第16話 スペ〇ンカー
元々ステータスをしきりに見るようなタイプじゃないので、男性だった頃のステータスとか正直ちゃんと覚えてません。
通帳だってそんなに見てないし……あれ?そういう話じゃない?
「別に無茶苦茶な行動をする訳じゃないし、ステータスはそんなに関係ない」って思っていたんですよね。あはは。
ですが、現実はレベル4。何でですかね。
そんなスぺ〇ンカーと化した私を、鈴田君は呆れたような表情で見ていました。
「……田中先輩の立ち回りじゃなかったら、とっくに死んでますよ」
「あは、あはは……」
「新卒の園部君でLv30とかですよ?」
「えっ園部君そんなレベル高いの」
「何で把握してないんですか……」
やばい、鈴田君の「先輩尊敬オーラ」が消滅しようとしています。今までボロが出ていなかったのが奇跡なんですよね。
大人の雰囲気が消えた少女の姿では、色々ダメな部分が露呈しています。
本来は、ダンジョンの上層まで潜る予定でした。そうでないと、より品質の高い魔石や素材を回収できないからです。
ですが……さすがにこの状況は想定外。
怒られるのは承知の上ですが、ギルドに連絡を取らなければなりません。レベル4で新人冒険者にオリエンテーションしていたなんて、はっきり言って大問題です。ギルドの安全管理が問われます。やばい。
さっそく私は業務用のスマホを取り出し、人事部の三上さんへと連絡を図ります。
しばらく着信待ちの「プルルル」という音が鳴った後、無機質な空調の音へと切り替わりました。やがてその音に重なるようにして、三上さんの間延びした声が聞こえてきます。
「はぁい、お疲れ様ぁ〜田中ちゃん。どうしたのよ」
「三上さん、お疲れ様です。私のレベルなんですけど……大幅に弱体化してます」
「は?レベル?何?何の話?」
「レベル4です、私のレベル」
「え、ちょっと待って。なんて?4?」
報告は結論から話せ、というのが社会人には求められます。
ですが、その結論があまりにも突拍子もないのでしょう。三上さんの混乱している様子がありありと目に浮かびます。
私だって想定外ですよこんなの。レベル4って。
多分スライムとゴブリンとドラゴンだけで稼いだ経験値ですねこれ。
ドラゴン倒してるんですけど、私。
まあ……「下層に降りてくるドラゴンは弱い」みたいなこと言いましたけどね?
これ、もしかしなくても園部君じゃなくて、私が下手したら死んでました。危ない危ない。
三上さんが状況を理解するまで待ってから、私は改めて説明することにしました。
「……えっとですね。もう一度言います。恐らく”女性化の呪い”のせいでしょうが、私……すごく弱くなってます」
「うん、うーん……意味わかんないけど、一旦それで理解するわ。じゃ、ステータス教えてくれる?」
「わかりました。上から56、125、32、21、98、75、45です」
「え、それ田中ちゃんのステータス?」
「はい」
「ゴミじゃん」
「ゴミ……」
ステータスの数値について報告すると、三上さんの大きなため息が聞こえました。どのような指示が届くのか分からず、怖いです。
それからもう一度、今度は小さくため息を吐いた後「鈴田に代わって」と指示を受けました。
「鈴田君、三上さんが代わって欲しいって」
「へ?あっ、はい……代わりました。鈴田です……はい、はい。はぁ……え?あー……」
通話の向こうで三上さんとやりとりしながら、ちらちらと私の方を見てきます。何なんですか。
小学校の頃の、担任の先生と通話しているお母さんの姿を思い出します。若干トラウマです。
私達の少し不穏なやり取りが聞こえてきたのでしょう。
早川さんがそわそわと落ち着かない様子で、私達を遠巻きに見ていました。
しばらくしてから鈴田君は「失礼します」と通話を切りました。
それから、困惑をアピールするように眉を顰め、苦笑いを浮かべます。
「……えっと、ですね。今日はとりあえず、低層で戦ってこい、だそうです。上層はダメですって」
「あ、えっ……」
それはベテラン冒険者にとって、プライドをへし折られるような指示でした。
