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第153話 ずっと一緒に

 さて、まだまだ聞き足りないことはありますが、「お前ばっか理解しても意味ないからな」という琴男からハッキリと切り捨てられたことによってお開きとなりました。

 どうして過去の私がこんなに真人間になっているのでしょう。置いて行かれた気分です。ぐぬぬ。


 まあ確かに、恵那斗もイナリちゃんもついて行くだけで精一杯、という様子ですが。後でゆっくりと琴ちゃん解説しようと思います。


 今私達は、玄関で琴男とパパを見送る段階です。

 琴男は新品のスニーカーを履いた後、こちらへと振り返りました。


 というよりも私を中心に話しかけていますね。

 

「毎日のステータス状況はお前にでも連絡しようと思う。その方がお前らも対策しやすいだろ」

「うん。お願い」

「俺はあんまり表立って行動できないからな。人のいないダンジョンで勝手にレベリングさせてもらう」


 そう告げる琴男の表情はどこか決意に滲んでいるようにも見えました。

 うーん、これ本当に過去の私ですか?ダンジョン攻略をするにあたって、ここまで明確な目的を持って行動したこと無いんですけど。私。

 

 あ、そう言えば最後にもう一つ疑問点を解消させてください。


「お兄ちゃん、ちょっと気になったんだけど」

「ん?」

「どうやって、監視の目を掻い潜ってダンジョンに入ったの?特にレベルアップ研修会場に入るとか難しくない?」

「……あー……言って良いのかな、これ……」


 それほど難しい質問でもないはずです。勝手にダンジョンに潜入したとか、犯罪を気にしているのでしょうか?大丈夫です、琴男は存在自体が厄災ですので、そこを気にする必要はありませんよ!

 ……って言ったら怒られるだろうなあ。空気は読みます。


「えっ、何か悪いことしたの?」


 ……と、言葉を濁してそう問いかけてみましたが、琴男は「お前じゃないんだから」と首を横に振って否定しました。なんて失礼なこと言うんですか。


「いや、どっちかというとお前に餌を与えたくない」

「餌って何だよ、餌ってー!なに、お兄ちゃん一人で面白そうなことしてるの?」

「面白そう……?まあ、これぐらいはヒントとして与えても良いか」


 そこで言葉を切って、琴男はニヤリと楽しそうな笑みを零しました。

 うん、やはり同じ人物から生まれた存在ですね。笑顔から好奇心が隠せていませんよ。正義に目覚めたと言っても、やはりその笑みには楽しいという感情が滲み出ていますね!


 わかりますわかります、自分で技術を独占する愉悦感はどのような快楽にも代えがたいですよね!


 意味深な笑みを向けた琴男の口は、静かに言葉を紡ぎました。

 

「”アイテムボックス”にはな、まだまだ面白い使い方があるんだ」

「お前さんまで変な使い方しとるんか」

「あ?何?琴……お前どんな風に使ってるんだよ?」


 イナリちゃんが入れたツッコミに対し、琴男は怪訝な顔を向けてきました。

 おっ、これはもしかして同じ答えに辿り着いたのでしょうか!だったら私の”アイテムボックス”の使い方は正しかったのだと証明できるはずです。


 という訳で、両手を叩くようなジェスチャーを作りつつ解説することにしました。


「こう、ね。”アイテムボックス”で魔物を潰して……」

「……何してるんだお前」

「え?」


 あ、あれっ?

 琴男がドン引きした顔をこちらに向けてきました。違うんですか!?なんで自分自身にまでドン引きされるんです!訳が分かりません!!


「えっ、やらない?“琴ちゃん魔法シリーズ”って」

「……三上、行こうぜ。俺、もうコイツの相手できねえわ」

「な、なんでー!お兄ちゃん!おーにーいーちゃーーーーん!!!!」

「いや、すまん。予想を超えてた」


 最後にそうバッサリと切り捨てて、琴男はパパと共に家を後にしました。


「まァよ……ダンジョン攻略お疲れなァ。琴男の件はギルドと花宮に、俺から連絡しとくわ」

「ええ、お願いするわね」

「悪ィけどよ、そこのダメ冒険者の相手……引き続き頼むわ」


 パパは端的に恵那斗とやり取りしてから玄関のドアを閉めました。

 ……誰がダメ冒険者ですか。


 私はドアがぱたんと閉まるのを見送ってから、演技ぶって膝から崩れ落ちました。

 

「な、なんで……っ」

 

 分かってくれると思っていたのに、信じていたんですよ!


