第145話 貰いもの
『パパー!そろそろ迎えに来てください!MP切れそうです、ポーション飲みたくないですっ』
「うるせェわがまま言うんじゃねぇよクソガキ!!」
『なんて口の悪いパパなのですかっ!バーカっ!!』
「バカにバカって言われたくねェわ!」
『はぁーーーーーー!?なんてこと言うんですかっ!怒りますよっ!』
「琴きゅんが怒ってもちっとも怖くねェよ!!」
琴きゅんから電話が来たと思ったら、すぐこれだ。ワガママというかなんというか……。
まあ、異災で両親を亡くしているらしいし、親に甘えることが十分に出来なかったんだろう。その反動と“女性化の呪い”が合わさった結果、ワガママなダメ娘になっているんじゃねぇか……というのは思っている。
それにしたって要望が多すぎるが。俺はタクシーじゃねぇんだぞ。
売り言葉に買い言葉だ。
背後でそのやり取りを聞いていた琴男が呆れたようにため息をつきやがった。
「三上。お前さあ、何あいつ相手にムキになってんだよ……」
「……同一人物だよな?お前と琴きゅんよォ……」
「俺だって同じこと思ってるよ。あいつ47歳だよな?」
「……はぁ」
中身が同じだというのに、どうもここまで顕著に差が出てしまったのだろうか。
女性の中身に適応しつつあるのは分かるのだが、もう少し品を覚えて欲しい。精神年齢小学生だろアイツ。
なんで琴男の方が落ち着きあるんだ。意味わからん。
そんな雑談を繰り広げる俺達は今、適当な自然公園で時間を潰している。
琴男はどこか真新しいものを見るように、きょろきょろと辺りを見渡していた。落ち着きがねぇのは琴きゅんと同じだな。
マジでこいつと琴きゅん、兄妹みたいだな……と思う。
ちなみに琴男は格安の衣服へと適当に着替えさせた。
安物のパーカーとズボン。当然と言えば当然だが、琴きゅんと似たようなファッションセンスしてんな。
露骨に安もの感が出ているが、きったねェカッターシャツで車内を汚されるよりはマシだ。
で、当然だが……散々土足で車内を汚しやがった琴男には車内を掃除させた。琴きゅんらが戻るってのに、汚れたままにする訳にはいかねェからな。
「ざけんなよクソっ……」なんてキレてやがったが、自業自得だわ。
土の匂いが若干残ってるが、まあ許容範囲だろ。
これでもあのガキ共には気を遣ってんだ。
中身年齢だけ年喰った呪い三人衆。実年齢を言ったところで、誰があいつらを47歳だの64歳だの認識すンだろうなァ?
ま、何はともあれクソガキ共を迎えに行かなきゃな。あいつら揃いに揃って車を運転できねェからよ。
つーわけでダンジョン近くの駐車場に向かおうとしたのだが。
その前に、コイツのことどうにかしねぇと駄目だな。
「なァ、琴男。お前どうすンだ?」
その問いかけに、琴男は「はっ」と自嘲の混じった笑みをこぼした。
それから視線を逸らすように背を向けつつ、質問に答える。
「俺に帰るとこなんかあると思うかよ。人目の付かねーような無人ダンジョンに籠るか、適当に野宿するわ」
「お前よォ、せっかく買った服また駄目にする気か?」
「仕方ねーだろ。行くアテも金もねーんだからよ。それに……」
そこで琴男は口を閉ざした。
刹那の静寂が空間を包む。
明らかに琴男は何かを言おうとしている様子だ。
どこかムズ痒い感覚に、つい俺は話を促す。
「それに……何だよ」
