表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
160/161

第159話 説得力

「ゆあちー、最近学校どう?」

「なんかお母さんみたいなこと聞くねことちー……」

「せめてお父さんって言って欲しいなー」

「その見た目で無理だって。まあ、楽しいけど、勉強は大変だな」

「でも頑張ってて偉いね、私サボり魔だったから」

「あー……なんとなくイメージ付くなあ」


 学校終わりであろうゆあちーから誘われたので、チェーン店のカフェへとやってきました。私達はそこで他愛ない雑談を交わします。

 意外と珍しいんですよね、ゆあちーの学生服姿。

 秋も本番ということで、ブレザーの上からは黄土色のカーディガンを羽織っています。膝丈まで下ろしたスカートから覗く脚は非常に健康的ですね。

 

 どうやら縛りの緩めな校則なようで、ゆあちーの髪はやはり金と黒のメッシュのままです。

 脚をぱたぱたと揺らしながら、ゆあちーは注文したフラペチーノを啜っていました。


 それから間を置いて、「ね、ことちー」と話しかけてきます。


「ことちーの周りってさ……ことちー含めて、社会人から若返った人多いよね」

「うん、今にして思えばすごい環境だよね」

「ねーっ」


 間を置いて、ゆあちーはもう一度フラペチーノに口を付けました。健康的な唇に甘ったるいクリームが付着しました。

 ゆあちーはそのクリームを舌でなぞるようにして拭います。


 それから、唇から吐息を漏らしました。


「私もさ、その1人だって知ったら……どうする?」


 ……ん?

 今なんて言いました?

 

「はえ?」

「私の正体が、82歳のおじいちゃんだって知ったら——」


----

---

--

-


「ひゃあ!!」

「おわっ、何じゃ!!」


 全身に強い衝撃を受けて、思わず悲鳴を漏らしました。イナリちゃんが驚いた様子で駆け寄ってきます。

 混乱した思考の中、慌てて辺りを見渡します。


 視界の先には、頭頂部からぴこぴこと耳を揺らす、狐耳の幼女であるイナリちゃんが心配そうに顔を覗かせていました。背部からは尻尾が大きく左右に揺れています。

 幼い顔立ちの彼女は、心配そうにじっと私の顔を覗き込んでいました。


「ソファから落ちよって……大丈夫かの、怪我はしとらんか?」

「……64歳」

「ぬ?うむ、なんじゃの。儂は64歳じゃが」

「ふむ……」


 きょろきょろと辺りを見渡せば、ちょうど物音を不審に思って。自室から降りて来たであろう彼氏の恵那斗が顔を覗かせていました。

 端正な顔立ちを持つ恵那斗も、心配そうに床にへたり込んだままの私へと話しかけてきます。


「琴、どうしたの。ソファから落ちたのかしら」

「47歳……」

「久々に実年齢を告げられたわね……そうだけど、どうしたの?」

「ううん、何でもない」


 それから、最後にソファに置いていたスマホを手繰り寄せます。身体の下敷きになっていたからでしょうか、十分に放熱が出来なかったスマホは微かに熱を持っていました。まあ触れないほどじゃないです。

 スマホのスリープモードを解除し、カメラを起動。インカメモードに設定します。


 すると、そこには銀髪の女の子が映し出されていました。

 くりくりと大きな眼、小さく伸びた鼻、ぷっくりと膨らんだ唇。

 それが、“女性化の呪い”に掛かった今の私、田中 琴です。


「47歳……うん。うん?」


 なんだか改めて考え直すと、随分と見た目と中身が乖離した家庭ですよね。

 明らかに様子のおかしい私に対し、恵那斗とイナリちゃんは心配そうに顔を覗き込んできました。


「琴、どうしたの?頭でも打った?病院に行く?」

「うむ、脳の病気は怖いぞ。早いところ診察に行った方が良いじゃろ」


 ……などと真剣な顔をして、そう提案してきました。

 さすがに白状しなければ、強制的に病院へ連行されそうです。


 注射は嫌です。

 針を刺すのは好きですけど刺されるのは嫌です。琴ちゃんはワガママなんです。

 なので私は慌てて首を横に振りました。


「ちょ、ちょっと待って。違う、頭打ってない、打ってません」


 だって嫌じゃないですかっ、悪夢見て呆けてただけなのに誤解を受けて病院に連れていかれるの!!