「なんで、“琴ちゃん魔法”を理解できないんですか……っ」

 

 琴ちゃん魔法の唯一の理解者になってくれるって!


 仰々しい演技をするべく、両手を床に付けて蹲ります。

 ちょっとそれっぽい演技をする為に、ご近所迷惑にならないレベルで叫びました。

 

「お兄ちゃんの裏切り者ぉーっ!!」

「阿呆。お前さんがおかしいだけじゃ」

「むきゃっ!!」


 イナリちゃんがすかさず私の頭をひっぱたいてきました。

 小柄な手での一撃がぺちんと可愛らしくはじけました。あんまり痛くなかったです。ビックリはしたけど。


 ちらりとイナリちゃんの方へと視線を向ければ、彼女はふくれっ面を作って私を見下ろしていました。


「全く……振り回されるこっちの身にもなってくれんか」

「……へへ、ごめんなさい」

「……というか、向こうで何をしておったんじゃ」

「お兄ちゃんと会った後、ちょっと屋台出てたの見えたから遊んでた。屋台美味しかったよ」

「遊ぶ……?……お前さんは本当に無茶苦茶じゃ……」


 もはやイナリちゃんは突っ込む余力もないようで、げんなりとしちゃいました。

 まあ、今日は存分に遊んだので琴ちゃんは満足です。


 ですけど、さすがにやることをしない訳にはいかないですもんね。曲がりなりにも冒険者です。


「あ、そうだ。麻衣ちゃんに連絡とらないと」

「ん?どうしたの、琴」

「パパからも連絡行くと思うけど、琴男の件は伝達が早い方がいいだろうし。個人的にも伝えておこうかなって」

「そうね。その方がいいかもしれないかしらね。懸命じゃないかしら」

「やったーーーーっ♪」


 ふふ、恵那斗はちょっとしたことでも褒めてくれるので好きです。

 この前は食器を片付けるのを手伝ってくれただけでも褒めてくれました。


 イナリちゃんには「普通のことじゃ」とばっさりと切り捨てられていますが。琴ちゃんはこれでも成長しているんですよ!



