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第155話 独自の魔法

「琴男」

「あ?」


 俺——三上 健吾は、隣で偉そうにリクライニングを倒し、グローブボックスに足を掛けて寝そべっている琴男へと声を掛けた。

 魔王を顕現させない為に努力していることに感心したと思ったらこれだ。


 ちったァ素直に感心させてほしい。琴きゅんにも同じこと言えるんだがな。


 赤く点灯する信号機が、夕暮れの橙に染まる景色の中でも爛々と輝く。警告を表現する色が、俺達をその場に留め続ける。

 そんな中で、俺は静かに口を開いた。


「なァ……お前はよォ、今の自分についてどう考えてる?」

「……哲学的な話か?」

「ん……まァ、似たような意味合いは含んでいるかもなァ」

「なるほどな」


 そう言葉を返した琴男は、大きく欠伸しつつ身体を伸ばす。

 リクライニングをゆっくりと起こしながら、琴男は含みのある笑みを浮かべて俺を見据えた。


 笑みこそ含んでいるが、その表情には油断の一切が見えない。

 琴きゅんとは違う、覚悟を持った少年の顔をしている。

 

 ……俺の知るかつての琴男は、もっといい加減だったはずだが。

 

「まー俺ってさ、イレギュラーも良いところだよな」

「たりめーだろうが。こちとらこう見えても、内心冷や汗モンだわ」


 冗談めかして言葉を返すが、実のところは本心である。

 動機は止まらず、手にはじんわりと汗が滲む。ハンドルを握る手が滑り、T字の継ぎ目に指を掛けざるを得ない。

 今、まさに世界は混乱の前触れを来たそうとしているのだ。いつ、どこで選択肢を誤れば日本——いや、全世界が混沌に貶められるのか分からない。


 琴きゅんの反応を見ていると、つい感覚が狂いそうになるが。


 魔王が、浸食しようとしている。


 創作作品でしか触れたことのない事象が、今目の前に存在しているのだ。俺としても、気が気ではない。


 選択肢を間違えた瞬間——世界は魔王の手中に落ちる。

 “誰かの責任”という単語で済ますことは出来なくなるのだ。


 責任とは、未来の存在を信じているからこそ成立する言葉なのだと、この時初めて自覚した。


「……面倒だなァ」


 冒険者としての三上 健吾は死んだ。

 だが、まだ社会人としての俺は、この世界に存在している。

 

 であれば、俺のするべきことは変わらないってモンだ。


 そんな俺の胸中を、どこまでこの男は認識しているのか分からない。

 だが、コイツは「はっ」と鼻で笑ったと思うと、フロントガラスへと視線を向けた。


「おい、青だ」

「あ?あぁ、悪ィ」

「事故んなよ。琴が悲しむからな」

「……そうだなァ」


 琴男に指摘されて気付けば、確かに信号が青信号となっていた。

 俺は静かにブレーキから足を離し、クリープ現象を作り出す。徐行速度からアクセルを踏み込み、ゆるやかに発進させた。

 静かに加速する景色の中、琴男は俺の問いに答える。


「恵那ももう、俺の傍には居ない。三上ももう、俺の知る三上じゃない。俺からすれば、異世界に来たような気分だ」

「異世界だァ……?お前の知る日本だろうがよ」

「知ってるものが無ければ、異世界と同じだよ」


 そう語った後、琴男は「ふっ」と静かな笑みをこぼす。漏れた吐息には、微かに自嘲が混じっている気がした。

 運転に集中しなければならない為、こいつの顔を見ることはできないが。


 ……どこか、胸の奥がズキリと痛む気がした。あっ、心臓の病気とかじゃねェぞ。柄にもなくセンチメンタルになってるってだけだ。

 琴男はそれから、リクライニングを操作し始めたようだ。再びきぃ、という音が鳴り響く。モーターによって駆動するリクライニングが、静かに琴男を床に倒していく。何だこいつ、リクライニングを上げたり下げたり落ち着きがねェな。

 

「気付かされたよ。俺は知らず知らずに、当たり前の日常を生きていた。恵那は俺の生活を支えてくれていたし、三上はダンジョン攻略がスムーズに運べるようにちゃーんと仕事してたんだなって」

