第15話 ステータス
パーティの初顔合わせ時などでは、必ず”ステータスの開示”が求められます。
そうです、俗に言う「ステータス、オープン」ですね。
え?ここは現実だろ。ゲームの話と混合するなって?
ところがどっこい。魔法技術が発展した現代では、ステータスが存在するんですね。
これが作られた経緯としては、やはり”冒険者それぞれの強さの指標”を数値化したかった……という理由があります。
マージンの確認は、冒険者にとって重要です。自分のステータスに見合わない階層まで行って、魔物に殺される……なんて可能性もありますから。
ちなみに、ステータスの開示方法もやはりと言いますか……魔法が関係しています。
厳密に言えば、これは「幻惑魔法」の応用によって作られたシステムなんですね。
さて。どのような原理でステータスを認識できるのか、という仕組みについて説明しましょう。
まず、私達冒険者にはそれぞれ”冒険者証”が支給されています。
冒険者証は魔法金属で作られています。
これには私達の身体と、魔素の結合量を測定する機能を持ち合わせています。なんかあれですね、体組成計みたい。
魔素が身体と強く結びついているほど、より速く走れますし、より強い攻撃が可能となります。
どれだけ身体が魔素と密接にリンクし、身体機能を増幅させることが出来るか――それを数値化したものが”ステータス”です。
その計測結果を表示する為に「ステータス・オープン」という合言葉が設定されました。そこはファンタジー準拠なんですね?
「ステータス・オープン」
その言葉を合言葉として、”幻惑魔法”が発動されます。脳の情報処理機能に干渉した幻惑魔法が、存在しないはずのステータス画面を目の前に表示させます。
こうした一連の流れを介して、ダンジョン内でステータスを認識することが出来ます。
最初こそ「幻惑魔法に意図的に掛かるのって怖いな」とか思っていましたが、慣れていくものですね。
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鈴田君とは、臨時でパーティを組んだことなら何度もあります。男性だった頃ですが。
その為、ある程度の戦闘スタイルは把握できているのですが……またステータスは確認し合った方が良いかもしれないですね。
私も長らく自分のステータスを見ていませんし。女性の身体になって、ステータスも変動しているかもしれませんね。
私と鈴田君、そして早川さんは今。
少し離れたところにある塔型のダンジョンへと向かっています。
ちょっとした軽い出張ですね。
連日攻略することだって多いダンジョン内には、私達冒険者が寝泊まりできる宿泊施設もご丁寧に用意されています。
もちろん男女別に分かれていますよ。
少し前に間違えて男子更衣室に入って、軽いトラブルを引き起こしましたが。その節はすみませんでした。
そして今、私達は電車でダンジョンへと向かっています。
向かい合う形で座っている早川さんは、電車内でクッキーを頬張っています。バリバリと音を立てているので気になるところですが。
「あの、電車内で……行儀悪いですよ」
「むー……、細かいですねー、田中ちゃんは」
「マナーは守りましょうよ……鈴田君を見習ってください」
私はモデルケースを見せるつもりで、隣に座っている鈴田君に視線を送りました。
……鈴田君は疲れていたのでしょうか。船を漕いで、うとうととしています。
「すぅ……すぅ……」
彼は完全に脱力しきった姿勢で、何度も頭を起こしてはすぐに傾く、というのを繰り返していました。
「……眠っていますね。そっとしておきましょう」
「まぁー……鈴田君のナイスガイな顔に免じてー……許してあげようかな」
「ブレないですね、早川さんは」
「見た目至上主義ですからっ」
早川さんはにこりと微笑み、小さくVサインを作りました。ううむ、可愛いので映えますね。
それから食べかけのクッキーの包装をまとめ、出し口を輪ゴムで括りました。手慣れているのでしょうか、器用ですね。
私は手持ち無沙汰だったので、ぼうっと外の景色を眺めていたのですが。
ふと、肩にぽすんと何かが当たった気がしました。
「……ん?」
「すぅ……すぅ……」
気付けば鈴田君の頭が、私の肩に乗っかっていました。少し彼の髪が頬に当たって、むず痒い気もします。
別に押しのけても良いのですが、文字通り肩を貸すのも先輩の務めですね。
「まあ、少しくらいなら別に良いですかね……あ、早川さん。撮らないでください」
「イケメンと美少女のツーショット、すごく熱いですっ、最高……!はぁっ……、う、キュン死するっ」
「誰が美少女ですか。いいですか、後で消すんですよ?」
「はぁー、エモいっ……」
早川さんはこちらの話など、一切聞く耳を持ちません。とんだ後輩ですね。
この姿になる前はもっとよそよそしかったんですがねえ?見た目至上主義は伊達じゃ無いですね。
まあ、今まで話す機会の無かった人と、こうやって交流を持つことが出来たのは明確なメリットですね。プラスに捉えましょう。
ちなみに私の隣で熟睡している鈴田君はと言うと。
「ん……田中先輩……やめましょう。男湯に入ろうとするのは……いや、私は気にしないとかじゃなくて。聞いていますか……マジで、大変なことに……」
一体どんな夢を見ているんですか?