 さてさて、お仕事の時間です。

 残業時間とも言いますねっ。



 という訳でスマホを開き、メッセージアプリを起動。

 全日本冒険者協会に所属している花宮 麻衣ちゃんに早速連絡を取ろうと思います。


 なんだかんだで連絡を取るのは久しぶりですね。

 特殊個体ゴーレムの1件以来です。


 ----


【hana】


  [麻衣ちゃん]15:27

  [仕事のことで相談があるんだけど]15:28


[研修の話かな?]15:35


  [うーん]15:36

  [ちょっと違う]15:37

  [でも近いな]15:37


[?]15:39


  [ちょっと面白いことあったから教えたくて]15:43


[急に不安になってきたな汗]15:46


  [なんで!?]15:46

  [今後の仕事にも影響してきそうだから]15:47


[分かった]15:51

[今週は厳しいかなー……]15:52

[あ、そうだ。レベルアップ研修で会うだろうし、そこでもいい?]15:53


  [そうなの?またパパから連絡行くと思うけど]15:54


[パパ?]15:55

[あー?]15:56

[あー……]15:58

[あ。そうだ、この間の特殊ゴーレムに関する調査結果出たよ]16:00

[悪い方向で予想通りだったけど]16:01


  [だよね。予想ついてる]16:10

  [じゃあその辺りも交えて話しないとね]16:11


[うん]16:15

[じゃあまたね]16:15


 ----



 ……と、簡単なやり取りを済ませたのでひと段落です。

 今できることは全て終わりましたね。


 というか、研修で会うの確定しているんですか?まあ、橋渡し役としては色々と最適なポジションではありますが。


 ひとまず、やることは全て終えましたね。

 魔王やらダンジョンやらの情報については、少しずつ噛み砕いて理解していくことにしましょう。

 恵那斗もイナリちゃんも置いてけぼりにしちゃったのは反省点です。ほんとごめん。


「……さすがに疲れたな」


 一日で膨大な情報量を受取ったので、どっと疲れが舞い降りてきました。私はいつもの居場所であるソファに寝ころび、ごろんとだらしない姿勢を取ります。

 アームレストに足を引っかける形で寝ころんでいると、眠気が舞い込んできました。


「ちょ、ちょっと。琴……お腹出てるわよ」

「んー……恵那斗、こっち来てー」

「な、何かしら」


 私がそう呼びかけると、恵那斗は恐る恐ると近づいてきました。

 視界に恵那斗の全身が写り込むまで近づいたところで、私は両腕を伸ばしました。

 そして、そのまま。


「えいっ」

「っ!?こ、琴っ!?」

「んふ~~……やっぱり私の居場所はここだなぁ……」


 勢いよく恵那斗を抱き寄せます。微かにシャンプーの良い匂いが漂いました。どこか落ち着くような匂いが、鼻腔を刺激します。

 恵那斗の身体が全身を覆っていることが、私に安心感を与えてくれます。


 やっぱり疲れている時は恵那斗を抱き枕にするに限りますね。すごく落ち着きます。


 こんな時、恵那斗はいつだってびっくりして私から逃げようとします。彼も男性化した自分の身体に、完全に適応できていないのでしょう。

 まあ、理性的なのは良いことですよ。それが恵那斗の良いところで、好感ポイントです。


 ですけど、今回はちょっとだけ違いました。


「……琴」

「ん?」


 恵那斗が私の名前を呼び掛けて来たかと思うと。


「んえっ……?」


 優しく、私に抱き着き返してきました。

 え、えっ。

 こんなパターンは珍しいので、思わずどぎまぎしていしまいます。

 自分から相手が予想していないであろうパターンで混乱させるのは良いんですけど、混乱させられるのには慣れていないんですよっ!


 思わず全身が硬直してしまいます。

 ですが恵那斗はそんなことも気にせずに、私の頭を撫でてきました。


「ねえ……琴はいつだって、私達の理解を上回るものね」

「な、なにー……?」

「……ずっと1人で戦っていたのね」

「……ん」


 恵那斗は優しく、私に言葉を掛けてくれます。

 恐らく、思いついた言葉を掛けているという感じでしょうか。


 不器用だけど、どこか温かみのある言葉です。


 その言葉を受ける度、私の身体に染み渡っていくような気分にさせてくれます。


「たまには……私にも一緒に抱えさせてよね」

「……うん」


 恵那斗の言葉には重みがありますね。

 異災前からずっと、私の傍にいてくれた彼の言葉だからこそ染み渡っていきます。


 どれだけ拒絶しても。

 どれだけ自分のことしか見ていなくても。

 どれだけ孤独で居ようとしても。


 恵那斗はずっとそこに居てくれました。

 今回は1人での判断を優先したので、彼の想いを疎かにしてしまいましたね。

 やっぱり、今になって申し訳ない気持ちになります。


 ……少しくらい、私もわがままを言っても良いのでしょうか。

 “どうせ理解されないから”と自ら他人を遠ざけていた自覚はありますから。

 

 私だって、寄り添いたいとは思っているんですよ?


「恵那斗ー……」

「ん?」

「ずっと一緒に居てね?」

「……ふふ」


 そう微笑みかけた恵那斗は、最後にポンと私の頭をもう一度撫でてくれました。


「当たり前じゃない」


 ☆


「ぬぅ、ソファで寝るなぞ身体を痛めるぞ……」


 儂——イナリ……ではない。金山 米治はソファで密着するように寝てしまった田中夫妻へとブランケットを掛けた。

 ここ最近は「イナリちゃん」と呼ばれることに抵抗の無くなっている自分がいる。複雑な胸中ではある。


 こうして見ると、やはり年相応の少年少女にしか見えないというものだ。

 琴ちゃんが腕や足を絡みつかせて恵那斗君をホールドしているのは、さすがにどうかと思うが。まあ、恵那斗君もそれを受け入れてるように見える以上、儂は何も言うまい。


 ……本当に、精神年齢で言えばそれに近しい状態なのかもしれないが。

 恐らく、2人は結婚してからも十分にコミュニケーションを取ってこなかったのだろう。

 琴男はダンジョンに籠り続け、恵那はそんな彼を信じて待ち続けた。


 様々な混乱の中で、一切想いの揺らぐことのない2人。

 琴ちゃんの常軌を逸した思考に付いていくことの出来る人物に関しては、儂は恵那斗君以上の存在を見つけることが出来ないのではないかと思っている。

 それこそ、突然現れた田中 琴男でさえも、理解者たりえないだろう。


 完全に理解する為には、2人はあまりにも違う時間軸を過ごしすぎた。

 “女性化の呪い”の1件から計算するに、4か月……いや、5か月は過ぎようとしている段階にある。

 それだけの期間……度重なる環境の変化に流されていれば、得られる情報だって大きく異なるはずだ。

 

