第154話 対等な誰か
「えっとね。琴男が魔王で、こう……私達と同じようにMPがあるでしょ」
「ステータスを見せてもらった通りね。すごいステータスだったわ」
「正直、私もびっくりしてるよ。パパにこの前、レベル80はあった、って教えてもらったけど……もしかしてお兄ちゃん、ずっとレベル上げしてるのかも」
「琴男なら否定できないのが恐ろしいところね……っと、話が逸れたわね。えっと……、琴男は、MPをダンジョン外でも回復できるってことでいいのよね?」
恵那斗はもっとも気になっているその現象について、質問を投げかけてきました。
確かに、あんまりしっくりこないかもしれないですよね。どこを中継するでもなく、MPが増えていくという現象は。
なので、少し事実とは違いますが、理解を優先して説明します。
「お兄ちゃんそのものがダンジョン、と例えた方が早いかも。詳しく言語化すると違うけど」
「なるほどね。そのMPがダンジョン外でも満たされる状態になったら、魔王が解き放たれるかもしれない……というのは?」
これも、なるべく私の解釈、考察を交えて説明していきます。
完全に理解するには時間を要する話ですので、じっくりと何度でも話します。
「私の予想だとね、琴男を介した魔素の通路が開設した状態になる、って言ったら良いのかな。通り道が出来ちゃうんだよ。そしたら魔王の力がどっかーん!!ってなっちゃうの」
「どっかーん、で済む話じゃないわね……でも、大体理解したわ。知識面は琴から聞くに限るわね」
「んふふ。でもあくまでも私の予想ってだけだから。麻衣ちゃんとか、お兄ちゃんからまた話聞こうね」
とりあえず、改めて恵那斗とイナリちゃんに現状について説明し直しました。私1人だけ理解していても仕方がないので。
もう少し細かいニュアンスで言い換えると違うのですが、ひとまずは状況の理解を優先しました。
恵那斗との会話で省略した部分について、少しだけ補足を行っておきますね。
厳密には、田中 琴男そのものがダンジョンという存在になった訳ではありません。
私は“殻の世界”という夢の中でしか訪れることが出来ない、下駄ちゃんのいる世界へと訪れたことがあるので分かるのですが……やはり、“異世界”は存在するのです。うーんファンタジー。
私はその事実を認識しているのですが、恵那斗とイナリちゃんはあんまり分かっていなさそうなんですよね。琴男の存在と関係しているのか分かりませんが、どうやら私だけが認識している事象のようです。
一応話の端々で異世界という単語について語っていると思うのですが、2人から話を振ってきたことが無いんですよね。
「皆が知らない真実」と言われると胡散臭いですし、どこか特別感はありますが……私からすれば、理解者が居ないのがちょっとだけ寂しいです。
この感覚を上手く共有できないのがもどかしいところですね。
さて、そんな異世界ですが……恐らく、“魔王の力”によって、琴男を媒介として通路が開かれているものと推測できます。あくまで私の推測です。根拠はありませんが、恐らく立証も出来ないでしょうね。
魔王が顕現するまでは事実の確定も出来ないのですが、出しちゃダメな存在なので。
通路が開かれていることにより、異世界にしか存在しない魔素が、琴男に直接流入しているものと考えています。魔素は、つまりMPに変換できますね。
琴男がダンジョン外でも魔石を使用せずに“アイテムボックス”を発動させることができるのは、そういうメカニズムではないのかと推測しています。
……と語ったはいいんですけど、今のところ全部推測なんですよ。
異世界の存在が対外的に立証できなければ、私の今までの話は机上の空論として片付けられます。
それを解消するのが琴男の存在ですね。
一応、パパからもギルドに、そして全日本冒険者協会へと田中 琴男の存在について説明してくれるそうです。
しかし、現時点では口頭での情報しか存在しない為、やはりというか証拠に欠けますね。
ダンジョン外で魔法を何の代償も無しに使える、という要素だけでも明確な異変です。ですが、それをきちんと立証するには、全日本冒険者協会で精密な実験、検査を行わなければ立証することも出来ません。
