余計な混乱を招くようなことは避けたいわね」
……と、真剣な顔をして2人で話し合っています。
やっぱり、ファンタジー世界と同じようにはいかないですね。
魔王が現れたという事実ですが、すぐに世界中に伝えられる訳ではないようです。現在はイレギュラーの存在である田中 琴男の身体を依代としているようですが……現実に大きな影響を及ぼしたかというと、そう言うわけではありませんからね。
プライバシーとか、そう言った問題を加味すると面倒です。
ただ、現状ではどうすることも出来ません。私達は大人しく日々の業務をこなすしかないのです。
パパは額を抑えて、げんなりとした様子で頭を抱えました。
「あー……何で琴男相手にずっと頭悩ませなきゃなんねェんだろうなァ……」
「大変ですね、パパも」
「備品を頻繁に壊すお前も琴男だろうがボケ」
「うぐっ」
すっとぼけるつもりだったのですが、当然逃れられるはずもありませんでした。
パパの言う「琴男関連のトラブル」は私も含まれているようです。
備品を壊すのは許してください。琴ちゃん魔法の開拓に関する必要経費なんです。その分ちゃんと収入だって稼いでいますよ。
……なんて言っていましたが、「稼げば良いってもんじゃねェぞ、色んな人の面倒を増やしてるって自覚しろ」ってついに説教されちゃいました。それはごめんなさい。
渋々、最近は代替品としてドロップ品を使って実験を試みてます。ぶーっ。
ドロップ品は市場のそれを上回る性能、というのがファンタジー世界のイメージですが。現実としては普通になまくらです。
まあさすがに最上階付近に住まうモンスターからドロップする武器となると、それなりに優秀な装備となりますが。ですがどっちにせよ仕事でしか使えないのと、結構重たいので、やはり需要は乏しいです。
一部の装備マニアに対しては高く売れるんですけどね。何事にもマニアは存在します。
……あ、最上階で思い出しました。
「そう言えば、件のお兄ちゃんは何してるんです?」
「あ?働かせてる」
「ソロで?」
「ソロで」
「いいなーーーー……」
「良くはねェだろ」
うう、琴ちゃんはソロ攻略NGを食らったというのに。琴男だけ特例だなんて羨ましいです。
パパは溜め息交じりにツッコミを入れてきましたが、私としてはちょっとだけ悔しいです。
私のレベルがリセットされてしまい、現状では低階層でしか仕事できないというのに。むーっ。
5ヶ月ほど経った今でも、私の最高到達地点は10階層です。特殊個体が出現したのもあって、あんまり奥深くまで潜ることが出来ないんですよね。
あらゆる環境が琴ちゃんにとって逆風です。
再び最上階まで潜れるようになる気がしません。うう、辛い。
そんな私の胸中を察したのか、パパは「あー……」と言いながら、後頭部をガシガシと掻きむしりました。
「まァよ、最上階まで登れる冒険者ってのは限られてンだ。10階層まで攻略できる時点で、琴きゅんも大概すげェよ」
「……慰めてくれてます?それ」
「たりめーだろ、魔法使いとしてよくやってるよ、お前はよォ」
そう言って、パパは大きな手で私の頭をぽんと撫でてくれました。
なんというか、父性を感じる手です。温かみに溢れていますね。
守られている感があって、すごく落ち着く感じです。
私はじっとパパに撫でられるがままになっていました。
「昔と違ってよォ、ただ上を目指せば良いってもんじゃねェ。低階層で魔物を倒し続けることだって、しっかり需要はあンだ」
「それはそうですが……どうしても過去と比べてしまいますよ」
「しゃーねェ、慣れろ」
「励まし方が急に雑になりましたね」
「う、うっせェ!」
「むきゃっ!暴力です、暴力ですよこれはっ!」
私がそう茶々を入れると、パパは照れくさそうに軽く頭を引っ叩いてきました。照れ隠しの一撃なので全然痛くありませんが。
そんなやりとりをしていると、パパは「はっ」と楽しそうに笑いました。
「こっちは任せとけ、お前はお前なりのやり方でダンジョン攻略で良いからなァ」
「えっ、良いんですか!!」
「あ、悪ィやっぱ今の発言無しで」
「何でですか!?」
なんで一瞬で手のひら返しをされたんでしょうか、琴ちゃんには分かりません。
「私のやり方でダンジョン攻略して良い」って言ったのはパパですよっ。その瞬間にいくつもの天啓が舞い降りただけだというのに、琴ちゃんは不服です。
色々とやりたいことならあるんですよっ。特に武器を射出するという夢はまだ叶っていませんから。やっぱりロマンありますよね、武器をものすごい勢いで吹き飛ばすの!!