私の絶望が伝わったんでしょうね。鈴田君は同情するような温かい目を送ってきました。
「まあ、田中先輩の技術があれば戦えますよ。いざとなれば俺もサポートしますし、早川さんも居ます」
ちらりと鈴田君は、遠巻きに様子を伺っていた早川さんに視線を送りました。
話を振られた早川さんは、ニコニコと柔らかな笑みを浮かべて私の両手を握ります。相も変わらず、両手はぽかぽかと温いです。
「はーっ……田中ちゃんっ、弱くなっちゃってたんですか!可愛い、私が守らないと、ね?」
「早川さんはブレないですね……」
「美少女の庇護は私の任務!任せてくださいねっ」
彼女の柔らかな笑みは、私に渦巻いていた不穏な感情を吹き飛ばしました。
今まで積み重ねてきたレベルがリセットされるという絶望的な状況なのですが、こうもポジティブな風に当てられると気が楽になります。
……ここでくじけていたらベテラン冒険者の名折れですよね。
早川さんは本来、支援射撃を目的とした「魔弾式ドローン」を使用する予定でした。
ですが、私のレベリングが最優先であると考え直したのでしょう。
一旦魔弾式ドローンを片付け、代わりに状態変化魔法を射出する「支援式ドローン」を取り出しました。
ほのぼのとした雰囲気に似合わず、用意周到です。
私達のギルドメンバーって、基本的に上位ランクの冒険者が揃っています。なので、私たちを支援する職員も大抵優秀なんですよね。
早川さんは配置されたテーブルの上にパソコンを置き、体圧分散加工の施された座椅子に腰掛けました。
それから手慣れた様子でキーボードを叩き、ドローンを起動させます。
ふわりと宙に浮かび上がったドローンは、やがて私達の後方に並びました。
「それじゃあ、二人とも頑張ってくださいねっ。顔面だけは絶対に死守するんですよ!顔面は!!」
「身体なら良いんですか?」
「駄目です!!!!」
「まあ、怪我しないように気を付けますが……では、鈴田君。情けないのですが、護衛を頼みますね」
私は隣に並んだ鈴田君に頭を下げました。
すると、鈴田君はどこか感慨深そうに、胸に手を当てて空を仰いでいました。何故か頬には涙が伝っています。
伝う涙は、天井から差し込む光に照らされてキラリと輝いています。
「尊敬していた田中先輩に頼られている……俺は、この日の為に冒険者をやってきました」
「えっ、そんな大げさな……私、大した冒険者じゃないですよ?」
慌てて否定しますが、鈴田君は大きく目を見開き「そんなことありません!」と熱弁を繰り広げ始めました。
「何を言っているんですか!田中先輩は俺の恩人です!卓越した知識と技術を持った、ギルドの希望なんです。この功績、知識は是非とも書面に記して、後世に残すべきものなんです」
「えっ、あー……うん?そう、なのかな」
「これほど光栄な仕事を任されるとは思ってもいませんでした。不肖の身ながら鈴田 竜弥、全力を以て田中先輩をお守りします」
そう熱弁した後、鈴田君は直立不動の姿勢を取って胸を手に当てました。
名誉ある騎士みたいな立ち姿です。早川さんほどではありませんが、カメラに収めたい気分ですね。
ですが、そう言ってくれるのは嬉しいことです。
積み重ねた実績は嘘を吐きません。
私は胸の中に暖かいものを感じながら、ダンジョンへと続く入り口を見据えました。
「では、想定外の事態ですが……行きましょう。支援と護衛は頼みましたよ」
私は隣に立つ鈴田君と、ドローン——を操作している早川さん——に向けて、そう微笑みます。
「はい!よろしくお願いします」
「任せてくださいっ、美少女とイケメンは私が精一杯守りますよ~!」
そして、私達は何処から光源が照らされているとも分からない、石膏で作られた神秘的な雰囲気を醸し出す、塔型のダンジョンへと足を運びました。
かつての時代なら、世界遺産にでも登録されていたのでしょうね。ですが、この世界においてダンジョンというのは、世界各地どこにでもあるものです。
神が作り出した生成物に、私達人間は立ち向かいます。