「……お前にそれを言われると、なんか寒気がするわ。柄じゃねェだろ」

「事実だよ。1人で生きてるようで、1人で生きてなかった。そんな当たり前のことさえ、俺は分かってなかった」


 ソロ冒険者である琴男は、どこか悲痛に満ちた声音でそう語る。

 こいつは、この世界に再び現れてからずっと1人だったのだろう。比喩ですらなく、本当の意味で孤独に生きていた。

 ずっと1人で、ダンジョンに籠り続けたのだろう。


「お前の車を見つけた時な。すごく安心したんだ」

「……」

「知ってるやつが居るって、それだけで。俺はどこか、救われる気がした」

「気持ち悪ィな」

「だろ。知ってる」


 俺がそんな皮肉を込めた言葉を発した瞬間、琴男は「ははっ」と心底嬉しそうな笑い声を零した。

 ……こっちはもう、こいつを昔のように敵意を込めて見ることなんて出来やしねェってのによ。昔の関係を証明するような、そんな言葉を……こいつは一番望んでやがんだ。


 それから、琴男は何かを思い出したかのように「なあ」と声をかけてきた。


「三上、ガムくれ」

「お前らガム好きだな……」

「ビールの代わりだよ。健康的だろ」

「まァ、別にいいけどよ……そこに入ってる」


 俺はハンドルを握る左手だけを離し、真ん中に配置された収納ボックスを指差した。琴男は「助かる」と言い、ひょいと口の中にガムを放り込む。

 思ったよりも、食事中は静かなようだ。もそもそと黙ってガムを噛み始めた。


 ……とりあえず、コイツに今後の方針について伝えておくか。

 一応、魔王が宿っているとはいえ、特例中の特例だ。


「琴男、一応人事部として言っとくわ」

「なんだよ、今更改まって」

「琴きゅんが戸籍をお前に渡すってよ。田中 琴男の」


 そう告げた時、琴男が静かに息を呑む音が聞こえた。

 まさか、自分の存在にこだわっていたはずの琴きゅんが平然と戸籍を手放すとは思えなかったんだろうな。


 俺だって、正直驚いた。

 自らアイデンティティの一部を放棄したようなもんだ。


 ……理由は、正直察しが付くところではあるがなァ。

 

「……良いのか?」

「合理性重視だからなァ、あのガキも。まァ、47歳戸籍を利用して酒を買わせようって魂胆だったみたいだがよ」

「……アイツ、やっぱ俺よりも魔王だろ」

「俺もそう思うわ」


 まあ現状としては、戸籍が存在しない琴男が動きやすくする方を最優先するべきだろう。

 琴きゅんの思惑に乗るのは甚だ癪ではあるが、こうする方がスムーズに事が運ぶのは事実だ。


 あのクソガキ、頭が回るから尚のことタチが悪いな。

 

 ……で、だ。

 琴男はこれでようやく、うちのギルドの冒険者職員として仕事を与えることが出来るってモンだ。


 再び赤信号で引っかかったのを良い機会として、俺は琴男へと視線を向ける。

 

「つーわけで琴男。お前もギルドの儲けに貢献しろよ」

「……はあ。はいはい、仕事しろってか」

「当たり前だろうが。お前の不出来な妹がいつも備品壊すせいで、こちとら頭下げて回ってンだ」

「……それはマジですまん」


 別に琴男の責任ではないが、律儀にこいつは謝ってきた。

 琴きゅんなら「失敗は成功の糧ですから!」なんて笑顔で言いかねないぞ。なんだアイツ。

 

 まあ人事部の俺としては、使える人材は何でも利用させてもらおうってことだ。例えそれが魔王だろうとな。

 特にここ最近は、クソガキの好奇心が暴走しているせいで、備品として扱っている武器が破損するというトラブルが頻繁に発生している。


 この間提出してきた物品破損の始末書には「アイテムボックスを高所に発動させて、高くからロングソードを落としました」なんて書いてたぞ。ゲンコツして説教したら泣きじゃくりやがったが。

 あいつ備品を何だと思ってやがる。こちとら製造所と連絡とって、多めに発注してもらってるってのによ。

 