恐らく彼も、しばらくは協会のお世話になるでしょう。仕方がありません。
……さて、そんなことは一旦隅に避けておきましょう。
これ以上はどうすることも出来ませんし。
「あ、そう言えばレベルアップ研修っていつだっけ」
話の端々で出た話なので、ついでに拾い上げておきましょう。
すると、イナリちゃんはちらりと壁面に掛けられたカレンダーに視線を送りました。
「そうじゃの……明日が内勤で、休みを挟んで明々後日じゃの」
「そっかぁ……明日は内勤かぁ……」
「お前さんはやる気がなさそうじゃの」
「んぇー……記録嫌い、楽しくない……」
ダンジョン関連の話題が終わってしまったので、心躍る要素がなくなってしまいました。琴ちゃんは楽しくありません。
記録とかやりたくないです。
人によっては、連絡班のドローンを使って記録の補助を行っているそうですけどね。
ですけど私は“琴ちゃん魔法”の余波によって、うっかりドローンを壊しかねないので基本的には自制しています。備品のロングソードとは比較にならないレベルで赤字になります。
ちなみに少し前に、備品のロングソードを6本くらい折りました。
合計で20万くらい飛ばしてます。その分働いてちゃんと黒字にしましたけど、パパにすごく怒られました。
超究武〇覇斬ver.5の真似事しようとしただけなのに。
ふて寝するようにソファに横になると、イナリちゃんは「これっ、風呂に入らんか!」と叱ってきました。うう、お風呂も入りたくありません。願わくばこのままぐっすりと眠らせてください。
記録も嫌です。お風呂も嫌です。
目の前に存在する課題は、いずれも私のやる気をそぐものばかりです。うう、楽しくありません。
早く魔王とか顕現してくれないものでしょうか。ファンタジー感を楽しみたいです。
……でも市街地に被害が及ぶのは良くないですね。やっぱり準備が整ってからで良いです。めんどくさいなあ、本当に……。
私がソファで「あー」とか唸りながらゴロゴロしている最中、ふとイナリちゃんは思い出したように話しかけてきました。
「そう言えばじゃの。明日、儂はギルドに出勤せんぞ」
「えー!なんで!」
「なんで、じゃないわい。この格好で自由に歩ける訳なかろうて」
イナリちゃんが堂々とサボり宣言してきたので、私はむくれて反抗したのですが……ごもっともな事実を突きつけられました。
耳をピコピコと動かし、尻尾を左右に揺らすイナリちゃんです。傍から見たら猫に見えないこともありませんが。
……確かに、彼女をギルド内で自由に歩かせる訳にはいきませんね。変装モードがあるとはいえ。
仕方がありません。内勤は田中夫妻で行ってくるとしましょう。
「イナリちゃんだけ記録しなくていいのズルいですよ」
「安心せい。儂はリモートで仕事に参加するでの。既にファイル共有ならされておるわい」
「現代的な狐っ娘だ……」
「その言い回し、すごく不服なのじゃが……」
イナリちゃんはいつの間に道具をそろえたのでしょうか。リビングに配置された子供用デスクの周りにはノートパソコンやらマイクやら、テレワーク仕様の環境が設定されていました。
どうやら、ダンジョン攻略以外の仕事については自宅から参加するようです。
相も変わらず行動に制限のかかる女の子ですね。生活支援は欠かせません。
しかしなるほど、自宅で仕事するのであれば納得というものです。
「とりあえず明日記録を終えたらひと段落かな」
「うむ。じゃから琴ちゃんは早う風呂に入らんか」
うっ。話題はそこに帰結しますか。お風呂……お風呂はあんまり乗り気じゃないです。
「あー……イナリちゃんは先に入らないんです?」
「ぬ……あ!そ、そうじゃ。抜け毛が排水溝に詰まってはいかんじゃろ」
「……咄嗟の言い分にしては、納得できる理由ですね……」
「う、うるさいわい。早う風呂に入れ!うぬぬ……」
「んひゃ!ちょ、ちょっと!殺気を飛ばすのは止めてくださいって!入る!入ります!!」
イナリちゃんはまるで誤魔化すように、殺気を飛ばしてきました。熟練の技術をそんな使い方して欲しくないんですけど!!