鈴田君の寝言を聞いた早川さんは、思わず吹き出していましたし。やるせない気持ちです。
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「あの、ホントにすみませんでした。先輩の肩に寄りかかってしまって……」
目的地近辺の駅に到着した後、鈴田君は申し訳なさそうに深々と頭を下げていました。
なんというか、そこまで頭を下げられるとこっちまで申し訳なくなります。
正直どっちかというと、夢の内容について追求したい気もしますが。
「いや、良いよ。疲れてたんだよね」
「まあ……昨日やった掃除の疲れが……」
「あー……こっちこそごめんなさい……」
だとしたら私のせいじゃないですか!!!!
本当にごめんね鈴田君!前田さんに、私と親戚って設定を作ったばかりに!!!!
ちなみに鈴田君と親戚という設定を知らない早川さんは、ぽかんと呆けた顔をしていました。
基本的に、ダンジョン周辺の土地というのは近隣住民が寄り付かないように整備されています。
異災から長い月日が経ち、魔物がダンジョン外に出てきたという報告はないのですが……念の為ですね。保安距離、というやつです。
その代わり、私達冒険者が問題なく業務に励むことが出来るように、専用の設備が整えられています。
ほぼ冒険者専用のコンビニがあるのは当然のこと。
療養施設から、専用の食事処、あげくジムまで併設されています。
冒険者が溜め込むストレスというのは想像以上に大きいので、こうでもしないと冒険者離れが加速するんですね。
国家の本気度が窺えます。
よかったら”女性化の呪い”に対する保証もください。労災ですよ労災。
ちなみになんですけど、冒険者用のコンビニでもちゃんと年齢確認はされます。
ほとんどの冒険者って成人してるから良いと思うんですけどね。駄目なんですか?
たまーーーーに飛び級とかで未成年が冒険者になることもありますけど。去年くらいに出会ったことありますし。
後輩の手を焼かせるのも嫌なんで、大人しく酒は買いませんが……。
私は更衣室で、いつも通りギルド支給の革の鎧に身を包みました。
もはや愛着さえある装備ですが、これを身に付けると気が引き締まる気もしますね。
一足先に更衣を終え、待合室内にてコンビニで買ったバウムクーヘンを食べている最中。鈴田君に声を掛けられました。
「お待たせしました、田中先輩」
「あっ、来たね。鈴田君」
呼ばれた先に立っていたのは、西洋騎士を彷彿とさせる鎧に身を包んだ鈴田君でした。
青を基調とした、洗練されたデザインの鎧に身を包んでいます。やはりスマートな雰囲気が際立ちますね。イケメンはずるい。
やはりどっちが先輩で、どっちが後輩かわからなくなりそうです。園部君の時もそうでしたけど。
鈴田君は胸ポケットに潜ませていた冒険者証を取り出しました。
「先輩、ステータス確認しますか」
「うん、確認しよっか。私、最近ステータス見てないんだよね」
「あ、そうなんですね。園部君の研修の時って確認しなかったんです?」
「いやー……スライムとゴブリンだけだしまあいっかー、って思って」
「そういうとこだと思いますけどね、先輩の悪いところ」
「すみません」
さらっと説教を食らいつつも、私も同様に胸ポケットから冒険者証を取り出しました。
そう言えばこの合言葉を発するのも久々なんですよねえ。
基本的にステータスに頼らない立ち回りをしているので、尚更見る機会が無くて。
「じゃあ、まず俺から。”ステータス・オープン”」
私以上に発する機会が多いんでしょうね。滑らかにその合言葉が口から出てきてきました。
今、鈴田君の目の前にはステータスが表示されているはずです。ですが、現時点では私には見えません。
なので、彼に操作して貰う必要があるんですね。
「先輩、確認お願いします」
「うん、分かった」
鈴田君が眼前の、何も無い空間で指を弾くと同時でした。私の目の前にも、鈴田君のステータスが表示されます。
【鈴田 竜弥】
Lv:59
HP:457/457
MP:212/212
物理攻撃:310
物理防御:258
魔法攻撃:120
魔法防御:204
身体加速:125
だいたい文字通りの意味合いです。しかし一番下の”身体加速”だけは、普段の生活では見慣れない単語ですね。要は”素早さ”のことなのですが。
ですがまあ、やはりというか高ステータス。Aランク冒険者の中でも相当戦えるレベルですね。
「じゃあ、私も開きますね……”ステータス・オープン”」
すると、鈴田君のステータスと重なるようにして、私のステータスも表示されます。
……されたのですが。
「……ん?あれ?」
おかしい。
おかしいです。
私の困惑が伝わったのでしょう。鈴田君がきょとんと私の顔色を窺っています。
「田中先輩、どうしたんですか?」
「あー、鈴田君。これ見て」
「?それは勿論……」
私は、鈴田君の方を見ながら”ステータス送信”という項目を選択。それによって、鈴田君に私のステータスが送られるという流れになっています。
見てください、私のステータスの惨状を。
【田中 琴】
Lv:4
HP:56/56
MP:125/125
物理攻撃:32
物理防御:21
魔法攻撃:98
魔法防御:75
身体加速:45
「え?田中先輩のステータスですか、これ」
「みたいだねぇ……?」
これがベテラン冒険者のステータスですか?2桁しかないんですけど?
あまりにも貧弱すぎませんか。よくこの間ドラゴンに勝つことが出来ましたね……。
「……さすがにこれは、厳しくないですか。ちょっと上位の魔物に殴られるだけで死んじゃいますよ」
「はは、は……」
ちょっとこれは絶望かも知れません。
よく生きてましたね、私。
こんなステータスで新人冒険者に研修してたとか重大インシデントもいいところなんですけど。やばいです。