 おかげで最近、部下からも「親子みたいですね」みたいなことを言われる機会が増えた。俺は納得してねェぞ。少なくとも、実の娘はこいつよりも100倍利口だ。


 ……やっぱ、アイツに何か提案するとロクなことがねェな。新しい防具を購入させたのは正しい判断だと思っているが。まあ、若干こじつけの理論なのは否定しねェがよ。

 

 最近はブツブツと「武器を何とかして射出できないでしょうか」なんて呟いていやがった。マジで止めろ。

 せめて自費でやれ……なんて言ったらコイツはマジで給料まで使って余計な実験しかねないな。恵那斗君とイナリちゃんから恨みを買いそうなことは極力避けてェ。


 現時点では、妥協案として「ドロップ品でやれ」と言ってるところだ。

 正規品と比較すりゃあ質が落ちる分、琴きゅんは「えーっ」と不満を漏らしていたがな。あのクソガキ……。


「……琴男。頼むからお前はまともで居てくれよォ……」

「苦労してんなお前も」

「ソロ活動の許可自体は俺から言ってやっからよォ、マジで頼むわ」

「分かってるよ」


 まァ、他の冒険者なら許可は下ろさねェがよ。

 全盛期の琴男なら何一つ心配することは無いだろう。

 平然と大規模塔型ダンジョンをソロで攻略しやがるほどの実力者だ。特殊個体の闊歩する現代でもその実力は遺憾なく発揮できるだろう。

 

「……」

「……」

 

 そこで、会話はしばらくの静寂に包まれた。

 

 しばらく間を置いたのち、琴男は何かを思い出したように「なあ、三上」と声を出す。


「あァ?どうしたよ琴男」

「いや、ついでに三上に一つ、面白いものを見せてやろうと思ってな」

「もう俺としちゃァよ、余計な情報を受取りたくねェんだが」

「いや、そこまで報告しなくていい話だ。そこに自然公園あるだろ。車止めてくれるか」

「あー……はいよォ」


 琴男が何を考えているかは分かんねェが、意味のない行動をする奴ではないからな、コイツも。

 俺は琴男の指示に従って、大人しく自然公園に併設された駐車場へと車を止めた。


 駐車場の車止めブロックにタイヤがぶつかったタイミングで、サイドブレーキをかけて車を停車させる。

 エンジンを止める前に、琴男は颯爽と車から降りた。


 それに続くように、エンジンを切って俺も車から降りる。


 とりあえず広い場所が良いだろうと思い、俺達は広場へと足を運ぶ。

 夜も差し掛かろうという時間だ。既に誰も居なくなっていた。


「三上、ほらよ」


 琴男は俺から離れるように立った後、ポケットに隠していたであろう魔石をこっちへと放り投げてきた。

 放り投げたそれをキャッチして、手を開く。

 

「あァ?魔石?」


 それはゴブリンサイズの魔石だった。

 魔石をよこした琴男へと視線を向ければ、まるで挑発でもするようにくいっと自身を手で煽る。

 