 悪夢ですよ悪夢っ。


 ゆあちーまで呪い三人衆の仲間入りしちゃったら琴ちゃんは失神してしまいます。


 ----


「くっ、はははははっ!!由愛ちゃんが82歳であるとカミングアウトされる夢を見たと!しかも男じゃと!傑作じゃわい、お前さんを見ていると飽きんのぅ!!!!」

「や、だって“ありえそう”って思ってしまう夢じゃないですか!」

「由愛ちゃんに限ってそれはないわい、ははっ、はぁー……面白いのぅ、お前さんは」

「ううー……」


 イナリちゃんはどこがそんなにツボに入ったのでしょうか。ダイニングテーブルをバシバシと叩きながら楽しそうに笑っていました。

 その感情を表現するように尻尾が大きくブンブンと左右に揺れています。相も変わらず感情が高ぶった時には尻尾が大きく揺れる狐っ娘ですね?


 子供用椅子で足をバタバタと揺らしながら、ひとしきり笑った後にイナリちゃんは「はー……」と息を吐きました。

 それから、ちょっとだけ真剣な表情を作ります。ですがやっぱり冗談めかした顔は変わらないですね。

 

「そんな気になるのじゃったら本人に聞いてみたらええじゃろ、”ゆあちーは何歳なの?”と」

「なんだか聞きづらいですねそれ!!」

「好奇心の強い琴ちゃんでもさすがにそれは聞けんか、ふふっ、ふははっ」

「だ、だって。中身なんて誰も分かりませんもんっ。誰がどんな秘密を隠し持っているかなんて、証明のしようがないですもんっ」

「ぬ、お前さんは急に真理を突く出ないっ」


 イナリちゃんはすかさずツッコミを入れてきました。


 だってそうですもん、私も沢山経験した話ですもんっ。

 どれだけ本人が真実を伝えたとしても、やっぱり目に見える証拠が無ければどうにもならないんですよっ。会話だけじゃどうにもならない現実が存在しますっ。うう辛い。


 お酒は買えないですし、お酒は買えないですし、お酒は買えないですし!!一番そこが問題点ですっ!!


 これが“異性化の呪い”を知る前だったら何の変哲もない夢、で見過ごせたんですけど。

 経験しちゃっていますから!しかも私含めて3つも実例ありますから!!


 だからこその呪い三人衆なのです。見た目で不便を被っていることも考慮しての呪いです。


 そんな会話をしている最中、恵那斗はちらりと時計に視線を送りました。


「琴、そろそろ支度した方が良いわ。出勤の時間でしょう」

「あっ、本当だ。んー……パーカーで良いか」

「そろそろ土屋さんと買った衣服、着なさいよ」

「んぇー……なんか慣れない……」

「私はあの服を着ている琴、結構好きよ」

「……じゃあ着る」


 恵那斗が好きだって言うのなら仕方ありませんね!もう長らくクローゼットの中で肥やしとなっていた、いわゆる“地雷系ファッション”と呼ばれる衣類を取り出すとしましょうか。


 という訳でクローゼットの中でハンガーに掛けたまま放置していた、白のブラウスと黒のジャンパースカートを取り出しました。

  あ、ジャンパースカートというのは、肩掛けの付いたスカートのことです。

 

「んしょ……っと」


 これを着るのは買った時以来ですね。

 まるで新鮮な気持ちできることができます。


 という訳で個室に移動して、さっと着替えました。別にリビングで着替えても良いんですけど、恵那斗が顔を真っ赤にして逃げてしまうので。

 まあそういうところが可愛くて好きなんですけどね。もっといじめたくなります。


「……どう?」

「似合ってるわよ、可愛いわ」

「んへへ」


 んふふ、そう褒めてくれるのならちょっとくらいは着てあげても良いかもしれませんね!恵那斗とまた今度衣服を見に行くのも悪くないかもしれません。

 褒められるとモチベーションが上がるというものですよ!それ以外はやる気になりません。分かりやすいですね。


「琴、そろそろ出勤時間よ。電車に遅れちゃうわ」

「あっ、ホントだ。イナリちゃん、行ってきますー!」


 気付けば出勤時間となっていましたね!

 なのでイナリちゃんへとブンブンと手を振ります。彼女はパソコンをセッティングしながら、こちらへと振り返りました。


「うむ。儂はオンラインで参加するでの、気をつけてゆくのじゃぞ」

「はーい!!」


 ☆


 満員電車を経由して、私達は職場であるギルドに到着しました。電車内では恵那斗が壁になってくれたので、安全に過ごすことができました。

 ちょっと壁ドンみたいになってたのはドキドキしました。もっとやって欲しいなー。


 さて、もはや見慣れたいつものギルドです。広大なオフィス街の中に馴染む形でギルドという名目の巨大な高層ビルが建っています。

 余談と言えば余談ですが、ギルドというのは大抵ダンジョンの付近に経つことが多いですね。至急魔石を納品して欲しいケースとか、結構あるので。


 ギルドの受付を通り過ぎた私達。

 それから、ふと思い出したので恵那斗へと振り返ります。

  