「……如何様にも、人は変わるのじゃな」


 儂はダイニングテーブル前に配置された、専用の椅子に腰かけた。小児用の椅子であるが、この高さでないと座ることさえ出来ないのだ。

 大幅に身長が縮んでしまったが故に、見える景色だって大きく変わってしまった。


 見えていたものが見えなくなり、代わりに見えなかったものが見えるようになった。


 儂ももはや、“金山 米治”として過ごしていた頃の生活環境に戻ることはできない。

 長く伸びた尻尾からは頻繁に毛が抜ける為に、日々の掃除は欠かせなくなった。その為、浴室の掃除を怠ろうものなら死活問題だ。だというのに、この琴ちゃんとかいう自堕落は……。

 

 元々自炊だってしていた。しかし一度、ガスコンロを使っている最中に尻尾に火が付いた時は、本当に焦ったし二度とキッチンに立ちたくないと思うようになった。

 それ以降、料理担当は恵那斗君に任せている。琴ちゃんにも1回料理をしてもらおうと思ったが、「カップラーメンで良くないですか?」とか言い出して電気ケトルを触っていたので論外だった。


 この頃はIHに変更することも検討している状態だ。

 

 今回のダンジョン遠征の1件で、改めて“死”について考え直す機会となった。

 三上の心臓を貫いた、ボスモンスターであるスライムの無慈悲な一撃。じゃが、あのようなスライムも人の抜け殻であるようにも思えた。


 スライム自体は生きていた。しかし、それは恐らく“人の死”によって作り出された結晶体であった。

 

 死とは、ただ生命の終わりだけを言うのではない。

 不可逆的に、戻れなくなること。それもまた、ひとつの死なのだ。


「……生きるとは、何じゃろうな」


 もう、儂は元の生活へと戻ることはできない。

 それ自体は悲しいことであるが、適応しなければいけないのだと気づいている自分もいる。


 元々、老年期に差し掛かっていたことから、人生の清算については常々考えていた。

 だからこそ、より一層。死について考える機会が近づいたと言えるだろう。


 昨今の安全管理を徹底された環境だからこそ、つい忘れがちとなってしまったが。

 冒険者というのは従来、“死に最も密接な職業”なのだ。

 いつだって、どんな時だって、予想していても、しなくても……人は死ぬ。目の前で大切な仲間が死ぬことだってあるかも知れない。


 そんな死を常々考えなければいけない、残酷な職業であることを忘れてはいけないのだ。

 ……そう改めて気付かされた。


「……気付くことも、1つの“死”と言えるのかもしれぬな」


 気付く前の自分が死に、気付いた後の自分が生まれる。もはや、気付く前の自分には戻ることができない。

 2人の「田中 琴男」は、元が同一の存在でありながら、それぞれ異なる気付きを得た。彼らはもはや、今となっては別人としか表現できない。……ダメ兄妹にしか見えないが。


 ちらりと視線を送れば、幸せそうにだらしない寝顔を晒している琴ちゃんが見えた。

 この世界に初めての異変を産み落とした存在である。


 だが、当の本人はきっと。そんな大きな渦中にいることなど、自覚していないだろう。


「んへへ……こんなにもゴブリンに囲まれて……良いんですか、こんなにも私の為に……」

「悪夢じゃろそれは」


 行動の全てにツッコミが入る琴ちゃんのパートナーで居られる恵那斗君には、本当に尊敬しかない。

 魔王の力がどうの、と言っていた琴男君よりも、相当魔王みたいな発想はしていると思うのじゃが。


 ……というか。


「お前さんら、起きんか!まだ風呂入っておらんじゃろ!!儂は抜け毛が出るんじゃからお前さんらが先に入らんかい!!」

「……んんー……」


 この夫にして、この妻ありと言うやつじゃろうか。

 ……どっちが夫で、どっちが妻なのかは知らぬが。

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