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第150話 第三の転換期

「なんか屋台多いね」

「あ?ホントだ。祭りやってるのか?」


 電車で帰路を辿っている最中、ふと外の景色に視線を送ると屋台が立ち並んでいるのが見えました。出張で店を開いているところもあれば、独自の商品を売る為に露店を開いているところも見えます。

 流れる景色の中でも、人込みは途切れないものですからふと気になりました。


 うーん、ちょっと気になりますね。

 何かイベントでもやっているのでしょうか?


 ……まだ、イナリちゃん宅に帰るまでには時間がありますね。


「おい、琴。早く帰るんだろ」


 何かを感じ取った琴男が、引きつった顔を浮かべて私に呼びかけてきました。

 なんですか。同じ人格のくせに変なところで真面目ですね。まあ、お兄ちゃんの記憶している記憶って“女性化の呪い”に掛かった時点が最後らしいですし。

 あの頃は完全に仕事しかやることのない社会人でしたから、真面目なのは納得と言えば納得です。


 ですけど、考えてみてくださいよ。

 今の私達は10代後半に差し掛かろうという見た目なんですよ?……私は前半でも通用しそうとか言うのはナシで。


 良いじゃないですか、琴男も18歳の冒険者なり立ての姿になれたんですから。

 ちょっとくらい好奇心に負けても良いと思うんですよ。


「おい、目が輝いてるぞ。お前が言ったんだろ。俺の残り残金の話」

「ねえお兄ちゃん、お金なら渡すからさ。降りよう」

「おい待てお前、三上ら待たせてんだぞ」


 あー、そうでした。パパもイナリちゃんの家で待っているんでしたね。

 なるほど、琴男の言う通りです。


 という訳で私はスマホを開き、パパとのメッセージ画面を開きました。


 ----


  [パパ]10:12

  [ちょっとお兄ちゃんと出かけてくる]10:13


[は?]10:15

[お兄ちゃんって誰だよ]10:16


  [琴男]10:17


[頭痛くなってきた

 お前マジで馬鹿だろ]10:19


  [馬鹿じゃないですが]10:20

  [天才です]10:20


[お前の場合それを否定できないからタチ悪いんだわ]10:21


  [という訳で行ってきます]10:22

 

[好きにしろ……]10:23

 

 ----


 スマホを覗き込んでいた琴男は、露骨に大きなため息をつきました。

 なんで自分自身にさえ呆れられなきゃいけなんですか。琴ちゃんは不服です。

 

「三上もこいつに甘すぎだろ。娘かよ」

「言質は取ったよ」

「取ったよ、じゃないんだよお前。俺金無いんだって」


 うーん、金ないって話ばかりうるさいですね琴男は。

 ですが私ばかり楽しんでも意味がないですからね。さすがにお金のないお兄ちゃんを放置して、あっちこっちに行くというのは気が引けます。


 ふふふ、安心してください。

 琴ちゃんは冒険者ですよ?


 それはそれは、世間的にもかなり給料をもらっている側の仕事という訳です。

 さらに言えばイナリちゃん宅のお世話になっているので、家にお金を入れているとはいえ自由に使えるお金だって沢山あるんですよ。


「お兄ちゃん、はい。遊ぶお金」

「言い回し最悪だろ」


 とりあえず財布の中に入っていた1万円札をお兄ちゃんに手渡しました。

 冷静にお兄ちゃんからのツッコミが入りましたが。確かに「ヒモに渡すお金」みたいな言い回しになっちゃっていましたね。

 まあ実際、琴男はダメ人間なので。私が文字通り一番知っています。

 

 ……っと。そろそろ、駅に着く頃ですね。

 どんなイベントかは知りませんが、こういう屋台でしか食べられないものだってあるんですよ!行かなきゃ損というものです。


 久々の屋台につい心が躍りますね。やっぱり、出張でしか堪能できないイベントだって存在するものです。

 皆には悪いですけど、琴ちゃんは遊んできますよっ。


「お兄ちゃん。早く、早くっ」

「……こいつ、本当に俺と同一人物か?自信無くなってきたな……」

「ほら、お金ならいくらでも持ってるから、足りなくなったら言って!」

「あんまりその発言、表でするなよ?」


 なーんでお兄ちゃんは変なところで真面目なんですかっ。琴男もベースは同じなんですから、給料をたんまり貰っていることは分かってるでしょう!

 元々恵那と住んでたマンションの家賃だって格安だったんですから、自由に使えるお金だって余っていましたもん。ビール缶だって値段を見ずに買うことが出来たのは、冒険者として給料をたくさん貰っていたからですよ!

 琴ちゃんは高給取りなんです。こういうところでお金を使わずにいつ使うんでしょう!


 無理矢理お兄ちゃんを引きずって、駅から降ろします。

 琴男はすごく呆れていましたけど。彼だって、こういう賑やかな環境というのは久々でしょう?