……私ですか?私は、まあ……。
いそいそと浴室へと逃げ込もうとして、もう一度だけリビングへと振り返りました。
「……」
「ん?恵那斗?」
「……あっ。何かしら、琴。お風呂にはいりなさい」
恵那斗が黄昏るように、ぼーっとしているのが目につきました。
私が声をかけていることに気付いた彼は、NPCのような催促をしてきました。言葉に覇気がありません。
うーん。
さすがにこれは放置できないですね。
やっぱり心の整理がついたように見えても、何度でも思考に過ぎってしまうのでしょうか。
「……お兄ちゃんのこと?」
「お兄ちゃん……まあ、そうね。どうしても思うところがあるのよ」
やっぱり、琴男のことが気になってしまうのですね。
無理もありません。あくまで恵那が最初に惚れたのは、過去の私なのですから。
「……今の私よりも、やっぱりお兄ちゃんの方が良い?」
……うう。
この質問をしてから後悔が過りました。
聞かなきゃ良かったかな。これで「琴男の方が良い」だなんて言われたら、もう恵那斗と真っすぐに視線を合わせられる気がしないです。
ですが、恵那斗は苦笑を漏らして首を横に振ってくれました。
それから、ぽんと私の頭を撫でます。
「んきゅ……?」
「大丈夫よ。私の恋人は琴だけだから」
「ん……」
「ただね。気になるのよ。琴男からすれば、実質妻を喪ったようなものだわ」
「……あ」
恵那斗に指摘されてから気づきました。
どうして今までその視点に辿り着かなかったのでしょう。
琴男からすれば、恵那も“男性化の呪い”によって自分の身を離れた状態でした。例え家庭崩壊寸前だったとはいえ、想定外のトラブルによって独り身となってしまったんですよね。
その孤独感は、一時期恵那がいない日々を過ごしていた経験があるので、おおよそ共感できます。
元々ソロ冒険者として活動していた身とは言え、一度誰かといる時間に満たされてしまえば、もう戻れません。
満たされた時間を知ってしまったのですから、喪うことを今度は恐れてしまうんですよ。
琴男は、今はそのような状況に陥っていると考えられます。
恵那斗は私を撫でながら語り掛けてきました。
「んー……ん……♪」
「三上がいると言ってもね。彼には支えが必要だわ」
「ん……お兄ちゃんの支えかー……」
「友で居ることは出来る。けれど、琴男の孤独に寄り添うことはできない」
「難しい問題だね」
うーん。琴ちゃんにはそういう難しい話は理解できません。
ですけど、何となく言わんとしていることは分かりますよ。
恵那斗は本当に優しいですね。
実質的に作られた存在である琴男のことでさえ、気にかけてくれているのですから。
そういうところ、本当に大好きです。
そんな恵那斗は、私に穏やかに微笑みかけました。
「琴」
「ん?」
「琴はね、その自由奔放なままで良いわよ」
「ん、えっ、何の話?」
「あなたに振り回されている時の琴男……すごく楽しそうだったもの。やっぱり彼は、対等な誰かが欲しかったんだと思うわ」
「……そうなの?」
「あの時の私は、付いていくだけで精いっぱいだったもの。対等になれなかった」
「でも恵那斗はすごく頼りになるよ?」
恵那斗は何を言ってるんでしょうか。私、恵那斗が居なかったら自堕落極めていますよ?
自分一人じゃ生きていけないんですもん。恵那斗の存在には非常に助けられています。
私がそう言葉を返すと、恵那斗はすごく嬉しそうに口角を上げました。
「……ふふ。じゃあ、無駄じゃなかったわね。これまでの積み重ねは」
「ずっと頼りにしてるよ」
「任せなさいね。だから、琴も……琴男に構ってあげて。それだけでも救いになるはずよ」
「よく分からないけど……分かったってことにしておくね」
「……大丈夫かしら……」
あ、あれっ。
なんかいい雰囲気で締めくくれそうだったじゃないですか?
恵那斗が眉をひそめてしまいました。
うう。だって、「自分の心情を完全に理解する」だなんて言われても分からないですよっ。自分が一体何を欲していたのか、なんてその場にならないと分からないですもん。
なので私は本能のままに生きているだけなんですよっ。楽しいことに全力投球。心が躍る方面にしか動きませんっ。
それが“女性化の呪い”に掛かった琴ちゃんの生き様です!
中年時代の何もかもに無気力だった頃が恥ずかしいです。何もかもを知った気でいました。
問題の解決なんて知ったことではないです。
あくまでも解決はプロセスの一環に過ぎないんですよっ。それがエンディングではないです。
好奇心が生き続ける限りは、まだまだ止まりませんよーっ。おー!!!!