「三上。軽くで良いからさ、俺に攻撃を仕掛けて見てくれるか?」

「攻撃をって……お前、MP1とかだろうがよ。怪我すんぞ」

「まあ、見てろよ」


 曲がりなりにも、俺だってレベル40を超えた冒険者だ。少なくとも、MP1程度の琴男の身体能力には勝てる自信がある。


 体内に備わった総MP量に対する現在のMPに応じて、ステータスの増強効果は比例する。

 つまり、MPの割合が高いほどステータスは上がり、低いほどステータスは落ちる。


 ゲームではMP総量が少ないのはデメリットとして扱われがちだ。しかし現実ではこのメカニズムがある以上、MP総量が少ないのはメリットにも働く。

 まあ基本的に、屋外では“解除魔法”によって、ステータス増強効果も消去されるのだが。魔法犯罪の対策だって、当然のことながら行われている。



 さすがにレベル40程度とは言え、MPが1しかない琴男には負ける道理が無い。


 ……だが、こう誘ってきたってことは、アイツには何かしらの隠し球があるってことだ。ベースが琴きゅんと同一である以上、俺が想像さえできない領域なんだろう。


 まァ、ガキのわがままに付き合うのが大人ってモンだからな。

 俺は受け取った魔石を握り、強く念じた。その想いに応えるように魔石は静かに溶けて虚空へと消える。

 それと同時に、俺の全身に魔素が駆け巡る感覚を覚えた。


「……はッ」


 ステータスが魔素によって増強されたのを実感する。


 MPの実数値で言えば50程度。だが、近接戦闘がメインの俺にとっては、それだけでも大きな恩恵だ。

 MP総量で言えば110。つまり、戦闘時のほぼ半分の力を発揮できることになる。

 

「わーったよ。後で治療費請求すっからな……なァ!!」


 俺は低く構え、勢いよく地面を蹴り上げた。舞い上がる土煙に紛れるように、視界が加速する。

 もはや体験することは無いだろうと思っていた高揚感を糧として、俺は琴男目掛けて蹴りを繰り出した。


「ッらァァっ!!!!」


 狙うは、琴男の胴体。

 

 “身体加速(素早さ)”をフルに生かした打撃攻撃だ。一応、万が一にも怪我をすることが無いように、寸止めをする予定であった。

 ——だが。

 

 

「“封魔(ふうま)(よろい)”」



 琴男は静かにそう呟いたかと思うと、琴男の体躯をなぞるように、漆黒のオーラが纏い始めた。まがまがしい歪みは琴男の身体をなぞるように包み、俺の蹴りをいとも容易く受け止める。

 まるで、バランスボールを蹴ったかのような感覚だった。


「……っ!?」


 俺はとっさに琴男から距離を取り、姿勢を正す。

 

 常軌を逸した現象が、目の前で起きている。

 琴男は愉悦に浸ったように、ニヤリと俺を見据えた。


「どうだ?無一文の俺に治療費を請求させてみろ」

「……ガキが、大人を舐めんじゃねェっ!」


 こいつは、俺の全力を求めている。

 だとしたら、通じないと分かっていてもこいつに付き合うのが、大人としての役割だろう。


 俺はステータスを駆使した連撃を琴男目掛けて解き放った。

 だが、その漆黒のオーラに包まれた不可視の鎧が、琴男を守り続ける。


 捻った体で右ストレートを放つ。

 遠心力を駆使した蹴りを放つ。

 高く跳躍して踵落としを放つ。


 だが。

 

 幾度となく連撃を与えようと、琴男には傷ひとつ付けることが出来なかった。


「……っ、ぜぇっ、はっ……」

「あ?もう限界か?三上も年には勝てないんだな」

「ッせぇ……こちとら48だぞ、敬え……」

「それを言うなら、俺だって47だぞ」

「イレギュラーがよォ……」


 やがて、体力の限界を迎えた。

 それに対して琴男は、一切体力を消耗した様子はない。

 

「……ぜっ、はっ……こちとら年なンだよ……あんま運動させんな、クソっ……」

「琴には秘密な。あいつに余計な好奇心を持たれても困る」


 琴男は飄々とした様子でそう言葉を返した後、“封魔の鎧”とやらを解除したようだ。身体を纏っていた漆黒のオーラが、もやとなって消えた。


 ……またしても、俺は冒険者としてとっくに置いてけぼりを喰らっていた事実を突きつけられた。

 ったく、死体蹴りも良いところだろうが。


「……つーか、ンだよ。その力……魔王の力ってやつかよ、なァ?」

「いや。これは俺が独自で編み出した魔法だ」

「聞いたこともねェな……」

「ま、“身体強化”の派生みたいなものだよ」


 ……本当に、こいつらはとんでもねェ冒険者だな。

 琴男は満足したように再び車へと近づき、「帰ろうぜ」と声をかけてきやがった。


 ……こっちの身にもなれってモンだ。




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 琴男の技のネーミングセンスが厨二病だ……(作者)

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 >センスが厨二 まぁ『(それまでの人生的にしゃーないとはいえ)良い歳してんのにひたすら斜に構えて、ダンジョンをソロで戦う』って生き方してたのが、もう既に若干厨二っぽ(ry それは…
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