 歩くのが遅いので振り回していたのですが、ふと琴男は苦笑いを浮かべました。

 

「……なんかさ、懐かしいよ」

「ん?」

「や、異災以前の景色を思い出してた。そう言えば、楽しむってこと……忘れてしまってたなと思ってさ」

「そうだよ、楽しまなきゃ!ほら、お兄ちゃん歩くの遅いよ」

「分かった分かった。マジで妹持った気分だな……」


 んふふっ。琴男もようやく理解してくれましたかっ。

 案外視点を変えれば楽しいことだっていっぱいあるんですよっ。


 私はいままで、「もうこれ以上何も知ることは無い」と自分に言い聞かせてただけだったんですよ。

 ですけど“女性化の呪い”に掛かってから、知らないこといっぱいあったんだ!って気付きました。


 ”アイテムボックス”だって、ゴブリンだって、まだ気づいていなかっただけで面白い使い方があったんですよ。……なんですか、その目は。文句あるんですか?


 さて、存分に楽しんできますよっ!

 その後で、またイナリちゃんの家に戻りましょう!


 

 ……あー。えっと。

 この時、私は完全に頭から抜け落ちていました。


 結構、状況的にはとんでもないカオスなんですよね。これ。

 帰ってからどんなことになるかなんて、すっかり忘れていました。えへへ。


 ごめん、恵那斗。

 また思考をバグらせます。



 ☆



「ねえ、三上」

「はい」

「なんで敬語なの?」

「いや、まァ……その……」


 三上はどこかばつが悪そうに、テーブル前の椅子に座っている。落ち着きがなく、何度も姿勢を正したりテーブルの上に置いている調味料に視線を送ったりしていた。何かしていないと、気分的に落ち着かないようだ。

 ……結構、琴の行動に影響を受けていないかしら。この男。パパと呼ばれるだけのことはあるわ。


 だけど、三上の様子が昨日あたりからおかしいのは明らか。

 一昨日のダンジョン攻略に赴いた日、不慮の事故によって命を失った時はまだ普通だったと思う。……いや、普通と言っていいのかは分からないけど。

 その三上を蘇らせた、琴と同じ姿をした別人。彼女の持つ不可解な力によって、三上は奇跡的に蘇生した。


 損傷した心臓を修復し、なおかつ健全な人間そのものへと姿を戻す。

 原理で説明づけることのできない、私達の理解を超越した現象が目の前で繰り広げられていた。


 

 ……あの時。

 琴の身体をした“何か”が手をかざした時。周辺を飲み込む光が辺りを包み込んだかと思うと、時間が逆行するかのように血色が取り戻された。……イナリちゃんは「ぴかーっと光った」って表現していたわね。


 明らかに、琴には何かが宿っている。

 それはもはや、明確だろう。


 もしかすると前提が違うのかもしれないが。

 何かの身体に琴が宿った、というのが適切かもしれない。


「……」


 だとしたら、私やイナリちゃんも……。

 いや……今は考えるのをよそう。


 さらに加えて、ダンジョンにたびたび訪れる異変と来た。

 琴の好奇心が向く矛先は大抵ダンジョンである以上。彼女の露骨なまでの態度の変化も、ダンジョンに関係しているはずだ。


 ……彼女の思考が、どこに辿り着いたのか。

 私はそれを確かめなければ。


「三上、ちょっといい?」

「……ンだよ」

「琴に見せたビール缶、あるわね。私にも見せて」

「あ?あー……わーった」


 私がそう促すと、三上はリビングに置いたカバンの中からビール缶を取り出した。銀色のラベルが特徴的な、どこにでも売っているビール缶だ。

 「ほらよ」と投げやりな口調のまま、三上は私にビール缶を手渡した。


 私がビール缶を受取った瞬間、イナリちゃんも椅子から身を乗り出して食いついてきた。

 尻尾が大きく左右に揺れているところを見るに、彼女も興味があるのだろう。


「ふむ。琴ちゃんはこのビール缶を見てから、態度が変わったのじゃったの」

「ええ……でも、どこからどう見てもただのビール缶ね……」

「うむ。何やら特殊な力を感じるでもない。普通のビール缶じゃの」


 イナリちゃんが言うと、神聖な力が宿っているかのように見えてくるわね。お神酒じゃないのだけれど。


 あらゆる角度から見渡してみるが、どこからどう見たって琴が愛用しているビール缶にしか見えない。

 なにか冒険者にしかわからないものがあるのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。

 

 だが、このビール缶を見てから明らかに琴の態度は豹変した。まるで、恐ろしいものを知ってしまったかのように。


 ……あそこまで全てを拒絶するようになった琴を見たのは、異災が起きた直後以来だ。



 異災が起きた当初の彼も、何もかもを拒むような顔をしていたっけ。



 ——誰だ。お前。



 ……その時の表情を、私は一生忘れることが無いだろう。

 彼はまるで生気を失ったかのような顔をしていて、外界から受け取る情報を全て拒絶していたようだった。


 