「いや、まだ言えない話だ。あいつがすぐに気づいちまうからな」
「あいつってのは、琴きゅんのことだよなァ……?」
「そうだ。ただ、これだけは言っておくか」
そこで言葉を切った琴男は、静かに空を仰いだ。
別にそんなことをする必要はないはずだが、こいつはどこまでも仰々しい演出が好きらしい。
まあ、琴男も大概中二病のガキだよな。
せっかくだから演出に付き合ってやるとするか。暖かい目で見守るのも大人の務めだ。
「今のうちに、あいつらのレベルを上げさせろ。脅威は、確実に近づいている」
「……脅威ってのはなンだよ」
「30年起こらなかった現象。それが、確実に近づきつつあるということだよ」
……さっきから何言ってんだこいつ。
訳が分からねぇ。
いや、マジで。
もっと話に具体性持たせて話せやボケ。
「さっきから意味ありげな発言ばかりで具体性が全くねェんだよ中二病」
「ちゅうにっ……!?!?」
琴男は目を丸くして、こっちへと振り返る。
さっきから不安をあおるような発言ばかりで、具体的な中身に関しては何にも言いやしねェ。
なんだこいつ、話してて腹立ってきたわ。
ただ不安を煽るだけなら誰だって出来るってんだ。
「お前さっきから適当な言葉で濁しやがってよォ……何なんだよ魔王様よォ、え?」
「や、まあ……その、だな。雰囲気を大事にしたくてだな」
「曖昧な言葉ばっかじゃねェか!もっと俺達にどうしてほしいか、理路整然と纏めやがれェ!!」
「は、あー……あー、まあ、そうだな」
ほらみろ、やっぱり中身考えてねェんじゃねェか。
しばらく間を置いた後、琴男は「すまん」と律儀に謝ってきやがった。一応ちゃんとしてやがんな。
それから、軽く咳払いして話を続けた。
「そう、だな。琴も理解してそうだから言うけどな、ダンジョンってのは死体を取り込むんだ」
「あ?あー……ダンジョンに取り込まれた死体は消えるって話かァ」
俺がそう言葉を返すと、琴男は「そうだ」と頷いた。
とりあえず前提のすり合わせは間違ってねェようだ。
「三上は、ずっと前に起きたダンジョン崩落の1件を覚えているか?多くの冒険者が犠牲となった」
「この間、琴きゅんが言っていたなァ。“琴男の先輩が巻き込まれた1件”だったか?」
「……ああ」
思い返せば、金山 米治が今のイナリちゃんへと変化した日。琴きゅんはそんな話に触れてやがったなァ。
あいつに“アイテムボックス”を教えた清水 大輝っつう冒険者が、その崩落に巻き込まれて事実上の死亡と判定された1件らしい。
琴きゅんも大概色んな過去抱えてやがンな。
琴男は、その言葉を聞いてどこか愁いを帯びた表情で頷いた。
「……三上。考えたことがあるか、死体の取り込まれる先はどこかって」
「分かるかよ。琴男ほど頭が回る訳じゃねェんだ」
「知らされたんだ。俺は……」
そこで琴男は言葉を切った。
大きく息を吐いたかと思うと、微かに自嘲を滲ませた笑みを混ぜて頷く。
「そうだ。あれは“多くの犠牲者を出した”じゃなかった。“多くの素体を手に入れた”んだ」
「……何言ってんだ。お前は」
「悪い。これ以上は口を閉ざさせてくれ。俺だってまだ、感情に整理を付けた訳じゃないからな」
そこで琴男は肩の力が抜けたように、その場へとしゃがみ込んだ。
時折「はは、は……」と乾いた笑みを浮かべたこいつは、まるで抜け殻のようにも見える。