「あ、恵那斗、パパのとこに寄っても良い?」

「良いけれど、どうしたの?」

「や、この間の出張の記録のこと聞かないと。全部そのまま書いちゃっていいのかなーって」


 私としては“パパが1度命を落としたこと”について触れるべきかという意図だったのですが。恵那斗からすればインパクトの強い話題は他にもあったようです。


「……“琴ちゃんキャノン”で1階層まるまる吹き飛ばしたこと?それとも“ゴブリンショット”でスケルトンを倒したこと?」

「どっちも違うけど!!」


 あのっ、おかしいと思うんですよ。

 インパクトの強い話って色々あったじゃないですか。なんで記憶が上書きされているんでしょうか。

 私のせいですか!実際に身の危険が及んだイベントの直接的な原因が私だからですか!!琴ちゃんは不服です、不服ですよっ!!


「パパの件だよ、生死の境目を彷徨(さまよ)ったじゃんか」

「あっ、ごめんなさい。出張中のイベントが濃すぎて……」

「う……まあ、お兄ちゃんと出会ったのもその時だったからなあ」

「パパとかお兄ちゃんとか、関係性がわからなくなるわね……」


 恵那斗は呆れたように溜息をつきました。

 そんな彼の手を引いて、私は先陣を切るように歩きます。


「じゃあ、まずはパパのところに行くよーっ!おー!」

「あんまり職場で大きな声を出すのはやめなさい?」


 恵那斗が冷静に窘めてきました。

 んふふ、私が色々と動き回れば恵那斗が構ってくれるのでつい……。


 ☆


「長谷部さーん!」


 人事部へと顔を覗かせると、真っ先に見知った顔が見えたので呼びかけてみました。

 魔法使い研修の時に顔見知りになってから、それ以降時折声を掛けては会話しています。


 そんな肩まで伸ばした黒髪を後ろで結んだ、仕事ができそうな女性。長谷部さんは私を見て嬉しそうな顔をして駆け寄ってきました。

  

「あっ、琴ちゃんじゃん!え、待って服装可愛い」

「えへ、恵那斗がこれ着てーって」

「いいじゃんいいじゃん。愛されてるなあ……で、今日はどうしたの?」

「んふふ。長谷部さんの顔見に来ましたっ」

「嬉しいこと言ってくれるじゃん、このこのっ」

「あうっ、ちょ、ちょっと。何するんですかっ」


 冗談めかして会いに来た、と言ってみると長谷部さんは嬉しそうな笑みを浮かべながら私の頬を両手で挟んできました。ひんやりと冷たい手が案外心地良いです。


 それから、ニヤニヤと笑みを浮かべたまま話を続けてきました。


「どう?この間あげたクッキー、美味しかった?」

「あ、あっ。恵那斗には内緒にしてるんですからっ」

「あ、ごめん。彼氏さんいたんだね」

「ん……美味しかったですよっ」

「そっかそっかぁ〜、あれね。実は私の手作り」

「えっ!長谷部さんクッキー作ってるんですかっ、え、すごいっ!」

「そう言ってもらえると嬉しいな。また彼氏さんの許可取って、食べにおいで?」

「やった!また食べたいですっ……あ、用事他にもあるんでしたっ」


 ……っと、談笑しすぎましたね。

 三上パパを呼ばないと話が進みません。記録に残すかどうか、大事な話なんですから。


 ですが長谷部さんはそこまで分かっていたようです。「うんうん」と柔らかな笑顔を浮かべて、人事部の面々へと視線を送りました。


「分かってるよっ。三上部長ー!娘さんが来てますよー!」

「こんなガキ持った覚えァねーぞ!!」


 と、作業に没頭していたパパが大声で言葉を返してきました。口調こそ荒いですが、反応が早かったですね。リアクション待ちだったのでしょうか、ふふっ。


 長谷部さんもそれは見透かしているみたいです。

 ニヤけの隠せない笑みを浮かべながら、顔を近づけてきました。


「ごめんね、琴ちゃん。琴ちゃんのパパ、ツンデレだから」

「分かってますよーっ、反応するの早かったですね」

「ね」

「ねーっ」


 そんなやり取りを遠巻きに見ていた恵那斗は、ポツリと誰にでもなく呟きました。


「……琴の中身を47歳男性だって信じさせる方が無理じゃないかしら」

「うぐ」

「どこにも感じ取れなかったわよ……今のやり取りの中に」


 うっ、鋭いツッコミを入れられました。琴ちゃんはぐうの音も出ない正論に弱いんです。

 あの悪夢に妙な説得力を持たせるのはやめて欲しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