 そんな彼が次に活気を取り戻したのは、ダンジョン内の調査が終わり、“冒険者”の新規雇用を一般人枠から募集し始めた時だ。

 ダンジョン内で取れる資源を有効活用する為に、より効率よく素材収集を行える人材育成を政府は勧めるようになった。


 残酷な現実でもあるのだが、災害というのはある種一つの転換期ともなる。

 例えば大型災害によって再建不可能となった区域においては、地域の再開発が実施される事例さえある。


 大きな環境の変化というのは、今後の生活全てを書き換える機会でもあった。



 田中 琴男における、第一の転換期というのは正しくそれだ。

 “冒険者を目指す”……それこそが、彼における生きる為の原動力となっていたのだ。


 このままでは、彼は私の知らない遠いところに行ってしまう。

 それを恐れた私は、彼の後を辿るように冒険者を目指した。


 まあ彼は卓越した理解力をベースとして、わずか1年にして新設されたばかりの魔窟科を卒業してしまったが。

 さすがにその次元にはついて行くことができなかった。



 次に訪れた転換期というのは、“女性化の呪い”だ。

 もはや説明不要というまでに、彼……いや、彼女の生活は大きく一変した。


 次から次に訪れる環境の変化を前に、当初こそ混乱していた様子だった。

 だが彼女は、まるで屈することもなく、むしろ変化する状況を楽しむようになった。


 恐れ知らずの異常者にも見える彼女だが、常にその瞳は前を向き続ける。そんな姿勢に、一体どれだけ救われただろう。

 30年間の想いは無駄じゃなかった——そう、思えた気がした。



 ——そんな中。

 第三の転換期が、訪れようとしていた。



「ただいまー!」


 琴の元気な声が、玄関の方から聞こえた。

 今朝までの神妙な表情は何処へやら、まるで旅行から帰ってきたかのように満たされた声音だった。


 ……何があったのだろうか?


 失礼な話ではあるが、彼女が笑顔を見せる度に面倒ごとが増える。田中 琴の知的好奇心が刺激された証拠でもあるからだ。

 つまり、また厄介な爆弾を持ち帰ってきたのだろう。


 彼女に関しては真面目な顔をしている時の方が、比較的トラブルは少ないように思う。

 

 ちなみに、イナリちゃんと三上もその予感を感じったようだ。

 お互いに真剣な顔をして目配せし合った後、玄関へと迎えに行くことにした。


「……え?」

「ぬぅ……?」


 私とイナリちゃんは、思わず言葉を失った。

 それは、この世界に存在してはいけないはずの人物だったからだ。


「パパ!琴男連れてきたよ!」

「なんで三上のことパパって言ってるんだよ。血繋がってないだろ」

「お兄ちゃん固いこと言わないでよ。パパはちゃんと頑張ってるんだよ」

「……まあ、お前が満足してるなら良いけどさ」


 意味が分からない。

 理解が追い付かない。


 いや、それ以前にお兄ちゃんでもないだろう。

 理解できない状況下でツッコミを増やさないで欲しい。


 だって、田中 琴男なら田中 琴として、この世界に存在しているではないか。

 だとしたら、その隣に立っている人物は誰だ?


 無造作に伸びきった黒髪。その隙間から覗く気だるげな瞳。

 どこか無気力で、全てを諦めてしまったような風貌を纏った少年。

 忘れるはずもない。


 だからこそ、確認しなければならない。


「……あなた、誰?」

「そのセリフ、そっくりそのまま返させてくれないか?恵那、だよな?」

「……ええ。あなたは、田中 琴男……?」

「ああ、そうだ……まあ、本物はこの残念な妹の方だけどな」


 ……えーっと。

 誰か、事情を説明して欲しい。

 いや、やっぱり今は良い。


 私は琴ほど理解力に長けていない。

 というか私よりも相当に聡明であるはずのイナリちゃんも、尻尾を揺らしながら「うむむ……」と唸っている。


 勘の鋭いイナリちゃんですら、キャパオーバーを来たしているのだ。

 私には、その情報を飲み込むにはあまりにも膨大すぎた。


「……ちょっと、幻覚を見ているのかもしれないわ。少し横にならせてもらうわね」


 ごめんなさい。

 さすがに理解の範疇を超えたわ。


 自室へと退避して、とりあえず横になった。

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 まぁそりゃ脳もキャパオーバーしますわなぁ…。変な例えですが、なろう風に表現するなら『若い身体に異世界転生した夫婦。地球に帰還したら死んだはずの旦那が元気に動き回ってました』みたい…
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