これ以上は、質問を投げかけることなど出来ないだろう。
ほっとけねぇな、こいつも。
……俺も甘くなっちまったな。
「なァ、琴男」
「……んだよ」
「これやるよ」
俺は琴男の手に、黙って一万円札を握らせた。
シワが出来ちまったが、使う分には申し訳ねェだろ。
琴男はハッとした様子で目を丸くして、俺を見上げた。
「……受け取れる訳ないだろ」
「せっかく買ってやった服がダメになンのは後味悪いんだよ。それで駅前のホテルで時間潰しとけ、またあいつら送った後で迎えに行ってやるよ」
「あのな、俺は琴と顔を合わせる気はねえぞ」
「わーってるよ。でなけりゃ琴きゅんがいなくなったタイミングで声かけてこねェだろお前は」
琴きゅんには悪いが、さすがにこいつも放っておくわけにはいかねェな。
マジで意味わかんねー存在なのは間違いないが、こいつがまたダメ人間へと戻っていくのは後味が悪い。
琴きゅんという前例を見てるからよ、尚更気の毒に思えンだ。
琴男はまじまじと一万円札を見やったかと思うと、困ったような苦笑いを零した。
「……甘くなったな。三上も」
「こっちだって色々と事情があンだよ」
「……悪い。世話になる。俺はバスに乗って駅にいくわ」
「おう、ンじゃまたな」
そう短く言葉を交わした後、俺と琴男は自然公園で別れた。
車のエンジンを掛けて、発進させようとした。
だがその前に、バックミラー越しに琴男の姿を見やる。
……あいつが、静かに自然公園から離れていくのが見えた。
その後ろ姿は、どこかもの寂しそうだった。
「あいつも、孤独だってことだな」
琴男は、琴きゅんとはわけが違う。
妻の恵那ちゃんは、恵那斗君へと姿を変えた。
長らく隣で寄り添ってくれていた妻の存在は、もう琴男の隣には居ない。
正真正銘、あいつはひとりぼっちになっちまったんだ。
そんな琴男を放っておくのは、あまりにも気の毒だってもんだろ。
……ったく、隠し事が増えちまったな。
複雑な胸中ではあるが、それはそれだ。
車を発進させ、俺は呪い三人衆の待つダンジョンへと向かうことにした。
☆
「パパ―!遅いーっ!」
開口一番に琴きゅんはふくれっ面を作って、俺へと駆け寄ってきた。まるで実の娘かと思うほどに、わがままで身勝手な奴だなこいつ……。
そんなクソガキの後ろでは、恵那斗君とイナリちゃんが立って苦笑を漏らしていた。イナリちゃんは当然ながらリュックサックを背負い、キャスケットを被った変装モードへと身を包んでいる。
恵那斗君は困ったように笑いながら、俺にスマホの画面を見せてきた。
「琴がね、どうしてもパパに見せるんだって言っていたわ。ほら、これが“ゴブリンショット”」
「お前らダンジョンで遊ぶなよォ……」
……ダンジョンで遊ぶという表現が正しいのか分かんねェ。こいつらのやっていることがおかしいだけな気がしないでもないが。
恵那斗君が見せたスマホの画面には、ダンジョン仕様のワンピースに身を包んだ琴きゅんが魔法杖を構えている姿が写っていた。
『いっけー!“ゴブリンショット”!!』
……なんて仰々しく叫んだかと思うと、得体のしれない構造へと作り変えた“アイテムボックス”から、すげェ勢いでゴブリンが射出されていた。
「ぶっ」
しかも、1発だけじゃねェ。2体くらい連続してゴブリンがぶっ飛んでいくもんだから、つい笑っちまった。こいつ何やってんだ!?