そう言えば琴男も“アイテムボックス”の新しい使い方を開拓しているそうですが!一体どんな技術を持ち合わせているのでしょう。
また今度会った時にスマホを買い与えたいものです。無一文のダメお兄ちゃんに恵んであげたいと思います。
そして“アイテムボックス”の使い方について、頻繁に問いただしたいですっ。ダメですか?
……でも、お兄ちゃんは何故か教えてくれそうにないんですよね。いけずです。
真面目になっちゃっているのが納得できません。
お兄ちゃんが高く評価されているというのに、どうして私はこんな扱いなのでしょう。実力者ですよ?私も。
納得がいかなかったので口をとがらせて拗ねていたところです。
パパは立ち上がって、私の首根っこを掴みました。
「むきゅ」
「はいクソガキも仕事しろ。記録残ってンだろー」
「きゅう……」
「じゃあ恵那斗君、このダメ冒険者の世話頼むわ」
面談室から今にも引きずり出されようとしています。扱いがまるで猫見たいです。にゃー。
恵那斗は苦笑を漏らしながら、私の頭を撫でました。
「琴はこっちにおいで」
「ん……」
相も変わらず可愛がってくれるので、少しだけからかってみます。
「にゃー」
「んぶふっ……」
お、恵那斗が顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまいました。口元を抑えていますが、にやけているのが分かりやすいですね。
ちょっとだけ追い打ちをかけてみましょう。
「にゃ?」
「やめっ……やめなさい、琴。その、滾るから……」
「にゃー!」
「……も、もうっ。先に出るわね!!」
「あっ、逃げた。んふふ」
からかっていたところ、恵那斗は慌てた様子で一足先に面談室から出て行きました。
そんなやり取りを見せつけられたパパは、再び額を抑えてボソッと呟きました。
「なァ……47歳男性、何やってンだ……」
「……にゃ?」
「にゃ?じゃねーよクソボケ」
パパは今日も辛辣です。
にゃー。
☆
三上が連れて来てくれたのは、今は俺以外の誰も潜っていないというダンジョンだ。
俺が足を踏み入れると、受付の男性は気だるげな瞳をこちらへと向けてきた。
無造作に伸びきった髭と、シワの重なったカッターシャツがだらしない人格像を肉付けしていく。
まあ、多忙でもなけりゃだらけたくなるわな。分かる。
「ダンジョン攻略に来た」
「っすー……冒険者証は持ってます?」
「ほらよ。田中 琴男だ」
「はーい、お疲れ様っす」
「どーも。お疲れさん」
マニュアル通りなら、ソロ攻略を行っていること等について疑問を投げかけるべきなのだろうが、どうやらこの男は不真面目なようだ。
対応を終えたこの男は、再び自分専用に持ち込んだであろうリクライニングチェアを倒してゲームに没頭し始めた。
何かトラブルが生じようものなら責任を追及されるのはこの男だというのに、いい加減も良いところだ。
だが、俺としては好都合でもある。わざわざ面倒を掛けられるよりかは良い。
魔物が出現するリポップゾーンへと辿り着く前の更衣室へと足を踏み入れた俺は、ギルド支給である革の鎧をパーカーの上から羽織る。
気休め程度だが、無いよりはマシだ。
それから、“アイテムボックス”を発動させて適当な武器を取り出した。
「まあ、これで良いか」
武器を貯蔵しているボックス内から引き抜いたのは、1本の長剣。最上階付近に存在するキングゴブリンからドロップしたものである。
白銀に煌めく刃は、まるで骨とう品を彷彿とさせる。黎明期の時代であれば、100万を超える価値は見出せるだろう。
だが、現代の冒険者間において需要には乏しい。支給品のロングソードで、攻撃力自体は事足りるからだ。
不出来な妹が何度もへし折っているからこそ、その性能が疑われがちではあるが……攻撃力としては相当に優秀な分類である。
良くも悪くも、冒険者が周りの職と平等に扱われるような時代だ。
冒険者だからと言って、他の職よりも優れている訳ではない。あくまでも、職業選択のひとつに過ぎない。
だが、それでいいし、いっそそれがいいとも思える。
日常に、特別があってはならないからだ。
それを守るのが、俺——田中 琴男という訳だ。
「……じゃあ、今日も始めるか。世界を守る戦いだ」
誰が理解できるわけでもない。
傍から見れば、ただ魔物を狩るだけの日々だ。
だが、その戦いの全てが、世界に平穏をもたらす為の行動となるだけなのだから。