俺が居ねェ間に新技開発してやがった。琴きゅんの底抜けの発想力は馬鹿に出来ねェな……。
動画を見終わった後、琴きゅんへと目配せする。
「んふふっ、パパ。どうですかっ」
すると、こんのクソガキは露骨なまでに嬉しそうに笑っていやがった。ゴブリンぶっ飛ばして笑うなんてどんな神経してやがんだ……。
もうため息しか出ねェな。
俺は琴きゅんの頭をポンと叩いた。
「むきゅ?」
「まァ、お前はその発想力を大事にしろよォ」
「んふふっ、もちろんですよっ。まだいっぱい開拓したいんですからっ」
「おーおー期待してんぞ」
正直、琴男の言葉が何を意味しているのか分からねェ。
だがこいつの発想力を腐らせず、育むこと。それが琴きゅんの為になるんじゃねェか、って気はする。
……つくづく、俺もこいつに甘くなっちまったなァ……。
あ、そうだ。
ついでに琴男から「不出来な妹に渡せ」って言われたやつでも渡すか。
こいつの連想ゲームの糧になるってんなら、渡した方がタメになるだろ。
……そんな、軽い気持ちだった。
俺は、侮っていた。
琴きゅんの理解を超えた連想力を。
俺は車内に置いていたビール缶を琴きゅんに手渡した。本来は未成年(?)に酒なんか渡しちゃダメだけどな。
「琴きゅん、これやるよ」
「……へ?良いんですか?」
ビール缶を手渡した瞬間、様子を見守っていた恵那斗君とイナリちゃんが話に入ってきた。
「ちょっと。駄目よ、琴にお酒を渡したら」
「ぬう!いかんぞ三上。琴ちゃんを甘やかしてはいかん!!」
や、まあ俺だって琴きゅんに酒を飲ませちゃいけねェのは分かってるよ。
だけど、なんとなく渡しておいた方が正しい気がしたんだよ。
……だけど、俺の思っていたリアクションじゃなかった。
正直……琴きゅんは酒だって分かれば、素直に喜ぶもんだと思っていやがった。
だが予想外だったのは、琴きゅんは神妙な表情をして、じっとビール缶を眺め始めたことだ。
「……パパが、これを選んだんです?」
「……」
予想外の反応に対し、どう答えるべきか迷ってしまった。
琴男と出会ったことを馬鹿正直に話すべきか、それとも黙っておくべきか。
その葛藤を、もしかしたら見抜かれたのかもしれない。
「……パパ」
琴きゅんは、じっと俺を見上げてきやがった。
絹のような銀髪の隙間から覗くつぶらな瞳が、俺を捕まえて逃さない。
なんとなくばつが悪くなって、琴きゅんから目をそらすことしか出来なかった。
その口から発せられた言葉は、俺の予想を上回ってきやがった。
「……私の好きなビールの銘柄、よく分かりましたね」
「まァ、な」
「貰いもの、ですか?」
「……っ!?」
その言葉に、背筋が凍り付くような感覚だった。まるで、背骨に一本の剣を突き立てられたような気分だ。
まさか一瞬で、そこまで見抜かれるとは思っていなかった。
思わず俺は、琴きゅんへと視線を戻してしまう。
俺のリアクションに対し、琴きゅんは「なるほど……」と物思いに耽るように顎に手を当てる。
まるで、琴きゅんは全てを見透かしているようだ。
そんな恐怖心が、体の芯から込み上げてくる。
しばらく間を置いてから、琴きゅんは静かにビール缶を返してきた。
「……大丈夫です。パパが飲んでください」
「お前……良いのか?なァ」
「なんとなく、お酒を飲む気分になれないんです」
そこで話を切ってから、琴きゅんは2人へと「車に乗りましょうか」と言葉を掛けていた。
琴きゅんの態度の変化に、恵那斗君とイナリちゃんは付いていくことが出来ていないようだ。
「の、のぅ。琴ちゃんや、せっかくのビールなのに……良いのか?」
「良いんです。ちょっと気分になれなくて」
「ぬぅ……」
まさか酒カスの琴きゅんが、こんなあっさりとビール缶を手放すと思っていなかったのだろう。
イナリちゃんは機嫌を取ろうと、懸命に言葉を掛けていた。
だが、琴きゅんはどこか冷めきった表情で首を横に振るばかり。まるで先ほどまでの好奇心に満ちた姿とは別人のようだ。
缶ビール1つで、琴きゅんはどれほどの事象を見抜いたのだろうか。
相も変わらず、底の見えないガキだ。




